サーパーシー

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サーパーシー
欧字表記 Sir Percy
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 鹿毛
生誕 2003年1月27日(23歳)
父 Mark of Esteem
母 Percy's Lass
母の父 Blakeney
生国 イギリスの旗 イギリス
生産者 The Old Suffolk Stud
馬主 Anthony Pakenham
調教師 Marcus Tregoning(イギリスの旗 イギリス)
競走成績
生涯成績 10戦5勝
獲得賞金 £1,145,291
勝ち鞍
G1デューハーストステークス2005年
G1ダービーステークス2006年
G2ヴィンテージステークス2005年
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サーパーシー(英語: Sir Percy、2003年1月27日 - )は、イギリスの競走馬である。主な勝ち鞍はデューハーストステークス(2005年)、ダービーステークス(2006年)。

来歴

サーパーシーは、サフォーク州ハンドンにあるオールドサフォークスタッドで、ハリー・オーメッシャーによって生産された。

2003年11月、当歳馬としてタタソールズ(英語版)のセリ市に上場され、ウィル・エドミーズ・ブラッドストックによって2万ギニーで落札された[1]。障害競走馬を失ったことへの代わりとして購入を検討していたアンソニー・パケナムはセリでの購入には2度失敗していたものの、最終的に同馬を購入することに成功した[2]。後にダービーを勝つ馬としては最も安価な部類であったとされる[2]。

バークシャー州ランボーン(英語版)のマーカス・トレゴニング(英語版)厩舎に入厩し、主戦はマーティン・ドワイヤー(英語版)となった。

馬名は、小説「紅はこべ」の主人公であるサー・パーシー・ブレイクニーに因んで命名された。

競走馬時代

2歳(2005年)

5月28日に単勝9倍で迎えたグッドウッド競馬場の競走では、末脚を見せて1馬身3/4差で勝利[3]。

4週間後のソールズベリー競馬場(英語版)での競走では単勝2.75倍の1番人気に支持されると、ドントダリダリに1馬身1/4差で勝利した[4]。

7月27日にはグッドウッド競馬場のヴィンテージステークス(英語版)(G2)を2着のクールクリークとクビ差で制し、3連勝で重賞初制覇となった[5]。

その後10月15日にはイギリスで最も権威ある2歳戦の1つとして知られるデューハーストステークス(G1)に出走し、序盤は後方待機策を採り、終盤に力強い末脚を発揮すると、残り1ハロンで先頭に立ち、単勝1倍台の圧倒的1番人気に支持されていたホレーショネルソン(英語版)にクビ差で勝利した[6]。

同年のインターナショナル・クラシフィケーションでは、イギリスの牡馬としては首位で、ヨーロッパ全体でもジョージワシントンに3ポンド差でに次ぐ2位となる121ポンドのレーティングを受けたほか[7]、カルティエ賞の候補ともなった。

3歳(2006年)

調教中に蹄鉄が外れて脚を負傷した影響で前哨戦を使えず[2]、3歳初戦は5月6日の2000ギニーステークス(G1)となった。14頭立てで単勝5.0倍の2番人気に支持されると、レースで先頭集団を追走し、終盤も粘ったが、ジョージワシントンに2馬身半差付けられて2着[8]。その後に調教で筋肉を痛めたため、調教師はダービーステークスへの出走を危ぶみ[9]、より負担の少ないジョッケクルブ賞も検討していた[10]。

6月3日、エプソム競馬場のダービーステークス(G1)では、フランス調教のヴィシンダーが単勝3.0倍の1番人気、ホレーショネルソンが単勝6.5倍の2番人気となる中、サーパーシーは単勝7.0倍の3番人気に支持された。序盤は控えたため直線に入った時点では11番手であり、残り2ハロンでも馬群の隙間を縫うのに難儀していたが、最後の100ヤードで末脚を見せて先頭に立ってゴールした[11]。最終的に4頭による写真判定が行われ、サーパーシーがドラゴンダンサーを短アタマ差で破り、ディラントーマスがそこからアタマ差で3位、ハラベックがさらに短アタマ差で4位という結果になった[12]。なお、ホレーショネルソンは直線で負傷して予後不良となった。レース後、ドワイヤー騎手はサーパーシーを驚異的な瞬発力を持つ並外れた馬だと評した[10]。なお、ドワイヤーはこの騎乗により、2006年のレスター賞平地年間最優秀騎乗を受賞した。

その後は状態の調整が上手くいかず、肩の負傷のため凱旋門賞への出走を断念した[13]。結局ダービーで負った怪我の影響もあり、チャンピオンステークス(G1)ではプライドが勝利する一方で8頭中7着に終わった[14]。

2006年のワールド・サラブレッド・レースホース・ランキングでは世界で20番目となる121ポンドのレーティングが与えられたほか、カルティエ賞の候補ともなった[15]。

4歳(2007年)

4歳初戦は3月31日に行われたナドアルシバ競馬場のドバイシーマクラシック(G1)であった。発走後直ぐに他馬に脚をぶつけられる不運はあったが粘り強く走り、ヴェンジェンスオブレインの4着に入った。

続く6月1日にはエプソム競馬場のコロネーションカップ(G1)に出走したが、スコーピオンが勝利する一方で7頭中6着という結果に終わった。

アスコット競馬場のプリンスオブウェールズステークス(G1)に出走したのが最後のレースであったが、積極的に先頭集団でレースを引っ張ったものの力尽き、マンデュロが勝利する中で6頭立ての最下位に沈んだ[16]。

種牡馬時代

引退後は2008年からカーステン・ラウジング(英語版)の経営するニューマーケットのランウェイズスタッドで種牡馬入りし、初年度の種付け料は8000ポンドに設定された[17]。ラウジングはノーザンダンサーの血が薄いことも導入の決め手であったと語っている[2]。初年度産駒は2011年に計11勝を挙げた[18]。

また、ニュージーランドのリッチヒルスタッドでも計4年間シャトル種牡馬として供用されていた[2]。

2023年を以って種牡馬を引退した[2]。

主な産駒

※G1馬と日本調教の重賞馬のみ

母の父としての産駒

※G1馬と日本調教の重賞馬のみ

血統表

サーパーシーの血統(出典[§ 1])
父系 ミルリーフ系 [§ 2]
父
Mark of Esteem
1993 鹿毛
父の父
Darshaan
1981 黒鹿毛
Shirley Heights Mill Reef
Hardiemma
Delsy Abdos
Kelsy
父の母
Homage
1989 鹿毛
Ajdal Northern Dancer
Native Partner
Home Love Vaguely Noble
Homespun
母
Percy's Lass
1984 鹿毛
Blakeney
1966 鹿毛
Hethersett Hugh Lupus
Bride Elect
Windmill Girl Hornbeam
Chorus Beauty
母の母
Laughing Girl
1973 鹿毛
Sassafras Sheshoon
Ruta
Violetta Pinza
Urshalim
母系 (F-No.)   (FN: 3-c) [§ 3]
5代内の近親交配 Chanteur 5×5 [§ 4]
出典
  1. ↑ [19][20]
  2. ↑ [19]
  3. ↑ [19]
  4. ↑ [19]
  • 父マークオブエスティームは1996年の2000ギニーステークス勝ち馬。
  • 母パーシーズラスは1988年のセプテンバーステークス(英語版)(G3)勝ち馬で、サーパーシーを産んだ3週間後に疝痛で亡くなったため[2]、同馬が最後の産駒となった。オーメッシャーがパーシーズラスを繁殖牝馬として購入して以降は毎年マークオブエスティームと配合していた[2]。
  • 母父ブレイクニーは1969年のダービーステークス勝ち馬。

脚注

  1. ↑ “Tattersalls | Racing Post”. Racing Post (2011年12月20日). 2016年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月26日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 “Sir Percy, Derby Winner and 'Absolute Obsession' For His Owners, Retires at 20”. Thoroughbred Daily News. 2023年9月6日. 2026年8月10日閲覧.
  3. ↑ “ROYAL SUSSEX REGIMENT MAIDEN AUCTION STAKES”. Racing Post (2005年5月28日). 2011年12月26日閲覧。
  4. ↑ “NEW WILTSHIRE STAND CHAMPAGNE AUCTION STAKES”. Racing Post (2005年6月23日). 2011年12月26日閲覧。
  5. ↑ “Vintage Stakes”. Racing Post (2005年7月27日). 2011年12月26日閲覧。
  6. ↑ “Dewhurst Stakes”. Racing Post (2005年10月15日). 2011年12月26日閲覧。
  7. ↑ “WTRR_Rankings_ALL.qxd”. 2011年12月26日閲覧。
  8. ↑ “2000 Guineas”. Racing Post (2006年5月6日). 2011年12月26日閲覧。
  9. ↑ Horse Racing (2006年5月12日). “Warning lights flash for Sir Percy”. London: Telegraph. 2011年12月26日閲覧.
  10. 1 2 Montgomery, Sue (2006年6月4日). “The Derby: Sir Percy wins the race of races – More Sports – Sport”. The Independent. London. 2011年12月26日閲覧.
  11. ↑ “Sir Percy snatches dramatic Derby”. BBC News. 2006年6月3日. 2011年12月26日閲覧.
  12. ↑ “Epsom Derby”. Racing Post (2006年6月3日). 2011年12月26日閲覧。
  13. ↑ Montgomery, Sue (2006年9月26日). “Racing: Sir Percy ruled out of Arc after shoulder injury – More Sports – Sport”. The Independent. London. 2011年12月26日閲覧.
  14. ↑ “Champion Stakes”. Racing Post (2006年10月14日). 2011年12月26日閲覧。
  15. ↑ “The 2006 World Thoroughbred Racehorse Rankings”. International Federation of Horse Racing Authorities (2006年12月31日). 2011年12月26日閲覧。
  16. ↑ “Sir Percy”. Racing Post (2011年6月2日). 2011年12月26日閲覧。
  17. ↑ “Sir Percy at Lanwades”. Lanwades.com (2011年9月15日). 2011年12月26日閲覧。
  18. ↑ Racing Post
  19. 1 2 3 4 “5代血統表 血統情報 Sir Percy(GB)”. JBISサーチ. 2026年8月9日閲覧。
  20. ↑ “English Derby Winner: Sir Percy”. Chef-de-race.com (2006年6月3日). 2011年12月26日閲覧。

外部リンク