ジェフ・フランコーア

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ジェフ・フランコーア
Jeff Francoeur
フィラデルフィア・フィリーズ時代
(2015年6月28日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ジョージア州アトランタ
生年月日 (1984-01-08) 1984年1月8日(40歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2002年 MLBドラフト1巡目(全体23位)でアトランタ・ブレーブスから指名
初出場 2005年7月7日
最終出場 2016年10月2日
年俸 $925,000(2015年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
WBC 2006年

ジェフリー・ブランドン・フランコーア(Jeffrey Brandon Francoeur, 1984年1月8日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ出身の野球解説者、元プロ野球選手(外野手)。右投右打。現在はFOXスポーツ専属のMLB解説者を務めている。

経歴

プロ入り前

1984年1月8日にジョージア州アトランタで生まれる。父親はボストン・レッドソックスのファンで、ジェフはデール・マーフィーとカル・リプケン・ジュニアに憧れていた[2]。4歳の時に野球を始め、6歳の時にアメリカンフットボールを始めた[3]。

10歳の頃にイースト・カッブ・ベースボール・プログラムでプレイをするが、12歳の時に一時燃え尽き野球を一時辞めたが、再びプレイ[3]。地元ジョージア州のパークビュー高校へ進学し、野球やアメリカンフットボールで活躍。アメリカンフットボールでは1年生の時に州大会優勝に貢献[3]。野球では2年連続で州大会優勝に導き、高校通算で打率.443、55本塁打、164打点を記録[4]。

フットボールでクレムゾン大学やフロリダ大学などから奨学生のオファーが来ていたが、アトランタ・ブレーブスはフランコーア獲得の手応えを掴んでいて、ドラフト1週間前には球団スカウトがフランコーアの自宅で会談をした[3]。フランコーアはドラフトでブレーブスより指名順位が前の22球団に対し、指名されないように高額な契約金とクレムゾン大学進学希望を伝えた[4]。

プロ入りとブレーブス時代

2002年6月4日にMLBのドラフトでブレーブスから1巡目(全体23位)指名された[5]。球団は当初用意した契約金は140万ドルで、数週間後に球団は200万ドルまで金額を上げたが、フランコーアは240万ドルを要求[4]。球団はフランコーアをターナー・フィールドへ招待し、選手と一緒に練習させるという契約に漕ぎ着ける常套手段を駆使し、7月8日に契約金220万ドルで契約[4][5]。

マイナーリーグでは早くから将来有望とみられていた。ベースボール・アメリカ誌選定の「30球団有望株ベスト100」では、入団2年目の2003年に95位、その後2004年に27位、2005年に14位と、順位が着実に上昇している[6]。

ブレーブス時代

2005年7月7日のシカゴ・カブス戦でメジャーデビュー。勝負強さと強肩でファンに衝撃を与え[7]、13補殺はリーグ2位で7月7日のメジャーデビュー以降ではメジャー最多となった[8]。チームの14年連続となる地区優勝に貢献。出場試合数は70だったが、新人王投票で3位となった。

2006年開幕前の3月には同年から開催されることになった第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のアメリカ合衆国代表に選出された[9]。

シーズンでは極端な早打ちのため四球が少なくシーズン初四球は5月9日のフロリダ・マーリンズ戦だった[10]。全162試合に出場し、20本塁打・100打点を記録した。フランコーアより若くシーズン100打点を達成したのは球団史上ハンク・アーロンとエディ・マシューズの2人しかいない[11]。

2007年にはより打席で辛抱強くなり、打率・出塁率ともに3分以上上昇。2年連続の100打点も記録した。前年に続き2年連続で全162試合に出場し、シーズン終了時点で326試合連続出場し、その時点で連続試合出場を同一チームで継続中の選手としてはグレイディ・サイズモアの354試合に次ぐMLB2位となった[8]。

2008年4月にサイズモアの連続試合出場が途切れ現役最長となったが、5月20日のニューヨーク・メッツとのダブルヘッダーの2戦目を欠場。2005年10月1日からの連続試合出場が370で途切れた[12]。6月の打率が.206など不調に陥り、7月4日にはマイナー降格。フランク・レンGMは3週間以内に昇格させるとしていたが、AA級ミシシッピ・ブレーブスで3試合で13打数7安打を記録し、3日後の7月7日にメジャーへ復帰[13]。シーズン152試合に出場したが打率.239、11本塁打は自己ワーストとなった。

メッツ時代

2009年7月10日にライアン・チャーチとのトレードで、メッツに移籍した。両チームの間でトレードが行われたのは、1996年11月以来のことだった[14]。

メッツ移籍後はシーズン閉幕までに75試合に出場し打率.311、10本塁打とまずまずの活躍を見せた。

レンジャーズ時代

2010年8月31日にホアキン・アリアスとのトレードで、金銭とともにテキサス・レンジャーズに移籍した。移籍後は15試合の出場で、打率.340、2本塁打、11打点の活躍でチームの地区優勝に貢献。チームはワールドシリーズまで進出する健闘ぶりを見せたが、最後はサンフランシスコ・ジャイアンツに敗れた。一方のフランコーアはこの年のプレーオフで通算24打数3安打、打率.125と振るわなかった。オフにFAとなった。

ロイヤルズ時代

2010年オフにカンザスシティ・ロイヤルズと1年250万ドルで契約した。

2011年8月18日に翌年から2年1350万ドルで契約を延長した[15]。この年は5年ぶり本塁打数が20本に届いた。また自己ベストとなる47二塁打、22盗塁を記録した。

2012年は一転して低打率に終わったが、BABIPが前年の.323から.272にダウンしており、それがほぼそのまま打率に反映された[16]。

2013年6月30日にDFAとなる。

ジャイアンツ時代

2013年7月9日、サンフランシスコ・ジャイアンツに移籍した。8月20日にDFAとなり、22日に自由契約となった[17]。

パドレス時代

2014年1月6日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ[18]が、3月22日に自由契約となり[19]、3月25日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ[20]。傘下のAAA級エル・パソ・チワワズで開幕を迎え、98試合に出場。打率.294、15本塁打、60打点、10盗塁と結果を残し、7月23日にパドレスとメジャー契約を結んだ[21]。8月11日にDFAとなり[22]、8月13日にマイナー契約となった。オフの10月にFAとなった[23]。

フィリーズ時代

2014年11月13日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結ぶ。

2015年4月5日にメジャー契約を結び40人枠入りする。同年11月2日にFAとなった[24]。この年は外野のレギュラー格で起用され、119試合に出場し、打率.258、13本塁打、45打点という成績を残し、通算150本塁打を達成したが、選球眼のお粗末さは改善されておらず、出塁率は2012年から4年連続で3割未満だった。守備では右翼手をメインに守った(85試合)が、5失策、守備率.965、DRS-5という低レベルな成績に終わり、ゴールドグラブ賞を獲得した頃の守備力は見る影もなかった。他には左翼手も20試合で守ったが、DRS-6だった。投手としても1試合、2.0イニングに投げ、3四球、1奪三振というピッチングを見せた。

ブレーブス復帰

2016年2月21日、ブレーブスとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[25]。3月29日にメジャー契約を結び、アクティブ・ロースター入りした[26]。

マーリンズ時代

2016年8月24日、ブレーブス、マイアミ・マーリンズ、テキサス・レンジャーズ間での三角トレードによって、マット・フォーリーとの交換でマーリンズに移籍した[27]。オフの11月3日にFAとなった[17]。

現役引退後

2017年5月に現役引退を表明し、6月よりFOXスポーツ専属のMLB解説者となった[28]。

選手としての特徴

打撃

三振が多く四球が少ない、俗にいうフリースインガーである。

守備

守備面では強肩が特徴で、右翼の定位置からノーバウンドで三塁のスタンドに飛び込む悪送球をしたことがある[29]。2005年には70試合の出場で13補殺を記録。2007年は両リーグ最多タイの19補殺を記録し、初のゴールドグラブ賞を受賞した。2011年9月7日の試合ではマイケル・テイラーの右前への打球を補殺で打ち取り、「右ゴロ」を記録した。

人物

ベーコン・チューズデー

2012年4月10日、オークランド・アスレチックス私設応援団のBleachersによるベーコン・チューズデーという第2回目のイベントがオー・ドットコー・コロシアムで開催された。アウェーゲームで相手チームの応援団のイベントだが、フランコーアがスポンサーを務めた[30]。彼らにピザ20枚と、サイン入りバットをサプライズプレゼントしている[31]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2005 ATL 702742574177201141414532021134584.300.336.549.884
2006 16268665183169246292921031603236913216.260.293.449.742
2007 16269664284188400192851055207425512914.293.338.444.782
2008 15565259970143333112157101043951011118.239.294.359.653
2009 823243043276122510735511412234610.250.282.352.634
NYM 753082894090202101444113051133463.311.338.498.836
'09計 157632593721663241525176641923569213.280.309.423.732
2010 12444740143951621114854820102987767.237.293.369.662
TEX 1556539182022611010110152.340.357.491.848
'10計 139503454521131821317465830113088819.249.300.383.683
2011 KC 1536566017717147420286872210010373812317.285.329.476.805
2012 1486035615813226316212494701349711914.235.287.378.665
2013 59193183193882359132000822495.208.249.322.571
SF 2263621122001441000100122.194.206.226.432
'13計 812562452050102373173000922617.204.238.298.536
2014 SD 1028242200021000130070.083.179.083.262
2015 PHI 11934332634841611314145020313017710.258.286.433.718
2016 ATL 9927625729641307983320031620754.249.290.381.671
MIA 2655504142101810210400151.280.333.360.693
'16計 125331307337815171163422132020905.254.297.378.675
MLB:12年 1480566152606261373281271602188698543925428448601080126.261.303.416.719
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2015 PHI 100000000----112.011301100229.002.00
MLB 100000000----112.011301100229.002.00

年度別守備成績

投手守備
年
度
球
団
投手(P)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2015 PHI 110001.000
MLB 110001.000
内野守備
年
度
球
団
三塁(3B)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2016 MIA 10000----
MLB 10000----
外野守備
年
度
球
団
左翼(LF)中堅(CF)右翼(RF)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2005 ATL --671311353.966
2006 -210001.0001623161394.973
2007 --1623271952.986
2008 --1522821442.987
2009 --801576001.000
NYM --74137510.993
'09計 --1542941110.997
2010 --1182211135.987
TEX 21010.500-13190001.000
'10計 21010.500-1312401135.988
2011 KC --1533271654.986
2012 -30000----1452421943.985
2013 --5496310.990
SF 1623210.96220000----10000----
'13計 1623210.96220000----5596310.990
2014 SD --713010.929
2015 PHI 2019020.905-85131551.965
2016 ATL 5362510.985-1020321.920
MIA 1090001.000-791001.000
'16計 6371510.987-1729421.943
MLB 101114750.960710001.000129024281284525.983

表彰

背番号

  • 7(2005年 - 2009年途中)
  • 12(2009年途中 - 2010年途中)
  • 21(2010年途中 - 2013年途中)
  • 23(2013年途中 - 同年終了)
  • 15(2014年)
  • 3(2015年)
  • 18(2016年 - 同年途中)
  • 5(2016年途中 - 同年終了)

代表歴

脚注

  1. ↑ “Jeff Francoeur Contract, Salary Cap Details & Breakdowns” (英語). Spotrac. 2016年2月23日閲覧。
  2. ↑ 阿部寛子「連載企画 MLB TALK SHOW ジェフ・フランコアー[ブレーブス]」 『月刊スラッガー』2008年1月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-1、67-69頁。
  3. 1 2 3 4 ビル・シャンクス、松林善一訳「マネーボールへの挑戦 第6章◎デール・マーフィーの再来1」『月刊メジャー・リーグ』2006年9月号、ベースボールマガジン社、2006年、76-79頁、雑誌 08625-9。
  4. 1 2 3 4 ビル・シャンクス、松林善一訳「マネーボールへの挑戦 第7章◎デール・マーフィーの再来2」『月刊メジャー・リーグ』2006年10月号、ベースボールマガジン社、2006年、76-79頁、雑誌 08625-10。
  5. 1 2 “Jeff Francoeur Transactions” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年10月6日閲覧。
  6. ↑ “All-Time Top 100 Prospects” (英語). BaseballAmerica (2007年2月28日). 2016年2月23日閲覧。
  7. ↑ 李啓充 (2005年8月19日). “半世紀ぶりの「スーパールーキー」登場?”. Sports Graphic Number Web. 文藝春秋. 2016年2月23日閲覧。
  8. 1 2 MLB公式プロフィール「View More Bio Info」参照、2016年2月23日閲覧
  9. ↑ 2006 Tournament Roster WBC公式サイト (英語) 2015年9月23日閲覧
  10. ↑ “Jeff Francoeur 2006 Batting Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. Sports Reference LLC.. 2016年2月28日閲覧。
  11. ↑ “Jeff Francoeur 2006 Career Highlights” (英語). 2008年6月4日閲覧。
  12. ↑ Mark Bowman (2008年5月21日). “Francoeur misses first game since '05 Right fielder gets day off in Game 2 of doubleheader vs. Mets” (英語). 2016年2月23日閲覧。
  13. ↑ 出野哲也「MLB30球団最新レポート&全選手個人成績 アトランタ・ブレーブス/ATL フランコーアがまさかのマイナー降格」『スラッガー』2008年9月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、81頁、雑誌 15509-9。
  14. ↑ 「MLB30球団最新レポート&全選手個人成績 アトランタ・ブレーブス/ATL ハンソンは一時的だがフランコーアには見切り」『スラッガー』2009年9月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、72頁、雑誌 15509-9。
  15. ↑ “Royals Sign Francoeur To Two-Year Extension” (英語). MLB Trade Rumors (2011年8月18日). 2016年2月23日閲覧。
  16. ↑ Jeff Francoeur » Statistics » Batting FanGraphs Baseball
  17. 1 2 MLB公式プロフィール参照、2017年1月24日閲覧
  18. ↑ "Indians invite OF Jeff Francoeur to Major League camp" (Press release) (英語). MLB.com (Cleveland Indians). 6 January 2014. 2016年2月23日閲覧。
  19. ↑ “Indians release OF Jeff Francoeur” (英語). ESPN (2014年3月22日). 2016年2月23日閲覧。
  20. ↑ Corey Brock (2014年3月25日). “Padres add veteran Francoeur on Minor League deal”. MLB.com. 2016年2月23日閲覧。
  21. ↑ Corey Brock (2014年7月23日). “Padres set to promote Francoeur from Minors”. MLB.com. 2016年2月23日閲覧。
  22. ↑ Corey Brock (2014年8月11日). “Friars call up No. 6-ranked prospect Liriano” (英語). MLB.com. 2016年2月23日閲覧。
  23. ↑ “Players Who Have Elected Minor League Free Agency” (英語). MLB Trade Rumors (2014年10月6日). 2016年2月23日閲覧。
  24. ↑ “Transactions | phillies.com” (英語). MLB.com (2015年11月2日). 2016年2月23日閲覧。
  25. ↑ Mark Bowman (2016年2月22日). “Francoeur 'back home' with Braves on Minors deal” (英語). MLB.com. 2016年2月23日閲覧。
  26. ↑ Mark Bowman (2016年3月29日). “Braves keeping Francoeur, will add him to roster” (英語). MLB.com. 2016年3月30日閲覧。
  27. ↑ “マーリンズが外野手補強=米大リーグ”. 時事通信. Yahoo!JAPAN (2016年8月25日). 2016年8月26日閲覧。
  28. ↑ Jeff Francoeur made his broadcasting debut, and his co-hosts jokingly gave him a solid 'B-plus' Cut4 MLB.com (英語) (2017年6月2日) 2017年6月25日閲覧
  29. ↑ 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』廣済堂出版、2007年、281頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
  30. ↑ “Jeff Francoeur and Bacon Tuesday” (英語). 2012年4月13日閲覧。
  31. ↑ “Francoeur treats fans to pizza” (英語). 2012年4月13日閲覧。

関連項目

外部リンク