小室眞子

ウィキペディアから、無料の百科事典
小室 眞子
(眞子内親王)
小室家
2021年撮影
続柄 秋篠宮文仁親王第1女子[1]

全名 小室 眞子(こむろ まこ)
身位 内親王 →(皇籍離脱)
敬称 殿下 →(皇籍離脱)
お印 木香茨
出生 (1991-10-23) 1991年10月23日(34歳)
日本の旗 日本・東京都千代田区千代田
皇居・宮内庁病院
配偶者 小室圭(2021年 - )
子女 1人
父親 秋篠宮文仁親王
母親 文仁親王妃紀子
栄典 宝冠大綬章
テンプレートを表示

小室 眞子(こむろ まこ、1991年〈平成3年〉10月23日 - )は、日本の元皇族。勲等は宝冠大綬章。皇族時の身位は内親王で、皇室典範における敬称は殿下[2]。お印は木香茨(もっこうばら)。

秋篠宮文仁親王と同妃紀子の第1女子(第1子)。天皇(徳仁)は伯父にあたり、上皇(明仁)と上皇后(美智子)の初孫となる。

妹に佳子内親王、弟に悠仁親王がいる。黒田清子(紀宮清子内親王)は叔母となる。 皇籍離脱後は弁護士・小室圭の妻となり、アメリカ合衆国ニューヨーク州に在住する。

来歴

幼少時代

バーバラ・ブッシュに抱かれる眞子。皇后美智子、秋篠宮、紀子親王妃と(1992年1月)
2000年代の秋篠宮一家。秋篠宮、紀子親王妃、佳子内親王と共に

1991年(平成3年)10月23日、宮内庁病院にて誕生。同日、賜剣の儀。この時に父方祖父の第125代天皇明仁から授けられた守り刀は、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された隅谷正峯の作。

同年10月29日、命名の儀が執り行われ、父・秋篠宮文仁親王により、「眞子(まこ)」と名付けられる。この名は、「天性のものを失わず、自然に、飾ることなく、ありのままに人生を歩む」願いを込めて命名[3]。

1993年(平成5年)、長野県軽井沢で静養。1歳のこの時、万平ホテルの周辺で紀子妃に抱かれ動物と触れ合っていたが、大型犬ゴールデン・レトリバーに飛びつかれ驚き、紀子妃に「お友達になりたかったのね」となだめられる場面があった[4]。

1995年(平成7年)5月、神奈川県葉山で静養。海辺で海蛇を見つけ、父・秋篠宮文仁親王に「ウミヘビがいるよね、おとうさま!」と尋ねた[5]。

1996年(平成8年)4月、学習院幼稚園に入園[6]。

進学

1998年(平成10年)学習院幼稚園を卒園し、4月に学習院初等科へ進学。

2003年(平成15年)8月7日から21日まで、秋篠宮夫妻、佳子内親王とともにタイを訪問[7]。タイ王妃シリキットの72歳の誕生日に際して祝意を表したほか、ウボンラーチャタニー大学名誉学位授与式へ出席。

2004年(平成16年)3月に学習院初等科を卒業し、4月に学習院女子中等科入学[8]。

7月31日、日比谷公会堂で開催されたタイ王妃シリキット陛下72歳慶祝記念チャリティー・コンサート「サウンド・オブ・サイアム」を両親とともに鑑賞。

8月1日、モンゴル国立馬頭琴交響楽団団員を両親および佳子内親王とともに引見(日本・モンゴル文化交流取極締結30周年)。

10月8日、パラグアイ日本学校の生徒を宮邸で両親および佳子内親王とともに引見。

2005年(平成17年)11月13日、東京都渋谷区国立オリンピック記念『青少年総合センター』「少年の主張全国大会」に出席、紀子妃に同行し出席[9]。その後も日本国内を中心として両親の公務、接見に同行・同座するなど、最年長の内親王として国民の前に姿を現す機会が増える。

2006年(平成18年)7月30日、父・文仁親王の三重県訪問に同行し伊勢神宮式年遷宮の行事「御木曳(おきひき)」の「川曳」を視察、法被姿で自ら行事に参加[10]。

8月3日から16日までの夏休み期間中、オーストリアのウィーンでホームステイ。滞在先は、母方の祖父・川嶋辰彦の仕事仲間だったオーストリア人宅。かねてより美術や建築に関心があり、美術館や、シュテファン大聖堂やシェーンブルン宮殿などの建築物を見学[11]。

2007年3月、学習院女子中等科を卒業。同年4月、学習院女子高等科に入学。

2008年(平成20年)4月20日、16歳で上野動物園・野間馬贈呈式、初単独公務。同年、各地で開催された全国都市緑化フェアや全国豊かな海づくり大会などの関連行事に出席。[12]。

大学時代

2009年(平成21年)11月、国際基督教大学(ICU)をAO入試で受験し、合格したことが発表された[13]。

2010年(平成22年)3月に学習院女子高等科を卒業し、同年4月、国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科に入学。皇族が同大学に入学するのは初めて[14]。在学中は雪面滑走競技部に所属[15]。

同年7月から約1か月間、アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで英語を学ぶ。また研修生の一員として当時のアイルランド大統領メアリー・マッカリースと懇談し、北アイルランドを訪問[16][17]。

2011年(平成23年)7月、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の被災地で身分を明かさずボランティア活動を行う[18]。

同年10月23日に成年を迎え、宝冠大綬章受章[19]。以後、成年皇族として各種公務や儀式に臨む。

2012年(平成24年)4月、3年次から美術・文化財研究を専攻。在学中に学芸員資格および運転免許証を取得[20]。

同年9月から2013年(平成25年)5月まで、イギリスのエディンバラ大学に留学し、美術史などを学ぶ[20][21]。皇族の同大学への留学は、高円宮家の承子女王に次いで2人目であった[21]。

2014年(平成26年)3月、国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科を卒業し、「学士(教養)」の学位を取得[15]。卒業に際して、在学中は幅広い分野を学び、3年次に美術・文化財研究の専攻や、エディンバラ大学留学の印象深い経験を述べた[22]。

同年、国際陶磁器フェスティバル美濃の名誉総裁に就任[23]。

大学院時代

2014年(平成26年)9月、イギリスのレスター大学大学院博物館学研究科に入学し、博物館学を学ぶ[24]。大学側の発表によれば、2015年9月まで、School of Museum Studiesの美術館・ギャラリー研究課程(MA in Art Museum and Gallery Studies)で学び、他の学生と同じ大学の学生寮で生活。また、課程の一環としてコヴェントリーの博物館で8週間の実務研修を行うほか、レスターのニュー・ウォーク博物美術館(英語版)で収蔵資料を対象とした研究を行う[25]。ブラシュカ父子によるガラス製の海洋生物模型を題材とした修士論文を、サイモン・ネル教授(Simon Knell)の指導の下で執筆した[26]。

2015年(平成27年)9月、レスター大学大学院博物館学研究科を修了して帰国[27]。同年11月、東京大学総合研究博物館の客員研究員に就任[28]。

2016年(平成28年)1月21日、レスター大学の修了式に出席し、同大学からMA in Art Museum and Gallery Studiesの学位を取得[29]。宮内庁の略歴では、同学位を「修士(博物館学)」としている[30]。

同年4月1日、東京大学総合研究博物館の特任研究員に就任。非常勤として公務の合間に週3回程度勤務し、標本の整理や展示方法の検討などの研究活動に携わる[31]。同職は2021年(令和3年)8月まで務める[32]。

また、JPタワー学術文化総合ミュージアム「インターメディアテク」では、研究者としてコラムを執筆するなどの活動を行う[33]。

同年6月15日、日本工芸会総裁に就任。同会の主要事業である日本伝統工芸展では、総裁賞および高松宮記念賞の選定や授賞式への出席などを行う[34]。

同年9月、国際基督教大学大学院アーツ・サイエンス研究科博士後期課程に入学し、比較文化を研究領域として博物館学を中心に研究[35]。

2019年(令和元年)、同博士後期課程を一時休学。2021年(令和3年)8月、同課程を退学。

2021年(令和3年)9月末、東京大学総合研究博物館特任研究員を退職。

公的活動

成年皇族となった2011年以降、皇族として各種の公的行事に出席。国内では式典への臨席、文化・芸術関係行事の視察、地方事情の視察などを行い、海外では外国訪問を通じた国際親善活動に携わる。また、複数の団体で総裁・名誉総裁を務める[36]。

国内での活動

2011年(平成23年)10月に成年を迎えて以降、皇室の行事や各種式典に出席。宮中行事への参列のほか、文化・芸術、社会福祉、スポーツなどに関する行事にも臨席。

2014年(平成26年)7月、「第21回東京国際ブックフェア2014」の名誉総裁を務め、開会式に出席してテープカットを行う[37]。同年9月には岐阜県を訪問し、「国際陶磁器フェスティバル美濃'14」に関連する行事に臨席。

2015年(平成27年)以降も、文化・芸術、社会福祉、スポーツなどに関する行事に出席。また、全国高校生の手話によるスピーチコンテストには継続的に出席し、開会式で手話を交えた挨拶を行う[38]。

2019年(令和元年)には、みどりの感謝祭の名誉総裁として式典に出席し[39]、国民体育大会の閉会式などに臨席[40]。同年10月22日には即位礼正殿の儀に出席し、十二単姿で儀式に臨む[41]。

2020年(令和2年)7月、皇族であることを伏せ、学生ボランティアとして岩手県山田町や大槌町を訪問。放課後児童クラブ(学童保育)の出前講座などに加わり、小学生らと触れあって心のケアにあたる[42]。

このほか、地方訪問の際には文化施設や福祉施設などを視察し、日本工芸会総裁として日本伝統工芸展に関する活動を行い、日本テニス協会名誉総裁としてテニス関係行事にも出席[43]。

総裁・名誉総裁

2014年(平成26年)、国際陶磁器フェスティバル美濃'14の名誉総裁を務める。

同フェスティバルの公式記録では、2017年(平成29年)の「国際陶磁器フェスティバル美濃'17」および2021年(令和3年)の「国際陶磁器フェスティバル美濃'21」でも名誉総裁を務める[44][45][46]。

2021年の開催では新型コロナウイルス感染症の影響により現地訪問を見送り、9月30日の開会式にビデオメッセージを寄せた。これが皇族として最後の公務となった。

2015年(平成27年)10月10日、公益財団法人日本テニス協会の名誉総裁に就任[47]。在任中は全日本テニス選手権やジャパン・オープン・テニス・チャンピオンシップスなどの同協会関係行事に出席[48]。2021年(令和3年)10月の結婚・皇籍離脱に伴い退任し、後任として妹の佳子内親王が同職を引き継ぐ[49]。

2016年(平成28年)6月、公益社団法人日本工芸会の総裁に就任[50]。在任中は日本伝統工芸展において総裁賞および高松宮記念賞の選定を行い、授賞式などに出席[51]。2021年10月の結婚・皇籍離脱に伴い退任し、翌2022年6月、妹の佳子内親王が後任の総裁に就任[52]。

海外での活動

2015年12月、ホンジュラス訪問時

2003年(平成15年)8月、父・文仁親王、母・紀子妃、妹・佳子内親王とともにタイ王国に初めて訪問[53]。

2006年(平成18年)8月、オーストリアを旅行[54]。

2014年(平成26年)9月からイギリスのレスター大学大学院に留学。2015年(平成27年)9月に帰国。2016年(平成28年)1月には同大学院の修了式出席のため再び英国を訪問[55]。

2015年(平成27年)12月、外交関係樹立80周年を記念してエルサルバドルおよびホンジュラスを訪問。成年皇族として初の公式外国訪問[56]。

2016年(平成28年)9月、日本人移住80周年を記念してパラグアイを訪問[57]。

2017年(平成29年)5月から6月にかけて、ブータン政府の招待を受け、ブータン花の博覧会の開催に際して同国を訪問[58]。

2018年(平成30年)7月、日本人移住110周年を記念してブラジルを訪問[59]。

2019年(令和元年)7月、日本人移住120周年を記念してペルーおよびボリビアを訪問。両国政府の招待を受け、日系人との交流などを行う[60]。

このほか、2015年以降の公式外国訪問では、訪問国の政府関係者や王族、日系人などとの交流、文化・社会施設の視察などを行う。宮内庁によれば、2015年以降、単独で5回、7か国を公式に訪問している。

これらの海外訪問については「外遊歴」も参照。

婚約・結婚

2017年(平成29年)5月16日、国際基督教大学の同級生で、当時法律事務所に勤務していた小室圭との婚約準備が進められていることが報じられ、同日、宮内庁も婚約の予定を明らかにした[61]。

同年7月8日に予定されていた婚約内定の発表は、平成29年7月九州北部豪雨を受けて延期。同年9月3日、天皇明仁の裁可を経て婚約が内定し、宮内庁が正式に発表[62]。同日、眞子内親王と小室圭は赤坂御用地内の赤坂東邸で婚約内定会見を行う[63]。

2018年(平成30年)2月6日、宮内庁は、同年秋に予定されていた結婚および納采の儀などの結婚関連儀式を延期すると発表[64]。延期を単なる中止ではなく、結婚についてより深く考え、結婚前後の生活について十分な準備をするための時間と位置づけている。

2020年(令和2年)11月13日、眞子内親王は再び「お気持ち」と題する文書を公表し、二人にとって互いが「幸せな時も不幸せな時も寄り添い合えるかけがえのない存在」であり、結婚は「自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択」だと明確に述べた[65]。

2021年(令和3年)10月1日、宮内庁は眞子内親王と小室圭が同月26日に結婚することを発表した。結婚に際しては、納采の儀、告期の儀、入第の儀などの皇室の結婚関連儀式を行わないこととなり、皇籍離脱に伴う一時金についても、眞子内親王の意向を踏まえ支給されないこととなった[66]。

10月12日、武蔵陵墓地を訪れ、曽祖父・昭和天皇の武蔵野陵と曽祖母・香淳皇后の武蔵野東陵を参拝し、結婚を報告[67]。

10月19日、宮中三殿を参拝し、小室圭との結婚を報告。本来行われる「賢所皇霊殿神殿に謁するの儀」は行われず、洋装で宮中三殿の庭上から拝礼した[68]。

10月22日、天皇徳仁・皇后雅子両陛下に結婚の挨拶[69]。10月25日には、上皇明仁・上皇后美智子に結婚の挨拶[70]。

皇籍離脱

2021年(令和3年)10月26日、小室圭との婚姻届が提出・受理され、皇室典範の規定により皇族の身分を離れ、「小室眞子(こむろ まこ)」となった[71][72]。同日午後、東京都内のホテルで小室圭とともに結婚記者会見を行った。また、当初予定されていた質疑応答は取りやめられ、事前に寄せられた質問への回答文書を配布する形式となった[73]。

会見では、皇族として過ごした30年間に対する感謝を述べ、小室圭について「かけがえのない存在」としたうえで、結婚は「自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択」と改めて説明した。また、結婚をめぐる報道によって苦しんだことにも言及し、今後は二人で力を合わせて生活していく意思を示した[74]。

11月14日、小室圭とともに羽田空港からアメリカ合衆国へ出国し、ニューヨークに移住[75][76]。

2022年(令和4年)2月、メトロポリタン美術館のウェブサイトに、沖縄出身の画家・山田真山の作品に関する解説が掲載された。執筆者として「Mako Komuro」の名が記載されている[77]。

2025年(令和7年)5月、宮内庁は小室眞子が第1子を出産したことを発表[78]。

年譜

外遊歴(単独公式訪問)

ブラジル、ペルー、ボリビアなど、日系人の歴史を持つ南米諸国を公式訪問し、各国の政府関係者や日系人と交流した。また、ブータンを公式訪問した際には、国王・王妃をはじめとする王室関係者と交流し、王室の家族と昼食をともにするなど親交を深めた[79]。

海外訪問
年出国帰国訪問地備考
2015年(平成27年)12月2日12月12日エルサルバドルの旗 エルサルバドル、ホンジュラスの旗 ホンジュラス
(アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国立ち寄り)
エルサルバドル政府およびホンジュラス大統領からの招待 外交関係樹立80周年記念[80]
2016年(平成28年)9月6日9月16日パラグアイの旗 パラグアイ
(ドイツの旗 ドイツ、ブラジルの旗 ブラジル立ち寄り)
パラグアイ政府からの招待 日本人の同国移住80周年記念[81]
2017年(平成29年)5月31日6月8日ブータンの旗 ブータン
(シンガポールの旗 シンガポール立ち寄り)
ブータン政府からの招待 [82]
2018年(平成30年)7月17日7月31日ブラジルの旗 ブラジル
(ドイツの旗 ドイツ、アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国立ち寄り)
ブラジル政府からの招待 日本人の同国移住110周年記念[83]
2019年(令和元年)7月9日7月22日ペルーの旗 ペルー、ボリビアの旗 ボリビア
(アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国立ち寄り)
ペルー政府およびボリビア政府からの招待 日本人の同国移住120周年[84]

栄典・称号

勲章

日本

外国

名誉職

  • 日本テニス協会名誉総裁(2015年(平成27年)10月10日 - 2021年(令和3年)10月26日)
  • 日本工芸会総裁(2016年(平成28年)6月15日 - 2021年(令和3年)10月26日)[87]
  • 国際陶磁器フェスティバル美濃名誉総裁(2014年(平成26年)・2017年(平成29年)・2021年(令和3年)9月30日 - 10月17日)[88]

人物・逸話

1991年(平成3年)10月23日、秋篠宮文仁親王と同妃紀子の第一子として誕生。上皇明仁と上皇后美智子にとって初めての孫であったことから、幼少期からその成長が報道で取り上げられた[89]。

幼少期から美術や文化財などに関心を持ち、学習院初等科卒業時の作文では、正倉院、唐招提寺、京都御所などで美術品や建築を見た経験や、文化財の修復技術への関心を記していたとされる[90]。

祖母の上皇后美智子が行っていた養蚕を手伝うなど、皇室に伝わる活動にも幼少期から関わった。小学校在学中には養蚕について美智子に手紙を書いたことも報じられている[91]。

高校や大学では、友人から親しみを込めて「まこしー」と呼ばれていた[18]。

2000年代半ばには、インターネット上で「眞子さま」への関心が高まり、「マコリンペン」と呼ばれるなど、ネット上の話題となったこともある[92]。

系譜

小室眞子 父:
文仁親王(秋篠宮)
祖父:
上皇
曽祖父:
昭和天皇
曽祖母:
香淳皇后
祖母:
上皇后美智子
曽祖父:
正田英三郎
曽祖母:
正田富美子
母:
紀子
祖父:
川嶋辰彦
曽祖父:
川嶋孝彦
曽祖母:
川嶋紀子
祖母:
川嶋和代
曽祖父:
杉本嘉助
曽祖母:
杉本栄子
 
 
 
 
 
 
 
 
歴代天皇
 
歴代皇后
 
親王
 
内親王・女王
 
臣籍降下
 
妃
 
 
 
大正天皇(明治天皇の子)
 
貞明皇后(大正天皇の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和天皇(大正天皇の子)
 
香淳皇后(昭和天皇の妻)
 
秩父宮雍仁親王(大正天皇の子)
 
雍仁親王妃
勢津子
(秩父宮雍仁親王の妻)
 
高松宮宣仁親王(大正天皇の子)
 
宣仁親王妃
喜久子
(高松宮宣仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三笠宮崇仁親王(大正天皇の子)
 
三笠宮
崇仁親王妃
百合子
(三笠宮崇仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東久邇成子
(照宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
久宮祐子内親王(昭和天皇の子)
 
鷹司和子
(孝宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
池田厚子
(順宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
上皇
明仁
(昭和天皇の子)
 
上皇后
美智子
(上皇明仁の妻)
 
常陸宮正仁親王(昭和天皇の子)
 
正仁親王妃
華子
(常陸宮正仁親王の妻)
 
島津貴子
(清宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
近衞甯子(三笠宮崇仁親王の子、臣籍降下)
 
寛仁親王家
寬仁親王(三笠宮崇仁親王の子)
 
三笠宮寬仁親王妃家
寬仁親王妃
信子
(寬仁親王の妻)
 
桂宮
宜仁親王
(三笠宮崇仁親王の子)
 
千容子(三笠宮崇仁親王の子、臣籍降下)
 
高円宮憲仁親王(三笠宮崇仁親王の子)
 
憲仁親王妃
久子
(高円宮憲仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
天皇
徳仁
(明仁の子)
 
皇后
雅子
 
皇嗣秋篠宮文仁親王(明仁の子)
 
皇嗣妃文仁親王妃紀子(秋篠宮文仁親王の妻)
 
黒田清子
(紀宮)
(明仁の子、臣籍降下)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三笠宮
彬子女王
(寬仁親王の子)
 
瑶子女王(寬仁親王の子)
 
 
 
 
 
承子女王(高円宮憲仁親王の子)
 
千家典子(高円宮憲仁親王の子、臣籍降下)
 
守谷絢子(高円宮憲仁親王の子、臣籍降下)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
敬宮愛子内親王(徳仁の子)
 
 
 
小室眞子(秋篠宮文仁親王の子)
 
佳子内親王(秋篠宮文仁親王の子)
 
悠仁親王(秋篠宮文仁親王の子)

脚注

出典

  1. ↑ 宮内庁 秋篠宮家
  2. ↑ “皇室典範”. e-Gov法令検索. 2026年8月22日閲覧。
  3. ↑ “秋篠宮「眞子」さま 内親王命名の儀 ご夫妻でお決めに”. 読売新聞. 1991年10月29日. 2014年7月6日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2013年10月18日閲覧.
  4. ↑ “紀子さま友人が願う「穏やかな日々」 眞子さまに背中で見せてきた紀子さまの思いとは”. 1991年10月29日.
  5. ↑ “【眞子さん】秘蔵映像で振り返る“30年の歩み”… 誕生から結婚まで、そして家族の絆『every.特集』”. 1991年10月29日.
  6. ↑ “眞子さまの歩み 写真特集”. 1996年10月29日.
  7. ↑ “天皇・皇族の外国ご訪問一覧表(平成11年~平成20年)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  8. ↑ “眞子内親王殿下のご紹介”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  9. ↑ “眞子さまの歩み 写真特集”. 2005年11月13日.
  10. ↑ “眞子さまの歩み 写真特集”. 2006年7月30日.
  11. ↑ 「眞子内親王殿下のご足跡」16頁、『眞子さま佳子さま プリンセスの新たな旅立ち』扶桑社、2017年
  12. ↑ 「眞子さま、ICU入学が人格形成に大きく影響 新しい女性皇族を育む一因に NEWSポストセブン、小学館、2021年9月18日配信。
  13. ↑ “眞子さまが国際基督教大に合格 AO入試、教養学部進学へ”. 47NEWS. 2009年11月5日. 2009年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2013年10月18日閲覧.
  14. ↑ “眞子内親王殿下のご紹介”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  15. 1 2 眞子さま、ICU卒業 結婚は、「遅過ぎず早過ぎず」 朝日新聞 2014年3月26日
  16. ↑ “Japanese royal to spend time in Dublin studying English”. The Irish Times (2010年6月18日). 2016年4月11日閲覧。
  17. ↑ 眞子さま、アイルランドから帰国 日本経済新聞 2010年8月15日
  18. 1 2 “【写真特集】ニックネームは「まこしー」 眞子さまの懐かしい成長を振り返る”. AERA. 2015年11月6日. 2026年8月22日閲覧.
  19. ↑ “眞子さま20歳に 天皇陛下が勲章を授与”. 日テレNEWS24. 日本テレビ (2011年10月23日). 2026年8月22日閲覧。
  20. 1 2 眞子さま、国際基督教大学をご卒業 「感謝しています」 iza 2014年3月26日
  21. 1 2 眞子さまが9月に英国ご留学 産経新聞 2012年8月3日
  22. ↑ “眞子内親王殿下の国際基督教大学ご卒業に際しての文書回答”. 宮内庁 (2014年3月26日). 2026年8月22日閲覧。
  23. ↑ “眞子さま、名誉総裁就任へ 岐阜の国際陶磁器フェス”. 日本経済新聞 (2014年3月26日). 2026年8月22日閲覧。
  24. ↑ 「眞子さま、英大学院へ…期間未定・寮で生活」『読売新聞』2014年6月20日。オリジナルの2014年6月20日時点におけるアーカイブ。
  25. ↑ “Japanese Princess completes year of study at Leicester”. University of Leicester (2015年9月18日). 2026年8月22日閲覧。
  26. ↑ “Japanese Princess finishes Masters degree at University of Leicester”. ITV News (2015年9月18日). 2026年8月22日閲覧。
  27. ↑ 「「良い環境での学びに感謝」 眞子さま、留学先の英国からご帰国」『産経新聞』2015年9月29日。2015年9月29日閲覧。
  28. ↑ “眞子さまが東大博物館の特任研究員に 公募に応募”. テレビ朝日 (2016年4月1日). 2026年8月22日閲覧。
  29. ↑ “Japanese Princess attends graduation ceremony”. University of Leicester (2016年1月18日). 2026年8月22日閲覧。
  30. ↑ “眞子内親王殿下のご紹介”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  31. ↑ 「眞子さま、東大総合研究博物館の特任研究員に」『日本経済新聞』2016年4月1日。2026年8月22日閲覧。
  32. ↑ “秋篠宮家のご活動”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  33. ↑ “研究者コラム 休館日の小旅行(秋篠宮眞子)”. インターメディアテク. 2019年3月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年8月22日閲覧。
  34. ↑ “眞子内親王殿下のご紹介”. 宮内庁 (2017年9月3日). 2026年8月22日閲覧。
  35. ↑ 「眞子さま、ICU大学院でご研究」『産経新聞』2016年8月20日。2016年9月25日閲覧。
  36. ↑ “秋篠宮家のご日程”. 宮内庁. 2016年8月20日. 2016年9月25日閲覧.
  37. ↑ “眞子さま、初めて名誉総裁に就任 本の展示会に出席”. テレ朝NEWS (2014年7月2日). 2026年8月22日閲覧。
  38. ↑ “第36回全国高校生の手話によるスピーチコンテスト 1位に愛知県・桜花学園高校の安江さん”. 朝日新聞厚生文化事業団 (2019年9月). 2026年8月22日閲覧。
  39. ↑ “眞子さま「みどりの感謝祭」で名誉総裁として挨拶”. テレ朝NEWS (2019年5月11日). 2026年8月22日閲覧。
  40. ↑ “眞子さま28歳の誕生日 多くの公務に臨まれる”. テレ朝NEWS (2019年10月23日). 2026年8月22日閲覧。
  41. ↑ “眞子さまと佳子さまも髪おすべらかしに結い十二単姿”. 日刊スポーツ. 2019年10月22日. 2026年8月22日閲覧.
  42. ↑ “「まこしー」と自己紹介、被災地ボランティア 眞子さま”. AERA. 2019年10月22日. 2026年8月22日閲覧.
  43. ↑ “秋篠宮家のご活動”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  44. ↑ “国際陶磁器フェスティバル美濃’14”. 国際陶磁器フェスティバル美濃. 2026年8月22日閲覧。
  45. ↑ “国際陶磁器フェスティバル美濃’17”. 国際陶磁器フェスティバル美濃. 2026年8月22日閲覧。
  46. ↑ “国際陶磁器フェスティバル美濃’21”. 国際陶磁器フェスティバル美濃. 2026年8月22日閲覧。
  47. ↑ “公益財団法人日本テニス協会名誉総裁の御退任及び御就任について”. 公益財団法人日本テニス協会 (2015年10月10日). 2026年8月22日閲覧。
  48. ↑ “秋篠宮家のご活動”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  49. ↑ “公益財団法人日本テニス協会 年次報告書 2022”. 公益財団法人日本テニス協会. 2026年8月22日閲覧。
  50. ↑ “日本工芸会について”. 公益社団法人日本工芸会. 2026年8月22日閲覧。
  51. ↑ “秋篠宮家のご活動”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  52. ↑ “佳子さまが日本工芸会総裁に就任 姉・眞子さんの後任”. テレ朝NEWS (2022年6月14日). 2026年8月22日閲覧。
  53. ↑ “文仁親王殿下お誕生日に際し(平成15年)”. 宮内庁 (2003年11月20日). 2026年8月22日閲覧。
  54. ↑ “天皇・皇族の外国ご訪問一覧表(平成11年~平成20年)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  55. ↑ “天皇・皇族の外国ご訪問一覧表(平成21年以降)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  56. ↑ “エルサルバドル及びホンジュラスご訪問(平成27年)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  57. ↑ “パラグアイご訪問(平成28年)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  58. ↑ “ブータンご訪問(平成29年)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  59. ↑ “ブラジルご訪問(平成30年)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  60. ↑ “ペルー及びボリビアご訪問(令和元年)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  61. ↑ “眞子さま 同級生とご婚約へ”. NHK. 2017年5月16日. 2017年5月16日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年5月16日閲覧.
  62. ↑ “眞子内親王殿下のご婚約内定関係”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  63. ↑ “眞子内親王殿下のご婚約内定関係”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  64. ↑ “眞子内親王殿下のご結婚関係儀式等のご日程の変更について”. 宮内庁 (2018年2月7日). 2026年8月22日閲覧。
  65. ↑ “眞子内親王殿下が記されたご結婚についてのお二人のお気持ち”. 宮内庁 (2020年11月13日). 2026年8月22日閲覧。
  66. ↑ “眞子内親王殿下と小室圭氏とのご結婚に関する儀式,行事について(今後の予定)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  67. ↑ “眞子さま、昭和天皇陵をご参拝 結婚をご報告”. 産経ニュース (2021年10月12日). 2026年8月22日閲覧。
  68. ↑ “秋篠宮家のご日程(令和3年10月)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  69. ↑ “天皇ご一家のご日程(令和3年10月)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  70. ↑ “秋篠宮家のご日程(令和3年10月)”. 宮内庁. 2026年8月22日閲覧。
  71. ↑ 2021年(令和3年)10月26日宮内庁告示第4号「眞子内親王殿下が結婚のため皇族の身分を離れられる件」
  72. ↑ “眞子さま小室圭さんの婚姻届提出 皇室離れ「小室眞子さん」に”. NHK NEWS WEB (2021年10月26日). 2021年10月26日閲覧。
  73. ↑ “眞子さんと小室圭さん、質問に文書で回答 異例の経緯に言及”. 朝日新聞デジタル (2021年10月26日). 2021年10月26日閲覧。
  74. ↑ “眞子さん小室圭さんと結婚会見【発言全文】”. 日テレNEWS (2021年10月26日). 2021年10月26日閲覧。
  75. ↑ “眞子さん、小室圭さんが羽田空港に到着 きょうNYへ”. テレ朝news (2021年11月14日). 2026年8月22日閲覧。
  76. ↑ “眞子さん、小室圭さんがニューヨークに到着”. テレ朝news (2021年11月14日). 2026年8月22日閲覧。
  77. ↑ “Monk Ippen Giving a Warrior the Tonsure and His Wife as a Lay Buddhist Nun”. The Metropolitan Museum of Art (2022年2月3日). 2026年8月22日閲覧。
  78. ↑ “【速報】小室眞子さん、第一子出産 宮内庁が発表”. 日テレNEWS NNN. 日本テレビ (2025年5月30日). 2026年8月22日閲覧。
  79. ↑ “眞子内親王殿下 ブータンご訪問を終えられてのご印象”. 宮内庁 (2017年6月19日). 2026年8月22日閲覧。
  80. ↑ “眞子内親王殿下のエルサルバドル国及びホンジュラス国御訪問について”. 宮内庁 (2015年11月10日). 2016年9月25日閲覧。
  81. ↑ “眞子内親王殿下のパラグアイ国御訪問について”. 宮内庁 (2016年8月24日). 2016年9月25日閲覧。
  82. ↑ “眞子内親王殿下のブータン国御訪問について”. 宮内庁 (2017年5月9日). 2018年12月6日閲覧。
  83. ↑ “眞子内親王殿下のブラジル国御訪問について”. 宮内庁 (2018年6月22日). 2018年12月6日閲覧。
  84. ↑ “眞子内親王殿下のペルー国及びボリビア国御訪問について”. 宮内庁 (2019年6月11日). 2021年2月1日閲覧。
  85. ↑ “秋篠宮さま、眞子さまに勲章 パラグアイ政府から:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2021年10月23日閲覧。
  86. ↑ “眞子さま、昭和天皇陵に結婚報告…勲章授与式では駐日大使から祝福の言葉も : 皇室 : ニュース”. 読売新聞オンライン (2021年10月12日). 2021年10月23日閲覧。
  87. ↑ “眞子さま、テニス協会と工芸会の総裁職退任へ…結婚して皇室離れるため : 皇室 : ニュース”. 読売新聞オンライン (2021年10月22日). 2022年3月11日閲覧。
  88. ↑ 共同通信 (2021年9月24日). “眞子さま、名誉総裁就任へ 岐阜の国際陶磁器フェス | 共同通信”. 共同通信. 2022年3月11日閲覧。
  89. ↑ “1991年 眞子さま誕生“ありのままに歩んで””. テレ朝news (2021年10月23日). 2026年8月22日閲覧。
  90. ↑ “祝・ご婚約!素顔を知る4人が語る「眞子さま秘蔵エピソード」”. 女性自身. 光文社 (2017年9月6日). 2021年10月26日閲覧。
  91. ↑ “美智子さまの養蚕で弦楽器を復元…上皇陛下と正倉院展へ”. 女性自身. 光文社. 2026年8月22日閲覧。
  92. ↑ “ネット黎明期に眞子さまを崇めたオタクたちはいま何を思うのか”. NEWポストセブン (2021年10月26日). 2026年8月22日閲覧。

参照文献

  • 久能靖『知られざる皇室-伝統行事から宮内庁の仕事まで』河出書房新社、2019年
  • 『読売新聞』2014年3月26日東京夕刊
  • 『読売新聞』2017年5月17日東京朝刊
  • 松本敦「朝日新聞における皇族の呼称および待遇表現の変遷 : 甯子内親王・眞子内親王を例に」『学習院大学大学院日本語日本文学』第10巻、学習院大学大学院、2014年、52-67頁、ISSN 13499386、2023年7月15日閲覧

関連項目

外部リンク