フォノグラフ

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蓄音機

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(フォノグラフから転送)
蝋管式蓄音機
Graphpphone 1897年に Columbia Phonograph 社から発表された家庭用蓄音機の広告。聴診器のようなイアホンを用いて回転する円筒に記録された擦過音を直接聴く機構。

蓄音機、蓄音器(ちくおんき、アメリカ英語: Phonograph、イギリス英語: Gramophone[注 1])は、狭義には、駆動や再生、増幅機構に電気を一切使わない機械式蓄音機をいう[1]。広義には、駆動や音の増幅を電気で行う電気式蓄音機を含める[2][注 2]。

機械式蓄音機

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フォノトグラフの発明

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蝋管式蓄音機の2号機と写るエジソン(1878年4月)

19世紀半ば、会話や演奏を何らかの機械的な手段により記録し再生する録音再生機器の開発が欧米各地で試みられるようになった[3]。

フォノトグラフは、1857年3月25日に、パリの科学出版社の編集者であり活字組工であったフランス人、エドゥアール=レオン・スコット・ド・マルタンヴィルによって発明された[4][5]。ある日、ロンジェ教授の『Traité de Physiologie』を編集している最中に、その顧客が提供した人間の耳の解剖図の彫刻図版を偶然目にした彼は、「言葉を写真に撮る」という無謀なアイデアを思いついた。1853年か1854年(スコットは両方の年を引用)に、彼は「le problème de la parole s'écrivant elle-même(音声がそれ自体を書き留める問題)」の研究を開始し、人間の耳の機能を再現できる装置の構築を目指した[4][6]。

スコットはガラス板にランプの煤を塗って薄い層をつくった。次にトランペットを取り、その先細りの端に鼓膜に相当する薄い膜を貼り付けた。その膜の中心には、約1センチの硬いイノシシの毛を、ランプの煤にわずかに触れるように取り付けた。ガラス板が毎秒1メートルの速度で整った溝の中を水平に滑ると、人がトランペットに向かって話しかける。これにより膜が振動し、イノシシの毛の先端がランプの煤に刻まれた図形を描き出す[7]。

1857年3月25日、スコットはこの装置に「フォノトグラフ」と名付け[8]、フランス特許[9]第17,897/31,470号を取得した[10]。現存する最古の人間の声の録音は1860年4月9日に行われた。スコットが装置で「月の光に(Au Clair de la Lune)」を歌う人物の声を録音したものである[7][11]。しかしこの装置は音を再生するようには設計されていなかった[7][4]。スコットは人々が記録跡を読み取ることを意図しており[12]、彼はこれをフォノトグラムと呼んだ[6]。

音を発する物体の振動を直接記録する装置が用いられたのはこれが初めてではない。1807年に英国の物理学者トマス・ヤングが音叉を用いて同様の記録を行っていた[13]。1857年末までに、国民産業振興協会の支援を得て、スコットのフォノトグラフは十分な精度で音を記録するようになった。これにより科学界に採用され、音響学という新興科学の道が開かれたのである[6]。

この装置が録音史において持つ真の意義は、2008年3月まで完全には認識されていなかった。この年、パリの特許庁でファースト・サウンズ(米国音響史家、録音技術者、音響資料保存者による非公式な共同研究団体。最古の音響記録を一般公開するために設立)によって発見・復活させられたのである。その後、カリフォルニア州ローレンス・バークレー国立研究所の科学者たちによってフォノトグラムはデジタル変換され、スコットが想像もしていなかった録音音の再生が可能となった。これ以前、現存する最古の人間の声の記録はトーマス・エジソンによる1877年の蓄音機録音と考えられていた[7][14] 。フォノトグラフは蓄音機の開発にも寄与した。その発明者エミール・ベルリナーは、自身の装置を開発する過程でフォノトグラフを研究対象としたのである[15]。

エジソンの蓄音機

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蓄音機は1877年にトーマス・エジソンによって発明された[16][17][18][19]。1877年12月、トーマス・エジソンが、音による空気の振動を針先から回転する円筒軸に巻いた錫箔に刻んで録音し、この凹凸を針先で拾って再生する錫箔式フォノグラフを発明した(ティン・フォイル一号機の製作)[3][20]。この空気振動と針先の振動との間で物理的に情報をやり取りするアイデアはLPレコードにまで受け継がれる[3]。

エジソンは1878年1月にエジソン・スピーキング・フォノグラフ社を設立[20]。しかし、最初のフォノグラフは周波数特性が狭く、SN比も悪く、再生を繰り返すとSN比が急低下するという極めて不十分な精度のものであった[3]。その後、エジソンは白熱電球の開発に集中し、フォノグラフの研究開発はしばらく放置された[3]。

その後、1888年にグラハム・ベルの研究所でチャールズ・サムナー・テンターらによる蓄音機の改良が試みられたが、錫箔に代わり、記録媒体に蝋を染み込ませたボール紙の円筒(ワックス・シリンダー)を用いるものだった[3][20]。同機の開発を知って激怒したエジソンは同じように蝋管を用いる改良機を開発するようになった[3][20][21]。

これに先立ってエミール・ベルリナーは1887年に亜鉛円盤に横揺れの溝を刻む蓄音機を開発して円盤(ディスク)式蓄音機が誕生した[3]。

駆動面では1895年から1896年にかけてゼンマイ(Spring motor)式蓄音機が開発された(エジソン・スプリングモーター式蓄音機)[20]。

欧米での普及

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1890年代になると蓄音機が学術目的で様々な言語や芸能を録音するのに利用されるようになった[3]。

アメリカでは1890年に人類学者のJesse Walter Fewkesがパサマクォディ(Passamaquoddy Indians)の歌と物語をエジソンの蝋管式録音機で録音している[3]。また、1895年から1897年にはFrancis La Flesche と Alice Cunningham FletcherがOmaha Indiansの歌を蝋管に記録した[3]。20世紀になるとFrances Densmoreが1907年から1940年代初頭にかけてアメリカ先住民族の歌や語りを収録する活動を行った[3]。

一方、ヨーロッパでは19世紀から20世紀にかけて本格的な録音アーカイブズが設立されるようになった[3]。1899年にはオーストリアのウィーンに世界最初の録音アルヒーフが創設され、比較方言学・民族言語学・民族音楽学の資料音源の収録を行うようになった[3]。1900年にはドイツのベルリンにも録音アルヒーフが開設され、世界の諸音楽を主な対象とする録音活動を始めた[3]。

1900年パリ万国博覧会では、パリ人類学会が同地を訪れた世界各国の人々を対象に録音を行い、録音博物館Musée phonographiqueのプロジェクトを展開した[3]。

日本での普及

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日本に初めて蓄音機が上陸したのは1877年(明治10年)に横浜の輸入商によってもたらされた[22]。

1907年(明治40年)には松本武一郎が日米蓄音機製造株式会社を創立し、1910年(明治43年)4月に国産蓄音器第1号「ニッポノホン」の製造・販売の開始した[22][2]。同社は1910年10月に日本蓄音器商会として法人化された(後の日本コロムビア)[22]。普及が進んだのは蓄音機を製造する会社が増えた昭和初期のことである[2]。

日本独自の装置として、1937年(昭和12年)日本フィルモン社が長さ13m、幅35mmのセルロイド系素材のベルトの両端を接続してエンドレスにし、そこに音溝を刻んだフィルモン音帯からレコード針で音を再生する装置「フィルモン」を売り出している。(日本では蓄音器と書くことが多かった)

電気式蓄音機(電蓄)

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ラジオ放送開始から5年後の1925年から電気録音、真空管増幅器とスピーカによる再生の歴史が本格的に始まり、エレクトロニクスの進歩、真空管の小型化と性能向上に伴い、レコード針の動きを電気信号に変換して増幅し、スピーカーを鳴らす装置を、従来のアコースティック式の蓄音器に対して、「電気式蓄音機」すなわち「電蓄」が登場した(順序としては駆動系の電化のほうが遅かった)。LPレコードが普及した1955年頃から経済成長に伴って一般家庭にも入り始め、ハイファイブームといわれ、ステレオやオーディオ装置が普及するまで使われた[23]。


LPレコードはレコードの溝が細かくなった上に、材質がポリ塩化ビニルとなってSP盤のような強い針圧に耐えられなくなったことから、電気式でないと再生できない。ステレオレコードに至っては、原理上電気信号を用いる方式でしか再生はほぼ不可能である。オーディオ機器のコンポーネント化により、レコードの溝をトレースするレコード針の振動を電気信号に変換して取り出しライン出力に増幅するところあたりまでの装置を独立させてレコードプレーヤーとするようになった。

また、電蓄の語は、レコード盤をはみださせてぎりぎり乗る大きさのターンテーブルと、そのままスピーカーを駆動できるアンプを内蔵したいわゆる「ポータブル電蓄」が普及し、昭和中期にはトランジスタ化されて一般家庭にも広く普及したことから、オーディオ機器の中で「レコードプレーヤー」の語が一般的になった後も、「ポータブル電蓄」にその名を留めていた。

現在では北海道大学の伊福部達らにより、レーザー光線による非接触の蝋管再生装置が開発されている(金属製の雄型の再生も可能である)。

アーカイブ

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トマス・エディソン国立歴史公園
エジソンが作製した蓄音機を展示する博物館、実験棟や実験装置などがあり、初期録音資料の一部を公開している[3]。
アメリカ議会図書館
ヒューカス(Jesse Walter Fewkes)による1890年録音やラ・フレッシュ等による1895~97年録音など最初期の録音資料を保有している[3]。
シラキュース大学ベルファー音響アーカイブ
蝋管22,000本などを所蔵する全米有数の大規模録音アーカイブ[3]。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校蝋管保存・デジタル化プロジェクト
同校の図書館であるDonald C. Davidson Libraryの特別コレクションを扱う Department of Special Collections にある蝋管のデジタル化のプロジェクト[3]。
オーストリア科学アカデミー録音アルヒーフ
1899年に設立された録音アルヒーフで、その初期録音コレクションは1999年に世界記録遺産に登録された[3]。
ベルリン録音アルヒーフ
ベルリンの民族学博物館内にある録音アルヒーフで1999年に世界記録遺産に登録された[3]。
大英図書館音響アーカイブ
1955年に私設の大英録音音響研究所として設立され、1983年に大英図書館の帰属となったアーカイブで、蝋管等の初期録音資料群も保有している[3]。
福井県立こども歴史文化館
かつてはオーディオテクニカのフォノギャラリーが世界有数のコレクションを誇っていたが、2014年3月に、その大半が福井県立こども歴史文化館に寄贈された。

記念日

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日本オーディオ協会は、12月6日を音の日と定めた。これは、エジソンが1877年12月に蓄音機による録音・再生の実験を成功させたことにちなむ。なお、この時録音されたものは『メリーさんのひつじ(Mary Had a Little Lamb)』である。

エジソンの実験以前にも音を記録すること自体は成功していたが、再生は長らく不可能だった。2008年になって、フォノトグラフによって1860年4月9日に記録されたフランス民謡『月の光に(Au Clair de la Lune)』を、コンピュータ解析によって再生することに成功した。フランス科学アカデミーはこれを「人類最古の録音」としている[24]。

脚注

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  1. ↑ 1887年より商標として、1910年より英国における一般名称として。
  2. ↑ 歴史的な蓄音機は音を録音できた。

出典

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  1. ↑ 篠塚義弘「関西大学博物館のSPレコードコレクションについて」『阡陵 : 関西大学博物館彙報』第79巻、2019年9月30日、12-13頁。
  2. 1 2 3 “蓄音機”. 野々市市. 2022年11月20日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 清水康行「欧米の録音アーカイブズ―初期日本語録音資料所蔵機関を中心に―」『国文目白 田中功教授退任記念号 ; 田中功教授退任記念特集』、日本女子大学国語国文学会、2011年2月、19-29頁。
  4. 1 2 3 “Origins of Sound Recording: The Inventors” (英語). National Park Service (2017年7月17日). 2022年1月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  5. ↑ “mar 25, 1857 - Phonautograph invented.” (英語). 2022年6月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  6. 1 2 3 “Édouard-Léon Scott de Martinville” (英語). First Sounds (2008年). 2022年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  7. 1 2 3 4 “Oldest recorded voices sing again” (英語). BBC News (2008年3月28日). 2022年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  8. ↑ Schoenherr, Steven E. (1999年). “Leon Scott and the Phonautograph” (英語). University of San Diego. 2018年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  9. ↑ Villafana, Tana (2021年12月20日). “Observing the Slightest Motion: Using Visual Tools to Preserve Sound” (英語). Library of Congress. 2022年1月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  10. ↑ Schoenherr, Steven E. (1999年). “Leon Scott and the Phonautograph” (英語). University of San Diego. 2018年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  11. ↑ “Sound Recording Predates Edison Phonograph” (英語). All Things Considered (2008年3月27日). 2022年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  12. ↑ Fabry, Merrill (2018年5月1日). “What Was the First Sound Ever Recorded by a Machine?” (英語). 2022年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月13日閲覧。
  13. ↑ (英語) Nineteenth-century Scientific Instruments. University of California Press. (1983). p. 137. ISBN 9780520051607. オリジナルのFebruary 15, 2017時点におけるアーカイブ。
  14. ↑ Rosen, Jody (2008年3月27日). “Researchers Play Tune Recorded Before Edison” (英語). 2022年4月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  15. ↑ “The Gramophone” (英語). Library of Congress. 2022年6月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。
  16. ↑ “The Incredible Talking Machine”. Time. 2010年6月23日. 2018年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年10月21日閲覧.
  17. ↑ “Tinfoil Phonograph”. Rutgers University. 2011年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年1月17日閲覧。
  18. ↑ “History of the Cylinder Phonograph”. Library of Congress. 2016年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月15日閲覧。
  19. ↑ “The Biography of Thomas Edison”. Gerald Beals. 2011年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年1月17日閲覧。
  20. 1 2 3 4 5 “大阪芸術大学所蔵『蓄音機デザイン調査研究』のための基礎資料作成”. 大阪芸術大学. 2022年11月20日閲覧。
  21. ↑ 蝋管式蓄音機
  22. 1 2 3 “ニッポノホン”. 川崎区. 2022年11月20日閲覧。
  23. ↑ 日本ラジオ博物館第4展示室:電蓄とステレオの歴史Japan Radio Museum - Radio Phonograph Division
  24. ↑ AFP通信記事

関連項目

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外部リンク

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