| 高田漣 | |
|---|---|
| 生誕 | 1973年8月20日(51歳) |
| 出身地 |
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| 職業 | マルチ弦楽器奏者 |
| 担当楽器 | 弦楽器全般 |
| 活動期間 | 1990年 - |
| 共同作業者 | pupa |
| 公式サイト | TONE -高田漣 |
1970年代 - 加川良のアルバム『アウト・オブ・マインド』や、吉田拓郎の楽曲「彩たん」の歌詞、フォークシンガーである父・高田渡の『FISHIN ON SUNDAY』などの歌詞や、泣き声などでも登場していた。
1990年 - 17歳の時、西岡恭蔵のアルバム『トラベリン・バンド』に参加しセッション・デビュー。
1990年代後半 - 父・渡のバックを務める傍ら、ハナレグミ・原田郁子・畠山美由紀・ポラリス・アン・サリー・サンディー・ハシケンなど数多くのセッションにも参加する。
2002年 - アルバム『LULLABY』でソロデビュー。
2006年 - 細野晴臣&東京シャイネスのメンバーとしてペダルスティールを担当。また同年の高橋幸宏ソロツアーもペダルスチール、マンドリン、アコースティックギターでサポート。
2007年 - Human Audio Sponge(細野晴臣・高橋幸宏・坂本龍一)のチャリティライブにサポートメンバーとして参加した他、夏には高橋幸宏、原田知世らとpupaを結成した。
2013年 - アルバム『アンサンブル』で、SPEEDSTAR RECORDSからメジャーデビュー。
2022年 - 初の単著『ギターというモノ/ギタリストというヒト プルースト、ベイトソン、ソンタグ、高田渡』を、DU BOOKSから発売。
メイン楽器はペダル・スティールギター。その他にもラップスティールギター、アコースティックギター、マンドリン、ウクレレなどを弾きこなす。
少年時代はYMOのファンで、ペダルスティールを始めた動機は「キーボードみたいだったから」。ブライアン・イーノのアルバム『APOLLO』の中でダニエル・ラノワが演奏するスティールギターのサウンドが自身のルーツにあるとも語っている。
アコースティック楽器やペダルスティールのオーソドックスなフォーク/カントリースタイルのプレイの他、エフェクターを多用したペダルスティールで空間的なサウンドやシンセサイザーのようなエフェクティブな音も作り出している。また、独自の活動を始めて2007年現在、自身のソロアルバムも5作品リリースしている。
漣という名前をつけたことについて、父の渡は「役所で人名に使える字使えない字を決めること自体おかしいと思うので、認められない字を意識的に捜した。こういう字を使うのが僕の息子にふさわしいと思った」と話している[1]。当時漣という字が人名用漢字に含まれていなかったため、戸籍謄本では「高田れん」になっていたという[1]。
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