中野寛太
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| 基本情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ラテン文字 | Kanta NAKANO | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 原語表記 | なかの かんた | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 出生地 |
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| 生年月日 | 2000年9月30日(26歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 182cm | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 133kg | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 階級 | 男子100kg超級 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 所属 | 旭化成 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 段位 | 三段 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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中野 寛太(なかの かんた、2000年9月30日 - )は、奈良県出身の日本の柔道家。階級は100kg超級。身長182cm。体重133kg。組み手は左組み。得意技は払腰[1]。
経歴
柔道は5歳の時に櫻井市柔道連盟で始めた[1]。小学校5年の時に全国小学生学年別柔道大会の45kg超級で5位、6年の時には50kg超級で3位になった[1]。天理中学2年の時には全国中学校柔道大会90kg超級の2回戦で敗れた。3年の時には決勝まで進んで生野中学3年の千野根有我と対戦すると、大内返で技ありを先取するも横四方固で逆転負けを喫して2位だった[2]。団体戦のマルちゃん杯では3位になった[1]。
天理高校に進むと、1年の時にはインターハイ団体戦で3位になった[3]。2年の時には全日本カデの準決勝で国士舘高校1年の斉藤立に大内刈で敗れて3位だった[1]。インターハイでは個人戦の100kg超級決勝で大成高校3年の東部直希を小外掛で破って優勝した[3]。全国高校選手権の個人戦無差別では決勝で桐蔭学園高校2年の90kg級の選手である村尾三四郎をGSに入った直後に大内返で破って優勝を飾った[4]。団体戦では準決勝の桐蔭学園高校戦で2人抜きの後に大将の村尾と引き分けて決勝に進むと、国士舘高校戦では副将で3人抜きをするも、相手大将の1年生エースである斉藤立に体落で敗れると、その後大将も斉藤に敗れて2位にとどまった[5]。なお、全日本選手権の近畿予選で5位に入り、高校生ながら本戦への出場権を得た。3年の時には全日本選手権の初戦で国士舘大学2年の山下魁輝に送襟絞で敗れた[6]。金鷲旗では決勝の国士舘高校戦で、斉藤との大将同士による対戦において大外落で敗れて2位に終わった[7]。インターハイ団体戦決勝で国士舘高校と対戦すると、斉藤との代表戦を支釣込足の技ありで勝利してチームを27年ぶりの優勝へ導いた。個人戦では3回戦で斉藤に体落で敗れた[8][9]。全日本ジュニアでは決勝で斉藤に技ありで敗れて2位だった[10]。
2019年には天理大学へ進学した[1]。1年の時にはユニバーシアード90kg超級に出場すると、準決勝まで全て一本勝ちするも、決勝でロシアのルスラン・シャフバゾフにGSに入ってから隅落の技ありで敗れて2位だった[11]。無差別では初戦でアゼルバイジャンのゼリム・コツォイエフに反則負けするなどして9位に終わった[12]。団体戦では3位にとどまった[13][14]。2年の時には11月の講道館杯に出場すると、準々決勝で旭化成の太田彪雅に反則勝ちするも、準決勝で日本製鉄の佐藤和哉に反則負けを喫して3位だった[15]。3年の時には体重別で3位になった[1][16]。4年の時には全日本選手権の2回戦で旭化成の羽賀龍之介に送襟絞で敗れた[17]。体重別団体では天理大の全国大会29年ぶりの優勝に貢献した[18]。講道館杯では3位だった[19]。
2023年4月からは旭化成の所属となった[20]。体重別では初戦で世界ジュニアチャンピオンである東海大学3年の中村雄太に合技で敗れた[21]。続く全日本選手権では2回戦で100kg級の新鋭である東海大学1年の新井道大に大内刈で敗れた[22]。6月の実業団体ではパーク24戦で小川雄勢に勝利するなどして、チームの優勝に貢献した[23]。講道館杯では準々決勝でリオデジャネイロオリンピック銀メダリストである長府工産の原沢久喜を内股で破るなどして決勝まで進むと、会社の先輩となった太田に反則勝ちして、オール一本勝ちでシニアの全国大会初優勝を飾った[24]。
2024年1月のグランプリ・オディベーラスでは準々決勝で中立選手として出場したロシアのタメルラン・バシャエフに技ありで敗れるも3位になった[25][26]。2月のグランドスラム・パリでは準決勝で韓国のキム・ミンジョンに技ありで敗れるも3位になった[27][28]。4月の体重別では初戦で敗れた[29]。続く全日本選手権では準決勝で旭化成の8年先輩である王子谷剛志を開始早々の小外刈で破ると、決勝では原沢を2-1の旗判定で破って全日本選手権初優勝を果たした[30][31]。5月の世界団体では決勝のフランス戦でマテオ・アキアナ=モンゴを合技で破ってチームの優勝に貢献した[32][33]。6月の実業団体では優勝した[34][35]。9月のグランプリ・ザグレブでは決勝でポーランドのグジェゴジ・テレシンスキを大内刈で破るなどオール一本勝ちして、IJFワールド柔道ツアー初優勝を飾った[36][37]。グランドスラム・東京では決勝で同僚の太田を技ありで破って優勝を飾った[38]。
2025年2月のグランドスラム・バクーでは準決勝でバシャエフに出足払で敗れて3位だった[39][40]。4月の体重別では準決勝で会社の後輩となった中村に合技で敗れて3位に終わった[41]。なお、世界選手権の団体戦メンバーに選ばれた[42]。続く全日本選手権では準々決勝でパーク24のウルフ・アロンを有効で破るも、準決勝で綜合警備保障の香川大吾に技ありで敗れて3位にとどまり、今大会2連覇はならなかった[43]。6月の実業団体では決勝のパーク24戦で100㎏級の増山香補と引き分けるも、チームは優勝した[44]。世界団体では初戦のウズベキスタン戦で勝利するも、準決勝のジョージア戦でグラム・ツシシビリに小外掛で敗れると、チームも敗退して3位にとどまった[45][46][47]。11月の講道館杯では決勝で怪我から復帰してきたライバルである斉藤に有効で敗れて2位にとどまった[48][49]。12月のグランドスラム・東京では準々決勝で世界チャンピオンであるロシアのイナル・タソエフに有効で敗れるも、その後の敗者復活戦を勝ち上がって3位となった[50]。
2026年2月のグランドスラム・パリでは準決勝でキム・ミンジョン(金旻鍾)を技ありで破ると、決勝では太田に反則勝ちして優勝した[51][52]。4月の体重別でも決勝で太田に反則勝ちして今大会初優勝を飾った[53][54]。これにより、世界選手権代表に選ばれた[55]。続く全日本選手権では準々決勝で新井と3年ぶりに再戦するも、内股と大内刈の合技で敗れて5位に終わった[56]。6月の実業団体では優勝した[57]。グランドスラム・ウランバートルでは準々決勝でジョージアのイラクリ・デメトラシビリに技ありで敗れると、その後の敗者復活戦でも東京オリンピック金メダリストであるチェコのルカシュ・クルパレクに腕挫腕固で敗れて7位に終わった[58]。8月のグランドスラム・ローザンヌでは準決勝でタソエフに技ありで敗れるも、その後の3位決定戦でバシャエフに反則勝ちして3位になった[59][60]。10月の世界選手権では初戦でキム・ミンジョン(金旻鍾)を支釣込足で破るも、3回戦でタソエフに有効を先取しながら大外刈で逆転負けを喫した[61][62]。世界団体では初戦のアゼルバイジャン戦で100㎏級のオリンピックチャンピオンであるゼリム・コツォイエフに釣腰で敗れると、決勝のロシア戦でもバシャエフに有効で敗れるが、他の選手の活躍によりチームは優勝した[63][64]。
戦績
- 2011年 - 全国小学生学年別柔道大会 5位(45kg超級)
- 2012年 - 全国小学生学年別柔道大会 3位(50kg超級)
- 2014年 - マルちゃん杯 5位
- 2015年 - 全国中学校柔道大会 2位(90kg超級)
- 2015年 - マルちゃん杯 3位
- 2016年 - 金鷲旗 5位
- 2016年 - インターハイ 団体戦 3位
- 2017年 - 全日本カデ 3位
- 2017年 - インターハイ 優勝(100kg超級)
- 2018年 - 全国高校選手権 個人戦(無差別)優勝 団体戦 2位
- 2018年 - 金鷲旗 2位
- 2018年 - インターハイ 団体戦 優勝
- 2018年 - 全日本ジュニア 2位
- 2019年 - ブレーメンジュニア国際 優勝
- 2019年 - 優勝大会 5位
- 2019年 - ユニバーシアード 個人戦90kg超級 2位 団体戦 3位
- 2019年 - 学生体重別 2位
- 2020年 - 講道館杯 3位
- 2021年 - 体重別 3位
- 2022年 - 優勝大会 3位
- 2022年 - 学生体重別 2位
- 2022年 - 体重別団体 優勝
- 2022年 - 講道館杯 3位
- 2023年 - ベルギー国際 優勝
- 2023年 - 実業団体 優勝
- 2023年 - 講道館杯 優勝
- 2024年 - グランプリ・オディベーラス 3位
- 2024年 - グランドスラム・パリ 3位
- 2024年 - 全日本選手権 優勝
- 2024年 - 世界団体 優勝
- 2024年 - 実業団体 優勝
- 2024年 - グランプリ・ザグレブ 優勝
- 2024年 - 講道館杯 7位
- 2024年 - グランドスラム・東京 優勝
- 2025年 - グランドスラム・バクー 3位
- 2025年 - 体重別 3位
- 2025年 - 全日本選手権 3位
- 2025年 - 実業団体 優勝
- 2025年 - 世界団体 3位
- 2025年 - 講道館杯 2位
- 2025年 - グランドスラム・東京 3位
- 2026年 - グランドスラム・パリ 優勝
- 2026年 - 体重別 優勝
- 2026年 - 全日本選手権 5位
- 2026年 - 実業団体 優勝
- 2026年 - グランドスラム・ウランバートル 7位
- 2026年 - グランドスラム・ローザンヌ 3位
- 2026年 - 世界団体 3位
(出典[1]、JudoInside.com)
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 「柔道全日本強化選手名鑑 2022」近代柔道 ベースボールマガジン社、2022年4月号
- ↑ 全国中学校柔道大会
- 1 2 全国高等学校総合体育大会柔道競技大会
- ↑ 天理・中野寛太、中村洸登が優勝 柔道高校選手権 - 柔道 日刊スポーツ 2018年3月20日
- ↑ 金メダリスト斉藤仁さん次男立2連続一本勝ちV貢献 日刊スポーツ 2018年3月21日
- ↑ 高校生・村尾&中野は2回戦敗退/柔道 サンケイスポーツ 2018年4月29日
- ↑ 金鷲旗大会、男子は国士舘が2年ぶりV/柔道 サンケイスポーツ 2018年7月24日
- ↑ 最重量級の優勝候補が激突 天理・中野「最後は気持ちしかなかった」/高校総体 サンケイスポーツ 2018年8月9日
- ↑ 中野は3回戦で斉藤に屈す「真っ向勝負で行った。自分の実力のなさ」/高校総体 サンケイスポーツ 2018年8月10日
- ↑ 平成30年度全日本ジュニア柔道体重別選手権大会
- ↑ 柔道、手応えと反省の銀/夏季ユニバ サンケイスポーツ 2019年7月5日
- ↑ Universiade Naples 2019
- ↑ 体操女子の畠田瞳が4冠 柔道団体女子、ラグビーV/夏季ユニバ サンケイスポーツ 2019年7月8日
- ↑ Judo Documents
- ↑ 2020年度講道館杯全日本柔道体重別選手権大会
- ↑ 全日本学生柔道優勝大会
- ↑ 令和4年全日本柔道選手権大会
- ↑ 【柔道】天理大初優勝!全国大会29年ぶり日本一 穴井隆将監督男泣き 全日本学生体重別団体 日刊スポーツ 2022年10月16日
- ↑ 2022年度講道館杯全日本柔道体重別選手権大会
- ↑ 旭化成 柔道部
- ↑ 2023年全日本選抜柔道体重別選手権大会
- ↑ 令和5年度全日本柔道選手権大会
- ↑ 柔道男子1部・旭化成A連覇 次鋒・中野「少しでも自信になれば」 サンケイスポーツ 2023年6月5日
- ↑ 柔道講道館杯、天野開斗が初制覇 武岡毅・植岡虎太郎V2 日本経済新聞 2023年11月5日
- ↑ 椋木美希は2位、中野寛太3位 グランプリ大会/柔道 サンケイスポーツ 2024年1月29日
- ↑ Grand Prix Portugal 2024
- ↑ 東京五輪覇者のウルフ・アロンがV パリ代表内定へ大きく前進 サンケイスポーツ 2024年2月5日
- ↑ Paris Grand Slam 2024
- ↑ 2024年全日本選抜柔道体重別選手権大会
- ↑ 【柔道】23歳の中野寛太が初優勝!「ロス五輪目指す」決勝で五輪2大会の原沢久喜に旗判定勝ち 日刊スポーツ 2024年4月29日
- ↑ 令和6年全日本柔道選手権大会
- ↑ 世界柔道、混合団体で日本7連覇 若手の活躍目立つ 日本経済新聞 2024年5月25日
- ↑ Abu Dhabi World Championships Seniors 2024 Mixed Teams
- ↑ 旭化成Aが20度目V 全日本実業団体対抗大会/柔道 サンケイスポーツ 2024年6月9日
- ↑ 第74回全日本実業柔道団体対抗大会
- ↑ 中野寛太が優勝 グランプリ・ザグレブ大会/柔道 サンケイスポーツ 2024年9月16日
- ↑ Zagreb Grand Prix 2024
- ↑ 中野寛太が同じ旭化成の先輩を下して優勝 「一日通して集中を切らさずできたのは自信になった」/柔道 サンケイスポーツ 2024年12月8日
- ↑ 柔道GS、村尾三四郎V 新井道大・高橋瑠璃も優勝 日本経済新聞 2025年2月16日
- ↑ Baku Grand Slam 2025
- ↑ 2025年全日本選抜柔道体重別選手権大会
- ↑ 阿部一二三・詩、永瀬貴規らが順当に選出 世界選手権代表22人発表【柔道】 TBS 2025年4月6日
- ↑ 令和7年全日本柔道選手権大会
- ↑ 第75回全日本実業柔道団体対抗大会
- ↑ 【世界柔道】日本の混合団体連覇が7で止まった…準決勝でジョージアに敗れブラジルとの3位決定戦へ スポーツニッポン 2025年6月21日
- ↑ 日本は銅メダル=大会8連覇逃す―世界柔道・混合団体 時事通信 2025年6月21日
- ↑ OTP Group Sofia World Championships Cadets 2025 Mixed Teams
- ↑ 斉藤立、男子100キロ超級で初優勝 柔道講道館杯 産経新聞 2025年11月2日
- ↑ 2025年度講道館杯全日本柔道体重別選手権大会
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- ↑ World ranking list
外部リンク
- 中野寛太 - JudoInside.com のプロフィール