鳥と砂漠と湖と

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鳥と砂漠と湖と
Refuge: An Unnatural History of Family and Place
テリー・テンペスト・ウィリアムスの著作
基本情報
著者 テリー・テンペスト・ウィリアムス
ジャンル クリエイティブ・ノンフィクション、ネイチャーライティング、回想録
出版社 Pantheon Books(初版)/Vintage Books(廉価版)
刊行年 1991年(初版)/1992年(廉価版)
ページ数 304ページ(初版)
舞台 ユタ州グレートソルトレイク周辺、ベア・リバー渡り鳥保護区

『鳥と砂漠と湖と』(とりとさばくとみずうみと、原題:Refuge: An Unnatural History of Family and Place)は、アメリカのネイチャーライティング作家テリー・テンペスト・ウィリアムスによるクリエイティブ・ノンフィクション作品である。1991年にPantheon Booksより刊行され、環境文学の古典として広く評価されている。

本作は、1980年代初頭のユタ州グレートソルトレイクの記録的洪水と、著者の母のがんによる死を並行して描き、自然と家族の喪失、そして政府による核実験の被害という三つの物語を詩的な筆致で織り交ぜた作品である[1]。

概要

本書は、著者ウィリアムスが1983年春に母ダイアンの卵巣がん診断を知ったことを起点とする。同じ時期、グレートソルトレイクは記録的な水位上昇を始め、著者が幼少期から親しんできたベア・リバー渡り鳥保護区(w:Bear River Migratory Bird Refuge)が浸水の危機にさらされていた。ウィリアムスはこの二つの「喪失」を交互に語ることで、個人的悲劇と自然環境の崩壊が分かちがたく結びついていることを示す[2][3]。

本書の末尾に収録されたエピローグ「片乳の女たちの一族(The Clan of One-Breasted Women)」は広く知られており、著者の家族の女性たちに乳がんが多発した原因として、1950〜60年代にネバダ核実験場で行われたアメリカ原子力委員会の大気圏内核実験による放射性降下物(ダウンウィンダー)との関連を主張する内容となっている[4]。

背景・執筆経緯

ベア・リバー渡り鳥保護区

テリー・テンペスト・ウィリアムスは1955年カリフォルニア州コロナ生まれ。ユタ州ソルトレイクシティで育ち、ユタ大学で英語と環境教育の学位を取得した。1982年から1989年にかけて、ユタ州自然史博物館の常駐ナチュラリスト(Naturalist-in-Residence)として勤務しながら、母と祖母のがんとの闘いを見守り、同時にグレートソルトレイクの洪水がベア・リバー渡り鳥保護区の生態系を破壊していく様を観察した[5]。

グレートソルトレイクの水位は1982年9月から1983年7月にかけて未曽有の上昇を記録した。ユタ州政府はこの対処として湖の堤防を掘削する工事を採用したが、保護区の鳥類や生態系への影響は甚大であった。ウィリアムスにとって、自然の破壊と家族の死は切り離せないものであり、本書の核心的テーマをなしている[6]。

主な内容・特徴

構成

本書は、野鳥の名前を冠した短い章から構成される。 それぞれの章では、章題の野鳥の自然史的な観察記録と、著者の人生のある局面や家族の出来事の回想が交互に語られる[3][6][7]。

章題 [8]
American Avocet

物語

目次の節題の水位データをグラフ化。湖の水位が4206 feetを越え保護区が水没する閾値を赤で示す[9]。横軸は時系列だが等間隔ではない。特にグラフの終盤は水位が急激に下がるが実際はゆっくり低下

物語は、グレートソルト湖の実際の水位変動とベア川渡り鳥保護区(Bear River Migratory Bird Refuge)の状況を追いながら進行し、湖岸の教会での礼拝が中断され、信徒たちが水防作業に駆り出される場面など、地域社会の対応も描かれる[6]。 一方で、母親のがんの診断、治療、再発、そして死に至る過程が、家族の会話や病院での場面を通じて詳細に語られる。

終章(エピローグ)は「THE CLAN OF ONE-BREASTED WOMEN(片胸の女たちの一族)」と題され、著者の家系の女性たちに高頻度で乳がんや卵巣がんが発生している事実が提示される[3]。 著者は、これを核実験の放射性降下物の影響と結び付け、アメリカ政府の核政策に対する批判と、環境正義の問題を提起する。

自然史と非自然史の対比
「アンナチュラル・ヒストリー(非自然史)」という副題が示すように、本書は自然の摂理による変化(湖の洪水)と、人為的介入による破壊(核実験による放射性降下物)を対比させる。自然は変化と死をもたらすが、それは本来的な循環の一部であり、「非自然」な人間の行為とは根本的に異なるとウィリアムスは主張する。
女性と自然のつながり
著者は母や祖母との関係を通じて、女性の生命力と自然環境の生命力を重ねて描く。母の死後も鳥たちへの祈りや観察を続ける場面など、女性としての経験と自然との一体感が本書の通奏低音をなしている。
ダウンウィンダーの問題
エピローグ「片乳の女たちの一族」において、ウィリアムスはアメリカ政府が「ほぼ無人地帯」として設定したネバダ・ユタ・アリゾナ州北西部への核実験の影響を告発する。1950〜60年代の大気圏内核実験によって多数の米国市民が被曝し、その補償を求める訴訟が1980年代中頃に起こされたという歴史的事実も記述している[10]。
鳥類との関係
ベア川渡り鳥保護区(Bear River Migratory Bird Refuge)は208種の鳥類の生息地であり、うち62種が同地で繁殖する。ウィリアムスはセイタカシギ、アメリカコサギ、アナホリフクロウなどの観察記録を通じて、生態系の脆弱性と再生力を描く[11]。

語りの特徴

本書は、日記風の一人称叙述、自然観察記録、家族との対話、宗教的・哲学的な省察が混在するクリエイティブ・ノンフィクションとして書かれている[3]。著者は、鳥類や湿地の描写において詳細な自然史的知識を示す一方、母親との親密な会話や看取りの場面を通じて、喪失と受容の心理を内省的に描く。

また、モルモン教徒[12] としての背景が随所に現れ、教会の儀礼や共同体の価値観が、自然観や死生観とどのように結び付いているかが語られる[6]。 さらにユタ州の先住民族が生み出したフレモント文化を発掘するシーンでは、数百年前に滅んだ文化と現在とのつながりをグレートソルト湖の野鳥に照らして語られる。 こうした要素が、単なる環境ノンフィクションにとどまらない、宗教・ジェンダー・政治を含む多層的な作品世界を形成している。

出版情報

  1. Terry Tempest Williams. Refuge: An Unnatural History of Family and Place. New York: Pantheon Books, 1991. ISBN 978-0-679-40516-0.
  2. Terry Tempest Williams. Refuge: An Unnatural History of Family and Place. New York: Vintage Books, 1992. ISBN 978-0-679-74024-7.(廉価版)
  3. Terry Tempest Williams. Refuge: An Unnatural History of Family and Place (10th anniversary edition, with a new afterword). New York: Vintage Books, 2001.
  4. テリー・テンペスト・ウィリアムス 『鳥と砂漠と湖と』(石井倫代訳、宝島社、1995)-- 邦訳書

主題と評価

自然と「不自然」の対比

原題にある「Unnatural History(不自然の歴史)」は、自然史(natural history)の語法を反転させたものであり、著者は、核実験や大規模水利事業といった人為的介入を「不自然な」歴史として批判的に描く[3]。 グレートソルト湖の水位上昇に対する州政府のポンプ計画や堤防建設などの技術的対応は、鳥たちが単に別の生息地へ移動するという「自然な」適応と対比される[6]。

一方で、がんという病もまた自然な身体過程の一部であり得ることが示され、自然/不自然の境界が揺らぐ様子が描かれる。著者は、母親の病を「不自然な」核実験の帰結と見なす一方で、死を生命の循環の一部として受け入れようとする姿勢を示す[6]。

フェミニズムと家族史

本書は、著者の母親や祖母たちとの関係を中心に、女性たちの身体、沈黙、語りの継承を主題化している[3]。「片胸の女たちの一族」という表現は、乳房切除を受けた女性たちの身体的経験を共有する一族意識を示し、沈黙を破って語ることの政治性を強調する。

批評家は、本書をフェミニスト自然文学の代表作の一つとして位置付け、女性の身体と土地の損傷を重ね合わせる比喩的構造に注目している[13]。

評価と影響

『鳥と砂漠と湖と』は刊行後、ネイチャーライティング・環境ノンフィクションの分野で広く読まれ、アメリカ西部の環境史と核実験の影響を扱う重要な作品として評価されている[7]。

著者は本書を契機に、環境保護と核政策批判を行う作家・活動家として知られるようになり、その後の著作『Finding Beauty in a Broken World』[14]、『When Women Were Birds』 [15] などに、本書で提示された主題が引き継がれている。

本書は出版後すぐに環境文学の古典と見なされるようになり、著者ウィリアムスの代表作としてアメリカ国内外で広く読まれている。

主な批評・推薦の言葉[16]

サンフランシスコ・クロニクル
「これまでにない、まったく独自でありながら悲劇的にも普遍的な物語」
ワシントン・ポスト・ブック・ワールド
「動かされ、愛に満ちた作品。ある生態学的現象の自然史であり、モルモン教徒の家族サーガでもある、勇敢な書である」
作家 ウォレス・ステグナー
「翼音の響かないページが一枚もない」
カンザスシティ・スター
「見事に構成された、われわれの時代の最も重要な環境エッセイの一つ」
作家 バリー・ロペス
「人間の情緒的な生が特定の風景と深くからみあう様子を、これほど見事に示した作品はほかにない」[17]

本書は大学の環境人文学・ネイチャーライティング・ジェンダー研究などの授業でも広く採用されており、アメリカの環境運動や女性の健康問題に関する議論においても重要な参照点とされている[18]。

受賞・栄誉

  • Association for Mormon Letters 個人エッセイ賞(1991年)
  • Evans Biography Award、マウンテン・ウェスト地域研究センター(ユタ州立大学、1991年)
  • Mountain & Plains Booksellers クリエイティブ・ノンフィクション賞(1992年)[19]

著者について

テリー・テンペスト・ウィリアムス(Terry Tempest Williams、1955年9月8日生まれ)はアメリカの作家・教育者・保全活動家である。環境と社会的正義の交差点をテーマとした17冊以上のクリエイティブ・ノンフィクション作品を著し、Lannan Literary Awardおよびジョン・サイモン・グッゲンハイム・フェローシップを受賞している。2019年にはアメリカ西部文学への生涯貢献としてRobert Kirsch Awardを受賞。アメリカ芸術文学アカデミー会員であり、ハーバード神学校のWriter-in-Residenceも務めた[20][21]。

関連項目

脚注

  1. ↑ “Refuge by Terry Tempest Williams”. Penguin Random House. 2026年5月13日閲覧。
  2. ↑ “Refuge: An Unnatural History of Family and Place”. Barnes & Noble. 2026年5月13日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 Williams, Terry Tempest (1991). Refuge: An Unnatural History of Family and Place. New York: Pantheon Books. ISBN 978-0-679-40516-0 2026年5月13日閲覧。
  4. ↑ “Refuge”. Penguin Random House. 2026年5月13日閲覧。)
  5. ↑ “Refuge: An Unnatural History of Family and Place”. AbeBooks. 2026年5月13日閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 6 “Refuge: An Unnatural History of Family and Place Summary”. eNotes. 2026年5月13日閲覧。
  7. 1 2 Williams, Terry Tempest (1992年9月1日). “Refuge: An Unnatural History of Family and Place” (英語). Knopf Doubleday Publishing Group. 2026年5月13日閲覧。
  8. ↑ 邦訳書『鳥と砂漠と湖と』(石井倫代訳、宝島社、1995)目次より引用
  9. ↑ グラフの元データ(目次の節題から水位データを抜き出した): 4204.70,4203.25,4204.05,4204.75,4205.40,4206.15,4207.75,4209.10,4208.00,4209.15,4209.90,4209.55,4208.50,4208.40,4208.35,4208.45,4210.90,4211.30,4211.65,4211.85,4211.40,4211.00,4210.85,4210.80,4210.95,4211.10,4211.15,4211.20,4211.35,4211.65,4211.85,4210.20,4209.10,4207.05,4206.00,4204.70
  10. ↑ “Refuge: An Unnatural History of Family and Place”. Amazon.com. 2026年5月13日閲覧。
  11. ↑ “Refuge Chapter Summary”. Bookey. 2026年5月13日閲覧。
  12. ↑ ユタ州はモルモン教徒が主に開拓した経緯より、モルモン教徒率が高い。参考:(在米日本総領事館) https://www.denver.us.emb-japan.go.jp/itpr_ja/bilateralUT.html
  13. ↑ Smith, Jon (1996). “Women, Land, and Nuclear Fallout in Terry Tempest Williams's Refuge” (英語). Western American Literature 30 (4): 345-362.
  14. ↑ https://www.goodreads.com/book/show/2815816-finding-beauty-in-a-broken-world
  15. ↑ https://www.goodreads.com/blog/show/3088-readers-most-anticipated-books-of-summer-and-the-rest-of-the-year?ref=bbsummer_eb
  16. ↑ “Refuge – Reviews”. Penguin Random House. 2026年5月13日閲覧。
  17. ↑ “An Introduction to Terry Tempest Williams”. Mapping Literary Utah. 2026年5月13日閲覧。
  18. ↑ “Author, activist Terry Tempest Williams to address Environmental Humanities Lecture Series”. University of Rhode Island (2022年11月17日). 2026年5月13日閲覧。
  19. ↑ “Terry Tempest Williams”. National Book Foundation. 2026年5月13日閲覧。)
  20. ↑ “Terry Tempest Williams”. National Book Foundation. 2026年5月13日閲覧。
  21. ↑ “Terry Tempest Williams”. Grove Atlantic. 2026年5月13日閲覧。

外部リンク