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| メーカー | セガ・エンタープライゼス |
|---|---|
| 種別 | 据置型ゲーム機 |
| 世代 | 第3世代 |
| 発売日 |
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| CPU | NEC μPD780C or SHARP LH0080A |
| 対応メディア | ゲームカートリッジ [1] |
| コントローラ入力 |
ケーブル接続 (着脱は要改造) |
| 外部接続 | 拡張スロット |
| 売上台数 |
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| 互換ハードウェア |
SD-G5 SG-1000II SC-3000 SC-3000H オセロマルチビジョン |
| 次世代ハードウェア |
セガ・マークIII セガ・マスターシステム |
SG-1000は、セガ・エンタープライゼスが開発した家庭用ゲーム機。日本では1983年7月15日[2][4][5][6]にセガが販売[7]し、海外ではOEM販売された。
日本国内では販売時期に相応して3種類のバージョンが存在しており、本項では便宜上それらを初期・中期・後期と呼ぶ。画像は後期モデルのものである。
同社のゲームパソコンであるSC-3000をベース[8]として、よりゲームに特化し、シンプルな回路で構成される。SG-1000のSGは「Sega Game」の略である[3]。
初期から中期に移行した辺りのタイミングで、SG-1000の基板設計が変更され、CPUやVDP、SN76489の位置が異なっている。VDPに色差信号対応のTMS9928を採用し、高画質化製品を視野に入れた変更がなされ、それに対応した信号出力ターミナルの追加とシルク印刷、CPUの上をオーディオ信号を含む7本のジャンパー線を走らせている。なお外観上、2P側のコントローラー端子がボディーから出っ張っているのが初期、面位置になっているのが設計変更された基板の特徴である。
カートリッジコネクタの固定方法が基板にハンダ付けされているのみの方法を取っている上、基板そのものがビス4本によって間接的にボディーを介して固定されているため、ソフトの抜き差しに対するスロット周辺の強度が不足し結果的にハンダ剥離、パターン破壊を引き起こしソフトを認識しなくなるトラブルが多発した[要出典]。セガは基板と本体ボディーが接する部分にボール紙によるパッキンを当てて強度を増そうとしていたが、根本的な解決にはなっていなかった。
SG-1000の1プレイヤー側ジョイスティックは本体直結となっており、コントローラーを交換する事はできない[3]。2プレイヤー側はコネクタ式のため差し替え可能である。ただし、本体を開けて1プレイヤー側ジョイスティックを取り外し、別売されていたエクステンションケーブルキット(JC-100)[9][信頼性要検証]を取り付ける事により、1プレイヤー側もコネクタ仕様となり着脱可能となる。エクステンションケーブルキットは基本的には店頭販売されておらず、セガのサービスセンターでJC-100の取り付けサービスと、取り外したジョイスティックコントローラSJ-200の着脱対応化改造を行っていた。
コントローラ形状は縦長の箱状で、両側面にボタンが1つずつある8方向レバーのジョイスティックである。これはAtari 2800やスーパーカセットビジョンなどと同様である。これらに比べてSG-1000のものは小学生の手にフィットする細長い形状になっている[10]。なお、コントローラー端子に5Vが供給されていないので、後に発売されたラピッドファイヤーユニットやアスキースティックαはこの機種には利用できない。アーケードを意識したスティックの付いたコントローラーの操作性には難があった[7]。
単色のみのスプライト機能あり。価格は15,000円[8]。当初は「SG-2000」という名称で1983年7月下旬に定価19,800円で発売予定だったが[11][注 4]、任天堂のファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)の発表を受け、価格をファミコンに合わせて「SG-1000」として発売した[12][13][注 5]。
ツクダオリジナルとパイオニアが、以下の互換ハードを発売した。
| 発売年 | 型番 | 商品名 | メーカー名 | 価格 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1983年末[15][16][17] | FG-1000 | オセロマルチビジョン | ツクダオリジナル | 19,800円[16] | オセロゲーム内蔵[16]。本体にジョイスティックを装備[16]。 SC-3000/SG-1000用ソフトと互換性を持ち、RAMは2KiBを搭載[16]。SK-1100接続不可[18]。 |
| 1984年7月[18] | FG-2000 | オセロマルチビジョン FG-2000[18] | ツクダオリジナル | 19,800円[18][注 6] | FG-1000から外装などが変更されたもので、オセロゲーム内蔵[18]。 本体のジョイスティックがジョイパッドに変更され、2P用外付けジョイパッドも同梱[18]。SK-1100接続可[18]。 |
| 1983年末頃[21][22][23] | SD-G5 | TV VIDEO GAME PACK SD-G5 | パイオニア | 19,800円 | パイオニアのシステムコンポーネントテレビ「SEED[注 7]」用オプション 1人プレイ専用。SK-1100接続不可。カードキャッチャの使用は可能。RGB映像出力方式 |
これらは1983年末に発売されたMSXに対抗するために提携したもので、生産販売は提携先メーカーだが開発はセガとの共同開発である[21][25][26]。いずれも、SK-1100等が必要な物を除き、セガ発売のSG-1000/SC-3000シリーズ用ソフトが使用可能。
クローン機では台湾のBit Corporation社よりSG-1000とコレコビジョンの両方のソフトが遊べる「DINA 2-in-1」なども発売された[27]。
また、「パソコン学習机」というアーケード筐体が存在した。名前の通り机にモニターが据え付けられたようなデザインで、机部分にSC-3000と同じキーボードとアーケード型ジョイスティックが搭載されており、正面のモニタ横にソフトの切り替えボタンが縦に10個並んでいた。コインを投入すると一定時間(標準設定で10分/100円)、内蔵されているソフトを自由に切り替えてプレイできるというもの。セガ直営店のごく一部の店舗で見ることができた。基板はSG-1000と同等のもので、ソフトも市販のものと全く同じものを使用していた。
これとは別に、SG-1000と同スペックの一般筐体向け業務用基板も少数流通した。この基板ではソフトウェア用としてEPROMが使用されている。
別売の外付けキーボード SK-1100[1]には、SC-3000から省略されたインターフェイスも搭載されており、機能的には同様のものが提供される。ハードウェアとしては入出力周りの実装と、メモリの実装量が異なるため、拡張しても等価になるわけではない。
| 型番 | 名称 | 備考 |
|---|---|---|
| ゲームカートリッジ For SC / SG | カートリッジのみの販売はない。 | |
| C-1000 | カードキャッチャ[1] | マイカードを利用するために発売されたアダプタ。 |
| SA-150 | ACアダプタ | 本体に付属。 |
| SS-50 | RFスイッチボックス | 本体に付属。 |
| SS-60 | RFスイッチボックス | マークIIIに付属。 |
| RFケーブル | 本体に付属。 | |
| アンテナ整合器 | 本体に付属。 | |
| SJ-150 | ジョイパッド[1] | SG-1000IIに付属のコントローラ。 |
| SJ-151 | ジョイパッド | SG-1000IIに付属のコントローラ。ボタン部分がプラスチックになった。 |
| SJ-152 | ジョイパッド | マークIIIに付属のコントローラ。 |
| SJ-200 | ジョイスティック[1] | SG-1000についてるのと同型のもの。 |
| SJ-300 | ジョイスティック[1] | |
| SH-400 | ハンドルコントローラ[1] | レースゲーム用コントローラ |
| BH-400 | バイクハンドル | レースゲーム用コントローラ |
| SK-1100 | セガ・キーボード[1] | SG-1000/1000II用のキーボード。 |
| SP-400 | カラープロッタプリンタ | セガ・キーボード(SK-1100)の端子につないで使用する。ACアダプタが必要。 |
| SR-1000 | カセットデータレコーダ | セガ・キーボード(SK-1100)の端子につないで使用する。 |
| SR-1001 | カセットデータレコーダ用ACアダプタ | |
| JC100 | エクステンションケーブルキット | 本体直付けのジョイスティックを取り外し、交換可能にするキット。 |

ソフトウェアはカートリッジおよびマイカードと呼ばれる名刺型のものが存在する。
グラフィックやサウンドなどの性能は同世代のファミコンに劣るが、『サファリハンティング』や『フリッキー』といったセガがリリースした人気アーケードゲーム作品を自社移植できたことで本体の一定の普及に結び付いた[7]。
その一方で、セガはファミコンに対抗すべく、他のアーケードゲームメーカーに声をかけてサードパーティー集めに必死になった。ツクダオリジナルからは「オセロマルチビジョン」用ソフトとして8タイトルが発売され、それらソフトはSG-1000/SC-3000シリーズでも使用可能であることから、セガハード初のサードパーティーとなる。しかしそれ以外のメーカーは他社ハードにソフトを供給しているなどの理由で断られたためなかなか集まらなかった。打開策として、ナムコ(後のバンダイナムコエンターテインメント)などの他のアーケードゲームメーカーに開発費などを供与した上で、他社が開発したタイトルをセガブランドとして発売したソフトも少なくなかった[3]。パイオニアからは互換ハードのみの発売のみで、独自のソフトは発売されなかった。
後継機のセガ・マークIII発売後もソフトの供給は続き、1987年までソフトが供給された。
1983年7月15日に発売[2][4][5][6]。上位機であるSC-3000は、同時期のホビーパソコンであるM5やMSXなどとほぼ同等のスペックである[28]。実際、本機のタイトルの大半はMSXに移植の上でポニー(PONYCAブランド)から販売されていた[注 8]。SG-1000はそれらと同等のハードウェア性能を持ちながらもキーボードをオプションにしたことで、SC-3000の29,800円より低価格の19,800円に設定、最終的には同日発売のファミコンと同等の15,000円で発売した[12]。また同月にはエポック社がカセットビジョンJr.を、トミーがぴゅう太Jr.を発売[10]したことで、競合他社が集中した。
『月刊コロコロコミック』1983年10月号の比較記事[10]によれば、SG-1000はアタリのAtari 2800を若干下回る3位という総合評価を受けている。同誌でファミコンがほぼオール5に近い評価で、旧世代機ながらも当時世界のコンシューマ市場で実績のあったアタリは全ての評価項目で4以上の評価だったのに対し、SG-1000は評価項目の「ゲームパターン」のみ3だった。
当時の日本のコンシューマゲームは電子ゲームから家庭用テレビゲームへの移行期であり、場面と共に内容も大きく変わることが電子ゲームには無い利点と考えられていた[29]。しかし『N-サブ』に代表されるSG-1000の初期タイトルにはゲームを進めても内容に変わり映えの乏しいものが多く、それが評点に影響した。それでも「ソフト」項目ではタイトル数に勝るAtari 2800よりも高い評価を受けており、アーケードで長年の実績を有する事によるゲーム作りのセンスは同誌でも評価されていた。また1983年秋時点での同誌でのソフト個別の評価例[30]としては、初期タイトルの1つ『スター・ジャッカー』が、ファミコンの『マリオブラザーズ』・『ポパイ』に次ぐ3位の評価だった。
発売当初はSC-3000と合わせて10万台程度の販売台数を見込んでいた[13]。当時のセガの社員が自ら「セガのファミコン」と称して販売したこともある[注 9]というエピソードが語られるほどファミコンの影響は大きく、ファミコンの普及に牽引されることで日本国内だけでも初年度でセガの予想を大きく上回る16万台を販売した[31]。
さらにオーストラリアではJohn Sands社、ニュージーランドではGrandstand Leisure Limited社によって販売されており、ニュージーランドでは専門誌まで刊行されていた[32]。それ以外にも、イタリア・スペイン・南アフリカ共和国・台湾でのOEM販売も行われた。北米では販売されなかったが、前述の「ゲーム学習机」の様なアーケードゲームの形でSG-1000のゲームを遊ぶ事はできた。
これまでゲーム基板では数千枚程度から数万枚の製造販売である中、こうして損益分岐点である20万台を大きく上回る40万台を記録し、セガの想定以上のヒット製品となった事で、少なくともハード基板1つで10万台単位での製造販売が見込める事から、その後のセガ独自ハード路線を決定づけ、本機以降の『SG-1000II』『セガ・マークIII』『セガ・マスターシステム』などの家庭用ゲーム機を発売していった[33][注 10]。
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