サモディーヴァ

サモディーヴァ/サモディヴァ[注 1](ブルガリア語:samodiva самодива、複数形:samodivi самодиви)、または サモヴィーラ[注 2]/サモヴィラ[注 3](samovila самовила; 複数形:samovili самовили、ヴィーラ[注 4] (vila вила、複数形:vili вили)は、主に南スラヴ[6][7](とくにブルガリアやマケドニア)伝承の妖精または森ニンフか[8]害なす女悪魔[9]。 ユーダ/ユダ(юда)とも称す[注 5]。
サモディーヴァは、金髪か赤毛の長髪の美女とされる。その白いドレスや他の衣類(白ヴェール、花冠(リース、緑の帯)は、力の源、または飛翔能力のよりどころである。あるいは自前の翼を持つともされる。民話(民謡)では、人間の男性(羊飼い、王子、等)が、サモディーヴァの着衣(やヴェール[注 6]、花冠)を奪って妻とさせる話が語られる[10][11][12]( § サモディーヴァ妻)。
その隠れ処は、どこか高地、水源、森林などの条件が組み合わさった場所であることが多い。例えば、山地の泉や、沐浴地の湖のほとりのブナ林などである。他にも樹幹や樹木のなか、洞窟、廃寺となった教会等々を住処にするという。
迷信においては、サモディーヴァの生息地を軽々しく侵してはならないと警告され(たとえば日没後に彼らの縄張りでの水汲みはタブー)、侵入者は病に侵されたり、眼球を奪われたり、死に至るという。また、人が神隠しに逢うのもサモディーヴァのせいにされる( § 拉致や死)。また、人間を拉致して建設工事の労働力としたり、楽器奏者、歌姫、ホラの踊り子などとして囲ったり、子供の養育係にあてがうという。また、実際は人間を建材にして城を作るという残忍な伝承もある。
サモディーヴァは、秋から冬にかけて、世界の端にあるという「竜の村」にこもる。妖精以外は鳥類のみが到来できる場所という。
眼球を奪うとされ、縄張りを犯したものを盲目にするなどと語られるが、息子が妖精たちを出し抜いて父親の視力を取り戻す説話もある( § 目玉捕り参照)。
この妖精たちは、歌や踊りをひじょうに好むとされる。音楽の競い比べ(賭け試合)をもちかける。妖精の踊りと人間の演奏とでどちらがより長く持続できる競うのが常套である。勝利にすれば、妖精嫁を得たり、妖精が課する供物の免除をもらえたりする。妖精の舞踏場は、森林を伐り開いた空地の、草をなぎ倒した円状の草地の一角に特別に設けられていると伝わる。
名称
「サモヴィーラ samovila(教会スラヴ語: самовила)」 の用例は、ブルガリア語の15世紀の古文書にみつかる[13]。
『サモヴィーラが如何にして生を享けるかの話』」[仮訳題名](Slovo kako zachasya samovila Слово како зачася самовила)と題するホミリー(講話、説教)が、15–16世紀の雑文集に収められるが、そこにはサモヴィーラがギリシアのネーレーイスたちのようなものであると語釈される[14]( § 比較論参照)。
また、サモディーヴァ(самодива)の古い言及とされる例は、1674年成立の《アブラム雑文集》[仮称] (bg:Аврамов сборник) (アヴラム・ディミトリエビッチ著)にみつかるが、その内容は、ベツレへムの幼児虐殺を悼む日(12月28/29日)には、蓋していない(井戸の)水を飲んではならない、なぜならば「サモディーヴァが[井戸に]に反吐していくので、[その水を飲むと]発狂する」、という戒めである[注 7][15][16]。
「サモヴィーラ」の呼称は、セルビア東部、ブルガリア西部、マケドニアなどの地域で使われる[17][9];すなわちブルガリア内では、「サモヴィーラ」より「サモヴィーラ」 が通用するのは、 ストランジャ山地西側などである[18]。
語源
呼称のうち samodiva(複数形:samodivi、「森のニンフ」と意訳[注 10]、「巻きつく、ねじれる」の意)や veiu(вѣю、「[私は]吹く」の意[注 11])と関連すると考察されているが[24]、大元をたどると印欧祖語の語根 *ṷēi̭-、*ṷoi̭-、*ṷī-(「追う、駆る」)か[32]、あるいは *ṷēi̭-(「ねじる、まげる」)にに遡及できるとされる[33][注 12][注 13] やサンスクリット語の vēti に遡及できうるとしている[35]。
異説では、vila には「抑えきれない意思」あるいは「野性じみた/荒れ狂ったふるまい」などの意味が含まれ[注 14]、ブルガリア語の動詞 vilneya(вилнея、「怒る、荒れ狂う」 等の意[36])に通じ、同根語に vihar(вихър、「つむじ風」)や viyelitsa(виелица、「吹雪」)があるとしている[13]。
大衆向けの書籍では、 diva に「野性、野蛮」の意があるとし、サモディーヴァには「独りで野性的」[38]ないし「自由な野生[女児]」の意がある、と解説されている[40]。
更なる仮説によれば、samovila の語は、イアンボドゥラ[仮 1](Jambodula, Jamba)というギリシア=トラキア地域の神に由来するという[41][42]。
異称
「ユーダ」という別名(yuda/juda、юда /jo̟dɐ/; 複数形:yudi}})は[注 15]、「サモヴィーラ」という異名とともにストランジャ山地では使われている[9]。サモディーヴァを「ユーダ」と呼ぶ地域は、 ピリン山脈地方、ロドピ山脈西部などにも及ぶ[43]。これらスラヴ系バルト南部地方(ブルガリアの山間部や[北]マケドニア南部)[44]の「ユーダ」 は、つむじ風の化身という民間伝承があり、「サモディーヴァ」や「サモヴィーラ」に近しい神霊である。だが、地域的には「ユーダ」と呼ばれるそれは、格段に残忍な神霊として伝えられている―ピリン地方のいくつかの村や[47]、、マケドニア(南部)[48]、ロドビ地方のゲラ村がこれに該当する[49]がこれに該当する。
「ユーダ」(юда)の語源については、印欧祖語の「口論好き」、「興奮」 、「誘惑」、「つむじ風」などの意味の語根によると考察される[注 16][13]。
マケドニアでは、サモヴィーラの呼称が主に使われ、より少ない頻度でサモディーヴァ、ヴィーラ、ユーダが用いられる。また、現代では稀になったが、 マイカ(majka/mayka (マケドニア語: мајка、「母」の意;複数形: majki/mayki)という言い回しも使われていた。過去には、人が発狂すると、 「マイキ(マイカら)に取られた」のだと囁かれた[6]。ちなみによく似た用語として、ウクライナ語のマフカが、若い女性の死霊であり、スロベニア語の mavje がこれにあたる[50]。
亜種
生息域によって、呼称が異なる、いわば亜種の伝承もある。ブルガリアでは、森林のサモヴィーラをゴルスカ、サモゴルスカ(gorska, samogorska (горске, самогорске);海のそれをモルスカ(morska морске); 海の向こう果てのそれをプレモルスカ(prekomorska прѣкоморске)[51]などと、二つ名をつけて区別するという。
マケドニアでもヴィーラにまったく同様な二つ名がつく。たとえば森のヴィーラは「~ゴルスカ」、「~サモゴルスカ」(горска、самогорска)がつき、「ヴィーラ・ゴルスカ」等と呼ばれ、海のものは「~モルスカ」(morska)、海外のものは「~プレモルスカ」(prekumorska прекуморска)というように[52]。マケドニアでは亜種を「雲の妖精」 (oblakjinji облаќињи)、「山の妖精」 (planinki планинки)、「湖の妖精」(ezerkinji езеркињи)などと呼ぶ伝承もある[53](これらがヴィーラの亜種として解説される出典もある)。
伝承
サモディーヴァは、その住処の地形と密接につながっている( § 生息域参照)。水源を支配するともいわれる[54](その水汲みを日没後に犯すタブーについては、 § ストヤンと3人のサモディーヴァを参照)。人間には、害も益ももたらすとされる( § 国別の伝承を参照)。
外見
サモディーヴァは、長身[19]、たなびく 長い髪を持ち、金髪か[19][13][55][56]赤毛(赤茶毛[18][57])で、瞳は黒く[4]、色白の肌にはきらめきがあるという[19]。翼を持つともいわれる[13][39]、牡ジカに乗って雲の上まで飛翔できるとされる[58]。翼は脇の下から生え出るともいわれる[60][61]。

サモディーヴァは、白い衣装を着、虹色の帯を締めているが[62][61][18]、その帯を見てもほぼ緑色しか目立たない[61]。「影(シャンカ)」(syanka сянка)と「光線(ルッチ)」(lŭch лъч)という名の白いヴェール(ガウン)は、力の源とされる[注 18]、このヴェールを剥がれると、すべての超常力を失うとさえ言われる[43][59]。あるいは頭にかぶった花冠(リース[注 19]を取られると力が失効するともいう[63][59]。この花冠は、 「サモヴィーラの花」と呼ばれる種類の花で編まれる[61](右図の花冠を被ったヴィーラの絵画を参照)。
その白いガウンやその他の服飾品(すなわちシュミーズ、ドレス sukman、金糸を編んだヘッドスカーフ、緑の帯、袖なしジャケット。いずれも羽があしらわれるともいわれる[13])により、サモディーヴァらは飛翔能力を得ているとされる[13][64]。民話では、サモディーヴァが人間の男に衣服をかすめ取られて捕らわれの身となる[65]。その好例が、 ストヤン/ストイアン(Stoyan/Stoian)がサモディーヴァの衣服を盗み取り妻となることを強要する羽衣伝説型の説話である。ある考察では、男は妻を所有物としかみなさないいわゆる封建的な人物としてふるまう。二人のあいだに子をもうけるが、その子のパーティーの場で衣服を取り戻し、去って行ってしまう( § サモディーヴァ妻 参照)[66][67]。
民間伝承によれば、サモディーヴァは淡灰色[注 20]の牡ジカを乗り回し[61][68]、ヘビを手綱がわりとしてこれを御すとされる(トップ画像を参照)[67][注 21]。そして弓矢を携え[70]、これで狩りをする[19]。民謡においては、ヴィーダ・バズダルジキャ[仮 1](Vida Bazdarzhikya Вида Баздаржийкя)[注 22]という名のサモディーヴァが、六枚の羽根をもつ牡ジカに乗り、その駒につけた鐙は緑色のナミヘビ[注 23]で、その大勒銜(ハミの一種)[注 24]も、やはり二匹の剽悍なヘビ[注 25]だと歌われる[71][72]。また、蛇の鞭をふるって乗り駒を御すともいう[73][75][76]。
サモディーヴァが持ち前の(美女の)姿でいるのは夜のみで、日中はつむじ風と化すといわれる[77]。
ブルガリアやマケドニアのロドピ山脈方面の伝承によれば、サモディーヴァは常人には透明(不可視な存在)だが、サボトニツィ[仮 1](sabotnitsi ブルガリア語/マケドニア語: саботници、直訳: 「土曜日に生まれた人」には見える[78][79]。ほかにもサモディーヴァとの混血児や[77][79]、ポヴタラツィ[仮 1](povtaratsi、いちど離乳させられたあとふたたび授乳された人)[77]、いわゆる「四つ目」の犬(chetiri ochi четири очи[注 26])[78][77][79]、または「土曜日犬」にもサモディーヴァの姿が視認できるといわれるが[77]、これは見える対象がサモディーヴァにはかぎらず、悪魔的ないろいろな存在を、こういう特殊人や犬は見つけることができると伝わっている[78][注 27]。
ユーダもまた不可視とされ、その音(木霊)の気配がするだけか、または一瞬光ったり、風がよぎった兆しのみが感じられるという。これはとくにロドピ山脈方面に伝わる伝承であり、「つむじ風」の基体(ヒュポスタシス)という様相を示している、すなわち、つむじ風の原因はこうした魔物的な存在のしわざであるという迷信である[78][注 28]。
生息域
ブルガリアの伝承によれば、サモディーヴァは泉や、特に高山の川などに生息するという[18][82]。もっとも好む場所はピリン山脈とされるが、ブルガリア国内の他の山岳地帯、ベラシツァ山脈、ルディナ山、ヴィトシャ山、リラ山脈、ロドピ山脈[43]、バルカン山脈にもゆかりがあるとされる。様々な水源地、例えば川辺、渦流、池や淵、湖に住み[83][84]、また洞窟[59][84][85]や峡谷を住居とする[84]。
また、きまって沐浴する湖近くの林に住むものだともいわれる[59]。 サモディーヴァは、木の中を住処にするともいわれ、ブナやニレ[18]、オーク、クルミ、ポプラ樹などを好み、これらは「サモディーヴァ樹」だとされるが[74]、 トネリコやシカモアカエデ(Acer pseudoplatanus[注 29]は、サモディーヴァを追い払うという。また樹冠をなくした木に住むともいわれる[注 30][43]。
秋が訪れると、世界の果てにあるという[86]伝説の隠里ズメイコヴォ(Zmejkovo、「竜の村」[83][87] Змейково[84])に移り住む。サモディーヴァが人間界を再び訪れるのは春先であり、秋まではとどまるのである[90]。妖精以外は、カササギたちや[86][89]}しワシたちか立ち入れないとされる。年経たワシ(kartali картали[注 31])は、サモディーヴァの戦車の牽引獣として使役される[89]。
これら妖精は、橋にとりつくともいわれ[84][18]、廃寺となった教会、水車小屋、噴水、路地の交差点などにも潜むとされる[18]。水車小屋との関連はサモディーヴァ[91]に限らず、カラコンジュル(karakondjo)などの魔物も[注 32]、水車小屋めがけて、「未洗礼の日々」(クリスマスの12日のスラブ伝承での呼称)に降臨するといわれる[92]。
サモディーヴァが冬の避寒地とする世界の果ての場所は、異説では「クシュクンダレヴォ」[仮 1][94]と称し、やはりカササギのみが見つけることができる場所という[37]。サモディーヴァの故郷の名は、「オマイニチェ」[仮 1](Omayniche Омайниче[37][注 33])だともいわれ、ラン・ボシレックの再話では、サモディーヴァが去り際に、夫の羊飼いに自分をオマイニチェにて探し当ててみよ、と言い残す( § ボシレックのサモヴィーラ参照)[95]。「クシュクンダレヴォ」を妖精郷とする伝承は、マケドニアの民話にもみられるが[97]、異話では羊飼いが見つけなければならない妖精郷は「パテレヴォ」(Patelevo Пателево)と呼ばれている[仮 1][98]。
サモディーヴァたちは、特定の踊り場(samovito igrishte самовито игрище, 直訳: 「妖精の遊技場」)をもうけており、[78][99]を林間地(森林のなかで切り開かれた空き地)に設けているという[39][83]。このダンス用広場は草地にあるが[39]、円形も草が踏み倒されており、ただし中央の濃緑の植生は笛の吹奏者の特等席になっているという。異聞では、妖精がダンスで踏みつけた場所は焼け焦げて、草の生えない荒れ地と化すのだとも伝わっている[100]。
国ごとの伝承
ブルガリアの伝承
ブルガリアの伝承では、サモディーヴァは新生児に授け物をしたりして、運命の三女神にも通じるところがある[101]。よりいっぱんに、妖精らを尊ぶ者に対して恩恵を授けるともいう[59]。逆に無礼な者には苦痛、病苦、死すらあたえるといわれる[59]。その聖域を犯すと、死や病気を与えられるが、「サモディーヴァの花」すなわちハクセン(rosen росен[注 34])を処方しないと治癒できないと伝わる[102]。サモディーヴァたちは、もっとも好みのこの花を、昇天の祝日や夏至祭の水曜日を選んで採集し、身を飾る[103]。
サモディーヴァは、薬草や植物の薬効に詳しいとされ、ハクセンやムギワラギク/エバーラスティング・フラワー(ブルガリア語で「スミル」[注 35])、イヌバラ[注 36]、セイヨウカンボク[注 37]、ネズなどを薬用とする[104]。
サモディーヴァは、著名な勇者ら[注 38]と義兄弟の契りを交わすと伝承に語られる。勇者はサモディーヴァに授乳されることで怪力を得るとされる。例えば セクラ・デテンツェ[仮 1] (bg:Секула Детенце) [注 39]、マルコ王子、や勇者モムチルなどを例に挙げることができる[89][105][106]。サモディーヴァはまた、勇者を治癒するが、薬草や「活きたる水」(zhiva voda жива вода)をもちいて死後蘇生すらさせる[89]。ブルガリアの民謡では、あるポマク(ブルガリア語を話す回教徒)が勇者として登場し、義姉弟関係にあるサモディーヴァの介抱をうける[107][108][101]。
サモディーヴァ(あるいはサモヴィーラも[109])、音楽と踊り好きな性格が顕著である[110]。サモディーヴァ(やサモヴィーラ[111])は、とくに羊飼いを相手に音楽の勝負をもちかける[110]。すなわち楽器の奏者と、妖精の踊り手とどちらが先に力果てるかを競い合う。勝てば妖精妻に得たり、妖精への貢物(通行税・利用税)が免除される[112][109]。この粗筋の説話は、AT 302.3.4.2「妖精が若者と踊り、これが死ぬか発狂するまで[続ける]」型に分類される[114]。別例の「カヴァル笛吹奏者ディモとサモヴィーラのギュルギャ」[仮訳題名](Димо кавалджия и Гюргя самовила)では、ディモという笛吹が、サモヴィーラたちの踊りに体力勝ちし、褒美にいちばん若いギュルギャを妻として得て村に連れ帰るが、最終的には騙されて開放してしまう[115][注 40][117]{{efn2|異話では、ボジュコ Божко という羊飼いが、ギュルガザ[仮 1] Gyurgaza Гюргаза)という末妹のサモヴィーラをめとる。笛を3日間吹き続け、妖精の踊りに競り勝った(語り手は、リタコヴォ村のヴァルカナ・ペノヴィッツァばあや Baba Valkana Penovitsa)[118]。。このような勝利を飾る羊飼いは、他にもムルジョ(Murzho Муржо)、ディミタル(Dimitar Димитър)、ボイコ(Boyko Бойко)などの名で民話に登場する。ディミタルについては § 放牧地の地代も参照。また、サモディーヴァのヴィーダの場合も、彼女の森に立ち入り歌を歌った理由でイヴェ(マルコ王子の同伴者)を誅している[110][119]( § 著名な固有のサモディーヴァ参照)。
妖精妻を得る方法として、もうひとつ定番なのは、サモディーヴァの衣服や花冠を盗み取り、強引に娶るパターンである[120][118]( § サモディーヴァ妻参照)。
サモディーヴァに魅了された若者は、蒼白で(血色が悪く)病身的になるという。その母や姉妹がその魔力に対抗するために、特殊な薬草(ヨモギギク вратига, ニガヨモギпелин, シナガワハギ属メリロート комунига、フクジュソウ Гороцвет{{efn2|特にフクジュソウは、手つかずの未開林から採取したもの、ヨモギギク、ニガヨモギ、メリロートは、9つの「処女花壇」(9つの始めて栽培した場所から初摘み)のものが効くという[121]。)を帽子や帯に縫い付けるのだが、説話ではこれが発覚して、青年は激怒した妖精に引き裂かれる(または掴み上げられ、空中から地面にたたきつけられる[122])という結末をむかえる[77][123][122]。
ブルガリアの民話には、サモディーヴァの結婚式に、ばったり遭遇し、化かされる話も数編、存在する。花嫁は、引出物やワインを配り、祝儀金を求めてくる。しかし夜が明け、雄鶏が鳴くと、贈答品は枝や葉っぱに、ワインの杯はカメの甲羅や馬の頭蓋骨に、金は石炭に変わっていた。男も、なぜか樹上高く(典型例ではヤナギの木のてっぺん)に置きざりにされていた、という展開である[77]。
サモディーヴァは、夜の時間にさすらいながら、 ホラ(輪舞の一種)を、バグパイプやドラムの伴奏にあわせて踊り、"ihou-ou"と、通例では結婚式で叫ぶ掛け声を叫ぶ[77]。
妖精の食べ物は、白パン、蜂蜜、リンゴ、キノコ[77][84]、セイヨウナナカマドの実[74]などで、飲み物は水や[77]、果樹の鼻から集めた蜂蜜酒だという[84]。豚肉やラードは避けるとされる[77]。
既に触れたように、ロドピ山脈地方のユーダは、つむじ風に化身して現れるとされ、ブルガリア西部のサモディーヴァについても、そう伝わる[8]。つむじ風に扮したヴィーラがストヤンのまわりに巻きつくという描写は、ブルガリアの民謡「サモディーヴァたちの結婚式」[仮訳題名](Samodivi zadigat svirets (Самодиви задигат свирец)にみられる[126][注 41]。サモディーヴァたちは、水にまつわる天候の操作をできるとされ、雨を降らしたり、嵐を呼び起こしたりできるとする[注 42][50]。ロドピ地方の迷信では、ユーダを祓う呪文の風習があり、「雌犬から乳を飲め! 」От кучка мляко да пиеш)などと声を上げるとよいとされる[128][129]。
ブルガリアの伝承では、さまざまな疾患がサモディーヴァのせいにされる、すなわち失明(盲目、 § 目玉取り参照)、聴覚障害、脳卒中など[50]。サモヴィーラは特に若い女性の綺麗な黒い瞳に嫉妬し、その目玉を奪いにくると伝わる[130][57]。
サモディーヴァは子供をさらうとされる[101]。また、若い男女も連行し、弓矢持ちや、子守、空の城建設の工夫としてあてがうという[131]。エバーラスティング・フラワー(スミル)を脱穀する作業もくわわるが[132]、これは冬季においては、「竜の村」でカササギがやらされる農作業だという[89] ( § サモディーヴァの巫女も参照)。サモディーヴァが供物として要求するのは、力持ちな未雇用の若者、歌い手の娘、乳飲み子、ホロ輪舞が上手な嫁、カヴァル笛の吹奏者、等である[133][118]。
サモディーヴァは、しばしば青年の羊飼いを狙って魅了するとも解説されるが[4]。羊飼いが音楽対決したり、衣服を奪って妖精を妻にするという伝承は既に述べた。これとは少し異なり、若者がサモヴィーラ
サモヴィーラが建設する城は、人間を建材として使うという残虐な伝承もある。新婚の男は礎石となり、乙女は、その上に積む石をつなぐモルタルとなり、花嫁は屋根に、ゆりかごの幼児は支柱に、という塩梅に[134][135]。
そもそもサモディーヴァは、非業の死、暴虐的な死をとげた少女や若い女がなりかわる、という言い伝えも存在する[68]。若い嫁や、洗礼を受ける前の幼児も死後にサモディーヴァになる、と伝わる[136][注 43]
マケドニアの伝承
マケドニアの伝承・民謡でも、同じくユーダ(juda/yuda)、ヴィーラ(vila)、またはサモヴィーラ(samovila)と称する妖精がおり、これらはたいがい大群で群生し、単独でいるのは稀だという。妖精は、森林や、川、湖、海に集落をつくり[139]、高山に城を築く[140]。それらは アンゲリーナ(Angelina)、ヴェーラ(Vela)、ジュルジャ(Ǵurǵa)、 エリナ(Erina)、スタナ(Stana)、ストイナ(Stojna)などの名で登場する[139][6]。マケドニアの伝承ではヤーナ(Jana)というサモヴィーラがマルコ王子に怪力をもたらしたといわれる[139](ヴィーラやヴェーダを参照)。
妖精らは、山中の泉・小川・湖に浸かり、踊り、歌うことで、魔法の清水から魔力を補充するともいう[139]。妖精の泉には治癒能力があるともいわれる[79]。住む環境によって、「山の妖精」(planinki планинкиや「湖の妖精」(ezerkinji езеркињи)、「雲の妖精」 (oblakjinji облаќињи)など亜種名がある[53]。
美貌の女性の姿かたちをしているといい、緑っぽい色の目、長くたなびく(金髪[142]や赤毛の[79])の髪は、地面に届く[79]。サモヴィーラの生命力は、その髪に宿るといい、わずかな束も失うことはできないという[79]。サモディーヴァはその愛人に髪を少し分けて、魔力によってその支配を強めるという。しかし、髪を痛めると、魔力が消えうせたり、美貌を失うという[要出典]。
サモヴィーラが、人間の姿に扮するのは夜だけだともいわれれ、日中は嵐や強風の姿をしている。異説では、嵐は彼女たちの乗り物にすぎないとされる[6]。
翼を生やしているともいわれ、さらにはヤギの蹄がついた後足をしているともいう[79]。四ツ目犬やサモヴィーラの混血児には、その姿が見えるともいわれる[79]。
これら妖精は、人里の近くにまつわりついているものだが、彼女らは(ロドピ山脈のユーダも含め[78])、あまり人間に好意的ではないとされる[139]。ブルガリアの伝承のように、マケドニアの妖精も、人間をつかまえて使役させる。やはり特にカヴァル笛奏者(kavaldžii (кавалции)、楽士(svireldžii свиралџии)、歌い手(pesnopojki песнопојки)、または子供の養育係の少年少女が狙われる[52]。また、祭日に鋤入れ作業をするのを禁じたりする[52]。やはり人間との競技に興じる[52]。人間の井戸を枯れさせ、水を山に運び去り、壺入りの水を、値段は目玉だといって売りつけようとする[52]。
妖精が人間に恋して、おとなしく妻におさまる民話もあるが、人間が妖精を計略にはめて無理やり妻とし、しばしのあいだ捕らわれの身となる展開もある[139]。サモヴィーラは、とりわけ健康で力持ちな男性(山岳の羊飼いが多い)を選ぶ場合が多いが、関係が保たれるのはせいぜい5、6年だといわれる[6]、妖精のみでは(「植物的な вегетативен 工程により)女児しか生み出すことはできず、男児を生むには人間の男性と交わらねばならない。生まれた男児は、幼少時代をサモヴィーラ社会で過ごすことを許される[6]。
伝承データ
著名な固有のサモディーヴァ
- ヴィーダ - またはヴィーダ・バズダルジキャ[仮 1][注 44]。民謡「マルコ王子とサモヴィーラのヴィーダ」では、王子が森に分け入ると、水の気がなく渇きを潤わせられない。それが12の泉を枯れ木のなかに隠したヴィダというサモヴィーラの仕業だと知ると、木を壊して泉を解放する。怒ったヴィーダは、王子の眼を取り立てると言って襲ってくるが、王子はメイスでねじ伏せ、義兄弟に命乞いするヴィーダを聞き入れずに斬り伏せた 。このヴィーダはシカに打ち跨り、ヘビ2匹を馬勒に、1匹を鞭がわりにふるいながら、といういでたちで戦闘にのぞむ[144][145][注 45][146][147]。少し粗筋が変わった民謡では、ヴィーダは侵入者を罰すべくマルコ王子に連れ添っていたイヴェを射殺し、マルコ王子に成敗されて、イヴェの蘇生を強要される( § サモディーヴァが治癒を参照)[148]。ここではヴィーダが乗るシカの名前がシェストクリレッツ[仮 1](Shestokrilets Шестокрилец、"六翼の者")であると歌っている[71]。
- ギュルギャ(Gyurgya、Гюргя /ɡʲo̟rɡʲɐ/)- いちばんのうら若きサモヴィーラで、ディモが笛吹で妖精らのダンスに粘り勝ち、嫁として勝ち取った[115][注 40][117]
- デナ(Dena、Дена) - セクラ・デテンツェ[仮 1]の乳母だったサモヴィーラ[105]。
- マグダ(Magda、Магда) - 薬草採取家の義理の姉妹とされるサモヴィーラ、その庇護下にあることで「サモディーヴァの薬草」といわれる、魔法の材料を手に入れることができるという[84]。
- ラドカ(Radka、Радка、「喜び」の意[149]) - 羊飼いや牧畜民の義理の姉妹とされるサモヴィーラ[84]。
- スミタ(Smita、Смита) - 樵の義理の姉妹とされるサモヴィーラ[84]。
- スタナ(Stana、Стана) - パイプ吹き、カヴァル吹き、女性歌手の義理の姉妹とされるサモヴィーラ。「痩身のスタナ」(„тънка Стана")や「黄金の翼」(„златнокрила")の二つ名をもつ[84]。
最年少はギュルガ(Gyurga、Гюрга /ɡʲo̟rɡɐ/)、最年長はディムナ=ユーダ(Dimna-Yuda、Димна-юда)というサモヴィーラだともいわれる。他にイリーナ(Irina、Ирина)、アンゲリナ(Angelina、Ангелина)、ストイナ(Stoina、Стоина)、ゲルメルダ(Germeruda、Гермеруда)、ジュラ(Gyura、Гюра)という名のサモヴィーラがいる[84]。
サモディーヴァ妻
このタイプの話型は、ブルガリアの分類カタログにより、BFP 400 「サモディーヴァ妻」(Невяста самодива)に分類されているが[150][注 46]、これは標準分類法のAT 400型[152] 「失った妻を捜しに行く男[注 47]とすり合わせされている。
ブルガリアのカタログでは、サブタイプとして BFP 400*「サモディーヴァは家を守らぬ」[注 48](Самодива къща не гледа、以下小節を参照)に分類されている[153][注 49](モチーフ型 D 361.1「白鳥乙女」も参照)。
人間の男がサモディーヴァの妻を得る常套手段は、賭け勝負に勝つか、衣服(花冠など)を奪って配偶者になることを強要することである[120][155]。衣盗みのモチーフの場合、やがて妻が逃げてゆく顛末となる:妖精妻と一子をもうけた男は、子は鎹(かすがい)となり、もはや離縁はないだろうと高をくくる。よって生まれた乳児の洗礼の宴会の場で、妻が輪舞を正しく踊りたいから元の衣装を出してくれ、と頼むとすんなり承諾してしまう。翼か花冠を取り戻した妖精妻は、煙突を飛び抜けて去って行ってしまう[156]。
ストヤン、サモディヴァと結婚す
オーギュスト・ドゾン編のブルガリアの民謡集の一篇、訳題名「意に反して結婚をせまられたサモディヴァ」[159](ブルガリア原文は無題[注 50])では、3人のサモディーヴァが、それぞれ独自の家族を語る(よって姉妹関係ではない)。沐浴するが、羊飼いにみつかり、魔法の衣服を持ち去られる。いずれもが青年に衣服の返還を求めるが、応じたのは2人までで、3人目のマリカ[注 51](Мари́йка)は、一人っ子だという事情を聴き、妻に娶ると決心した。挙式後、彼女は皆をもてなすために是非とも踊りたいと申し出るが、サモディーヴァの衣装なくば踊れないという。夫が衣服を返還すると[注 52]、飛び去ってしまう[157][158]。挙句の果てに、彼女は「処女の泉」(момински-я кладенец)に浸かり、処女性をとりもどしてしまう[157][158][160]。
異本は、「牛飼いのストヤンとサモディーヴァ」(Стоян телчар и самодива)の題名で収録され、こちらでも処女の泉の結末は同じだが、嫁にされる妖精の名前はラダンカ(Раданка)となっている[161][注 53][注 54]。
より長編な「ストヤン、サモディヴァと結婚す」(Стоян, женен за самодива)と題する稿本も存在する[164]。
ストヤンがサモディーヴァの衣を盗んで無理やり妻とする話も、白鳥乙女型であるとの考察がなされている[101][66][67]。
サモディーヴァは家を守らぬ
佐藤純一訳(1980年)「森の精(サモディーヴァ)は家を守らぬ」(原題:Самодива къща не гледа)は[1]、1951年に採録されたのち1963年に刊行されたテキストを底本とする[166] [注 55]。
無名の羊飼いが3人のサモディーヴァの沐浴に出くわし、その上衣を盗み、うち一人に結婚を迫るが、サモディーヴァは家を守らない(家の世話をしない、家事をしない)、子育てもやらない、とあきらめさせようとする。妖精らは、彼らのダンスと、おとこのカヴァル笛吹きと、どちらが長く持ちこたえられるかの勝負をもちかける。しかし、上衣を得るや妖精らは羽を生やして逃げ去ってしまった。くやしがる羊飼いは、もう一度、ひとりのサモディーヴァが沐浴する隙に衣を奪う機会を得、笛勝負には勝ったため、妖精はあきらめたかのように、男に対して衣服を厳重に隠しておくように、でないと見つけたとたん、飛んで行ってしまうよ、と忠告する。水に放り投げても姉たちが見つけてしまう、埋めては彼女が死んでしまう、という。羊飼いはそこで鍵かけた箱にしまっておいた。その後は定番の顛末で(子が生まれ、その洗礼パーティーで踊りを披露するという妖精に衣服を渡すと、踊りはみごとに舞うが、別れを告げる)。別れ際、土曜日ごとには子供の顔を見に来るので、ポガーチャ(パンの一種)を焼いて、蜂蜜を添えておけ、と注文した[166]。
ボシレックのサモヴィーラ
作家ラン・ボシレックによる再話(1970年)では、羊飼いは祖父の助言に耳を傾け、ホラ踊りの曲をカヴァル笛で吹いて妖精の注意をひき、油断の隙をついて頭にかぶった花冠を奪い取った。逃げる力を失ったサモヴィーラは、手中に入り、妻となるはずということだった。夫婦はしばらく幸せに暮らしたが、例によってパーティー中に花冠をとりもどし、逃げ去っていくが、「オマイニチェ」の里(前述)まで探しにやってきてほしい、と言い残し、夫は言葉通り、鳥類の助力をかりて妻との再会を果たす[95]。
ベグへ養子に出された皇帝の子
ベグ(テュルク系の有力者)へ養子に出された皇帝(ツァーリ)の子を主人公とした、サモディーヴァから翼を奪うモチーフの説話もある。この皇子は、利かん坊で、骨[注 56]を投げて侍女の水瓶を割るなどさんざんに手を焼かせられた。厄介払いされた先のベグ邸では、主人からすべての部屋の鍵を、1部屋を残して与えられた。皇子はなんとか禁断の部屋に入り込むと、そこには2人の羽生えた乙女がおり、太陽の終いだという。乙女のひとりから羽を奪い、これを妻とした。ある日、羽を返してくれとねだったので応じると、飛んで行ってしまった。しかし、自分を見つけてくれ、と言い残したので、3匹の動物のお供の助けを得て、探しあてた[63]。
サモディーヴァが治癒
異本が幾つかある、1群の民謡(「民俗思想と民族誌のコレクション」所収、略称 СбНУ/SbNUの「ブルガリアの英雄叙事詩」編、 № 153, 154, 156, 157)では、マルコ王子にいわれた同伴したイヴェという男が、サモディーヴァの森のなかで歌声をあげると、それを無礼とみなして怒ったヴィーダというサモディーヴァが、イヴェを射殺し、月の裏側に隠れてしまう。マルコはイヴェの義兄弟であったので、ヴィーダを見つけ出し、脅してイヴェを蘇生しろと強要する(№ 153)。異本では、マルコ王子はヴィーラという義理の姉を探し出す(№ 154)[168]。ヴィーラは、復活の秘薬を調合するため草花を教え、マルコが花を集めて母の大釜で煮て薬を煎じ、イヴェの遺体にかけると、みごと蘇えり立ち上がる[169]。
目玉捕り
ミルチョとサモヴィーラ
単に「サモヴィーラ」と題した、簡素なブルガリアの民謡では、ミルチョ(Мирчо)という若者がブナの森を侵して泉の水を汲みに行く。そこはかつて父親がサモヴィーラらに目を奪われた場所だった。だが弦楽器のタンブールで妖精たちの踊りを相手取るお決まりの根競べにのぞみ、勝利して盲目の父親の視力を回復する魔法水を得る[170]。
スタナとサモヴィーラ
またブルガリアの民謡で、英訳で紹介される例では、スタナという少女が美しい黒い瞳をもっており、母親の叱責で拗ねて、うっかり庭に出ていくと、妖精たちに目玉を奪われてしまう。少女は母親から、あまり早めに復活祭に急いではならないよ、若い神父が誘惑してこないともかぎらないからね、とたしなめられていた[135]。マケドニアの異本では、スタナという少女が復活祭の祭日は刺繍にいそしんではならないというタブーを犯したため、同じような罰を受ける[139]。
3人のサモヴィーラと盲目老人とはぐれ者
より複合的でいくつかのモチーフを盛り込んだマケドニアの説話「3人のサモヴィーラと盲目老人とはぐれ者」(Трите самовили, стариот слепец и ќелешот)[注 57]では、若い無一文の「はぐれ者」な(kelesh)が、盲目老人にうまく取り入って養子となり、12の宝部屋を持つ豪邸に住みつく。10部屋の鍵は渡してもらえたが、金銀財宝の部屋であった。残りの2つの鍵は、老人が渡さなかった。ある日、言いつけられて羊を放牧に出したが、禁域の忠告を守ろうともせず、サモヴィーラと遭遇してしまう。お決まりの対決で、目玉を掛け代に笛吹きで勝負したが、妖精らの踊りに負けそうになると、自分が髪の手入れが得意であると自慢し、妖精らがやってみせろというと、近づいて髪を縛って降参させた。解き放つ条件に、若者は、養父の盲目の治癒を要求し、妖精らから魔法のリンゴを2個、受け取る。帰宅して、褒美に残りの2つの鍵を手に入れた若者は、有翼の馬と有翼のケッテイを部屋で見つける。また、この部屋の泉に浸かると、半身が金ぴかに、残りは銀ぴかな立派な姿となった。有翼の馬を盗み、更なる冒険を果たす。粗末な身なりのまま、王宮のお抱えの庭師に弟子入りするが、夜になると、身にまとった
養父が禁断の部屋の鍵だけは渡さず、なかには有翼のものが隠されていたというテーマは、すでに § ベグへ養子に出された皇帝の子[63]でも見られた内容である。
また、単に「3人のサモヴィーラ」という題名の異本を、バージニア大学在籍のスラヴ学教授ヤン・ペルコウスキー(2003年)が解説している。こちらでは、ある少年が老人(じつはサモヴィーラの変装)に、羊の放牧もよいが、どこそこの牧草地には放ってはならないぞ、それをすれば、少年も羊も皆殺しになるぞ、と忠告した。少年は言いつけを守らず、サモヴィーラに遭遇し、笛を吹いてお茶を濁そうとしたが、例のごとく笛と踊りで勝負だ、と言い渡されてしまう。ここでもまた少年は指が限界でくじけそうになるが、「僕は親父に髪を梳かれてシラミ取りされたときも耐えたのだから」というと、妖精らは、自分らの髪のシラミも調べてくれ、ともちかけ、その機に乗じて髪を縛って降参させる。赦す条件に、禁域での放牧を許可される。しかし妖精らは、すでに少年の父親を盲目にしてしまったという。少年は、それならば赦すのは無しだというので、妖精は、2つの黄金のリンゴを探し出し、眼窩にはめこめば父親の視力は回復する、と教える[172]。
拉致や死
ストヤンと3人のサモディーヴァ
「ストヤンと3人のサモディーヴァ[173](Стоян и три самодиви)[174]では、ストヤンという男性が、その姉の乳飲み子のために使いに出され、夜更けなのに森まで瓶をもって水汲みにいく。彼のおばである3人のサモディーヴァらに忠告を受け[注 58]、聖なる水を密猟するのはやめにして、雄鶏が鳴く前に早く境界を超えてもどれ、とさとされる。しかし間に合わず、男は頓死する[176][173]。
サモディーヴァの巫女
「サモディーヴァの巫女」[注 59]では、3人のサモディーヴァがマリカという少女を選別して、連れ去るという。マリカに起きよ、と命じ、サモディーヴァの巫女ともなれば、機織りも糸紡ぎもせずともよい、いつもダンスとヴァイオリン演奏と宴会ばかりの暮らしが待ち受けているという。少女が家に急ぎ帰り母親に報告しようとしたが、そのとたん、魂が抜けてしまった[177][178]。
似た粗筋のマケドニアの歌謡に「ネーダが3000のユーダと3000のサモヴィーラに拉致される」[注 60]がある。ネーダという少女は、妖精らから一緒に行くように誘われるが、まずは母親のもとにもどって、復活祭のお祝いをしてからにしたい、と返事する。ところがホロ(輪舞)の順番になると、雷が轟音をたて、ユーダの風が巻き起こり、少女が母に助けを求めて声をあげたとたん、ユーダがきて連れ去ってしまった[179][181]。
放牧地の地代
民謡において、勝負に勝った羊飼いディミタルは、勝利品として妖精たちに払うべき放牧代を免除してもらっている[111]。
ユーダ(サモヴィーラ)と羊飼いが、放牧地の地代の支払い(貢物)を争うテーマは、とくに中部ロドビ地方で広く歌われている[182]。1例では、羊飼いたちが供物である羊の生贄を怠り、ユーダから取り立てを受けて、改めて黒い牡羊((вакли овни))や「白いお金(グロシュ銀貨、бели гроши)」を差し出そうとするが、彼女は欲しいのは若い羊飼い頭のストヤンだといって、その血を飲み干してしまう[185]
また上述の § 3人のサモヴィーラと盲目老人とはぐれ者でも、妖精たちの牧草地に羊を連れ込んだことをとがめられ、ある意味で「地代」を取られている(笛吹き勝負の賭けに負けた場合だが、目玉を支払ねばならなかった)。
比較論
サモディーヴァは、弓矢で狩猟をおこなう女神的存在であり、シカを伴うことから、ギリシアのアルテミス神と対比される[113][110]。
ブルガリア西部の民俗では、はつむじ風の姿となって現れるが、古代ギリシア神話でもやはり、つむじ風とはネーレーイスたちが空中で戯れる現象である、としている[8]。また、後世のブルガリアの民間伝承で、森の妖精(サモディーヴァ)に村や家屋/家庭の守護精霊の役割がみいだされるが、近代のギリシアの民間伝承でもネーレーイスを財宝の守り神や家神的な庭の守護精霊だと位置付けている[8]。
また、楽士と技比べするというモチーフは、古代ギリシアの歌い手、トラキアのタミュリスの神話とも共通する[110]。
サモディーヴァが12の泉を木の根っこに隠ししまう話素は、北欧神話のノルン(運命の女神)たちと世界樹の関係に似る[8]。サモディーヴァが恩寵を与えることが運命の女神に似るということは[101]、既にふれた。
現代の創作文学
ブルガリアの詩人でみずからも革命家でもあったフリスト・ボテフのバラッド詩、『ハジイ・ディミタル (詩)』は(1873年)は、1868年戦没した革命派ヴォイヴォダハジイ・ディミタルを歌った作品であるが、戦闘で致命傷を負った英雄の最期に、「白いサモディーヴァら」がやってきて[188]優しくそばで歌ったり、薬草をあてがったり、明け方まで慈しむ場面が描かれている[189][190]。
マケドニアの文筆家ジョルジヤ・プレフスキ[仮 1] (mk:Ѓорѓија Пулевски) が書き綴った長編詩マケドニアのサモヴィーラ』(1878年)も、クレスナ蜂起の失敗を嘆く作品である[191]。
ブルガリアの小説家エリン・ペリンも短編「サモディーヴァ」[192][193][194]や「サモディーヴァの岩」[仮訳題名][195]を発表している。
命名
サモディーヴァにちなんだ地名は、ブルガリアのピリン山中のサモディブスキー湖など、多々ある。
脚注
注釈
- ↑ 「サモディーヴァ」は佐藤純一訳[1]で確認の表記。清水 (1990)では「サモディーヴァ」[2]、(1992)では「サモディヴァ」と表記[3]。寺島は「サモディヴァ」[4]。
- ↑ 「サモヴィーラ」は佐藤純一訳の解説でブルガリア語原語とともに確認のカナ表記[1]。
- ↑ 「サモヴィラ」は清水 (1990) (1992)ともにそう表記[2][3]。他にも『世界の民話4』など[5]。
- ↑ 清水 (1990)では「ヴィーラ或いはヴィーリィー」とす[2]。
- ↑ 「ユーダ」は佐藤純一訳の解説でブルガリア語原語とともに確認のカナ表記[1]。寺島もやはり原語と併せてだが「ユダ」と表記[4]。
- ↑ 顔のみならず、垂れて体を覆うブライダル・ヴェール(було)。「影(シャンカсянка)」などの名がつくが、寺島はこれを長く白い服だとしている。
- ↑ 教会スラヴ語: "самодива блюе и человек полудявам"、блюе は スラヴ語/ブルガリア語 Блювамъ 「反吐する」の活用。
- ↑ 通常のブルガリア語では само- の接頭辞といえば、動詞に使われるもので、たとえば само-обвинявам се であれば「自己嫌疑する、自分を責める」の意となる[20]。ロシア語でも сам- (中性形:само́ 女性形:сама́)があり、強意代名詞に分類される[21]。
- ↑ само は単語として引くと「のみ、唯(only, just)」の意であると語釈されてはいるが。 、ここではさしたる意味はなく、後続の語基を強調する役割をもつだけとされる[8][13][注 8]。 -diva の語源には諸説ある。つきつめれば deiṷos(インド・ヨーロッパ祖語で「神」の意)にまで遡及できるという趣旨が主力説で ある[22][23]、この印欧祖語の語根からは、各言語・宗教で「神」を意味する語が派生したことは良く知られる(サンスクリット語:デーヴァ、ラテン語:デウス deus、 アヴェスター語:ダエーワ、 リトアニア語: dievas 等)[13]。 diva は「恐ろしげ」の意であるとも説明される[8]。 vila の語源(詳細は § ヴィーラ (妖精))も、インド・ヨーロッパ祖語のそれらしい語根に遡及できるとされるが、仮説にいくつか細部の違いがある。その語源考察の沿革をたどると、まず vila がリトアニア語 vyti(「追う」)や、サンスクリット語 vī, vêti(「行く、動く」の意) drive
- ↑ "wood nymph"とGeorgieva & 19085に英訳される)と samovila/samovilla (複数形:samovila/samovilla 「妖精」と意訳)は、便宜上は異なる意訳がつけられているが、ほぼどうぎである[8][19]。接頭辞の samo-は[注 9])と同根であろうと19世紀のアレクサンドル・ポテブニャーによって考察されている[25][28]。ヴィーラとは、雲を追う存在であるゆえ、この語源は理に適う、と理屈づけがなされている[24][30]。同時に、スラヴ語の viti(вити
- ↑ 不定詞は вѣять≈веятьだが、その活用。
- ↑ さらには、やはり vila を印欧祖語の ṷēi- に遡るとするものの、その同根のスラヴ語で「利益」 を意味する語との関連を強調する説も見える[34]。
- ↑ 似たような語源説では、考察対象は古英語 wil(現代英語訳:"wile, trick"、「狡猾[な手口]、トリック」)だが、 教会スラヴ語 viti(「ねじる、巻く、編む/撚る」)、リトアニア語 vejù (「曲げる、ひねる」)と同根とし、 やはり[印欧祖語の] 語根 {lang
- ↑ ブルガリア語: "на неограничена воля, на лудуване".
- ↑ 上述のように、ストランジャ山地西部あたりでは「サモヴィーラ」の呼称と併用される[18]。
- ↑ ブルガリア語: "свадљивост, возбуденост, съблазняване, вихър".
- ↑ 原題はイタリア語:『Le Villi』
- ↑ ゲオルギエヴァの英訳書で"They also wore a white veil called a shadow or a ray and there resided their power"たあり、ヴェールのことと確認できるが、(було; a long draping bridal veil, almost a dress) 寺島の解説では影(シャンカ)は長い衣服の名称としているので[4]、顔布のみでない長布の解釈もあるかもしれない。
- ↑ венец。
- ↑ ブルガリア語: sur сур.
- ↑ セルビアのヴィーラも牡ジカに乗る[68]。グリムもヴィーラは齢7歳の牡ジカに乗り、その乗り駒には蛇の馬勒をつけている、とするが、これはセルビアのヴィーラのことと解釈でき、注釈ではブルガリアのサモディーヴァに相当すると説明される。グリムはさらに、こうした描写(蛇の馬具など)は魔女系につきものであり[69]、北欧神話では、オオカミ(ワーグ)を乗り物とするトロル女(tröllkona)すなわち女巨人が該当する(蛇の馬具をつかう)と指摘される[69]。
- ↑ ヴィーダを参照。
- ↑ smok смок。概して毒を持たない科。
- ↑ yuzda юзда。
- ↑ zmii змии。ヘビ全般。
- ↑ すなわち眉毛の上に斑点があって[80]、もう一対の目があるように見える犬。
- ↑ すなわちブルガリアのヴァンパイア(вампир)も、土曜日に生まれた人間や犬、四ツ目犬などに見破られるという[80]。ダンピールも参照。
- ↑ ブルガリアの地方によっては、つむじ風を起こすのは、タラスムという魔物やカラコンジュル(karakondzhul караконджулであるとされている[81]。
- ↑ Georgieva の ブルガリア語第2版には Явор の樹とあり、その俗称は "sycamore maple" だとするが、北米原産のシカモア Platanus occidentalisではなかろう。
- ↑ ブルガリア語: аловити
- ↑ トルコ語の kartal(死肉を食らうワシの意)と同根語とされる。マケドニア語で картали は Vultur monarchus (ミミヒダハゲワシ)を指す
- ↑ 他にもいわゆる「小さき邪教徒」(pogancheta)、バグベア系(boubartsi)、ホブゴブリン系 hobogoblins(bougantsi)。
- ↑ ブルガリア語でОмайничеは花名で、ダイコンソウ属のこと。
- ↑ 学名:Dictamnus albus、英名:dittany。
- ↑ smil смил。学名:Helichrysum arenarium、英名:dwarf everlasting、immortelle。
- ↑ shipka шипка。
- ↑ kŭlina кълина。学名:Viburnum opulus。英名:guelder rose
- ↑ 言語では「勇者ら」をyunátsi/junáci юна́ци; 単数形: yunak/junák юнакと称す。
- ↑ Sekula Detentse, Dentence。セクラの二つ名は「子供」の指小辞。
- 1 2 オンライン版でも"Димо кавалджия и Гюргя самовила"の題で公開されるが、出典と記される Miladinov, No. 2[116] には内容をつたえるような題名はついていない。
- ↑ オンライン版では「サモディーヴァたちが学士をさらう」[仮訳題名] Samodivi zadigat svirets (Самодиви задигат свирецとある。
- ↑ ブルガリアの妖精城の民謡: "And from there she hurled a storm /And a plague it was she hurled"[127]を参照
- ↑ 水の妖精も、未洗礼の幼児、死産の子、未婚のカップルの間にできた早死にもしくは乱暴なな死を子供から生まれ変わるといわれる("The water nymphs were the souls of unbaptized children or of children born dead or of unmarried people who had died a premature and violent death")[68]。 早死にした娘が水の精となる伝承はは、ロシアのルサールカにも通じている[137]。 サモディーヴァは、暴力的な死をとげた未洗礼の子供がいた家には、出現することがよくあるという伝承ともつながっている[100]。
- ↑ (Vida Bazdarzhikya Вида Баздаржийкя[71]。
- ↑ オンラインでは Krali Marko i Vida samovila や Vida samovila zaklyuchila dvanadeset izvori Вида самовила заключила дванадесет извори [ヴィーラのヴィーダが12の泉を封じる]の題で提供される。
- ↑ In German: Die Samodiven-Braut[11][151]
- ↑ 英文題名は AT400 "the man on a quest for his lost wife" だが「失われた花嫁の探索」"Quest for the lost bride"と表記される例もみえる。
- ↑ 説話は、これに近い邦訳で佐藤純一に訳される[1]。( § サモディーヴァは家を守らぬ参照)
- ↑ In German: Samodiva besorgt das Haus nicht[11][154]
- ↑ Dozon編では、ブルガリア原文については、巻末目次 Table des matière で第1行の"Пасал є Стоян телци-те(ストヤンは[仔牛の]群れを牧草地へとみちびいた)" で指定しているのみである。
- ↑ "Maríyka" と Stallybrassによるグリム神話学の英訳書では表記される[101]。
- ↑ samodívski drékhi (ブルガリア語: дрехи-те самодивски-те[101]とあるが、drehiは"衣服"。
- ↑ 他にもストヤンの嫁の名前がラドカ(Радка)とする異本もあり、Marinov (1981), pp. 295–296や Barber (2013)がこれについて解説する[162]。ただし Barber は、総称として "willy/willies" という語を使っており、ラドカ はサモヴィーラだとする付記は、p. 17 にみえる。
- ↑ 男もサモヴィーラ妻も人名が示されない異本もある[163]。
- ↑ 「家を守らない」の台詞は、オクセンフォードに拠る英訳抜粋にもみえる:"Stoïan, do not think / To take to wife as Samodiva/ She would not mind thy house, / She would not heed thee or thy children"[167]
- ↑ кокали
- ↑ ドイツ訳が Die drei Feen, der blinde Alte und der Aussätzigeとして発表されている。
- ↑ ひとりは父方のおば(леля)、もうひとりは父の姻戚である義理の姉妹(стрина)、もうひとりは母方のおば(учиная)[175]。
- ↑ フランス訳の題名より。ブルガリア語の原文は無題。
- ↑ フランス訳の題名は "Néda enlevée par 3000 Youdas et 3000 Samovilas"。
仮カナ表記
出典
- 1 2 3 4 5 6 佐藤純一訳「森の精(サモディーヴァ)は家を守らぬ」(エレーナ・オグニャーノワ採録)、「クラリ・マルコが力と馬を手に入れた話」(ダスカロフ採録)、および解説。直野敦; 佐藤純一; 森安達也; 住谷春也 訳『バルカンの民話』恒文社、1980年7月、356–372?頁。NDLJP:12445989。所収
- 1 2 3 清水睦夫「古代スラヴ族の異教信仰」『古代學研究所研究紀要』第1号、1990年11月、104頁、doi:10.11501/1736560、NDLJP:1736560。
- 1 2 清水睦夫『ビザンティオンの光芒 : 東欧にみるその文化の遺蹤』晃洋書房、1992年2月、110?頁。NDLJP:13285958。
- 1 2 3 4 5 6 7 寺島 (2004), p. 4.
- ↑ 小沢俊夫 編、飯豊道男 訳「26 娘と十二の月」『世界の民話』 4巻、東欧. 1 ハンガリー、ルーマニア、ギリシア、マケドニア、ブルガリア、アルバニア、ユーゴスラビア、クロアチア、ぎょうせい、1977年6月、211頁。doi:10.11501/2470027。NDLJP:12445912。
- 1 2 3 4 5 6 7 Vražinovski, Tanas (1995) (マケドニア語). Etnografiya na Bulgariya. Skopje: Prilep Прилеп. p. 23
- 1 2 小沢俊夫 編、飯豊道男 訳「26 娘と十二の月」『世界の神話伝説・総解説 : 天地創造・人類誕生から終末予言まで…』自由国民社、1982年4月、51頁。doi:10.11501/2470027。NDLJP:12185927。「『イーゴリ軍記』に登場するヂーフと呼ばれる不吉な怪鳥や、南スラヴのフォークロアに登場する妖精サモディーヴァはこの語根に由来すると考えられる。スラヴ語で「神」を意味するのは、インド・イラン系の言語で富や」
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 Georgieva (1985), p. 81.
- 1 2 3 Plotnikova, Anna (2002). “Ethnolinguistic phenomena in Balkan Slavic border areas”. AIESEE Bulletin 31: 172, 174. ([https://www.google.com/books/edition/AIESEE_Bulletin/8qcWAQAAMAAJ?gbpv=0&bsq=samodiva alt url)
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- 1 2 3 Daskalova-Perkowski et al. (1995), p. 85.
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- ↑ Georgieva (1983), p. 125; Georgieva (1993), p. 152.
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- ↑ Georgieva: "Indo-European deiwos (god) or deiwa (goddess)..."[8]
- ↑ また"印欧語において天空神をさす*deiwos"と『世界の神話伝説・総解説』でも述べている。"サモディーヴァはこの語根に由来する"が、『イーゴリ軍記』の怪鳥「ヂーフ」も同根語であると付記する[7]。
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- ↑ Potebnja (1879), p. 260[24]、Šteingolde (1999), p. 252 所引。
- ↑ Šteingolde (1999), p. 252.
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- ↑ ロシア系資料などではポテブニャーの考察と述べるのを散見するが[26][27]、ポテブニャー自身は、セルビアの言語学者ジュロ・ダニチッチが vila とこれら同根語との関連を見出したとしている[24]。
- 1 2 Goryayev, Nikolay Vasil'yevich (1896). “Vila” Вил-а. Sravnitel'nyy etimologicheskiy slovar' russkogo yazyka Сравнительный этимологический словарь русского языка [Comparative Etymological Dictionary of the Russian Language]. Tbilisi, Georgia: Tip. Kantselyarii glavnonachal'stvuyushchego grazhd. Тип. Канцелярии главноначальствующего гражд. p. 48.
- ↑ Goryayev (1896), p. 48,[29] cited by Preobrazhensky (1914).[27]
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- ↑ ゴルヤエフ(1896)はポテブニャーに帰する語源論とするが[29]、 最初にペリカーン Pelikan (1929) が、ヴィーラと印欧祖語の語根の関連を正式に提唱したとの記述もみえある[31] (以下の注釈に詳述)。
- ↑ ドゥコヴァ(1983年)はフェルディナント・ペリカーン (哲学者)(1929年)がこの語源説の嚆矢、すなわち vila は *uei- 語根より l-子音の添加を経て派生したと、初めて提唱した論者だといている[31]。 ただしここでは語根 *uei- の意味が、「ねじる、まげる」 (drehen)の意味だと解説される。
- ↑ Šteingolde (1999), p. 252 citing Walde (1930–1932) I: 230
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- ↑ "wild alone"[37]
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- ↑ "free-savage[-girl]".[39]
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- 1 2 3 4 Georgieva (1985), p. 75; Georgieva (1993), p. 144.
- ↑ プロトニコヴァの論文における「スラヴ系バルト南部地方」は、ブルガリアの山間部(ロドピ山脈、ピリン山脈、トラキア、 ストランジャ山地)や[北]マケドニア南部が含まれる[17]。
- ↑ (ブルガリア語) Pirinski kraj. Etnografski, folklorni i ezikovi proučvanija [The Pirin Region. Ethnographic, Folklore and Linguistic Studies]. Sofia: Bulgarian Academy of Sciences Publishing House/Издателство на БАН. (1980). p. 472
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- ↑ ブルガリアの『民族誌・民間伝承・言語学調査:Pirin[ski] kraj の部』 (1980)[45] および MDABYa 地図帳の Uzeneva による注記[46]。Plotnikova 所引[17]。
- ↑ Vražinovski (1995)[6] apud Plotnikova.[17]
- ↑ MDABYa 地図帳の Sobolev による注記[46]。Plotnikova 所引[17]。
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- 1 2 Vražinovski (1995), p. 25.
- 1 2 栗原成郎『スラヴ吸血鬼伝説考』河出書房新社、1980年4月、68?頁。NDLJP:12575516。「サモヴィーラたち〔ふつう山や山の峡谷に住み、水源を支配する若い女性の妖精で、特殊な羽衣を着て金髪を風になびかせながら飛翔する〕」
- ↑ "結わずに流れるような長い金髪"[4]。
- ↑ サモヴィーラは金髪[54]。
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(1915). “Bulgarian Folk-Song”. The Living Age 286: 312–313. - ↑ Georgieva (1983), p. 75: "Some beliefs attributed to them wings which helped them fly up to the clouds riding on a stag". Georgieva (1993), p. 144: "Според някои представи имат и криле, с които летят до облаците".
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- ↑ "С крилапод мишниците".[59]
- 1 2 3 4 5 Marinov (1981), p. 293.
- ↑ Koceva (1977), p. 1105.
- 1 2 3 Arnaudov (1905), p. 42.
- ↑ Cf. Kmietowitz: "The clothes play the same role as feather do for birds; therefore Samovilas fly only when they are clad"[39]
- ↑ Hartland, E. Sidney (1907). The science of fairy tales: An inquiry into fairy mythology. London: W. Scott. p. 267 Cf. pp. Hartland (1907), pp. 312–313
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- 1 2 3 4 Zhivkov, Boris (2015). Khazaria in the Ninth and Tenth Centuries. Brill. p. 124. ISBN 9789004294486
- 1 2 3 4 Georgieva (1985), p. 83.
- 1 2 Grimm, Jacob (1883b). “XXXIV Magic §Witches' Jaunt”. Teutonic Mythology. 3. Translated by James Steven Stallybrass. W. Swan Sonnenschein & Allen. pp. 1053–1054
- ↑ Georgieva (1993), p. 144, quoted in English by Zhivkov.[67]
- 1 2 3 "Тогай стана Вида Баздаржийкя, etc." (49–54行)と歌われるGeorgieva (1993), p. 144、原詩は СбНУ/SbNU (Folklore and Ethnography Collection), vol. 1, p. 55 所収、題名 Marko Kralevič I, Ive i Dete Dokadinče
(英語) Марко Кралевичи, Иве и Дете Докадинче, ウィキソースより閲覧。 - ↑ 対象は samovili だが、似た文句は、別の民謡(歌い手はタルノヴォ州・レセン村の デスパばあや Baba Despa/Деспа)にみえる。Marinov (1981), p. 293所収。
- ↑ Koceva (1977), p. 1106.
- 1 2 3 Georgieva (1993), p. 144.
- ↑ 2匹の zmii 蛇を 馬勒に、3匹目を鞭としたという歌の例(СбНУ/SbNU, Vol. 53, No. 143)[74]。
- ↑ 同様に「マムシ」(厳密にはヨーロッパクサリヘビ)を鞭とした("Я камшик и усойница")とする歌の例もある。歌い手はデスパばあや。Marinov (1981), p. 293所収
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 Georgieva (1985), p. 77; Georgieva (1993), p. 148.
- 1 2 3 4 5 6 Troeva-Grigorova (2003), p. 142.
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- 1 2 Georgieva (1985), p. 97.
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- ↑ "高山の泉や湖のほとりを住処"[4]。
- 1 2 3 4 Ionescu (1976), p. 40.
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 Marinov (1981), p. 297.
- ↑ "grottos"[83]
- 1 2 Marinov (1981), p. 298.
- ↑ Zmeykovo, "dragon village"[37]
- ↑ Georgieva (1985), p. 76.
- 1 2 3 4 5 6 Georgieva (1993), p. 148.
- ↑ Georgieva: "The wood nymphs lived at world's end and from spring to autumn, between the day of the Annunciation and that of John the Baptist's death by beheading, they lived on earth".[88]。ゲオルギエヴァの英訳版には故郷の名がかけるが、ブルガリア語版(改訂版)では Zmeykovo (Змейковоが明記される[89]。
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- 1 2 Marinov (1981), p. 296.
- ↑ "彼[マルコ王子]にそなわる剛力、不死身といった資質はすべて森の精(またはサモディーヴァ)によって与えられ.. 彼の馬ミャルコ(またはシャルコリヤ)も森の精によって勇士にされる.."[1]
- ↑ Dozon (1875), "3. Le Pomak et la Samodiva", pp. 150–152, 5–6
- ↑ Oxenford (1876), p. 548.
- 1 2 Marinov (1981), p. 294.
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- 1 2 Marinov (1981), pp. 294–295.
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- 1 2 Koceva (1977), p. 1107.
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- 1 2 ミラディノフ兄弟 (1861), p. 42, No. 2,[116]。Georgieva (1983), p. 116所引。
- 1 2 3 Marinov (1981), p. 295.
- ↑ Cf. Sheehan (2026), pp. 194–197 "Krali Marko, Yv-e and Vida Bazdarzhikya"
- 1 2 Georgieva (1985), p. 78.
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- 1 2 寺島 (2004), p. 5.
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- ↑ ヴァシル・ストーイン編 (1928), No. 1429 では無題だが[124]、ストーイン(1930)編 "Samodivi svatba"[125]。 Quoted in Georgieva (1983), p. 117に原詩を引用。
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(英語) Марко крале и Вида Самовила, ウィキソースより閲覧。) - ↑ Marko-Krale i Vida samovila, Shapkarev ed. (1891), No. 16.[143]。初行の"Shetba sheta Marko Kralevik Шетба шета Марко кралевик [マルコ王子は森を彷徨(うろつ)く]"を作品名がわりに指定する資料も見られる。
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- ↑ 参照:Robovski (1994), pp. 240–241: "Neda was strolling on the hill / There was lightning, there was thunder / The wind of the fairies blew / The fairies snatched her / And carried her off to the mountain top"。英訳の引用だが、現本は Firfov ed. (1959) Makedonski muzički folklor[180]。
- 1 2 寺島 (2004), p. 10.
- ↑ "Овчар+юда" “33. Ovchar i yuda [The Shepherd and the yuda]” (ブルガリア語). Sbornik za narodni umotvoreniya i narodopis: Bŭlgarski narodni baladi i pesni s miticheski i legendarni [Folklore and Ethnography Collection: Bulgarian Folk Ballads and Songs with Mythical and Legendary Themes]. книга LX. Sofia: Bŭlgarska akademiya na naukite Българска академия на науките [Bulgarian Academy of Sciences]. (1994). pp. 71–72. ISBN 9544302360
- ↑ 寺島 & 2004年5月, p. 23.
- ↑ バラッド集採録歌(СбНУ , кн. 60, № 33, ч. 1, стр. 71-72)[183]、および寺島解説[182][184]。
- ↑ Nicoloff, Assen (1975). Bulgarian Folklore, Folk Beliefs, Customs, Folksongs, Personal Names. 1975. p. 11
- 1 2 Dzivgov, Georges Assen, ed (1927) (フランス語). Poètes bulgares. Sofia: Collection Le Livre Bulgare. p. 33–35, 203 (Notes, p. 203, to P. 35: Les samodivi sont les divinités des forêts bulgares)
- ↑ Nicoloff: "samodivas attired in white garments"[186]、仏訳だと"et les samodivi, dans les blanches parures"[187]。
- ↑ “Христо Ботев — Хаджи Димитър” (ブルガリア語). Моята библиотека. 2023年4月10日閲覧。
- ↑ 仏訳で上述一行に続き、以下のように歌われる: "Entourent de chansons leur étrange beauté/Marchent sur l'herbe verte et d'une douce allure /Viennent près du héros s'asseoir à ses côtés/ L'une panse ses plaies d'une herbe de magie, /L'autre vient l'humecter de son eau..."[187]
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