高松町 (岡山県)

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たかまつちょう
高松町
高松ふれあいプラザ(旧・高松町役場)
高松ふれあいプラザ(旧・高松町役場)
廃止日 1971年1月8日
廃止理由 編入合併
高松町、一宮町、津高町 → 岡山市
現在の自治体 岡山市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 中国地方(山陽地方)
都道府県 岡山県
郡 吉備郡
市町村コード 33501-1
面積 24.13[1][2] km2.
総人口 11,518人
(国勢調査、1970年)
隣接自治体 総社市、吉備郡足守町、御津郡一宮町、都窪郡吉備町、庄村、山手村
町長 池上充[3][4]
高松町役場
所在地 〒701-13
岡山県吉備郡高松町大字原古才247番地[1][2]
座標 北緯34度41分09秒 東経133度49分18秒 / 北緯34.68583度 東経133.82172度 / 34.68583; 133.82172
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高松町(たかまつちょう)は、かつて岡山県吉備郡にあった町である。1971年(昭和46年)1月8日に岡山市に編入され廃止された。現在は同市北区の高松地域となっている。同町の町制前の名称である賀陽郡・吉備郡高松村(たかまつむら)についても述べる。

歴史

古くは備中国賀陽郡板倉郷・生石郷・足守郷と都宇郡加茂郷のそれぞれ一部を形成していたが、「高松」の地名はまだ現れていなかった。1870年(明治3年)、江戸時代に中島村と称されていた高松城付近の地名が、正式に高松村となった。

1875年(明治8年)、大崎村・平山村・和井元村・高松村・原古才村・稲荷村・立田村が合併して高松村をつくったが1881年(明治14年)に分村。1889年(明治22年)の町村制施行で7村が再び合併して高松村が発足し、1915年(大正4年)には町制施行して高松町となった。

1930年(昭和5年)10月16日、県内で陸軍特別大演習が開かれる。町内に長良野外統監部が設置され、昭和天皇が行幸。演習後は県立高松農学校への視察も行なわれた。岡山駅 - 稲荷駅間でお召し列車が運行[5]。

1951年(昭和26年)頃から吉備郡高松町・真金町・生石村と都窪郡加茂村との間で合併気運が高まり、真金町を除く3町村が合併して1955年(昭和30年)に新・高松町が発足した。その後、真金町は1957年(昭和32年)2月に県知事から高松町への合併勧告を受け、1960年(昭和35年)2月まで合併協議が続けられた結果、同年4月1日に高松町へ編入し、吉備郡高松町吉備津と改称した。

1971年1月8日、高松町は岡山市に編入合併され、稲荷・田中・原古才の3大字は「高松」を冠した上で他の17大字とともに同市の大字に継承された。

沿革

脚注

注釈

    出典

    参考文献

    • 岡山県総務部統計課 編『岡山県市町村勢要覧』 昭和44年刊、岡山県統計協会、岡山、1970年10月1日。doi:10.11501/9528441。 NCID BA43334715。OCLC 703790315。 
    • 山陽新聞社 編『山陽年鑑』 昭和46年版、山陽新聞社、岡山、1970年10月1日。doi:10.11501/9572432。 NCID BN03632797。OCLC 703818864。 
    • 岡山市企画室企画課 編『岡山市と周辺市町村合併の記録』岡山市、岡山、1971年4月30日。doi:10.11501/9773871。 NCID BN06753652。OCLC 672970922。 
    • 角川日本地名大辞典編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 33巻《岡山県》、角川書店、東京、1989年7月8日。doi:10.11501/12288356。ISBN 978-4-04-001330-5。 NCID BN00094881。OCLC 673246624。 
    • 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、東京、2016年9月30日。ISBN 978-4-10-320523-4。 NCID BB22369559。OCLC 961277995。 

    関連項目