
御殿場市に源を発する(北緯35度18分7.1秒 東経138度55分45.3秒)。富士山三島溶岩流の流域にあるため、岩盤を河床とする区間も多い河川で、途中には富士溶岩の断崖にかかる五竜の滝(北緯35度10分58.8秒 東経138度54分16.8秒)、鮎壺の滝(北緯35度7分52秒 東経138度53分33秒)などがある。概ね南へ流れ、沼津市と清水町の境で狩野川と合流する(北緯35度6分0.3秒 東経138度53分3.1秒)。
ちなみに愛鷹山の尾根末端部にあった長久保城は、黄瀬川、支流の桃沢川、同梅の木沢川により三方を要害として活用する地に建っていた。
平安時代末期の治承・寿永の乱において、伊豆で挙兵した源頼朝と奥州から駆けつけた源義経が1180年(治承4)10月21日に黄瀬川の陣で兄弟対面を果たしたと伝えられる[1](富士川の戦い)。
黄瀬川は田畑より低い位置を流れるため、農業用水には不向きな川であった。そのため江戸時代には、芦ノ湖を水源とする深良用水が築かれた[要出典]。ただし、裾野市で大堰により分流され左岸を流れる久保田川、長泉町・沼津市境より分流され右岸を流れる牧堰用水をはじめ、この川を水源とする灌漑用水路は幾つか存在する。
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