セインフォイン
| セインフォイン | |
|---|---|
| 欧字表記 | Sainfoin |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 栗毛 |
| 生誕 | 1887年 |
| 死没 | 1911年10月 |
| 父 | Springfield |
| 母 | Sanda |
| 母の父 | Wenlock |
| 生国 |
|
| 生産者 | Hampton Court Stud |
| 馬主 |
Sir Robert Jardine→ Sir James Miller |
| 調教師 |
John Porter( |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 8戦5勝 |
セインフォイン(英語: Sainfoin、1887年 - 1911年10月)は、イギリスの競走馬である。主な勝ち鞍はダービーステークス(1890年)。
競走馬時代
ヴィクトリア女王が所有するハンプトンコートスタッドで生産された。この牧場の1歳馬の多くは、栄養不足で痩せた見た目であったため期待されず、セインフォインは1歳時に550ギニーで、ジョン・ポーター調教師ととロバート・ジャーディン卿に売却された[1][2]。
2歳時にはルイス競馬場で行われたアストリーステークスにのみ出走。120ポンドの斤量を背負い、8ポンド斤量が軽いガーターに1馬身半差付けて快勝し、賞金928ポンドを獲得した[3]。
1890年、3歳初戦はサンダウン競馬場のハンデキャップ競走であるイーシャーステークスに勝利。ポーターは、ダービーステークスでの勝利の見込みは薄いと判断し、ジェームズ・ミラー卿から提示された6000ポンドでの売却の申し出に応じた[4]。ただし、売買契約には、もしダービーステークスで勝利した場合は元の馬主も賞金の半分を受け取るという条項が含まれていた。
5月8日、チェスター競馬場で行われた2頭立てのディーステークスを制した。
6月4日、ダービーステークスに出走すると、2000ギニーステークス勝ち馬シュアフットが本命として単勝約1.421倍の圧倒的1番人気に支持される中[5]、ジョン・ワッツ鞍上のセインフォインは単勝約7.667倍に支持された[1]。激しい雨による重馬場の中、8頭という異例の少頭数で行われたレースでは、1マイルを過ぎた辺りで同厩舎のオーウェルと先頭を争った。直線に入ってシュアフットの敗色が濃厚となる中、セインフォインがオーウェルを突き放し、ルノールによる追い上げも凌いで4分の3馬身差で勝利した[6]。勝ち時計は2分49秒8と、異例の遅さであった[7]。
そのほかディセンバーステークスにも勝利しているが、4歳時は未勝利であった。インペリアルプレートで3着に入り、1891年のシティアンドサバーバンハンデキャップでは着外に終わった。
種牡馬時代
1892年に種牡馬入りした[1]。1906年にミラー卿が死去した後はカーナーヴォン卿に700ギニーで売却され、ダブリンのクログランスタッドで供用された[8]。1911年10月、アイルランドのカーロウで死亡したが[9]、報じられたのは1年以上後のことであった[2][8]。
代表産駒は1903年にイギリスクラシック三冠を制したロックサンドである。
また母父としても、現代の競走馬がその父系に属するファラリスや、セントレジャーステークス勝ち馬で1926年のリーディングサイアーのハリーオンを輩出している。
血統表
| 父系 | ストックウェル系(エクリプス系) [§ 2] | |||
|---|---|---|---|---|
父 Springfield1873 鹿毛 |
父の父 St. Albans1857 栗毛 |
Stockwell | The Baron | |
| Pocahontas | ||||
| Bribery | The Libel | |||
| Splitvote | ||||
父の母 Viridis1864 鹿毛 |
Marsyas | Orlando | ||
| Malibran | ||||
| Maid of Palmyra | Pyrrhus the First | |||
| Palmyra | ||||
母 Sanda1878 栗毛 |
Wenlock 1869 鹿毛 |
Lord Clifden | Newminster | |
| The Slave | ||||
| Mineral | Rataplan | |||
| Manganese | ||||
母の母 Sandal1974 黒鹿毛 |
Stockwell | The Baron | ||
| Pocahontas | ||||
| Lady Evelyn | Don John | |||
| Industry | ||||
| 母系 (F-No.) | (FN: 2-g) [§ 3] | |||
| 5代内の近親交配 | Stockwell-Rataplan 3×4×3、The Baron 4×4×5、Pocahontas 4×4×5、Birdcatcher 5×5×5、Touchstone 5×5 [§ 4] | |||
| 出典 | ||||
脚注
- 1 2 3 McLean, Ken (2006). Designing Speed in the Racehorse. The Russell Meerdink Company Ltd.. pp. 292–293. ISBN 0-929346-80-7
- 1 2 “Notes and comments”. Evening Post, Volume LXXXV, Issue 110, Page 14. 10 May 1913. 2024年12月22日閲覧.
- ↑ “Papers Past — Auckland Star — 5 June 1890 — Result of the Epsom Derby”. Paperspast.natlib.govt.nz. 2011年12月6日閲覧。
- ↑ “Papers Past — Auckland Star — 30 July 1890 — ENGLISH RACING ITEMS”. Paperspast.natlib.govt.nz. 2011年12月6日閲覧。
- ↑ “Papers Past — Auckland Star — 23 July 1890 — SAINFOIN'S DERBY”. Paperspast.natlib.govt.nz. 2011年12月6日閲覧。
- ↑ “Papers Past — Grey River Argus — 6 June 1890 — DERBY PARTICULARS”. Paperspast.natlib.govt.nz. 2011年12月6日閲覧。
- ↑ “Papers Past — Otago Witness — 24 July 1890 — EPSOM. Wednesday, June 2”. Paperspast.natlib.govt.nz. 2011年12月6日閲覧。
- 1 2 Staff (April 10, 1913). “Death of the sire of Rock Sand”. Daily Racing Form. 2011年5月5日閲覧.
- ↑ Weatherby (1913). “Obituary of stallions”. The General Stud Book 22: 1138. hdl:2027/coo.31924066667290.
- ↑ “Sainfoin's War, p4”. Diss: Data Tech (2007年). 2011年5月4日閲覧。
- 1 2 3 4 “5代血統表 血統情報 Sainfoin(GB)”. JBISサーチ. 2026年10月20日閲覧。