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マスト店(上閉伊郡大槌町) | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | 非上場 |
| 本社所在地 |
〒022-0003[1] 岩手県大船渡市盛町字木町14-5[1] |
| 設立 |
1961年(昭和36年)6月3日 (米谷商事株式会社)[2] |
| 業種 | 小売業 |
| 法人番号 | 2402701000203 |
| 事業内容 | スーパーマーケット経営[1] |
| 代表者 |
米谷春夫(代表取締役会長) 井原良幸(代表取締役社長) |
| 資本金 | 5000万円[1] |
| 売上高 |
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| 純利益 |
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| 総資産 |
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| 主要株主 | 株式会社マークスホールディングス 100% |
| 主要子会社 | 有限会社パブリックス |
| 外部リンク | https://www.maiya.co.jp/ |
株式会社マイヤは、岩手県大船渡市に本社を置き、岩手県沿岸南部を地盤とする、食料品主体のスーパーマーケットチェーンを運営する企業である。
2014年(平成26年)10月4日にマエダ、マイヤ、おーばん、フレスコキクチの4社が経営統合を実施し、株式交換によりマークスホールディングスの完全子会社となった[4]。
1961年に米谷淳(まいやきよし)が創業。その長男である米谷春夫が1991年に2代目社長に就任。2018年から元いなげや取締役の井原良幸が3代目社長を務めている。また、米谷春夫は当社会長および親会社マークスホールディングスの相談役を兼務している。
1960年(昭和35年)5月22日に発生したチリ地震の津波で被災した際の助成金を元手として[6]、 精麦業や「株式会社中央映画劇場」の経営に携わっていた米谷淳(まいやきよし)が1961年(昭和36年)6月3日に大船渡市大船渡町字茶屋前101-3で「米谷商事株式会社」を設立したのが始まりである[2]。 同年7月に社名を「株式会社主婦の店大船渡店」に変更した後、同年9月に店舗が完成してスーパーマーケットを開業した[2]。
1980年(昭和55年)11月[7]20日に及新が不渡手形を出して経営破綻し[8]、「オイシンマート」はマイヤに事業継承されて同月23日に営業を再開した[8]。
2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、津波警報が出る前から従業員が顧客の避難誘導を行い、出勤していた従業員と来店していた顧客の犠牲者を出さなかった[9]。 また、大きな被災を免れた「大船渡インター店」や[9]被害のなかった店舗では震災当日夕方から駐車場で営業を再開して地域のライフラインとしての日常必需品の販売を行った[10]。
しかし、本部も被災して流失し[11]、当時の売上高の約40%を占めていた[11]大船渡市3店舗(本店、中央店、綾里店)・陸前高田市全2店舗(高田店、リプル店)・大槌町1店舗(マスト店)の合計6店舗がそれぞれ全壊あるいは半壊で営業停止となった[12]。
その為、主力店舗の喪失による売上減少に対応するため、翌月の4月にはパート・アルバイト約1,200名のうち約300名を一時解雇して正社員約220名のうち50名を一時帰休せざるを得なくなってしまった[11]。
その一方で、店舗が壊滅した同月15日に陸前高田市の小学校で食料品の出張販売を開始し[13]、同月29日からはテントによる仮設販売所を開設して営業し[12]、同年8月4日には陸前高田市竹駒町滝の里1番に大和リースとの共同事業による仮設商業施設・滝の里店を開店させた[14]。
こうしたライフラインを守るための営業継続が売上に繋がり、同年7月末には一時帰休した従業員の希望者全員を職場復帰させることとなった[15]。
また、同年12月22日には大槌町のマスト店が営業再開し、同月27日には大船渡市に赤崎店を開店と被災地での店舗網の立て直しを進めた[16]。
なお、震災からの復興と並行して、多層階の総合スーパーから食品スーパーに特化する形へ業態転換を進めた[17]。
2014年(平成26年)10月4日にマエダ、マイヤ、おーばん、フレスコキクチの4社が経営統合を実施し、株式交換によりマークスホールディングスの完全子会社となった[4]。
浜町店、釜石松原店(釜石市):元々は「及新」の店舗であり、マイヤへの経営譲渡後もマイヤで運営。釜石松原店は1991年8月に閉店、鵜住居店、浜町店、只越店は1993年にマスト店オープンに伴い閉店した。[要出典]
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