中林洋次

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中林 洋次
名前
愛称 ウッズ
カタカナ ナカバヤシ ヒロツグ
ラテン文字 NAKABAYASHI Hirotsugu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-04-28) 1986年4月28日(38歳)
出身地 神奈川県横浜市神奈川区
身長 182cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ONODERA FC
ポジション GK
利き足 左足
ユース
日本の旗 黒滝FC(横浜市立菅田小学校)
1999-2001 日本の旗 横浜F・マリノスJrユース菅田
(横浜市立菅田中学校)
2002-2004 日本の旗 市立船橋高校
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2005-2009 日本の旗 サガン鳥栖 4 (0)
2008-2009 →日本の旗 サンフレッチェ広島 (loan) 28 (0)
2010-2011 日本の旗 サンフレッチェ広島 0 (0)
2012-2016 日本の旗 ファジアーノ岡山 203 (0)
2017-2019 日本の旗 サンフレッチェ広島 15 (0)
2019 →日本の旗 横浜F・マリノス (loan) 1 (0)
2020-2022 日本の旗 横浜F・マリノス 0 (0)
2023-2024 日本の旗 南葛SC 10 (0)
2025- 日本の旗 ONODERA FC
通算 261 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年12月6日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

中林 洋次(なかばやし ひろつぐ、1986年4月28日 - )は、神奈川県横浜市神奈川区出身のプロサッカー選手。関東サッカーリーグ・南葛SC所属。ポジションはゴールキーパー。

来歴

プロ入り前

横浜F・マリノスジュニアユース菅田[注 1]出身。同チーム一つ下の後輩に秋元陽太や鈴木雄太がいる。また、横浜F・マリノスジュニアユースのGKでは、内藤友康、飯倉大樹と同期。

2002年、市立船橋高校に入学、同期に渡辺広大、一つ上の先輩にカレンロバート、増嶋竜也等がいる。2年時には佐藤優也の前に試合出場は叶わなかったが、3年時にはレギュラーを獲得。インターハイでは、国見高校に延長戦のすえ敗れ準優勝。高校選手権決勝戦対鹿児島実業は0-0のままPK戦にもつれ込み、中林もPKを止める活躍を見せたが2-4で敗れた。この活躍から大会優秀選手に選ばれた[1]。

サガン鳥栖

2005年にサガン鳥栖に入団。同期には長谷川豊喜、鈴木孝明がいる。同年には、シュナイダー潤之介の控えとして1年目からベンチ入りし、2試合に出場した。翌2006年、高校時代の古傷である左手首の一部が偽関節にまでなってしまったため手術を決行[1]、シーズンをリハビリで棒に振る。2007年、日野優の移籍に伴いGK不足となったガンバ大阪への期限付き移籍が決まったが、メディカルチェックにより古傷の左手首の負傷が完治していないと判断され、移籍が破談になった[2]。同年、プロB契約選手[3] として引き続き鳥栖に在籍。春先に左手首の再手術を行い半年リハビリに費やし完治、その後は赤星拓の怪我により出場機会が得られるものの満足な出来ではなかった[1]。

サンフレッチェ広島

2008年、GKに故障者が続出していたサンフレッチェ広島に期限付き移籍[4]。同年は出場機会が無かったものの、2009年もレンタル期間を延長して広島に残留。同年は下田崇および佐藤昭大の怪我による長期離脱に伴い正GKとして定着し、チームのリーグ4位に貢献した[5][3]。2010年に、広島に完全移籍[6] し、プロA契約選手に移行した[3]。しかしその後、大分トリニータから西川周作が加入し控えとなり、リーグ戦では33試合にベンチ入りしたものの出場機会は無かった[5]。西川が日本代表招集により不在となった試合は先発出場しており、10月10日のナビスコカップ準決勝第2戦対清水エスパルス戦では相手の攻撃を1失点に抑え、チームの決勝進出に貢献した[7]。2011年も西川の控えを務めた[5]。

ファジアーノ岡山

2012年、即戦力GKを探していたファジアーノ岡山に完全移籍した[5][8]。移籍後は真子秀徳からポジションを奪うと、リーグ戦全42試合にフル出場。安定した守りを披露し、チームのJ2昇格後初の1桁順位(8位)に貢献した。その後も不動の守護神として活躍。2016年には守備ラインに加地亮・岩政大樹といった日本代表経験者が加わったこともあって6位に入り自身も全42試合に出場し初のJ1昇格プレーオフ出場に貢献した。プレーオフでは、1回戦で松本山雅FC(2-1)に勝利したものの、決勝戦ではセレッソ大阪(0-1)に敗れて、初のJ1昇格はならなかった。

サンフレッチェ広島復帰

2017年シーズンよりサンフレッチェ広島に6シーズンぶりに復帰[9]。 一時は守護神林卓人の怪我などもあり、 レギュラーを掴みかけたが、完全にレギュラーに定着することは出来ず、林の復帰と同時に再び控えに回った。

横浜F・マリノス

2019年7月28日、ユース時代の同期・飯倉と入れ替わりで横浜F・マリノスへの期限付き移籍が発表された[10]。

加入後は控えでのメンバー入りが続いたが、優勝が懸かったリーグ最終節のFC東京戦で先発したGK朴一圭がファウルにより退場となったことを受け途中出場。これが移籍後初出場となり、チームは3-0で勝利。地元横浜・日産スタジアムのピッチ上で優勝の瞬間を迎えた。シーズン終了後、横浜FMへの完全移籍が発表された[11]。

2020年は梶川裕嗣が加わり、さらにオビ・パウエル・オビンナの復帰や途中加入した高丘陽平の存在もあり、公式戦出場機会は無かった。

2022年11月24日、契約満了が発表された[12]。

南葛SC

2022年12月22日、南葛SCへの加入が発表された[13]。

プレースタイル

高い身体能力からの抜群の反射神経と、積極的な飛び出しでゴールを守る[1][5]。

人物・エピソード

  • 愛称の「ウッズ」はタイガー・ウッズに似ていることに由来するが、誰がつけたかは不明。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005鳥栖21J220-0020
200600-0000
20073120-0020
20081600--00
広島3400-0000
2009J12804000320
201000101020
201100102030
2012岡山1J2420-10430
2013400-10410
2014370-10380
2015420-00420
2016420-00420
2017広島34J11404010190
201800500050
201910--10
横浜FM10--10
20200000-00
202100000000
202200000000
2023南葛1関東1部90--90
202410--10
通算日本J1 44015040630
日本J2 2070-302100
日本関東1部 100--100
総通算 2610150702830

その他公式戦

国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2010広島3410
201940
2020横浜FM00
202200
通算AFC 50

タイトル

クラブ

サンフレッチェ広島
横浜F・マリノス

個人

  • 全国高等学校サッカー選手権大会 優秀選手 (2005年)

脚注

注釈
  1. ↑ 1998年までは横浜フリューゲルスジュニアユース。1999年横浜F吸収合併に伴い移管された。中林はこの年に加入した。JY菅田はその後2002年に閉鎖された。
出典
  1. 1 2 3 4 『紫熊倶楽部』2009年6月号、30-35頁
  2. ↑ “中林 洋次 選手 サガン鳥栖へ復帰のお知らせ”. サガン鳥栖公式 (2007年1月25日). 2009年5月27日閲覧。
  3. 1 2 3 “中林がサンフレに完全移籍へ”. 中国新聞 (2009年12月9日). 2010年1月9日閲覧。
  4. ↑ “中林洋次選手 期限付き移籍加入のお知らせ”. J's GOAL (2008年8月11日). 2009年5月27日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 “広島のGK中林獲得”. 山陽新聞 (2011年12月7日). 2011年12月7日閲覧。
  6. ↑ “中林洋次選手 サガン鳥栖より完全移籍のお知らせ”. J's GOAL (2010年1月9日). 2010年1月9日閲覧。
  7. ↑ “中林、好反応で1失点 4月以来の出場「仕事果たせた」”. 中国新聞 (2010年10月10日). 2011年12月7日閲覧。
  8. ↑ “中林洋次選手 ファジアーノ岡山へ完全移籍のお知らせ”. J's GOAL (2011年12月6日). 2011年12月7日閲覧。
  9. ↑ “中林洋次選手 サンフレッチェ広島へ移籍のお知らせ”. ファジアーノ岡山 (2016年12月28日). 2016年12月28日閲覧。
  10. ↑ “中林洋次選手 期限付き移籍加入のお知らせ | ニュース一覧”. 横浜F・マリノス 公式サイト. 2019年7月28日閲覧。
  11. ↑ “中林洋次選手 完全移籍のお知らせ”. 横浜F・マリノス 公式サイト. 2020年1月12日閲覧。
  12. ↑ “中林 洋次選手との契約に関するお知らせ”. 横浜F・マリノス 公式サイト. 2022年11月24日閲覧。
  13. ↑ 『中林洋次選手、新加入のお知らせ』(プレスリリース)南葛SC、2022年12月22日。2022年12月22日閲覧。

関連項目

外部リンク