タミル語映画

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タミル語映画
Tamil cinema
インド最古の映画スタジオAVMプロダクションの球状シンボル
スクリーン数 1,571(タミル・ナードゥ州、ポンディシェリ[1])
主な配給業者 AGSエンターテインメント(英語版)
AVMプロダクション(英語版)
ライカー・プロダクションズ
マドラス・トーキーズ(英語版)
サン・ピクチャーズ(英語版)
テナンダル・スタジオ(英語版)
Vクリエイションズ
ワンダーバー・フィルムズ(英語版)
レッド・ジャイアント・ムービーズ(英語版)
アースカル・フィルムズ
映画撮影数(2017年)
合計 198

タミル語映画(タミルごえいが、Tamil cinema)は、インドの映画のうちタミル語で製作された映画で、タミル・ナードゥ州チェンナイに拠点を置く映画産業を指す[2]。映画産業の中心地コダンバッカム(英語版)にちなんだ「コリウッド(Kollywood)」の通称で知られている[3][4][5]。1918年にランガスワーミ・ナタラージャ・ムダリアールが製作した『Keechaka Vadham』が最初のタミル語サイレント映画であり[6]、1931年には最初のタミル語トーキー映画『Kalidas』が公開された(インド初のトーキー映画『アーラム・アーラー(英語版)』の7か月後)[7]。

タミル語映画は他の言語映画産業に多大な影響を与え、産業拠点のマドラスはヒンディー語映画、南インド映画、スリランカ映画(英語版)の第2拠点としての地位を確立した[8][9]。20世紀後半に入ると、タミル語映画はスリランカ、マレーシア、シンガポール、日本、中東、アフリカ、オセアニア、ヨーロッパ、北アメリカに輸出され国際的にも関心を集める映画産業へと発展した[10][11][12]。またスリランカ及びマレーシア、シンガポール、西半球諸国のタミル人ディアスポラ(英語版)の映画製作にも影響を与えている[13][14]。

歴史

1897年、M・エドワーズはマドラスのヴィクトリア公会堂(英語版)で初めてサイレント短編映画を上映した。映画上映の商業的価値が認知された後、ヨーロッパ人実業家ワーウィック・メジャーがマドラスにインド初となる劇場エレクトリック・シアターを建設し、同地にはこの他にリリシック・シアターも建設された[15]。1905年に南インド鉄道社員サミカンヌ・ヴィンセント(英語版)は短編映画を上映する巡業興行師となり、後にデュポンから映写機とサイレント映画のフィルムを購入し、映画興行師として事業を展開した[16]。彼はパース(映画製作会社のパイオニア)と提携し、これは映画製作が州を越えて行う製作スタイルの萌芽となった[17]。

1909年、ウェールズ公ジョージがインドを訪問した際にマドラスで大規模な展覧会が開催され、音声を伴う短編映画の上映が行われた。展覧会終了後、インド人写真家ラグパティ・ヴェンカイアー・ナイドゥは映写機を買い取り、マドラス高等裁判所(英語版)の近くにテント劇場を建設した[15]。彼はヴィクトリア公会堂で『Pearl Fish』と『Raja's Casket』を上映し、上映会の成功を受けてエスプラネードにテント劇場を建設した。このテント劇場は後の映画館の先駆け的な存在となった。ラグパティはビルマ・スリランカを巡業して資金を集めた後、ゲイティ・トーキーズを建設し、この劇場はインド人が初めて建設した映画劇場となった。

サミカンヌ・ヴィンセントはインドにおいて映画館の概念を確立した人物であり、彼の誕生日は映画館の日(英語版)という祝日に指定されている。
ランガスワーミ・ナタラージャ・ムダリアールは最初のタミル語映画を製作した人物であり、「タミル語映画の父」と呼ばれている。

この時期に上映された短編映画の大半はアメリカ合衆国やイギリスの作品だった。1909年にイギリス人のT・H・ハフトンがマドラスにパニシュラー・フィルム・サービスを設立し、現地人向けの短編映画上映を行ったが、間もなく長編のドラマ映画が輸入されるようになり、1912年以降はボンベイで製作された長編映画がマドラスでも上映されるようになった。これにより短編映画の時代が終わり、長編ドラマ映画は人気のあるエンターテインメントとして地位を確立し、マドラスには多くの映画製作会社が設立された。この新しいエンターテインメントに魅了された人物の一人に自動車販売業を営むランガスワーミ・ナタラージャ・ムダリアールがいた。彼は映画業界へ進むことを決め、プネーで数日間スチュアート・スミス(『Durbar』の撮影監督)から技術を学び、1916年に映画製作を開始した。南インド映画の基礎を築いたのはA・ナラヤーナンだった。彼は映画配給に携わった後、映画製作会社ジェネラル・ピクチャーズ・カンパニーを設立し、1929年に『The Faithful Wife/Dharmapathini』を製作したのを皮切りに合計24本の長編映画を製作している。同社は映画学校としても機能し、シンガポールやコロンボ、ラングーンに支社を置き、タミル語サイレント映画を最も多く製作した映画製作会社でもあった。

1932年にP・プラカーサが製作した『The Ways of Vishnu/Vishnu Leela』が最後のタミル語サイレント映画となった。トーキー映画が登場したころ、映画製作者はトーキー映画製作のためにボンベイやカルカッタに行く必要があった。初期のトーキー映画は有名な舞台劇を題材とした作品が多く、マドラスの観客の間ではカンパニー・ドラマが人気を博した。同地では1934年までに全ての映画館でトーキー映画が上映できるように改装が成された。ナラヤーナンもサイレント映画からトーキー映画に活動の重点を移して映画製作会社スリニヴァサ・シネトーンを設立し、1934年にマドラス初のトーキー映画『Srinivasa Kalyanam』を製作した。1935年には36本のトーキー映画がマドラスで製作されている。

産業構造

法制度

タミル語映画の年間製作本数は1985年にピークを迎えた。同映画産業の経済規模はタミル・ナードゥ州全体の国内総生産の0.1%を占めている[18]。劇場所有者は毎週火曜日に娯楽税の申告書を提出する義務がある[19]。

2006年7月22日、タミル・ナードゥ州政府(英語版)は映画のタイトルをタミル語で付けた作品について娯楽税を免除することを発表した。これは英語でタイトルを付ける作品が増え、タミル語のタイトルを避ける傾向が多くなったことへのタミル語振興政策である[20]。州政府の発表後に最初に公開された映画は『Unakkum Enakkum』であり、オリジナルのタイトルは英語とタミル語を使用した「Something Something... Unakkum Enakkum」だった[20]。2011年7月には新たな免税規定が設けられ、中央映画認証委員会から「U」認証を受けた作品は娯楽税が免除されることになった[21]。

チェンナイの映画スタジオは映画映写法(1948年制定)、同改正法(1952年制定)、著作権法(1957年制定)による規制を受けている[22][23][24]。タミル・ナードゥ州では映画館の入場券は同州政府によって管理されており、シングルスクリーンでは最大50ルピー、3スクリーン以上の劇場では最大120ルピーと定められている[25]。また1939年に娯楽税法が制定されており、2017年に新たに制定された商品サービス税(英語版)(28%)と娯楽税(30%)の二重課税に反対し、同年7月3日にタミル・ナードゥ州劇場所有者協会は州内の全劇場を無期限に閉鎖した[26][27]。同月7日にストライキは停止され、劇場は再開されている[28][29][30][31]。

国内上映

最初のタミル語トーキー映画『Kalidas』

1918年に南インドで最初のサイレント映画『Keechaka Vadham』が製作され[32]、1931年に初のタミル語トーキー映画『Kalidas』が製作された[33]。1932年にはタミル語初のフル・レングス映画『Kalava』が製作され[34]、1935年にアメリカ人タミル語映画監督エリス・R・ダンガンが『Bhakta Nandanar』を製作した[35]。1937年に公開された『Balayogini』は南インドで最初の児童映画とされている[36]。成功を収めたタミル語映画は様々な言語映画でリメイクされ、『Manorama Yearbook 2000』によると20世紀中に5000本以上のタミル語映画が製作されたという。近年製作されるタミル語映画では英語の比重が増えており、台詞や歌詞の中に英語が含まれることが多くなっている。

1991年にK・S・セードゥマーダヴァン(英語版)が監督した『Marupakkam』は国家映画賞 長編映画賞(英語版)を受賞した最初のタミル語映画であり[37]、2008年に製作された『Kanchivaram』は同賞を受賞した2本目のタミル語映画となった。タミル語映画はケーララ州、カルナータカ州、アーンドラ・プラデーシュ州、マハーラーシュトラ州、グジャラート州、ニューデリーで人気を集めており、ケーララ州とカルナータカ州ではタミル語オリジナル版が上映され、テランガーナ州とアーンドラ・プラデーシュ州では住民の大半がテルグ語話者のため、テルグ語吹替版が上映されている[38][39]。

海外上映

タミル語映画は東南アジアで安定した人気を得ている。日本では『灼熱の決闘(英語版)』から半世紀ほど経た1998年に『ムトゥ 踊るマハラジャ』が上映され、160万ドルの興行成績を記録した[40][41]。2010年に公開された『ロボット』は北米で400万ドルの興行成績を記録している。

マニラトナムの『頬にキス(英語版)』、ヴァサンダーバラン(英語版)の『Veyil』、アミール(英語版)の『Paruthiveeran』など多くのタミル語映画は国外の映画祭で特別上映作品として出品されている。またアカデミー外国語映画賞のインド代表作品に過去8本のタミル語映画が選ばれており、これはヒンディー語映画に次いで2番目の多さである[42]。この他、マニラトナムの『ナヤカン/顔役(英語版)』はタイム誌のタイムズ・オールタイム100ムービーズ(英語版)に選ばれている[43]。

配給地域

チェンナイのマルチプレックス、シングルスクリーンの年間入場者数は1,100万人、2011年から2016年にかけての平均入場者数はプラスマイナス100万人となっている。インド全域で配給された最初のタミル語映画は、1948年に公開された『灼熱の決闘』だった[44]。タミル語映画は国外のタミル人ディアスポラ(英語版)からの人気が高く、ヒンディー語映画に並ぶ海外配給規模を誇っている。海外配給地域はアジア、アフリカ、西ヨーロッパ、北アメリカ、オセアニアなど広範囲にわたっている[45]。

地域名配給率 (%)該当領域
NSC地域 (NSC)100カダルール県、カーンチープラム県、ティルヴァッルール県
ティルヴァンナーマライ県、ヴェールール県、ヴィリュップラム県
コーヤンブットゥール地域 (Coimbatore)50コーヤンブットゥール県、イーロードゥ県、ニーラギリ県、ティルップール県(英語版)
チェンナイ地域 (Chennai)37チェンナイ県
MR地域 (MR)35ティンドゥッカル県、マドゥライ県、ラーマナータプラム県、シヴァガンガイ県、ヴィルドゥナガル県
TT地域 (TT)32アリヤルール県(英語版)、カルール県、ナーガパッティナム県、ペランバルール県
プドゥコーッタイ県、タンジャーヴール県、ティルチラーパッリ県、ティルヴァールール県
セーラム地域 (Salem)28ダルマプリ県、クリシュナギリ県、ナーマッカル県、セーラム県
TK地域 (TK)13トゥーットゥックディ県、ティルネルヴェーリ県、カンニヤークマリ県
カルナータカ地域 (Karnataka)83カルナータカ州
アーンドラ・プラデーシュ地域
(Andhra Pradesh)
79アーンドラ・プラデーシュ州
テランガーナ地域 (Telangana)63テランガーナ州
ケーララ地域 (Kerala)63ケーララ州
その他の地域 (Rest of India)15上記以外のインド各州
北米地域 (USA & Canada)119アメリカ合衆国、カナダ
湾岸地域 (GCC)106湾岸協力会議加盟国
マレーシア地域 (Malaysia)82マレーシア
その他の海外地域 (Rest of the World)89上記以外の各国

主な映画賞

出典

  1. ↑ “STATEWISE NUMBER OF SINGLE SCREENS”. Film Federation of India. 21 April 2014閲覧。
  2. ↑ Hiro, Dilip (2010). After Empire: The Birth of a Multipolar World. p. 248. ISBN 978-1-56858-427-0
  3. ↑ “Tamil, Telugu film industries outshine Bollywood”. Business Standard (25 January 2006). 2012年2月19日閲覧。
  4. ↑ “China's Film Industry And Its Bollywood Future”. Forbes. 2019年6月28日閲覧。
  5. ↑ “Tamil films give Bollywood a run for its money”. the star.com. 2016年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月28日閲覧。
  6. ↑ “Metro Plus Chennai / Madras Miscellany : The pioneer‘Tamil' film-maker”. The Hindu (Chennai, India). (7 September 2009) 29 June 2011閲覧。
  7. ↑ Velayutham, Selvaraj. Tamil cinema: the cultural politics of India's other film industry. p. 2
  8. ↑ “THE TAMIL NADU ENTERTAINMENTS TAX ACT, 1939”. Government of Tamil Nadu. 15 October 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。26 September 2011閲覧。
  9. ↑ “Indian Cinema: The World’s Biggest And Most Diverse Film Industry” (December 2017). 2011年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月28日閲覧。
  10. ↑ Pillai, Sreedhar. “A gold mine around the globe” (英語). The Hindu 2017年3月9日閲覧。
  11. ↑ “Eros buys Tamil film distributor”. Business Standard. 3 September 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。6 October 2011閲覧。
  12. ↑ “With high demand for Indian movies, Big Cinemas goes global”. The Times of India. (12 June 2011). オリジナルの2012年1月21日時点におけるアーカイブ。 26 September 2011閲覧。
  13. ↑ “SYMPOSIUM: SRI LANKA'S CULTURAL EXPERIENCE”. Chennai, India: Frontline. オリジナルの2012年11月7日時点におけるアーカイブ。 26 September 2011閲覧。
  14. ↑ “Celebration of shared heritage at Canadian film festival”. The Hindu (Chennai, India). (9 August 2011) 26 September 2011閲覧。
  15. 1 2 Folklore, public sphere, and civil society. p. 116
  16. ↑ “Pioneers in Indian Cinema - Swamikannu Vincent”. Indiaheritage.org. 9 May 2013時点のオリジナルよりアーカイブ。22 February 2013閲覧。
  17. ↑ Rajmohan, Joshi. Encyclopaedia of Journalism and Mass Communication: Media and mass communication. p. 68
  18. ↑ “Superstars dominate”. Hinduonnet.com (28 December 2007). 9 August 2010時点のオリジナルよりアーカイブ。12 May 2011閲覧。
  19. ↑ “tnsalestax”. www.tnsalestax.com. 17 July 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。12 May 2011閲覧。
  20. 1 2 “Va: Cutting of the Quarter! Why? - Tamil Movie Articles - Va-Quarter Cutting | Kallarai Manithan”. Behindwoods.com. 22 February 2013閲覧。
  21. ↑ “Strict norms on entertainment tax - Tamil Movie News”. Indiaglitz.com (27 July 2011). 2012年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。22 February 2013閲覧。
  22. ↑ “Cinematograph film rules, 1948”. Government of India. 26 September 2011閲覧。
  23. ↑ “Posters”. Central Board of Film certification (CBFC). 23 November 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。26 September 2011閲覧。
  24. ↑ “INDIAN COPYRIGHT ACT, 1957”. Government of India. 26 September 2011閲覧。
  25. ↑ Ashok Kumar, S.R. (2 January 2007). “Cinema ticket rate revision reflects a balancing act”. The Hindu (Chennai, India) 18 January 2013閲覧。
  26. ↑ IANS (2017年6月30日). “GST effect: Tamil Nadu theatres to shut down from July 3”. The Economic Times. オリジナルの5 July 2017時点におけるアーカイブ。 2017年7月7日閲覧。
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  28. ↑ “No local tax for now: Tamil Nadu theatres' owners call off strike” (英語). www.deccanchronicle.com/. (2017年7月6日) 2017年7月7日閲覧。
  29. ↑ “Tamil Nadu Theatre Owners Call Off Strike Over 30% Local Body Tax”. NDTV.com 2017年7月7日閲覧。
  30. ↑ “Tamil Nadu theatre owners call off strike over double taxation” (英語). The Indian Express. (2017年7月6日) 2017年7月7日閲覧。
  31. ↑ Vaitheesvaran, Bharani (2017年7月6日). “Tamil Nadu screens to open tomorrow with no new movies”. The Economic Times 2017年7月7日閲覧。
  32. ↑ “Remembering a pioneer”. The Hindu (Chennai, India). (9 May 2002) 29 June 2011閲覧。
  33. ↑ Gokulsing, K.; Wimal Dissanayake (2004). Indian popular cinema: a narrative of cultural change. Trentham Books. p. 24. ISBN 1-85856-329-1
  34. ↑ “He drew inspiration from Shakespeare”. The Hindu (Chennai, India). (18 April 2008) 30 June 2011閲覧。
  35. ↑ “He transcended barriers with aplomb, [[The Hindu]] 1 February 2002”. 30 November 2009時点のオリジナルよりアーカイブ。1 July 2011閲覧。
  36. ↑ Blast From the Past – Balayogini 1937, The Hindu 10 April 2009
  37. ↑ Baskaran, Sundararaj Theodore (2013). The Eye Of The Serpent: An Introduction To Tamil Cinema. Westland. pp. 164–. ISBN 978-93-83260-74-4
  38. ↑ Movie Buzz (14 July 2011). “Tamil films dominate Andhra market”. Sify. 27 April 2013閲覧。
  39. ↑ “A few hits and many flops”. The Hindu (29 December 2006). 2019年6月28日閲覧。
  40. ↑ 松岡環 (2008-03). The Case of Muthu. “Asia to Watch, Asia to Present : The Promotion of Asian/Indian Cinema in Japan” (英語). Senri Ethnological Studies (国立民族学博物館) 71: 241-254. CRID 1390009224820157952. doi:10.15021/00002620. ISSN 0387-6004.
  41. ↑ Gautaman Bhaskaran (6 January 2002). “Rajnikanth casts spell on Japanese viewers”. The Hindu. オリジナルの20 May 2007時点におけるアーカイブ。 10 May 2007閲覧。
  42. ↑ “India's Oscar failures (25 Images)”. Movies.ndtv.com. 22 September 2012時点のオリジナルよりアーカイブ。12 May 2011閲覧。
  43. ↑ Nayakan, All-Time 100 Best Films, Time, 2005
  44. ↑ Singh, Sarina (2003). “Film Studios”. India. Lonely Planet. p. 964. ISBN 978-1-74059-421-9. "Chennai's film industry now rivals that of Bollywood (Mumbai) for output"
  45. ↑ “Film industry isn’t high risk one: Kamal Haasan”. Business Line. 21 May 2013時点のオリジナルよりアーカイブ。27 September 2011閲覧。

参考文献

関連項目