前腕
| 前腕 | |
|---|---|
|
腕のうち、赤紫色に塗った部分が前腕にあたる。 | |
| 概要 | |
| 表記・識別 | |
| 英語 | forearm |
| ラテン語 | antebrachium |
| MeSH | D005542 |
| TA | A01.1.00.024 |
| FMA | 9663 |
| 解剖学用語 | |
前腕(ぜんわん、英語: forearm、ラテン語: antebrachium[注釈 1])は上肢の中でも肘と手首の間にある身体の部位である[3]。うでの中で上腕と区別するために主に解剖学において用いられる。上腕の遠位という意味では下肢における膝と足首の間の下腿に相当する部位であり、二つはまとめて軛脚(英語: zeugopodium)と呼ばれる[4]。
前腕には橈骨と尺骨という2つの長管骨があり[5]、肘と手首でそれぞれ関節を形成する。これらの間は骨間膜という膜が張っている[6]。
前腕には筋肉が多く含まれており、手首の動きや指の動きに寄与する屈筋・伸筋や肘を曲げるのに使う筋、手を返す動きである回内・回外のための筋などがある[7]。前腕の断面を見ると筋は2つの筋区画に区分することができる[6]。後区画には橈骨神経に支配される手首の関節を伸展させるための伸筋があり、前区画には主に正中神経に支配される手首の関節を屈曲させるための屈筋が含まれている。前腕を通るもう一つの主要な神経である尺骨神経も手首に向かって走行している[8]。
前腕の様々な組織を栄養する動脈は橈骨動脈と尺骨動脈の枝である。それぞれ橈骨と尺骨の前面を前腕全体にわたって走行する[9]。前腕の主要な浅静脈としては橈側皮静脈や尺側皮静脈がある[10]。これらの皮膚浅層に存在する静脈は採血で用いられることがあり、肘窩あたりで採血することが推奨される[10]。
構造
[編集]骨と関節
[編集]前腕に存在する骨は外側にある橈骨と内側にある尺骨である[11]。

橈骨
[編集]橈骨の近位部を橈骨頭といい、肘で上腕骨の上腕骨小頭・尺骨の橈骨切痕と関節を形成する[4]。肘における橈骨と尺骨の間の関節は上橈尺関節と呼ばれる[4]。
遠位部においても橈骨は尺骨と関節を形成しており、これを下橈尺関節という[4]。手首の関節の一つであり、外側(橈側)では舟状骨と、内側(尺側)では月状骨とともに関節を形成する[注釈 2][12]。
尺骨
[編集]尺骨の近位部には橈骨切痕という構造があり、前述のように橈骨と関節を形成するほか、尺骨の滑車切痕という構造は上腕骨の上腕骨滑車と関節を形成する[11][13]。
遠位部では前述のとおり、手首で下橈尺関節を形成する[11]。
筋
[編集]前腕の筋はまず、前区画と後区画という2つの筋区画に分かれる。前区画の筋は更に浅層・中間層・深層に[14]、後区画の筋は更に橈側部・浅層・深層に[6]分かれる。全体的に見て前区画の方が後区画よりも体積が2倍ほど大きいと報告されている[15]。以下に前腕に存在する各筋について表にまとめた[16]。それぞれの筋の作用等については各項目を参照いただきたい。
| 筋区画 | 層 | 名称 | 外/内 | 支配神経 |
|---|---|---|---|---|
| 前 | 浅層 | 橈側手根屈筋 | 外 | 正中神経 |
| 前 | 浅層 | 長掌筋 | 外 | 正中神経 |
| 前 | 浅層 | 尺側手根屈筋 | 外 | 尺骨神経 |
| 前 | 浅層 | 円回内筋 | 内 | 正中神経 |
| 前 | 中間層 | 浅指屈筋 | 外 | 正中神経 |
| 前 | 深層 | 深指屈筋 | 外 | 尺骨神経および正中神経 |
| 前 | 深層 | 長母指屈筋 | 外 | 正中神経 |
| 前 | 深層 | 方形回内筋 | 内 | 正中神経 |
| 後 | 橈側部 | 腕橈骨筋 | 内 | 橈骨神経 |
| 後 | 橈側部 | 長橈側手根伸筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 橈側部 | 短橈側手根伸筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 浅層 | 総指伸筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 浅層 | 小指伸筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 浅層 | 尺側手根伸筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 深層 | 長母指外転筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 深層 | 短母指伸筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 深層 | 長母指伸筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 深層 | 示指伸筋 | 外 | 橈骨神経 |
| 後 | 深層 | 回外筋 | 内 | 橈骨神経 |
神経
[編集]肘より近位および手首より遠位の神経の分枝の詳細については各神経の項目を参照。正中神経や橈骨神経、尺骨神経がどこから分枝するかについては腕神経叢の項目を参照。
脈管
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以下に、上腕動脈以降、前腕で分枝する動脈を示した[22]。
静脈については皮膚に近い方を走る浅静脈と深層を走る深静脈でそれぞれ異なる。
浅静脈は前腕では橈側皮静脈、尺側皮静脈、前腕正中皮静脈、肘正中皮静脈といった皮静脈が発達しており、特に肘窩の辺りの皮静脈は静脈を目視することができるために採血の部位として好んで選ばれる[10]。
深静脈はどれも主要な動脈に伴行するもので、橈骨静脈と尺骨静脈がある[10]。いずれも肘窩の方で上腕静脈となって還流する[10]。
その他の解剖学的構造
[編集]橈骨と尺骨の間には線維性の膜が張っており、これを前腕骨間膜という[23]。この部分では前骨間動脈などの脈管・神経が貫いて行き来することもある[24]。
肘関節は腕尺関節・腕橈関節・上橈尺関節という3つの関節が1つの関節包に囲まれた構造をしているが、この関節包を覆うように靭帯が存在している。この関節包を覆う靭帯に橈骨輪状靭帯、外側側副靭帯、内側側副靭帯がある[25]。
機能
[編集]前腕は肘・手首での屈曲・伸展に加えて掌を返すような回転運動を行うことができる。肘においては上腕と前腕がまっすぐになった時を0°としたとき、屈曲は約145°まで、伸展は約5°まで行うことができる[23]。手首においては同様に屈曲が約90°まで、伸展が約70°まで行えるほか、母指側・小指側に手首を傾けるような運動を行うことができる[26]。これはそれぞれ外転(橈屈)・内転(尺屈)と呼ばれ、外転は約25°まで、内転は約55°まで行うことができる[26]。掌を返すような回転運動は掌を向ける向きによりそれぞれ回内・回外と呼ばれる[12]。
臨床的重要性
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骨疾患
[編集]橈骨や尺骨はしばしば外傷等により骨折が起こることがあり、部位によって骨幹部骨折や橈骨遠位端骨折などと呼ばれる[27][28]。橈骨遠位端骨折は小児では膨隆骨折という形で起こることが多く、特に転倒した際に軸方向(前腕-手の方向)に力が加わることが原因である[29]。
遺伝性多発性外骨腫症のような遺伝性疾患により手や前腕の変形を認めることがある。遺伝性多発性外骨腫症は橈骨や尺骨の骨端の成長障害によるものである[30]。
神経・筋疾患
[編集]前腕で起こる神経・筋疾患に円回内筋症候群がある。円回内筋症候群では円回内筋を構成する上腕頭・尺骨頭という2つの成分の間を通る正中神経が圧迫されることによって末梢神経障害が引き起こされる[31]。
外傷に伴って筋組織が腫脹することで脈管・神経等が圧迫され、症状を来すコンパートメント症候群は前腕も好発部位の一つである。脈管圧迫による循環障害で壊死に至ったり、神経圧迫により神経麻痺に至ったりする[32]。
ギャラリー
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ Oxford Latin Dictionary. Oxford University Press. (1968). p. 240 2026年6月12日閲覧。
- ↑ Oxford Latin Dictionary. Oxford University Press. (1968). p. 138 2026年6月12日閲覧。
- ↑ 坂井 2017, p. 232.
- 1 2 3 4 坂井 2017, p. 237.
- ↑ Oiseth, Stanley; Jones, Lindsay; Maza, Evelin (2025年12月15日). “Forearm”. The Lecturio Medical Concept Library. 2026年6月20日閲覧。
- 1 2 3 坂井 2017, p. 254.
- ↑ 坂井 2017, pp. 256–260.
- 1 2 Mitchell, Brittney; Whited, Lacey (2023年6月5日). “Anatomy, Shoulder and Upper Limb, Forearm Muscles”. National Center for Biotechnology Information, U.S. National Library of Medicine. StatPearls Publishing LLC.. 2026年6月20日閲覧。
- ↑ 坂井 2017, pp. 290–291.
- 1 2 3 4 5 坂井 2017, p. 297.
- 1 2 3 坂井 2017, p. 236.
- 1 2 3 坂井 2017, p. 276.
- ↑ “Structure of The Forearm”. The Lecturio Medical Concept Library. 2021年6月22日閲覧。
- ↑ 坂井 2017, p. 249.
- ↑ Holzbaur, Katherine R. S.; Murray, Wendy M.; Gold, Garry E.; Delp, Scott L. (2007). “Upper limb muscle volumes in adult subjects”. Journal of Biomechanics 40 (4): 742-749. doi:10.1016/j.jbiomech.2006.11.011. PMID 17241636.
- ↑ 坂井 2017, pp. 249–260.
- ↑ Gray 1918, p. 454.
- 1 2 Gray 1918, p. 938.
- ↑ Gray 1918, p. 943.
- ↑ Gray 1918, p. 944.
- ↑ Gray 1918, p. 942.
- ↑ 坂井 2017, pp. 294–296.
- 1 2 坂井 2017, p. 275.
- ↑ 坂井 2017, p. 295.
- ↑ 坂井 2017, pp. 273–274.
- 1 2 坂井 2017, p. 278.
- ↑ 高畑智嗣 (2025年12月). “前腕の骨幹部骨折”. 日本整形外傷学会. 2026年6月20日閲覧。
- ↑ 多田薫 (2025年12月). “橈骨(とうこつ)遠位端骨折”. 日本整形外傷学会. 2026年6月20日閲覧。
- ↑ Tahir, Abdullah; Naji, Omar; Khawar, Haseeb; Iqbal, Mohammad Jawaid (2024). “Torus fractures - diagnosis and management”. British Journal of Hospital Medicine 85 (5): 1-8. doi:10.12968/hmed.2023.0336. PMID 38815969.
- ↑ El-Sobky, Tamer A.; Samir, Shady; Atiyya, Ahmed Naeem; Mahmoud, Shady; Aly, Ahmad S.; Soliman, Ramy (2018). “Current paediatric orthopaedic practice in hereditary multiple osteochondromas of the forearm: a systematic review”. SICOT-J 4 (10). doi:10.1051/sicotj/2018002. PMC 5863686. PMID 29565244.
- ↑ Dididze, Marine; Tafti, Dawood; Sherman, Andrew L. (2023年7月3日). “Pronator Teres Syndrome”. StatPearls. National Library of Medicine. 2026年6月20日閲覧。
- ↑ “医学用語解説集 コンパートメント症候群”. 日本救急医学会. 2026年6月20日閲覧。
参考文献
[編集]- Henry Gray (1918), Warrens H. Lewis, ed., Anatomy of the Human Body (twentieth edition ed.)
- 坂井建雄『標準解剖学』(第1版)医学書院、2017年3月1日。ISBN 978-4-260-02473-0。