
和妻(わづま)とは、日本に古くから主に口伝で受け継がれてきた伝統的な手品の分野である。主に着物を着て演じられる。
手妻(てづま)、品玉(しなだま)と呼ばれることもある。西洋の奇術のスタイルを洋妻(ようづま)と呼ぶのに対し、和妻(わづま)と言われることもある。また昔の落語番付には日本手品、西洋手品といった表記が残っている。[要出典]
手妻(てづま)とは、古代朝鮮語で、妻娘が演じる小手先の芸である。「中世中国芸能史」によると傀儡集団芸能一座の演目名に記録がある。[要出典]
古代日本では、手妻を小手先芸や目眩しに長けた人を手妻師と言った時代があるが決して手品だけをさしたものではなく手先で操る人形も手妻人形と言い、手先で操るからくりや曲取り(ジャグリング)も手妻である。
明治までは手妻人形が存在する。手先で操作する傀儡師の首下げ箱回し人形も手妻人形である。また日本古来の手品は手術や手技と呼ばれ古浄瑠璃には手品節、舞踊には手品踊が存在した。[要出典]
対象を、他のものになぞらえて表現する、日本の芸能に多く見られる技法のこと。半紙で蝶の一生を表現する「胡蝶の舞」など。
日本最古の奇術書は1715年に刊行された『神仙戯術』である。これには、ひょうたんがひとりでに動く術、つくりものの魚に水中を泳がせる術などが紹介されている。
他には1725年の『珍術さんげ袋』、1727年の『続懺悔袋』、1729年の『和国たはふれ草』などがある。これらは身近なものを使った奇術(いわゆるクロースアップ・マジック)を紹介している。
大規模な術を紹介しているものとしては1733年の『唐土秘事海』(もろこしひじのうみ)や1784年の『仙術日待種』(せんじゅつひまちぐさ)などが挙げられる。
江戸中期になると、手練技を解説した専門書もかかれるようになる。1764年の『放下筌』や1779年の『天狗通』などである(放下とは元は禅宗の言葉で、転じて大道芸を表す言葉となった。大道芸をみせる僧を辻放下という)。
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