ジブラルタル社会民主党
| ジブラルタル社会民主党 | |
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| Logo of the Gibraltar Social Democrats (2022).svg | |
| 党首 | キース・アゾパルディ |
| 議長 | ジミー・イグナシオ |
| 創立者 | ピーター・モンテグリッフォ |
| 創立 | 1989年 |
| 本部所在地 | 1A College Lane, Gibraltar |
| 青年部 | ジブラルタル社会民主未来 |
| 政治的思想 | |
| 政治的立場 | 中道右派 |
| 英国本土の提携政党 | 英国保守党[1] |
| 公式カラー | 青 , 黄色 |
| ジブラルタル議会 |
8 / 17 |
| 公式サイト | |
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www | |
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| この記事は ジブラルタルの政治と政府 に関する記事群の一部である。 |
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ジブラルタル社会民主党(じぶらるたるしゃかいみんしゅとう、Gibraltar Social Democrats、GSD)は、英領ジブラルタルの保守自由主義政党である。同党はピーター・カルアナを党首として、1996年総選挙からジブラルタル社会労働党・自由党同盟(ジブラルタル社会労働党とジブラルタル自由党の連合)に敗北した2011年総選挙まで4期連続で政権を担った。
2017年7月、党首のダニエル・フィーサムの辞任を受け、同年11月30日に同党2度目の代表選が行われ、キース・アゾパルディが代表代行のロイ・クリントンを破り得票率60.6%で選出された。アゾパルディは、ピーター・カルアナ政権下で閣僚および副首相を務めていた。
歴史
同党は公民権推進協会の解党後、ジブラルタル社会労働党の対抗馬として台頭した。同党は1989年、元公民権推進協会議員のピーター・モンテグリッフォによって結成された。1991年にモンテグリッフォが議員辞職し党首も辞任すると、新党首に就任したカルアナがその議席を埋める補欠選挙で勝利した。1996年、同党はジブラルタル社会労働党を破り与党になった。カルアナ内閣は、ピーター・カルアナ首相、ピーター・モンテグリッフォ副首相、アーネスト・ブリット、ヒューバート・コービー、キース・アゾパルディ、ジョー・ホリデイ、バーナード・リナレス、ハイメ・ネットによって組閣された。
2005年、同党はジブラルタル労働党と合併したが党名はジブラルタル社会民主党のままとした。この合併は両党から不満が噴出し、副党首のキース・アゾパルディや執行委員のニック・クルーズら有力議員が離党し進歩民主党を結成したが、短命に終わった。
2013年、ピーター・カルアナは党首を辞任し、4年の任期が満了するまで一般議員として活動することを発表した。また次期選挙には出馬せず、政界引退すると表明した。次期代表選にはダニエル・フィーサムとデイモン・ボッシーノが立候補し、2013年執行委員会の過半数の票を得てフィーサムが党首に選出された。これは同党初の民主的な代表選だった。
政策


党名は社会民主主義政党のようだが、実際は保守自由主義[2]、中道右派[3][4][5]政党である。同党はジブラルタルが英国の自治海外領土であるという現在の憲法上の地位を支持し、英国とスペインによる共同主権を定めたいかなる提案にも反対している。この立場は同党と二大政党を構成するライバルのジブラルタル社会労働党と同様である。また、社会民主党は社会労働党と比べて伝統的にスペインに対する姿勢が比較的穏健である。
選挙
1991年、社会民主党代表のピーター・モンテグリッフォの辞任を受けて行われたジブラルタル議会補欠選挙で、同党新代表のピーター・カルアナが得票率61.81%で当選し議席を守った[6]。
1992年の選挙では得票率20.20%、7議席を獲得した[7]。
1996年の選挙では得票率52.20%、8議席を獲得した[8]。
2000年の選挙では得票率58.35%、8議席を獲得した[9]。
2003年の選挙では得票率51.45%、8議席を獲得した[10]。
2007年の再編されたジブラルタル議会選挙では得票率49.33%、10議席を獲得した[11]。
2011年の選挙では得票率46.76%、7議席を獲得し、下野[12]。
2013年の補欠選挙では、同党のマーリーン・ハッサン・ナホンは得票率39.95%で社会労働党のアルバート・イソラに敗れた[13]。
2015年の選挙では同党は得票率31.56%、7議席を獲得した[14]。
同党は、2015年の英国議会総選挙において英国保守党を支持した[1]。
2019年の選挙では得票率25.60%、6議席を獲得した。同党の議員で影の大臣でもあったトレバー・ハモンドが議席を失い、その議席は選挙期間中に社会民主党を離党して新党共にジブラルタルを結成したマーリーン・ハッサン・ナホンに奪われた。
激戦となった2023年ジブラルタル議会選挙では、同党は得票率48.15%、8議席を獲得した。この結果ジブラルタル議会は2015年以来初めて野党が一党のみとなった。(1議席は、共にジブラルタルの唯一の議員であったマーリーン・ハッサン・ナホンから奪取したもので、ナホンは選挙の数ヶ月前に政界引退を表明していた。もう1議席は、連立与党ジブラルタル自由党の議員であるヴィジャイ・ダリヤナニから奪取したものである)。
2023年選挙の新人2名、ユセフ・エル・ハナ(ジブラルタル初の地元イスラム教徒でありモロッコ系コミュニティ出身の候補者)とダニエラ・ティルベリーは選挙期間中に過去の経緯をめぐって物議を醸した。両者とも落選。
エル・ハナは2018年にSNSでイスラエルとパレスチナの対立についてパレスチナへの支持を表明していたことから「反シオニズム」と見なされ、親ユダヤ主義者(シオニスト)らから非難された。
ティルベリーはジブラルタル大学で学部長および幹部を務めていた際に、スタッフや学生へのいじめを行ったとの疑惑により非難され退職した。選挙運動期間中彼女から正式な謝罪は行われなかった。
総選挙後、現党首のキース・アゾパルディと住宅・土地・交通担当影の大臣のデイモン・ボッシーノとの間で党首選が行われた。アゾパルディは中道派かつ進歩的であると自認し、ボッシーノはより右翼的だと自認している。現職のアゾパルディが得票率58%で勝利した。
選挙結果
ジブラルタル議会
| 年度 | 得票数 | 得票率(%) | 議席数 | 増減 | 与野党 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1992 | 20,110 | 20.2 | 7 / 15 |
野党 | |
| 1996 | 66,190 | 52.2 | 8 / 15 |
与党 | |
| 2000 | 67,443 | 58.35 | 8 / 15 |
与党 | |
| 2003 | 58,234 | 51.45 | 8 / 15 |
与党 | |
| 2007 | 76,334 | 49.33 | 10 / 17 |
与党 | |
| 2011 | 81,721 | 46.76 | 7 / 17 |
野党 | |
| 2015 | 46,545 | 31.56 | 7 / 17 |
野党 | |
| 2019 | 40,453 | 25.55 | 6 / 17 |
野党 | |
| 2023 | 86,537 | 48.15 | 8 / 17 |
野党 | |
補欠選挙
| 年度 | 得票数 | 得票率(%) | 議席数 | 増減 |
|---|---|---|---|---|
| 1991[15] | 2,496 | 61.81 | 1 / 1 |
新党 |
| 2013 | 3,927 | 39.95 | 0 / 1 |
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欧州議会
ジブラルタルは欧州議会において南西イングランド選挙区に属しており、ジブラルタルの主要政党は英本土の主要政党と統一名簿を組んでいた。2004年からイギリスの欧州連合離脱(ブレグジット)まで、同党は英国保守党と連合を組んでいた。
| 年度 | 提携政党 | 南西イングランド | ジブラルタル | 議席数 | 増減 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 得票数 | 得票率(%) | 得票数 | 得票率(%) | ||||
| 2004 | 英国保守党 | 457,371 | 31.6 | 8,297 | 69.5 | 3 / 7 |
|
| 2009 | 英国保守党 | 468,742 | 30.2 | 3,721 | 53.3 | 3 / 7 |
|
| 2014 | 英国保守党 | 433,151 | 28.9 | 1,236 | 17.2 | 2 / 6 |
|
| 2019 | 英国保守党 | 144,674 | 8.7 | 256 | 2.7 | 0 / 6 |
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現職議員
- キース・アゾパルディ(1996-2003,2019-) (党首)
- エドウィン・レイエス(2007-)
- ロイ・クリントン(2015-)
- デイモン・ボッシーノ(2011-2015,2019-)
- ジョエル・ラディスラウス (2023-)
- ジョヴァンニ・オリゴ (2023-)
- クレイグ・サカレロ (2023-)
- アトリッシュ・サンチェス (2023-)
歴代党首
| 氏名 | 在任期間 | 顔写真 |
|---|---|---|
| ピーター・モンテグリッフォ | 1989 - 1991 | |
| ピーター・カルアナ | 1991 - 2013 | |
| ダニエル・フィーサム | 2013 - 2017 | |
| ロイ・クリントン(代行) | 2017 - 2017 | |
| キース・アゾパルディ | 2017 - |
脚注
- 1 2 “May 08 - GSD Welcomes Tory Win And Repeats Call For Unity Ahead Of Possible EU Referendum”. yourgibraltartv.com. 2016年7月28日閲覧。
- ↑ Williams, Wendy (2011年10月24日). “Gibraltar election fever”. Olive Press News Spain. 2017年3月29日閲覧。
- ↑ Gold, Peter (2005). Gibraltar: British Or Spanish?. Routledge. p. 170. ISBN 978-0-415-34795-2
- ↑ Tremlett, Giles (28 November 2003). “Gibraltar's leader wins third term”. The Guardian. 2021年2月8日閲覧.
- ↑ Coss, Simon (27 February 2002). “PROFILE – Solid Rock: Peter Caruana”. POLITICO Europe. 2021年2月8日閲覧.
- ↑ “By-Election: Election to the House of Assembly”. Gibraltar Parliament (1991年5月16日). 2019年10月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “General Election: Election to the House of Assembly”. Gibraltar Parliament (1992年1月16日). 2017年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “General Election: Election to the House of Assembly”. Gibraltar Parliament (1996年5月16日). 2017年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “General Election: Election to the House of Assembly”. Gibraltar Parliament (2000年2月10日). 2017年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “General Election: Election to the House of Assembly”. Gibraltar Parliament (2003年11月27日). 2019年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “General Election: Election to the Parliament”. Gibraltar Parliament (2007年10月11日). 2019年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “General Election: Election to the Parliament”. Gibraltar Parliament (2011年12月8日). 2015年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “General Election: Election to the House of Assembly”. Gibraltar Parliament (2013年7月4日). 2019年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “General Election: Election to the Parliament”. Gibraltar Parliament (2015年11月26日). 2017年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
- ↑ “By-Election: Election to the House of Assembly”. Gibraltar Parliament (1991年5月16日). 2019年10月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
外部リンク
GSD - ジブラルタル社会民主党(党公式サイト)