隠岐重節

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隠岐(おき) 重節(じゅうせつ)
日清戦争凱旋後(小川一真撮影)
渾名 「赤シャツ将軍」[1]
生誕 1848年4月11日
江戸幕府・下総国印旛郡佐倉根曲輪(現:千葉県佐倉市)
死没 (1906-04-21) 1906年4月21日(58歳没)
日本の旗 日本神奈川県小田原町
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1872 - 1901
1904 - 1905
最終階級 陸軍少将
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隠岐 重節(おき じゅうせつ、嘉永元年3月8日(1848年4月11日) - 1906年(明治39年)4月21日)は、幕末期の佐倉藩士、および明治草創期の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。栄典は正五位勲二等功三級。

経歴

下総国印旛郡佐倉城根曲輪(現:千葉県佐倉市城内町)にて藩士・隠岐重道の長男として生まれる。天狗党の乱鎮圧に従事。戊辰戦争では江戸にて護衛にあたる。

明治3年秋に藩の貢進生として大阪兵学寮青年学舎に入り、卒業後は陸軍教導団教官。佐賀の乱では土屋光春、富岡三造らと征討総督随行として従軍。歩兵第13大隊、歩兵第14連隊第2大隊にて副官を務めたのち、陸軍戸山学校に入学、卒業後同教官。1877年(明治10年)に西南戦争が始まると後備歩兵第2大隊第2中隊長として別働第2旅団に編入され、同年6月に陸軍大尉に進む。その後、陸軍士官学校生徒大隊中隊長を経て、戸山学校に復帰。1884年(明治17年)に陸軍大学校教授となる。のち近衛歩兵第3連隊大隊長を経て、歩兵第1連隊長に就任。乃木混成旅団として日清戦争に従軍し、蓋平城外にて統領の張奉先を捕虜とする戦果を挙げる。その後も金州、旅順と転戦、凱旋後は陸軍教導団長を経て、歩兵第23連隊長ののち少将で予備役編入。

その後は小田原町に居住していたが、日露戦争にて熊本留守歩兵第23旅団長に召集され[2]、のち後備歩兵第1旅団長として奉天会戦に加わった。戦闘前は早起きして冷水で身を潔め、羽二重の褌を締め、負傷しても血が目立たないように肌着に赤いシャツを着るようにしていたという[1]。

明治39年4月21日、小田原別邸にて死去。59歳。

年譜

  • 1870年(明治3年)秋:大阪兵学寮青年舎入寮
  • 1872年(明治5年)
    • 3月:卒業、少尉
    • 4月:教導団附
  • 1873年(明治6年)
    • 2月:教導団歩兵第1大隊附
    • 3月:連隊旗手
    • 9月:中尉心得
  • 1874年(明治7年)
    • 2月25日:征討総督随行[3]
    • 3月:歩兵第13大隊副官心得
    • 3月31日:中尉、歩兵第13大隊副官
  • 1875年(明治8年)
    • 4月:歩兵第14連隊第2大隊副官
    • 5月:陸軍戸山学校入学
    • 6月:陸軍戸山学校卒業、同教官
  • 1877年(明治10年)
    • 2月:後備歩兵第2大隊副官
    • 5月30日:後備歩兵第2大隊第4中隊長代理
    • 6月16日:大尉
    • 12月7日:元職復帰
  • 1878年(明治11年)6月:小銃試験委員
  • 1880年(明治13年)
    • 9月:西部検閲監軍部長属員
    • 12月:士官学校生徒大隊附
  • 1881年(明治14年)8月:東部検閲監軍部長属員
  • 1882年(明治15年)4月:村田銃分解結合及び装填法取調委員
  • 1883年(明治16年)
    • 2月:少佐、戸山学校教官
    • 3月:陸軍大学校御用掛兼勤
    • 9月:陸軍大学校教授
  • 1884年(明治17年)
    • 5月:歩兵操典改正並びに平時行軍勤務書類編纂委員
    • 7月:東部検閲監軍部長属員
    • 9月:陸軍大学校教授兼
    • 12月:教頭事務取扱
  • 1886年(明治19年)3月:歩兵操典取調委員
  • 1890年(明治23年)10月:近衛歩兵第3連隊第1大隊長
  • 1892年(明治25年)9月8日:中佐、歩兵第1連隊長
  • 1894年(明治27年)12月23日:大佐
  • 1894年(明治28年)12月26日:陸軍教導団長
  • 1901年(明治34年)6月19日:少将、予備役
  • 1902年(明治35年)4月1日:後備役[4]
  • 1904年(明治37年)
    • 2月6日:留守歩兵第23旅団長
    • 7月21日:後備歩兵第1旅団長

栄典

位階
勲章等
受章年 略綬 勲章名 備考
1893年(明治26年)11月29日 勲三等瑞宝章[6]
1895年(明治28年)9月20日 勲四等旭日小綬章[7]
1895年(明治28年)9月20日 功四級金鵄勲章[7]
1895年(明治28年)11月18日 明治二十七八年従軍記章[8]
外国勲章佩用允許
受章年 国籍 略綬 勲章名 備考
1901年(明治34年)5月17日 フランス領インドシナ連邦の旗 フランス領インドシナ カンボジア王室勲章(英語版)ディパディンダ[9]

脚注

参考文献