全ビルマ・ムスリム解放軍
| 全ビルマ・ムスリム解放軍 | |
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All Burma Muslim Liberation Army ミャンマー内戦に参加 | |
| 活動期間 | 1985年 – 2015年頃 |
| 本部 | ビルマ南部 |
| 活動地域 | タニンダーリ地方域 |
| 前身 | コートレイ・ムスリム解放戦線(KMLF) |
| 関連勢力 | カレン民族同盟(KNU) |
| 敵対勢力 | ミャンマー軍 |
| 戦闘 | ミャンマー内戦 |
全ビルマ・ムスリム解放軍(ぜんビルマ・ムスリムかいほうぐん、英語: All Burma Muslim Liberation Army、略称:ABMLA)は、1985年にミャンマーで結成されたムスリムの武装組織である。カレン民族同盟(KNU)と協力し、ミャンマー軍(国軍)に対する武装闘争に参加した。
前身は、1983年の反ムスリム暴動を背景に結成されたコートレイ・ムスリム解放戦線(Kawthoolei Muslim Liberation Front、KMLF)である。1985年に同組織から分かれた戦闘員がビルマ南部のタニンダーリ地方域へ移動し、ABMLAを結成した。
2015年頃、同組織の戦闘員はKNUの軍事部門であるカレン民族解放軍(KNLA)の第4旅団第3中隊に編入された。同部隊は「ムスリム中隊」とも呼ばれ、2021年ミャンマークーデター後も軍事政権に対する武装抵抗に参加している[1]。
歴史
前身組織
1983年8月、ミャンマー南東部のモーラミャインで反ムスリム暴動が発生した。暴動から逃れたムスリムの一部は、カレン民族同盟(KNU)の支配地域に避難し、コートレイ・ムスリム解放戦線(KMLF)を結成した。KNUは約200人のKMLF戦闘員に軍事訓練を施したが、その後、スンナ派とシーア派の指導者間の対立によって組織は分裂した[1]。
全ビルマ・ムスリム解放軍への継承
1985年、KMLFの戦闘員の一部はビルマ南部のタニンダーリ地方域へ移動し、全ビルマ・ムスリム解放軍(All Burma Muslim Liberation Army、ABMLA)を結成した。同組織はその後数十年間にわたり、断続的に国軍との戦闘を続けた[1]。
2015年頃、ABMLAの戦闘員はKNUの軍事組織であるカレン民族解放軍(KNLA)の第4旅団第3中隊に正式に編入された。同部隊は通称「ムスリム中隊」(Muslim Company)として知られ、KMLF以来のムスリム武装勢力の系譜を引き継いでいる[1]。
2021年クーデター以降
2021年ミャンマークーデター後、ムスリム中隊は軍事政権に対する武装抵抗に参加した。2024年10月の報道によると、同部隊はタニンダーリ地方域を拠点とし、約130人の隊員を擁していた。指揮官はモハメド・アイシャー(Mohammed Eisher)で、約20人の女性隊員も所属していた[1]。
同部隊はムスリムを中心に構成されるものの、仏教徒やキリスト教徒の隊員も所属している。隊員はKNUの記章を身につける一方、ABMLAからの系譜を象徴する星と三日月の徽章も保持している[1]。
2024年には、徴兵制度の実施を受けて軍事政権の支配地域から逃れたムスリム約20人が新たに入隊したと報じられた。また、部隊の拠点にはモスクが設けられ、隊員は礼拝やラマダーン期間中の断食を行っている。ハラール食品を確保しやすいことも、ムスリム隊員にとって部隊に所属する理由の一つとなっている[1]。