宇沙美ゆかり
| 宇沙美 ゆかり | |
|---|---|
| 出生名 | 金城 ゆかり |
| 生誕 | 1968年4月2日(58歳)[1] |
| 出身地 | 沖縄県浦添市 |
| ジャンル | アイドル歌謡曲 |
| 職業 | |
| 活動期間 | 1984年 - 1985年 |
| レーベル | キャニオン・レコード |
| 事務所 | スカイコーポレーション |
宇沙美 ゆかり(うさみ ゆかり、本名:金城 ゆかり[2]、1968年4月2日[3] - )は、元アイドル歌手、元女優。沖縄県浦添市出身[4]。血液型はO型。身長163cm[1]。B80cm、W58cm、H81cm(1984年1月)[1]。
来歴・人物
4人姉妹の四女(3人の姉はそれぞれ、6歳、4歳、3歳年上)[3]。両親は今度こそ男の子が生まれるのを期待して、女の子の名前は考えてなかったということで、ゆかりという名前は一番上の姉の提案で、人気歌手であった伊東ゆかりの名前に肖ったという[3]。小学6年生の時、地元の『浦添てだこ祭り』のちびっこカラオケのど自慢大会に出場し、ピンクレディーの『渚のシンドバッド』を歌って優勝。この時に、将来は歌手になると決心したという[2]。小学6年生の時にあるオーディションに秘かに応募し、1次合格を果たすも父が反対したために断念した[5]。
中学2年生の時に、地元沖縄で開催されたスカイコーポレーション主催のタレントオーディションに姉が宇沙美の名前で応募。書類審査を通過し、二次審査に立ち会った時任三郎らに選ばれる[2]。しかし、この時も父に反対されたが、母と姉たちの説得もあって許しを得られ、芸能界入りを果たす[3][5]。浦添市立神森中学校を卒業後、上京[3]。その後、井筒和幸監督映画『みゆき』(原作:あだち充)の主演オーディションに合格し、主演女優としてスクリーンデビューする。本作により各種の映画賞を獲得した。
1984年3月21日にはキャニオンレコードより「蒼い多感期」で歌手デビュー(キャッチフレーズは「ときめきタイフーン」。なお、これはデビューシングルのB面のタイトルでもある)。同曲はカネボウ「マイデイト」のCMソングとしても採用された。
その後、コンスタントにレコードをリリースしながら、1984年の「フジテレビ夏キャン・ガール」に選ばれ、同局の月曜ドラマランド『あ!Myみかん』(原作:柳沢きみお)では主演も務めた[2]。また、フジテレビ系ドラマ『オレゴンから愛』では、主人公の少年と離れて暮らす姉・美奈子役を務めた。
1984年、TBS系ドラマ『不良少女とよばれて』の主演に内定するが、不良役ということに事務所側が大きく難色を示し、辞退を余儀なくされる[6]。
1985年、フジテレビ系ドラマ『スケバン刑事』の主人公・麻宮サキ役が内定していたが、同時期に松竹プロデューサーの奥山和由からの強いオファーで映画『V.マドンナ大戦争』で主演を務めることになり、撮影時期が重なることを理由にドラマを降板した。のちにヒット作となるドラマ2作品の主演を逃したことになる。
『V.マドンナ大戦争』出演のために、中型バイクの免許を取得して挑んだ作品であったが[7]、興行成績は散々なものであった。脚本を務めた野沢尚は後年著書で「夏休みロードショーで大コケ。三船プロは大赤字を抱えて倒産寸前まで追い込まれ、主演女優は引退して沖縄に帰り、奥山和由プロデューサーは会社側の批判に晒された。自身も映画の仕事は2年後になり、監督の中村幻児は7年間の辛抱を強いられた」と述べている[8]。映画公開前の1985年4月27日、ファーストコンサートを杉野講堂にて開催。
1986年、日本テレビ系列ドラマ『ジャンプアップ!青春』の主演に抜擢され、制作会見も行ったが、この作品も出演することなく降板する。同年、前触れもなく芸能界から姿を消し、沖縄に帰郷[2]。1985年11月に放送されたフジテレビのドラマ「名探偵はひとりぼっち」(原作:赤川次郎)で主演の風見慎吾の相手役を務めたのが、最後のドラマ出演となった。
沖縄に戻ってからはハンバーガーショップ店員として勤務したのち、琉球放送制作のラジオ番組『ケンタッキーベストヒット20』にラジオDJとして出演していたが、番組リニューアルの際に降板、そのまま事実上の引退となる[2]。「引退」に関しては当時さまざまな憶測が流れ妊娠説、自殺未遂説も流れたが、これについては本人が公式に代理人を通し「事実無根」と否定しており[2]、いまだに真相は不明のままとなっている。
芸能界で悩みを打ち明ける親友も出来ず、孤独感を深めていたともいわれており「私のような子は芸能界に向いてないんじゃないかと思った」と話している。芸能雑誌『月刊平凡』にて行われた1984年上半期新人人気投票にて共にベスト10入りした菊池桃子と「桃子とゆかり」というグラビア連載を開始することになる。読者から2人への要望を募り、そのリクエストに応えるという企画。連載初回用の写真撮影日、宇沙美は数時間前から現場入りして待機していたが、学業優先で掃除当番まで終えてから現場にやってきた菊池が優遇され、ものの数分で撮影を終えて速やかに次の仕事先に移動したことにショックを受ける。また、読者から寄せられたハガキは菊池に対するものばかりで宇沙美へのリクエストは皆無だったことを知り人気の格差を思い知らされ、まもなく同企画に降板を申し入れたため「桃子とゆかり」は終了した[2]。
事務所は宇沙美をアイドル歌手としても育て、新人賞レースに参戦させるつもりでいたが、これも宇沙美は秋ごろまでに辞退を申し入れている[2]。同じレコード会社キャニオン・レコード所属の岡田有希子が3月にデビューする予定であったが、宇沙美がCM出演するタイアップ商品の発売日に合わせるためデビュー日が入れ替わり、先にデビューすることになった(3月21日と4月21日)。レコード会社の決定であり宇沙美に何ら非はないものの、岡田に対して気まずさが拭いきれず、自ら賞レースから退く決意をしたという[2]。
ディスコグラフィー
シングル
| 枚 | 発売日 | タイトル | c/w | 形態 | 規格品番 |
|---|---|---|---|---|---|
| キャニオン・レコード | |||||
| 1st | 1984年3月21日 | 蒼い多感期 | と・き・め・きタイフーン | EP | 7A-0361 |
| 2nd | 1984年6月21日 | SHOCK! | トビウオたちの夏 | EP | 7A-0389 |
| 3rd | 1984年9月5日 | ツライ♥キライ♥クライMAX | 日焼けをセメて泣かないで | EP | 7A-0411 |
| 4th | 1984年11月21日 | アルカリ |
北風スクリーン | EP | 7A-0444 |
| 5th | 1985年6月5日 | 風のプリマドンナ | 少女失格 | EP | 7A-0495 |
| 6th | 1985年10月5日 | 恋はDancing | 涙色セブンティーン | EP | 7A-0524 |
アルバム
オリジナル・アルバム
| 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|
| キャニオン・レコード | ||||
| 1st | 1984年7月21日 | おもいっきりト・キ・メ・キ | LP | C28A-0349 |
| CT | 28P-6345 | |||
| 2nd | 1984年12月5日 | 16ページめのとまどい | LP | C28A-0387 |
| CT | ||||
| 2008年7月16日 | 16ページめのとまどい+シングルコレクション | CD | PCCS-00009 | |
| 3rd | 1985年11月1日 | 空気になりたい | LP | C28A-0445 |
| CT | 28P-6484 | |||
| CD | D32A-0126 | |||
ベスト・アルバム
| 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| キャニオン・レコード | |||||
| 1st | 1985年3月5日 | タイム・カプセル | LP | C28A-0349 | |
| 1985年3月21日 | CD | D32A-0058 | |||
| ポニー | |||||
| 2nd | 1985年8月21日 | I Love 宇沙美ゆかり | CT | 20P-2372 | |
| キャニオン・レコード | |||||
| 3rd | 1985年11月21日 | 宇沙美ゆかり THE BEST | CD | D32A-0135 | |
| ポニー | |||||
| 4th | 1986年11月5日 | SUPER BEST | CD | D32P-6012 | |
| ポニーキャニオン | |||||
| 5th | 2002年6月19日 | Myこれ!クション 宇沙美ゆかりBEST | CD | 20P-2372 | |
| 6th | 2010年5月19日 | Myこれ!Lite 宇沙美ゆかり | CD | PCCS-00134 | |
タイアップ曲
| 楽曲 | タイアップ | 収録作品 |
|---|---|---|
| 蒼い多感期 | カネボウ『マイデイト』イメージソング | シングル「蒼い多感期」 |
| 風のプリマドンナ | 松竹富士配給『V.マドンナ大戦争』メインテーマ | シングル「風のプリマドンナ」 |
| ポッカ『BEATCH BOY』CFイメージソング |
主な出演作品
ドラマ
映画
CM
脚注
- 1 2 3 「1984年に翔ぶSTAR 新人カワイコちゃん歌手大集合 宇佐美ゆかり」『週刊文春』1984年1月5日号、文藝春秋、251頁。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 『週刊平凡』 1986年7月11日号 p.109-111「消えたアイドル・宇沙美ゆかりを沖縄で発見」
- 1 2 3 4 5 『BOMB』 1984年10月号 p.13 - 43 宇沙美ゆかり巻頭特集
- ↑ 『月刊明星』 1985年3月号 p.143
- 1 2 『週刊明星』 1984年5月17日号 。
- ↑ “「消えた主役」名作ドラマ・映画の知られざる“交代劇”(5)八千草薫が「山口百恵スケジュール」にキレて降板”. アサヒ芸能. 徳間書店. 2017年9月23日閲覧。
- ↑ 『月刊平凡』 1985年6月号 p.80-81
- ↑ 野沢尚『映画館に、日本映画があった頃』キネマ旬報社、1995年、110–116頁。ISBN 9784873761213。
- ↑ “芸能界を突如去った“実写みゆき”…宇沙美ゆかりさん主演『V.マドンナ大戦争』HD初放送 野沢尚さん脚本”. ORICON NEWS. oricon ME (2024年11月2日). 2026年4月26日閲覧。
- ↑ 菓子食品新聞
関連項目
- 1984年の音楽#デビュー - 同じ年にデビューした歌手
外部リンク
- MEG-CD 宇沙美ゆかり - ウェイバックマシン(2012年10月5日アーカイブ分)