音仁親王

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音仁親王
有栖川宮家
音仁親王像
続柄

全名 音仁(おとひと)
称号 遠久宮
身位 親王
敬称 殿下
出生 (1729-09-03) 1729年9月3日
(享保14年8月11日)
死去 (1755-10-10) 1755年10月10日(26歳没)
(宝暦5年9月5日)
埋葬 大徳寺龍光院(有栖川宮墓地)
子女 経子女王
円遵
父親 有栖川宮職仁親王
母親 二条淳子
役職 常陸太守
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音仁親王(おとひとしんのう)1729年9月3日〈享保14年8月11日〉- 1755年10月10日〈宝暦5年9月5日〉)は、江戸時代の皇族、世襲親王家有栖川宮家の嗣子であったが継承することなく薨去した[1]。

寛保2年桜町天皇の猶子となり、翌年親王宣下。

父宮よりも先に薨去したため末弟である織仁親王が有栖川宮家嗣子となった。

脚注

  1. ↑ “『親王・諸王略傳』 音[音仁]”. nss.o.oo7.jp. 2026年9月22日閲覧。