高野 宏一(たかの こういち、1935年8月28日 - 2008年11月30日)は、日本の撮影技師、特技監督、演出家。日本映画監督協会会員。

来歴 

人物

円谷皐とは小学校の同級生だった縁で、『ゴジラの逆襲』制作途中から撮影助手として映画界入りする。これが初の仕事で、第1作の『ゴジラ』には関わっていない。この『ゴジラの逆襲』では、初めての経験からゴジラとアンギラスの格闘シーンの撮影速度を「高速度(スローモーション)」ではなく「微速度(コマ落とし)」に設定してしまい、撮影が終わってからこの失敗に気づいて責任の重さに思わず号泣したという。だが円谷英二は編集でこの動きを面白がり、「怪我の功名」として同作では怪獣のアクションに「コマ落とし」が採り入れられた。

円谷英二の直弟子として「撮影による演出」を叩き込まれたといい、円谷に倣い、特撮の絵コンテ、フィルム編集も自ら手がけた。テレビの特撮番組では、「朝9時から深夜0時頃まで撮影後、朝の6~7時まで編集作業、昼頃まで寝る」というペースで、月に6本手がけたこともある。

『ウルトラマン』第10話と第30話、『怪奇大作戦』第13話では俳優として出演している。

『スーパーロボット レッドバロン』では、特撮ではなく本編の監督を務めている。「特撮の人間が本編を撮ると、何故か特撮がおろそかになる。また、本編の人間が特撮を撮ると逆に本編がおろそかになる」と語っている。

脚本家の金城哲夫が円谷特技プロを去った際のいきさつに関しては、その数年後に起こる金城の事故死のこともあり、「金ちゃんには本当に申し訳ないことをしてしまった。もっとぼくなんかが体を張って止めるべきだった。」と涙ながらに語っている[要出典]。

危険が伴う過酷な特撮現場で、特技監督としてスタッフを常に気づかう人柄だった。『ウルトラマン』で主役のウルトラマンを演じた古谷敏は高野を評してこう述べている[5]。「撮影中でも終わった後も、いつも微笑を浮かべて周囲に気配りをしている人だった。特撮はチームワークだと口癖のように言っていて、いつも真剣に話をする映画に対して心熱い人だ」

妻は国立大蔵病院に勤務していた看護婦で、高野が草野球で負傷し同病院に入院した際に知り合った[6]。

担当作品

映画

テレビ

ビデオ

CM

テレビ出演

DVD出演

脚注

[脚注の使い方]
  1. 1 2 3 4 5 6 7 マガジン2020 2020, p. 63, 「ウルトラ雑学2 円谷プロダクション Who's Who?」
  2. 1 2 掛尾良夫 編『日本映画人名事典 監督篇』キネマ旬報社、1997年11月25日、468頁。ISBN 4-87376-208-1。
  3. ↑ 「大揺れ円谷プロ、セクハラ後はリストラ騒動 前専務のカリスマ特技監督が怒りの提訴」 ZAKZAK 2003年9月2日
  4. ↑ 高野宏一氏死去 共同通信よんななニュース 2008年12月4日閲覧
  5. ↑ 『ウルトラマンになった男』(小学館)[要ページ番号]
  6. ↑ 東宝ゴジラ会「第二章 円谷組スタッフインタビュー INTERVIEW13 黒川博通、小野寺浩、飯塚江津子、宮西武史」『特撮 円谷組 ゴジラと東宝特撮にかけた青春』洋泉社、2010年10月9日、184頁。ISBN 978-4-86248-622-6。
  7. ↑ “映画資料室”. viewer.kintoneapp.com. 2020年4月21日閲覧。
  8. 1 2 「円谷プロダクション 30YEARS+(PART2)」『宇宙船』Vol.64、朝日ソノラマ、1993年5月1日、48頁、雑誌コード:01843-06。

参考文献

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