駅前駅
目次
駅前駅
| 駅前駅 | |
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省線大曽根駅と連絡する駅前駅 (『近畿關西旅行案内 : 修學旅行の栞』) | |
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えきまえ | |
| 所在地 | 名古屋市東区東大曽根町 |
| 所属事業者 | 名古屋鉄道 |
| 所属路線 | 瀬戸線 |
| キロ程 |
5.0km(堀川起点) ※栄町から4.4 km |
| 駅構造 | 地上駅 |
| 開業年月日 | 1913年(大正2年)7月15日 |
| 廃止年月日 | 1956年(昭和31年)10月15日 |
| 備考 | 路線線形近代化工事に伴う廃止。 |
駅前駅(えきまええき)は、かつて愛知県名古屋市東区東大曽根町[1]にあった名古屋鉄道瀬戸線の駅(廃駅)。
主として、鉄道省(後の国鉄、JR東海)中央本線の大曽根駅との旅客乗り換え連絡の目的で設置されていた駅である[2]。一方で貨物運輸では(瀬戸線)大曽根駅と(中央本線)大曽根駅間に連絡線が敷設されており[1][3]、鉄道省では当駅ではなく(瀬戸線)大曽根駅を中央本線連絡駅として扱った[1]。
歴史
[編集]1912年(大正元年)12月12日、瀬戸電気鉄道は院線(中央本線)との貨物連絡線を設置した[4]。瀬戸電側の分岐点付近には同年頃に下街道駅が新設され、旧来の大曽根駅は本社前駅に改称された[5]。その後、中央本線の大曽根駅により近い位置に乗換駅として新設されたのが駅前駅である[6]。同駅開業から約1ヶ月後、駅前駅から柳ヶ坪方面に線路を延伸したことで、下街道 - 柳ヶ坪間は本社前駅経由の旧線と駅前駅経由の新線の2ルート(三角線)が形成された[7]。この三角線は1917年に旧線経由が廃止されることで駅前駅経由の新線に一本化されている[7]。

駅前駅の営業当時、「大曽根」を称する駅は省線大曽根駅、名鉄大曽根駅(元・下街道駅)の2駅があり、それに加え路面電車停留場の名古屋市電大曽根電停が存在したが、それぞれ離れた位置に設置されており、現在のように集約されていなかった。市電は後年名古屋市電大曽根線を延伸し大曽根駅付近に乗入れるが、電停名は東大曽根電停とされた。3事業者の大曽根駅および電停に近接するのは省線大曽根駅が駅前駅、名鉄大曽根駅が市電東大曽根電停、市電大曽根電停が名鉄森下駅であった[8]。

帰属:国土交通省「国土画像情報(カラー空中写真)」
配布元:国土地理院地図・空中写真閲覧サービス
年表
[編集]隣の駅
[編集]脚注
[編集]- 1 2 3 4 鉄道省 編 『鉄道停車場一覧 昭和12年10月1日現在』p.308 川口印刷所出版部 1934年 国立国会図書館デジタルコレクション
- ↑ 瀬戸市史編纂委員会(編)『瀬戸市史 資料編5 近現代1』付図「瀬戸電鉄沿線御案内」、瀬戸市、2006年。
- ↑ 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』 7 東海、新潮社、2008年、46頁。ISBN 978-4-10-790025-8。
- ↑ 服部重敬『瀬戸線』 7巻、フォト・パブリッシング〈昭和-平成時代の名古屋鉄道〉、2026年、17頁。ISBN 978-4802135733。
- ↑ 服部重敬『瀬戸線』 7巻、フォト・パブリッシング〈昭和-平成時代の名古屋鉄道〉、2026年、111頁。ISBN 978-4802135733。
- ↑ 服部重敬『瀬戸線』 7巻、フォト・パブリッシング〈昭和-平成時代の名古屋鉄道〉、2026年、18頁。ISBN 978-4802135733。
- 1 2 3 服部重敬『瀬戸線』 7巻、フォト・パブリッシング〈昭和-平成時代の名古屋鉄道〉、2026年、110-111頁。ISBN 978-4802135733。
- ↑ 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』 7 東海、新潮社、2008年、23頁。ISBN 978-4-10-790025-8。
- ↑ 服部重敬『瀬戸線』 7巻、フォト・パブリッシング〈昭和-平成時代の名古屋鉄道〉、2026年、19頁。ISBN 978-4802135733。
- ↑ 服部重敬『瀬戸線』 7巻、フォト・パブリッシング〈昭和-平成時代の名古屋鉄道〉、2026年、24頁。ISBN 978-4802135733。
- ↑ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、879頁。
- ↑ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、996頁。