レイ・ボーク
| レイ・ボーク | |
|---|---|
|
| |
| 本名 | レイモン・ジャン・ブルク |
| 原語名 | Raymond Jean Bourque |
| 生誕 |
1960年12月28日(65歳) ケベック州モントリオール |
| 身長 | 5 ft 11 in (1.80 m) |
| 体重 | 219 lb (99 kg; 15 st 9 lb) |
| ポジション | ディフェンスマン |
| シュート | 左打ち |
| 所属したチーム |
ボストン・ブルーインズ 1979-2000 コロラド・アバランチ 2000-2001 |
| 代表 |
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| NHLドラフト |
1巡目(全体8位)(1979年) ボストン・ブルーインズ |
| プロ選手期間 | 1979年 – 2001年 |
| 2004年殿堂入り | |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子アイスホッケー | ||
| カナダカップ | ||
| 優勝 | 1984 カナダ | |
| 優勝 | 1987 カナダ | |
| 準優勝 | 1981 カナダ | |
レイ・ボーク(Ray Bourque, 1960年12月28日 - )は、カナダ連邦ケベック州サンローラン(Saint-Laurent、後にモントリオールの一部となった。)生まれの元プロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。
2005年時点で、NHLのディフェンス選手中、最多ゴール、最多アシスト、最多ポイントの各記録を保有する名選手で、主にボストン・ブルーインズに21年間在籍した。同チーム在籍中は、一度もスタンレー・カップ優勝を経験することができなかったが、引退直前に移籍したコロラド・アバランチで、ついにその宿願を達成した。2004年にはホッケーの殿堂入りを果している。
経歴
プロ入りとブルーインズ時代
1979-1980シーズンのNHLドラフト1巡目 (全体8位) でボストン・ブルーインズから指名され、入団。入団直後から、リーグを代表するディフェンスマンとしての地位を確立し、80試合に出場してルーキーディフェンスマン史上最多となる65ポイント、リーグ2位タイとなるプラス52を記録し、同シーズンのカルダー記念賞(リーグ新人王)を獲得するとともに、通算13回の選出となる最初のファーストNHLオールスターチームに選ばれた。これはNHL史上においてゴールテンダーを除けば初の快挙であった[1]。
1983-1984シーズンには、ディフェンス選手としてはNHL史上6人目となるシーズン30ゴールを上げた。
1986-1987シーズンに95ポイントを記録して、初めてジェームス・ノリス記念賞を獲得し、1987-1988シーズンには19試合連続でポイントをあげた。これはディフェンスマンとしてはポール・コフィに次いで歴代2位の記録である[2]。
1988年、1990年とブルーインズは2度スタンレー・カップ・ファイナルに進出したが2度ともエドモントン・オイラーズに敗れ、優勝はならなかった[1]。1990年には、リーグ最優秀選手に贈られるハート記念賞の選考投票において、大接戦の末、同期のマーク・メシエ(1979年エドモントン・オイラーズに全選手中第48位で指名)に次ぐ第2位に終わった。
1979年から2000年まで、21シーズンに渡ってボストン・ブルーインズにおいて攻撃力、守備力ともに兼ね備えた有力選手であり続けた。例えば、NHLオールスターゲーム史上におけるショットの正確性で8度のチャンピオンであることからも、攻撃面での卓抜さがわかる。
また、ボーク自身はとても丈夫な選手であったが、ブルーインズがあまりにもボークの氷上における支配力に依拠していたために、彼が欠場でもした場合にはチームの状態が不安定になるのは誰の目にも明らかとなるほどであった。
現役生活通算では、オールスター第1チーム選抜13度(史上最多)、第2チーム選抜6度、両者を通算した記録はゴーディ・ハウに続いて史上第2位、ディフェンス選手としては最多被選抜記録を保持している。また、ボストン・ブルーインズのチームキャプテンを14シーズン務めたが、これはズデーノ・チャラと並んで同チーム史上最長を誇り、史上第5位タイの記録である(記録は、いずれも2026年時点)。
リーグ最優秀ディフェンス選手に贈られるジェームス・ノリス記念賞は5度受賞している(受賞回数は2025年時点で、ボビー・オア、ダグ・ハーヴェイ、ニクラス・リドストロムについで第4位)。またノリス賞次点に6度、ファイナリストに4度選ばれ、1981-82から1995-96までの14シーズンで最終選考外は1度のみであり、ボークがその時代、いかに支配的なディフェンスマンであったかを物語っている。[3]
2000年の初頭に、徐々に力を失いつつあったボストンからスタンレー・カップを狙えるチームへの移籍を希望した。ブルーインズはこの願いを叶えるためトレード先を模索した。
アバランチ時代
2000年3月6日にデイブ・アンドレイチャクと共に、ブライアン・ロルストン、マルタン・グルニエ、サミュエル・ファルソンの3選手及びドラフト1巡目指名権を交換条件として、コロラド・アバランチにトレードされた[1]。
アバランチではわずか128試合にしか出場しなかったが、氷上でも、そしてロッカールームでも自らが重要な戦力であることを証明して見せた。そして、ついに2001年6月9日、アバランチ、そしてボークは22年目、40歳にして初めてのスタンレー・カップ優勝を飾った[1]。ポストシーズン214試合目の現役最後の試合での出来事であった。スタンレーカップを授与されたキャプテンのジョー・サキックからすぐにカップを手渡され、それを最初に掲げて感極まったボークの姿は、忘れることのない名場面である。
同年6月12日、ボークはカップチャンピオンチームとしての特権を行使し、優勝カップをボストンに持ち帰った。ボストンのシティホールプラザにはおよそ、2万人の熱狂的なファンが感動的な祝賀を行った。公式の引退発表は同年6月26日であった[1]。長い時間がかかったが、完璧なタイミングでチャンピオンとして引退するという、素晴らしい締めくくりとなった。
生涯成績では410ゴール、1169アシスト、1579ポイントで、いずれもNHLディフェンス選手としての最高記録である(2025年時点)。また試合への優れた貢献度を示すものとして歴代3位となるプラス527の記録を残している。[4]なお、背番号77は、2001年10月4日にボストン・ブルーインズ、2001年11月24日にコロラド・アバランチで双方の永久欠番となっている[1]。
引退後
引退後もボストン地区に在住し、地域のチャリティ活動などに携わっている。また、息子のクリス・ボークは2004年にワシントン・キャピタルズにドラフト指名され、これまでに33試合NHLでプレーしている[5]。
国際大会
1981年(準優勝)、1984年(優勝)、1987年(優勝)のカナダカップに出場している。1987年大会では9試合で8ポイントを記録し、大会のオールスターチームに選出された。
1998年に日本の長野市で開催された冬季オリンピックに、カナダ代表として参戦したが、チームは準決勝で敗れ4位に終わった。準決勝でのシュートアウトでは、カナダ2番目のシューターを務めた。
評価

1980年代から90年代にかけて、最も完成度の高いディフェンスマンであったボークは、攻守に渡ってブルーインズの要であり続けた。スケート技術に定評があり、流れるようなスケーティングに加えて横方向の動き、バランス、敏捷性の面で優れていた。精度の高いパスとシュート技術を持ち、慌てることなく常に自陣ゾーンから素晴らしいファーストパスを決め、ブルーラインからのショットをコントロールし、しばしば4人目のフォワードとして攻撃に参加したり、ゾーンから抜け出して攻撃をリードしたりした。ディフェンス面では瞬時の状況判断と的確なポジショニングで対応し、時にはフィジカルなプレーもこなし、あらゆる状況で信頼できるディフェンスマンとして、長きにわたりその才能を発揮した。
ボストンでの最初の8シーズンは背番号7を着用していたが、1987年12月3日にブルーインズがフィル・エスポジトを称えた際にその背番号を譲った。エスポジトの前のセンターアイスでボークは予期せずジャージを脱ぎ、背番号77が着けられた新しいジャージを披露した。エスポジトの7番は永久欠番となり、ボークはボストンで独自のアイデンティティを確立した。ここで多くの良好な関係を築き、引退後もボストンで暮らしている。[6]
ボストン・ブルーインズの球団社長のハリー・シンデンはボークはNHL史上チャンピオンになっていない最も優れた選手であると1998年に述べた[7]。また、試合最後の1分間にボビー・オアとボークのどちらのディフェンスマンを起用したいかを尋ねられた際には、1点差でビハインドならオアを選び、1点のリードを守るならボークを選ぶと答えた。
詳細情報
NHL通算成績
| レギュラーシーズン | プレイオフ | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | チーム | リーグ | GP | G | A | Pts | PIM | GP | G | A | Pts | PIM | ||
| 1979-1980 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 80 | 17 | 48 | 65 | 73 | 10 | 2 | 9 | 11 | 27 | ||
| 1980-1981 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 67 | 27 | 29 | 56 | 96 | 3 | 0 | 1 | 1 | 2 | ||
| 1981-1982 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 65 | 17 | 49 | 66 | 51 | 9 | 1 | 5 | 6 | 16 | ||
| 1982-1983 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 65 | 22 | 51 | 73 | 20 | 17 | 8 | 15 | 23 | 10 | ||
| 1983-1984 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 78 | 31 | 65 | 96 | 57 | 3 | 0 | 2 | 2 | 0 | ||
| 1984-1985 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 73 | 20 | 66 | 86 | 53 | 5 | 0 | 3 | 3 | 4 | ||
| 1985-1986 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 74 | 19 | 58 | 77 | 68 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 1986-1987 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 78 | 23 | 72 | 95 | 36 | 4 | 1 | 2 | 3 | 0 | ||
| 1987-1988 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 78 | 17 | 64 | 81 | 72 | 23 | 3 | 18 | 21 | 26 | ||
| 1988-1989 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 60 | 18 | 43 | 61 | 52 | 10 | 0 | 4 | 4 | 6 | ||
| 1989-1990 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 76 | 19 | 65 | 84 | 50 | 17 | 5 | 12 | 17 | 16 | ||
| 1990-1991 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 76 | 21 | 73 | 94 | 75 | 19 | 7 | 18 | 25 | 12 | ||
| 1991-1992 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 80 | 21 | 60 | 81 | 56 | 12 | 3 | 6 | 9 | 12 | ||
| 1992-1993 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 78 | 19 | 63 | 82 | 40 | 4 | 1 | 0 | 1 | 2 | ||
| 1993-1994 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 72 | 20 | 71 | 91 | 58 | 13 | 2 | 8 | 10 | 0 | ||
| 1994-1995 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 46 | 12 | 31 | 43 | 20 | 5 | 0 | 3 | 3 | 0 | ||
| 1995-1996 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 82 | 20 | 62 | 82 | 58 | 5 | 1 | 6 | 7 | 2 | ||
| 1996-1997 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 62 | 19 | 31 | 50 | 18 | - | - | - | - | - | ||
| 1997-1998 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 82 | 13 | 35 | 48 | 80 | 6 | 1 | 4 | 5 | 2 | ||
| 1998-1999 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 81 | 10 | 47 | 57 | 34 | 12 | 1 | 9 | 10 | 14 | ||
| 1999-2000 | ボストン・ブルーインズ | NHL | 65 | 10 | 28 | 38 | 20 | - | - | - | - | - | ||
| 1999-2000 | コロラド・アバランチ | NHL | 14 | 8 | 6 | 14 | 6 | 13 | 1 | 8 | 9 | 8 | ||
| 2000-2001 | コロラド・アバランチ | NHL | 80 | 7 | 52 | 59 | 48 | 21 | 4 | 6 | 10 | 12 | ||
| NHL合計 | 1612 | 410 | 1169 | 1579 | 1141 | 214 | 41 | 139 | 180 | 171 | ||||
国際大会
| 年度 | チーム | 大会 | 結果 | GP | G | A | Pts | PIM | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1981 | カナダ | カナダカップ | 7 | 1 | 4 | 5 | 6 | ||
| 1984 | カナダ | カナダカップ | 8 | 0 | 4 | 4 | 8 | ||
| 1987 | カナダ | カナダカップ | 9 | 2 | 6 | 8 | 10 | ||
| 1998 | カナダ | オリンピック | 4位 | 6 | 1 | 2 | 3 | 4 | |
| シニア 合計 | 30 | 5 | 15 | 20 | 28 | ||||
表彰
- QMJHL ファーストオールスターチーム:2回(1978, 1979年)
- カルダー記念賞(1980年)
- NHLオールスターチーム
- 1stチーム:13回(1980, 1982, 1984, 1985, 1987, 1988, 1990, 1991, 1992, 1993, 1994, 1996, 2001年)
- 2ndチーム:6回(1981, 1983, 1986, 1989, 1995, 1999年
- NHLオールスターゲーム出場:19回(1981, 1982, 1983, 1984, 1985, 1986, 1988, 1989, 1990, 1991, 1992, 1993, 1994, 1996, 1997, 1998, 1999, 2000, 2001 ※1987年と1995年は開催されず。19回連続出場はNHL記録)
- NHLオールスターゲーム・スキルコンペ優勝:正確なショット8回(1990, 1992, 1993, 1997, 1998, 1999, 2000, 2001年)
- ジェームス・ノリス記念賞:5回(1987年、1988年、1990年、1991年、1994年)
- カナダカップ・オールスターチーム (1987年)
- キング・クランシー記念賞(1992年)
- NHLオールスターゲーム MVP (1996年)
- スタンレーカップ優勝(2001年)
- レスター・パトリック賞(2003年)
- ホッケーの殿堂(2004年)
- カナダスポーツ殿堂(2011年)
- 最高のNHLプレーヤー100人(2017年)
代表歴
- 1981 カナダカップ カナダ代表
- 1984 カナダカップ カナダ代表
- 1987 カナダカップ カナダ代表
- 1998年オリンピックアイスホッケーカナダ代表
背番号
- 77(2001年10月4日 ボストン・ブルーインズ永久欠番、2001年11月24日 コロラド・アバランチ永久欠番)
脚注
- 1 2 3 4 5 6 “BIOGRAPHY”. legendsofhockey.net. 2012年3月25日閲覧。
- ↑ “NHL Regular Season Records-Scoring Streaks”. couchpotatohockey.com. 2012年3月25日閲覧。
- ↑ James Norris Memorial Trophy
- ↑ 「NHL All-Time Plus-Minus Leaders」QuantHockey 2026年8月3日閲覧
- ↑ “Right Name, Wrong Genes: The Top 50 Less Talented Relatives of Superstars”. bleacherreport.com (2010年9月7日). 2012年3月25日閲覧。
- ↑ 「Ray Bourque」GreatestHockeyLegends.com 2026年8月12日閲覧
- ↑ “Athlete profile: Ray Bourque”. スポーツ・イラストレイテッド (1998年2月3日). 2012年3月25日閲覧。
外部リンク
- NHL.com, or Eliteprospects.com, or Hockey-Reference.com, or Legends of Hockey, or The Internet Hockey Database
- George Johnson (2017年1月2日). “Ray Bourque: 100 Greatest NHL Players” (英語). NHL公式サイト. NHL.com. 2026年10月18日閲覧。
- Joe Pelletier. “Ray Bourque” (英語). GreatestHockeyLegends.com. 2026年10月18日閲覧。