鷹野宏史

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鷹野宏史
(片山宏史)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 高知県[1]高知市
生年月日 (1964-10-04) 1964年10月4日(60歳)[1]
身長 160.5cm
体重 49.6kg
血液型 B型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 高知・松木啓助(1982.4.16 - 2008.2.29)
美浦・二ノ宮敬宇(2008.3.1 - 2010.4.21)
栗東・フリー(2010.4.22 - 2011.12.20)
勝負服 胴青、黄山形一文字、袖青→
胴黒、赤のこぎり歯型、袖青
(高知所属時)
初免許年 1982年(高知)・2008年(JRA)
免許区分 平地
騎手引退日 2011年12月20日
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鷹野 宏史(たかの ひろふみ、1964年10月4日 - )は、日本中央競馬会に所属する元騎手の調教助手。本名、片山 宏史(かたやま ひろふみ・旧姓:鷹野)。得意な戦法は先行。趣味はツーリング、読書。

来歴

1982年4月16日に高知競馬場の松木啓助厩舎所属騎手としてデビューし、翌4月17日に初勝利を挙げた。

2005年7月18日にデビュー以来12863戦目で史上60人目となる地方競馬通算2000勝を達成した。2006年2月2日から勝負服の柄を胴青、黄山形一文字、袖青から胴黒、赤のこぎり歯型、袖青へ変更した。

2007年、10月24日に4度目の受験となるJRAの平成20年度新規騎手免許第1次試験を受験し、11月15日に発表された合格者の中に含まれていたことが明らかになった。中央競馬で一度も騎乗経験のない地方の騎手が1次試験を合格するのは初めてのことである。

2008年、2月14日に第2次試験の合格が発表され、高知県競馬組合所属騎手および中央競馬で騎乗経験のない地方の騎手として初めてJRAの騎手試験合格者となる。同年2月24日には高知競馬場で壮行式が行われ、「飛翔タカノ壮行特別」が地方競馬騎手として最後の騎乗となった(1番人気10着)。

2008年3月1日付で美浦・二ノ宮敬宇厩舎所属騎手としてJRA騎手免許交付。デビュー同期に伊藤工真、大江原圭、三浦皇成の3人と、大井から移籍してきた内田博幸がいる[2]。同日、中山競馬第3競走でハイブリッドスターに騎乗しJRA初騎乗(10着)[3]、5月18日、新潟競馬第3競走でアンブロークンに騎乗しJRA移籍後初勝利を挙げた[1]。

2010年4月21日付で二ノ宮厩舎を離れフリー騎手となり[4]、翌22日から所属先を栗東トレーニングセンターに移した[4]。

2011年12月20日付で騎手を引退、藤沢則雄厩舎で調教助手になることが発表された。

エピソード

日本中央競馬会の騎手免許取得時に次男が競馬学校騎手課程の入学試験に合格していた[5]が、2010年までに退学したとみられ[6]、宏史が夢見ていた同一レースでの騎乗[5]は実現しなかった。

おもな騎乗馬

騎乗成績

地方競馬

14345戦2190勝

中央競馬

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗2008年3月1日2回中山1日3R3歳未勝利ハイブリッドスター12頭910着
初勝利2008年5月18日1回新潟6日3R3歳未勝利アンブロークン15頭21着
重賞初騎乗2008年3月22日2回中山7日11Rフラワーカップラヴドシャンクシー16頭1512着
年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
2008年246158.013.038.076
2009年31784.036.048.131
2010年111104.010.019.029
2011年00144.000.000.023
中央6615390.015.031.069
地方20017.118.118.118

脚注

  1. 1 2 3 “鷹野宏史騎手、JRA移籍後初勝利”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  2. ↑ “内田博幸騎手がJRA騎手免許合格”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  3. ↑ “三浦騎手初勝利、内田博騎手は3勝の活躍”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  4. 1 2 鷹野宏史騎手、22日から栗東所属に(ラジオNIKKEI競馬実況web、2010年4月5日)
  5. 1 2 “News「JRAの騎手試験に合格した高知の鷹野騎手の喜びのコメント 」”. 競馬実況web. 日経ラジオ社 (2008年2月14日). 2012年5月20日閲覧。
  6. ↑ 騎手課程第27期生 東京競馬場で模擬レースを開催【競馬学校】 2010年の模擬レース実施時には既に名前がなくなっている。

関連項目

外部リンク