タップオンウッド

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タップオンウッド
欧字表記 Tap On Wood
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栗毛
生誕 1976年2月15日
死没 1999年12月25日(23歳没)
父 Sallust
母 Cat o'Mountaine
母の父 Ragusa
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産者 Irish National Stud
馬主 Anthony Shead
調教師 Barry Hills(イギリスの旗 イギリス)
競走成績
生涯成績 18戦10勝
勝ち鞍
G12000ギニーステークス1979年
G2ナショナルステークス1978年
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タップオンウッド(英語: Tap On Wood、1976年2月15日[1] - 1999年12月25日)は、アイルランド生産・イギリス調教の競走馬である。主な勝ち鞍は、2000ギニーステークス(1979年)。

来歴

タップオンウッドは白斑のない栗毛の馬で、アイリッシュ・ナショナルスタッドによって生産された。

1歳時にセリにおいて12500ギニーで落札され[2]、アントニー・シェッドの所有馬として、バークシャー州ランボーン(英語版)のバリー・ヒルズ厩舎の所属となった。

競走馬時代

2歳(1978年)

タップオンウッドは、イギリスのアーニー・ジョンソンを主戦として、2歳時に異例なほど出走を繰り返しており、9月には既に5ハロンから7ハロンに至るまでの競走で10戦6勝を挙げていた。なお、ニューベリー競馬場でのドニントンキャッスルステークス以外は、それほど強力ではない馬を相手とした勝利であった。10戦目となったエアー競馬場(英語版)でのヘロンズリーステークスでは、9ポンド重い斤量を背負い、ウォーミントンに敗れた。

11戦目はアイルランドへ遠征し、カラ競馬場で行われる7ハロンのナショナルステークス(G2)に出走した。タップオンウッドは残り1ハロンで先頭に立つと、ディケンズヒル(英語版)を振り切りハナ差で入線したが、タップオンウッドが右へ斜行して進路妨害となったと相手騎手が主張したため、審議の末に勝利が確定した。なお、後にフューチュリティステークス勝ち馬となるサンディクリークが3着となった。

その後、タップオンウッドはフランスへ遠征し、10月8日にロンシャン競馬場で行われたグランクリテリウム(G1)に出走した。単勝オッズ22倍で迎えた12頭立てのレースでは勝ち馬のアイリッシュリヴァーから6馬身差の6着に終わった。更にニューベリー競馬場のホーリスヒルステークス(英語版)(G3)に出走したが、クリスの6着に敗れた[2]。

1978年にイギリスで出走した2歳馬の格付けであるフリー・ハンデキャップにおいて、タップオンウッドは最高評価のトロモス(英語版)より15ポンド低い118ポンドと評価された[2]。タイムフォームは、タップオンウッドを「極めて好感の持てる」と評しつつ、最高評価のトロモスより21ポンド低い113ポンドのレーティングを与えた。

3歳(1979年)

3歳初戦は4月にソールズベリー競馬場(英語版)の2000ギニートライアルステークスに出走したが、勝ち馬レイクシティに離される形の4着に終わった。その2週間後には、ヨークシャーにあるサースク競馬場(英語版)で行われた1マイルのタイムフォームレースカードステークスに出走し、後に1000ギニーステークスでワンインアミリオン(英語版)の2着となる牝馬のアビーデールを半馬身差で下して勝利した。

5月5日、ニューマーケット競馬場の第171回2000ギニーステークス(G1)に出走し、20頭立てのレースで単勝21倍となった[3]。1番人気はグリーナムステークスも制したクリスであり、クレイヴンステークスでトロモスを破ったリファーズウィッシュも有力馬であった。アメリカ人騎手のスティーブ・コーゼンを鞍上に迎えたタップオンウッドは、後方待機策を採り、残り3ハロンで進出して先頭争いに加わった。終盤はタイムフォームが「記憶に残る」と評した、右側のクリス、左側のヤングジェネレーションとの3頭での競り合いを制し、タップオンウッドはクリスに半馬身差で勝利した。ヤングジェネレーションは短アタマ差の3着であった。これにより、コーゼン騎手は最終的に10勝する[4][5]イギリスクラシック競走の初制覇を果たした[6]。

6月6日には距離を延長し、エプソム競馬場で行われた1.5マイルの第200回ダービーステークス(G1)に出走したが、勝ち馬のトロイからは大きく離され、23頭中12着に終わった。鞍上のコーゼンは、馬の調子が良くなかったと述べた。直後にウイルス性感染症に罹患していることが判明し、3ヶ月間休養となった。

この間、タップオンウッドが勝利した2000ギニーステークスの出走馬のうち、クリスはセントジェームズパレスステークス、サセックスステークス、セレブレーションマイル(英語版)を制し、ヤングジェネレーションは5月にロッキンジステークスで古馬に勝利してフランスに遠征し、ジャンプラ賞も勝利していた[6]。

9月にドンカスター競馬場で行われたキヴトンパークステークス(英語版)で復帰した。クラシック競走での勝利により斤量を10ポンド加算されながらも、馬体の状態も良く単勝3.75倍で出走したレースでは[7]、アールビーチェスネやアラートに1馬身以上付けて快勝した。その後は同月下旬のアスコット競馬場で行われるクイーンエリザベス2世ステークスに出走し、クリスとの3度目の対決となる予定であったが、ウイルス性感染症再発のため、以降はレースに出走せず引退した[6]。

1979年のインターナショナル・クラシフィケーションにおいて、タップオンウッドは、トロイ、ルマルモ(英語版)、アイリッシュリヴァー、クリス、ベリファ、ディケンズヒルに次ぐヨーロッパで7番目に優れた3歳牡馬と評価された。タイムフォーム社からは3歳馬で最高評価のトロイより7ポンド低く、クリスより5ポンド低い、130ポンドのレーティングを与えられた。タイムフォームの年鑑"Racehorses of 1979"では、タップオンウッドについて「傑出したタフさと闘争心があり、馬場不問の能力を示した」と評している[6]。

ジョン・ランドールとトニー・モリスは、タイムフォームのレーティングに基づいた著書"A Century of Champions"の中で、タップオンウッドを2000ギニーステークスの平均的な勝ち馬と評した[8]。

種牡馬時代

3歳で引退した後、100万ポンドのシンジケートが組まれ、アイルランドキルデア県のキルダンガンスタッドで種牡馬入りした[6]。

その後、日本へ輸出されて1986年から日本軽種馬協会の胆振種馬場[9]などで種牡馬として供用された。7年目の1992年までは40頭以上の種付けを集めていたが、翌年12頭となって以降は、最高でも10頭台の種付けに留まった。1999年にも種付けを行ったが、同年12月25日に死亡した[10]。

代表産駒は1990年にエリザベス女王杯を制したキョウエイタップである[11]。

その他、アイルランド時代の産駒としては、グレートヴォルティジュールステークス勝ち馬ニスナス、デュッセルドルフ大賞(英語版)勝ち馬ロイヤルタッチ、コンコルドステークス(英語版)勝ち馬フロムザウッド、クリテリウムナツィオナーレ勝ち馬オゾプルミン、リブルスデールステークス勝ち馬ミスボニフェイス、フレッドダーリンステークス勝ち馬マホガニー、キラヴランステークス勝ち馬セデュラス、クロエ賞(英語版)勝ち馬イバディヤ、ブルーシールステークス勝ち馬ラッパタップタップ、チェスターフィールドカップ等18勝のノックノックなどが挙げられる[12]。

主な産駒

※海外馬はG1馬のみ

母の父としての産駒

※海外馬はG1馬のみ

血統表

タップオンウッドの血統(出典[§ 1])
父系 フェアトライアル系(フェアウェイ系) [§ 2]
父
Sallust
1969 栗毛
父の父
Pall Mall
1955 栗毛
Palestine Fair Trial
Una
Malapert Portlaw
Malatesta
父の母
Bandarilla
1960 栗毛
*マタドア Golden Cloud
Spanish Galantry
Interval Jamaica Inn
Second Act
母
Cat O'Mountaine
1967 栗毛
Ragusa
1960 鹿毛
Ribot Tenerani
Romanella
Fantan Ambiorix
Red Eye
母の母
Marie Elizabeth
1948 栗毛
Mazarin Mieuxce
Boiarinia
Miss Honor Mr. Jinks
Bayora
母系 (F-No.)   (FN: 14-f) [§ 3]
5代内の近親交配 Mazarin 5×3、Tetratema 5×5 [§ 4]
出典
  1. ↑ [13]
  2. ↑ [13]
  3. ↑ [13]
  4. ↑ [13]

脚注

  1. ↑ “Tap On Wood pedigree”. Equineline (2012年5月8日). 2013年12月22日閲覧。
  2. 1 2 3 Timeform staff (1979). Racehorses of 1978. Timeform. ISBN 0-900599-27-8
  3. ↑ Morris, Tony; Randall, John (1990). Horse Racing: Records, Facts, Champions (Third ed.). Guinness Publishing. ISBN 0-85112-902-1
  4. ↑ “Cauthen the American beauty; Value Scope A Legend on THE LEGENDS Week 2: STEVE CAUTHEN”. The Mirror (London, England), via thefreelibrary.com. May 17, 2008. 2013年12月26日閲覧.
  5. ↑ “British racing is whipping itself to death, says Steve Cauthen”. Mirror.co.uk (2011年10月30日). 2013年12月26日閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 Timeform staff (1980). Racehorses of 1979. Timeform. ISBN 0-900599-29-4
  7. ↑ Abelson, Edward; Tyrrel, John (1993). The Breedon Book of Horse Racing Records. Breedon Books Publishing. ISBN 978-1-873626-15-3
  8. ↑ Morris, Tony; Randall, John (1999). A Century of Champions. Portway Press. ISBN 978-1-901570-15-1
  9. ↑ “JBBA胆振種馬場繋養種牡馬が移動 馬産地ニュース”. 競走馬のふるさと案内所. 日本軽種馬協会 (2012年8月13日). 2026年6月27日閲覧。
  10. ↑ “タツプオンウツド”. ジャパン・スタッドブック・インターナショナル. 2026年6月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年6月27日閲覧。
  11. ↑ “キョウエイタップ”. 日本軽種馬協会. 2013年12月24日閲覧.
  12. ↑ “Tap On Wood Stud Record”. Racing Post (2012年2月15日). 2013年12月24日閲覧。
  13. 1 2 3 4 “5代血統表 血統情報 タツプオンウツド(IRE)”. JBISサーチ. 2026年6月27日閲覧。
  14. ↑ “Thoroughbred Bloodlines – Honoria – Family 14-f”. Bloodlines.net. 2018年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月22日閲覧。

外部リンク