岡田冨美子

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岡田 冨美子
別名 岡田ふみ子
FUMIKO
出身地 日本の旗 日本 広島県府中市
学歴 津田塾大学英文科卒業
ジャンル 歌謡曲全般
職業 作詞家
活動期間 1972年 -

岡田 冨美子(おかだ ふみこ)は、日本の作詞家。広島県府中市出身。別ペンネームは岡田ふみ子、FUMIKO。

経歴

津田塾大学英文科を卒業後[1]、親からの勧めでTBSテレビに就職した。音楽番組を担当しタイムキーパーとして勤務した[2][3]。しかし元来、労働意欲が希薄で就職に積極的ではなかったこともあり、職場では愛想のない顔をして仕事をしていたという[1]。そのうち不眠症を発症する。眠れない夜にふと思いついて詩を書き綴ってみたところ、思いのほかペンが走った。これを機に詩を書き貯めるようになり、漠然と作詞家になろうと心に決める。そんな折、ある編曲家のマネージャーが、いつも退屈そうに仕事をしている岡田に声をかけ「他に何かしたいことがあるのか」と尋ねてきたため、「作詞家になりたい」と返答した。すると数日も経たぬうちに、そのマネージャーがレコード会社に話を通し、音楽祭に出品する楽曲の作詞をする仕事を持ってきた[2]。これを機に作詞の依頼が舞い込むようになる[4]。1972年にプロの作詞家としてデビューした[1]。

代表作は「怪獣のバラード」、「スシ食いねェ!」、「ロンリーチャップリン」、「来夢来人」など。英語の楽曲の訳詞も数多く手がけている。

2000年から2002年、2004年から2006年、2008年から2010年まで一般社団法人日本作詞家協会常務理事を務めた。

また一般社団法人 日本音楽著作権協会(JASRAC)理事を長らく務めた。2022年6月29日付けで同協会理事を退任した[5][6][7][8]。

主な楽曲

主題歌

校歌

社会的活動

講演会

  • 第2回(2005年度)著作権ゼミナール 教職員対象の著作権講座「作品が生まれるまで」~創作者の立場から~(2005年11月11日 会場:東京都私学財団会議室)
  • 立命館大学産業社会学部 2008年度JASRAC寄附講座 音楽文化・産業論2008Ⅱ 第9回「作詞家という仕事」(2008年11月22日)

脚注

  1. 1 2 3 光森忠勝、村岡和彦「いま素人が大儲けできる近道は【作詞家】になること」『週刊現代』1981年5月7日号、講談社、173–175頁。
  2. 1 2 “第9回 2008年11月22日「作詞家という仕事」”. 2008年度JASRAC寄附講座 音楽文化・産業論2008 II. 立命館大学産業社会学部事務室 (2008年11月22日). 2026年4月12日閲覧。
  3. ↑ “第三回 岡田 冨美子”. 作詞家への道. 一般社団法人 日本作詩家協会. 2026年4月12日閲覧。
  4. ↑ “日本歌謡祭'72”. ヤマハ音楽振興会. 2026年4月12日閲覧。
  5. ↑ “JASRAC2021年度事業報告 P31「第10 役員等に関する事項」1 会長並びに理事、監事及び会計監査人” (PDF). JASRAC (2022年3月1日). 2023年9月15日閲覧。
  6. ↑ “一般社団法人 日本音楽著作権協会 役員名簿(2022年6月1日現在)p2 役員一覧” (PDF). JASRAC (2022年6月1日). 2023年9月15日閲覧。
  7. ↑ “⼀般社団法⼈ ⽇本⾳楽著作権協会(JASRAC)新役員⼈事のお知らせ” (PDF). JASRAC (2022年6月29日). 2023年9月15日閲覧。
  8. ↑ “日本音楽著作権協会(JASRAC)、新役員人事のお知らせ”. PR TIMES(日本音楽著作権協会) (2022年6月29日). 2023年9月15日閲覧。
  9. ↑ レイジー版は「Goin' Back To China」と表記。いずれもディーゼルの曲の日本語カバーで同時期に発売されたが、歌詞は鹿取版とレイジー版で異なる。
  10. ↑ “西田あいオフィシャルサイト| Discography |”. 西田あい. 2018年8月15日閲覧。

外部リンク