パーシャンガルフ
| パーシャンガルフ | |
|---|---|
| 欧字表記 | Persian Gulf |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1940年 |
| 死没 | 1964年7月22日(24歳没) |
| 父 | Bahram |
| 母 | Double Life |
| 母の父 | Bachelor's Double |
| 生国 |
|
| 生産者 | Zia Wernher |
| 馬主 | Zia Wernher |
| 調教師 |
Cecil Boyd-Rochfort( |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 9戦4勝 |
パーシャンガルフ(英語: Persian Gulf、1940年 - 1964年7月22日)は、イギリスの競走馬である。主な勝ち鞍はコロネーションカップ(1944年)。
来歴
パーシャンガルフは額に星がある鹿毛の馬であり、オーナーブリーダーでロシアのミハイル・ミハイロヴィチ大公の娘のジア・ウェルナー夫人によって生産された。その後、サフォーク州ニューマーケットのセシル・ボイド=ロッチフォート調教師の下に送られた[1]。
第二次世界大戦中の競走馬であったため、エプソム競馬場やドンカスター競馬場が閉鎖され、クラシック競走も大半がニューマーケット競馬場で開催されるといった時代の影響を強く受けた[1]。
競走馬時代
3歳(1943年)
成長が遅く、2歳時はレースに出走しなかった。ボイド=ロッチフォート調教師も「厩舎一の素質馬で、将来素晴らしい馬になるだろうが、それは今年ではない」と語っている[2]。
3歳となり、1戦して敗れた後の6月19日には、1.5マイルのダービーステークスに出走。エプソム競馬場の代替としてニューマーケット競馬場で行われ「ニューダービー」と呼ばれたレースには、1万5000人の観客が詰めかけたことから、ニューマーケットの人口は倍増したと報じられ[3]、宿泊施設が全て満室となったため多くの観客が当日の夜を屋外で過ごすこととなった[4]。23頭立てで途中まで先頭を走り、抜かれてからも粘りを見せるとストレートディール、ウミダッド、ナスルーラに続く4着[5]。
その後、8月に出走した競走では2着となった[2]。
9月にはやはりセントレジャーステークスが、ニューマーケットの14ハロン戦のニューセントレジャーとして開催された。ここでもヘリンボーン、リボン、ストレートディールに続く4着と好走した[6]。
4歳(1944年)
戦時下ということで、レースで3着以内に入った経験のある馬だけが現役続行を許可されることとなっていたが、前年8月に2着に入っていたためパーシャンガルフもその条件を満たした[2]。
同年春には3勝を挙げた[1]。ある記録によれば、ニューマーケット競馬場において2マイル24ヤードを3分07秒6で走破したとされる[7]。
続いてニューマーケット競馬場で行われた14マイル戦のソーニーステークスでは、4ポンド軽い斤量のウミダッド相手にクビ差で敗れた[2]。
6月6日、これもニューマーケット競馬場開催になったコロネーションカップに、ロバート・A・ジョーンズ鞍上で単勝3.5倍に支持されて出走[8]。スタートから先頭に立つと、残り2ハロンで後続を突き放し、ハイチャンセラーに快勝[2]。なお、ウミダッドは3着であった。
ジョン・ランドールとトニー・モリスは著書"A Century of Champions"において、タイムフォームのシステムを参考に、パーシャンガルフを20世紀の競走馬ランキングで113位、イギリスかアイルランドで調教された馬の中では49位、そして同世代のの馬の中ではカウントフリート、マーシャスに次ぐ3位と評価した[9]。
種牡馬時代
1945年から種牡馬として供用され、リーディングサイアーとはならなかったものの8回に渡って上位12頭に入るなど成功を収めている。1964年7月22日、24歳で死亡した[1]。
代表産駒としては、ダービーステークス勝ち馬パーシアや1000ギニーステークス勝ち馬ザバラ、名ステイヤーのザラズーストラ、チャンピオンハードル勝ち馬パーシャンウォーなどが挙げられる。その他にも、コークアンドオラリーステークスとダイアデムステークスの勝ち馬アバダン、ドンカスターカップ勝ち馬アグリーメント、1954年のダービーステークス2着馬アラビアンナイト、イボアハンデキャップ勝ち馬でダークミラージュの父パーシャンロード、アイリッシュ1000ギニーとロイヤルハントカップの勝ち馬クイーンオブシバ、シャンペンステークス勝ち馬ルスタム、セントジェームズパレスステークス勝ち馬タメルランなどが挙げられる。
血統表
| 父系 | バーラム系(ブランドフォード系) [§ 2] | |||
|---|---|---|---|---|
父 Bahram1932 鹿毛 |
父の父 Blandford 1919 黒鹿毛 |
Swynford | John o'Gaunt | |
| Canterbury Pilgrim | ||||
| Blanche | White Eagle | |||
| Black Cherry | ||||
父の母 Friar's Daughter1921 黒鹿毛 |
Friar Marcus | Cicero | ||
| Prim Nun | ||||
| Garron Lass | Roseland | |||
| Concertina | ||||
母 Double Life1926 栗毛 |
Bachelor's Double 1906 栗毛 |
Tredennis | Kendal | |
| St. Marguerite | ||||
| Lady Bawn | Le Noir | |||
| Milady | ||||
母の母 Saint Joan1918 鹿毛 |
Willbrook | Grebe | ||
| Nora Gough | ||||
| Flo Desmond | Desmond | |||
| Flighty Flo | ||||
| 母系 (F-No.) | (FN: 2-i) [§ 3] | |||
| 5代内の近親交配 | St. Simon 5×5、Bend Or 5×5 [§ 4] | |||
| 出典 | ||||
- 父バーラムは、アーガー・ハーン3世所有で1935年のイギリスクラシック三冠馬である。種牡馬としては大成功とまでは言えないものの、1941年にアメリカ合衆国に輸出されるまでの産駒から、ビッグゲームやセントレジャーステークス勝ち馬ターカンを輩出した[14]。
- 母ダブルライフは、1歳時の1927年10月、セシル・ボイド=ロッチフォートによりジア・ウェルナーのために600ギニーで購入され[1]、1929年にはケンブリッジシャーハンデキャップを制した。産駒としてはパーシャンガルフに加えてプリシピテイションが挙げられる。更に牝系子孫からは、メルド、シャーロットタウン、カラグロウ、ラモンティ、シャトゥーシュ、シェイクユアハート、ホワイトアロー、センゴクシルバーなどが輩出された[13]。
脚注
- 1 2 3 4 5 6 Mortimer, Roger; Onslow, Richard; Willett, Peter (1999). Biographical Encyclopedia of British Flat Racing. Macdonald and Jane's. ISBN 0-354-08536-0
- 1 2 3 4 5 “BEST IN ENGLAND: Persian Gulf hailed”. Auckland Star (1944年8月26日). 2026年10月23日閲覧。
- ↑ “Straight Deal wins Derby at Newmarket”. Milwaukee Journal. 1943年6月19日. 2011年11月15日閲覧.[リンク切れ]
- ↑ “ENGLISH DERBY” (1943年6月21日). 2011年11月15日閲覧。
- ↑ “STRAIGHT DEAL'S DERBY”. Courier-Mail (1943年6月21日). 2011年11月15日閲覧。
- ↑ Saville, John (2009). Insane and Unseemly: British Racing in World War II. Matador. ISBN 978-1848760-349
- ↑ “FRIDAY RACING REVIEW Kolector Back After 6 Months”. Daily News (Perth) (1944年9月22日). 2026年10月23日閲覧。
- ↑ Abelson, Edward; Tyrrel, John (1993). The Breedon Book of Horse Racing Records. Breedon Books Publishing. ISBN 978-1-873626-15-3
- ↑ Morris, Tony; Randall, John (1999). A Century of Champions. Portway Press. ISBN 1-901570-15-0
- ↑ “BMS成績|種牡馬情報|Persian Gulf(GB)”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2026年10月23日閲覧。
- 1 2 3 4 “5代血統表 血統情報 Persian Gulf(GB)”. JBISサーチ. 2026年10月23日閲覧。
- ↑ “Persian Gulf pedigree”. Equineline (2012年5月8日). 2013年5月30日閲覧。
- 1 2 “Crucifix – Family 2-i”. Thoroughbred Bloodlines. 2012年5月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年6月3日閲覧。
- ↑ Anne Peters Thoroughbred Heritage. “Bahram”. Tbheritage.com. 2012年6月16日閲覧。