ステージ101

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ステージ101
Stage 101
ジャンル 音楽番組
出演者
オープニング ステージ101テーマソング「ヤッポン!」(1970年1月10日 - 1973年4月1日)
ステージ101 テーマ'73(1973年4月8日 - 1974年3月31日)
製作
プロデューサー 末盛憲彦 (1970年1月10日 - 1972年3月29日)
林叡作(1972年4月 - 1973年3月)
制作 NHK総合テレビジョン[1]
放送
放送国・地域日本の旗
放送期間1970年1月10日 - 1974年3月31日[1]
放送時間毎週土曜日 20:00 - 20:59 (1970年1月10日 - 1970年3月28日)

毎週土曜日 20:00 - 21:00 (1970年4月4日 - 1971年4月3日)
毎週水曜日 20:00 - 20:45(1971年4月7日 - 1972年3月29日)
毎週日曜日 19:20 - 20:00(1972年4月9日 - 1973年4月1日)

毎週日曜日 18:00 - 18:40(1973年4月8日 - 1974年3月31日)
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『ステージ101』(ステージいちまるいち[1])は、NHK総合テレビジョンで1970年1月10日から1974年3月31日まで放送された音楽番組である。

概要

この番組は、1960年代に全世界を覆った学園紛争の嵐で傷ついた若者の心を癒し良質の音楽を紹介しようという意図で企画された、NHK初の若者向け音楽番組である。番組名は、当時東洋一の広さを誇った[1][注 1]渋谷のNHK放送センターCT-101スタジオで収録されていたことに由来する[注 2]。

約40名のメンバーからなるレギュラー出演グループの「ヤング101」の躍動感溢れる歌と踊りを中心にして[1]、国内のメジャーからマイナーまで幅広い音楽や海外のポピュラー音楽、さらに「ヤング101の歌」などの番組オリジナルソングを披露した。

オイルショックによる製作費の予算の削減などの影響を受けて番組は4年3か月で終了したが、NHKがその後放送した様々な若者向け音楽番組の先駆けとなった。番組オリジナル曲の「涙をこえて」や「怪獣のバラード」、「若い旅」は50年間に渡って広く歌われ続け[1][注 3]、合唱曲にアレンジされ合唱コンクールで取り上げられることも多い。

ヤング101は既にレコード・デビューしていたグループや歌手から無名の新人に至るまで、多彩な顔触れが集められて結成された。合計88名の歴代メンバーは、オーディションを経て週4日の厳しい指導を受けて高度の実力を身につけ、ヤング101を卒業した後は多くが音楽や演劇のプロフェッショナルとなった[1]。

歴史

草創

1961年4月からNHK総合テレビジョンのバラエティー番組『夢であいましょう』の演出に携わったNHKディレクター末盛憲彦は、1965年10月から1966年3月までアメリカに滞在して様々なショー番組やミュージカルバラエティ番組を視聴して、そのスタイルを日本に輸入したいと考えた。末盛が特に感銘を受けたのは、大人数の若者のグループ「ヤング・アメリカンズ」が歌い踊る姿であった。帰国した彼は、道徳再武装(Moral Re-Armament)の日本支部が組織したレッツ・ゴー[注 4]が大人数のメンバーでフォーク・ソングを歌う[2]のを見て、ヤング・アメリカンズのような日本人グループが歌い踊るショー形式の音楽番組を作ることをNHKに提案した。

末森の提案が受け入れられて、1970年1月の放送開始を目標に新番組の計画が立てられ、1969年4月、レコード会社の推薦や業界内部でのオーディションに基づいたレギュラー出演グループの編成が始まった[注 5]。その結果、レッツ・ゴーの出身者達によって結成されてまもないシング・アウト[注 6]が最初のメンバーに決まり[注 7]、1967年に結成されたザ・バロン、元ジローズの塩見大治郎、1968年のジョーン・バエズの日本公演で第一部を務めた小林啓子などが加入して、6月頃にヤング101が結成された[注 8]。末盛は『夢であいましょう』と同様に中村八大を音楽監督に迎え、元デューク・エイセスで作曲家の和田昭治(コーラス)、中川久美[3][注 9](ダンス)、早野寿郎(芝居)、永六輔[注 10](トーク)といった各界の実力者を講師としてヤング101に歌や踊り、芝居の厳しい指導を与え、衣装デザインに中嶋弘子[注 11]、ヘアーメイクに大関早苗を迎えて[4][5]放送開始に備えた。また司会に野沢那智と白石冬美を迎えて白黒撮影のテスト版を制作し、局内のスタッフに公開した[6]。

『夢であいましょう』は永六輔と中村八大の共作による番組オリジナル・ソング「今月のうた」を多数生み出した[注 12]。末森らは新番組でもオリジナル・ソングの企画を取り入れようと考えて、中村が放送作家のかぜ耕士と「涙をこえて」を共作した[注 13]。この曲は放送開始前の7月25日にヤマハ音楽振興会が開催した音楽コンクール『合歓ポピュラーフェスティバル'69』でシング・アウトによって披露され、伊東ゆかりの「青空のゆくえ」と共に作曲グランプリを受賞した[7][注 14][注 15]。

1969年11月3日、祝日の午後8時から番組のパイロット版としてグループのお披露目となる『特別番組 ステージ101』が放送され、司会に石井好子と関口宏、ゲストに渥美清、植木等、三波春夫を迎え、番組内でヤング101のメンバーが紹介された。翌々日の11月5日、「涙をこえて」がシング・アウトのデビュー・シングルとして発表され[8]、21万枚を売り上げるヒットになった。12月31日の『第20回NHK紅白歌合戦』の冒頭、両軍司会者によるじゃんけん先行決めの場面でヤング101が応援役として登場。この時初めて、グループ名が公表された。翌日の1970年1月1日、元日の午後8時から再び特別番組『特別番組 ステージ101』が放送された。司会は関口宏、ゲストが水前寺清子と寺尾聡であった。

成長と転換

1970年1月10日〈土)午後8時、『ステージ101』第一回が放映され、週1回のレギュラー番組がスタートした。関口宏が司会を担当し、ヤング101[注 16]とダンサーズ101[注 17]がレギュラー出演、上條恒彦がヤング101のお兄さんとして準レギュラー出演した。番組の方針として、当時の流行歌ではなくフォークソングや海外の曲、そして番組オリジナル・ソングを歌うことが徹底され、「涙をこえて」などが披露された。歌やダンスの間には出演者とゲストのトークコーナーもあり、浅丘ルリ子や美空ひばり、ピンキーとキラーズ、植木等、渥美清、森光子、坂本九、越路吹雪といった大物歌手がゲストとして出演した[1]。音楽監督の中村と和田[9]も出演し、ヤング101のコーラス指導を行なってきた和田は、メンバーがつけた「ワン・ツーおじさん」の愛称で視聴者にも親しまれた[1]。

番組が始まってからヤング101のメンバーは週5日間を拘束され、本番を含む週4日のレッスン[1][注 18]。という厳しい日程が続く中でますます実力をつけていった。ヤング101は番組連動企画として活動の場をNHKの外にまで広げて、日本万国博覧会(EXPO '70、1970年3月 - 9月)や札幌冬季五輪(1972年2月)の関連イベントなどに参加した。1971年10月3日には『合歓ポピュラーフェスティバル'71』に出演して、「ヤング101の歌」として番組で披露してきた「人生、すばらしきドラマ」(山川啓介作詞、和田昭治作曲)で入賞を果たした。そして、同じフェスティバルで「出発の歌-失われた時を求めて」を歌ってグランプリ賞を受賞した上條が翌1972年12月31日のNHK『第23回NHK紅白歌合戦』で紅白初出場を果たした時には、応援としてゲスト出演して「出発の歌」のコーラスを歌った。さらにメンバーはヤング101以外での活動も積極的に行なった。田中星児は、ヤング101に加入後、局内で「おかあさんといっしょ」のオーディションの案内を見て応募し、1971年11月からは『ステージ101』出演と並行して初代うたのおにいさんを務めた[注 19]。

早いもので「ステージ101」の番組もやがて、満二歳の誕生日を迎えます。(略)番組発足当初は、やれNHKは学芸会に毛のはえたものを放送するのかとか、「ステージ101」は所詮、温室育ちのカマトト番組に過ぎないなどと悪口やら批判をうけたものですが、今日では漸く、「101」サウンドとして、ポピュラーのコーラスグループとしては一応の声価を得るまでに成長しました。それが何よりの証拠には、現在、各種CMソングにヤングたちは欠かせない存在になっています。 — NHK芸能局チーフ・プロデューサー 各務孝[10]

ヤング101の番組内外での様々な活動の結果、『ステージ101』はより広く認識され人気を得て社会現象のようになり、NHKには「自分もヤング101に入れてほしい」という声が寄せられるようになった。番組が始まったあともメンバーは随時追加されていたが[注 20]、このような人気の高まりを受けて、1971年から1972年にかけて対象を全国に広げた大規模のオーディションが実施されて[注 21]、多くの新メンバーが加入した[注 22]。初期のメンバーは20歳代が中心だったが、第一期生の最年少者だったザ・チャープスの三女の竹内えり子は中学生、第二期生[注 23]の最年少者だった西玲子は高校生だった。1972年に入ると、さらに新しいメンバーが加入した[注 24]一方で初期のメンバーが次々と卒業した結果、代替わりによる低年齢化が起こった。この頃から高校生の女性メンバーも増加し、1973年には谷山浩子、太田裕美[注 25]が加入した[注 26]。

初代司会者の関口は1970年9月末で番組を離れ、黒柳徹子が2代目を務めた。黒柳はアメリカ留学の為に降板する1971年9月まで司会を務め、1971年4月14日からはヤング101の泉朱子が司会者に加わった。同時に放送時間も土曜日20時から水曜日20時に変更され、ヤング101中心の放送内容となり、ファン層も小学生から高校生へと低年齢化した[1]。1971年10月から1972年4月初めまでは、アメリカから帰国したばかりの[[1][マイク眞木|マイク真木]][注 27]・前田美波里夫妻が3代目として泉と3人で司会を務めた。

1972年3月に末盛が番組ディレクターを降板し林叡作が後任を務めた。末盛の降板に伴ない、音楽監督は中村、和田から東海林修に、振付師は中川久美から坂上道之助[1]、山田卓に代わった。1972年4月9日から放送時間は日曜日の19:20-20:00に再変更され、4月から9月までは沢田研二、加山雄三、西郷輝彦らがマンスリーゲストとして招かれ、一か月交代で泉と共に司会を務めた。泉が同年9月24日に番組を卒業すると、10月から1974年3月31日の最終回までは若子内[注 28]、西[注 29]などヤング101のメンバーが番組進行を行なった。

林ディレクターはは1973年4月に退任し、音楽監督は同年10月に東海林から宮川泰に引き継がれた。放送時間は1973年4月9日から18:00-18:40に変更され、番組テーマ曲は放送開始から用いられてきたステージ101テーマソング「ヤッポン!」に代わり、ヤング101の若子内悦郎が作曲した「ステージ101 テーマ'73」となった。

終了

1973年7月、NHKは9年間続いた前田義徳体制から小野吉郎体制へ移行。同じ頃、内幸町から渋谷への移転を完了しNHKホール(2代目)が開業し、同ホールを活かした新たな番組の制作が大きな課題となった。

同年10月に第1次オイルショックが起こり、NHKには徹底した経費削減が求められた。当時2波だけだったテレビの放送時間が短縮され、翌1974年度の予算も緊縮型となった。その影響でステージ101関連の予算は削減対象となり、やがて公開型の番組に移行すべしという結論に基づいて、番組の終了が決定された。

1974年3月31日午後6時40分、番組最終回の放映が終了すると同時に、ヤング101の44名は全員卒業。『ステージ101』はその歴史に幕を下ろした。

映像と音声の現存・保存・利用状況

放送当時の1970年代にNHKでマスタリングに用いられていた2インチVTRは非常に高価であったため上書き使用が基本だった。このため、番組が終了した1974年にNHKに残された映像は最終回の放送用ビデオテープだけであった。その後、関係者がたまたま録画していた1972年1月19日放送の「開拓」[注 30]が発見され、2016年6月の時点で残っていたのは2本のみであった。

2016年7月1日付のNHKアーカイブスの「NHK番組発掘プロジェクト通信」の「発掘ニュース」No.112では黒柳徹子が2代目の司会者を担当していた頃のモノクロ断片映像が発掘された[11]ことが明らかにされ、さらに同ページの「思い出・コメント」欄にて他にもモノクロ、カラー合わせて数時間分の映像が見つかっていることがアーカイブス担当者より言及された。

NHKアーカイブスによって発掘テープには録画に使用されたビデオレコーダーの関係でモノクロ録画も含まれ、これまで現存していないとされていた初代司会者の関口宏の時代(1970年1月10日 - 1970年9月26日)からは、1970年1月24日放送の第3回が発掘された[12]。また、黒柳徹子の時代(1970年10月10日 - 1971年9月22日)からは、1971年9月15日放送が、ゲスト出演した三木鶏郎が録画したテープに映像状態が不安定ながらも再生可能な状態で残存していた事も報告された[13]。また、2018年4月20日・27日の「発掘ニュース」では田中星児から提供された1971年から1972年度前半のモノクロ録画・1972年度後半から1973年度までのカラー録画による部分映像の提供が特集された[14][15]。

2018年4月6日から「発掘ニュース」で番組の発掘テープが特集され、4月13日の同ページで全編残存、もしくは欠落部が存在するがほぼ全編が存在する発掘テープが以下の合計13本になった[16]事が明らかにされた。

  • 1970年1月24日
  • 1971年9月15日
  • 1972年1月19日(「開拓」)、5月28日、6月25日、8月13日
  • 1973年11月11日、12月2日、12月9日
  • 1974年1月27日、3月3日、3月17日、3月31日(最終回)

「開拓」・番組最終回の映像と、発掘映像の内9本はNHKアーカイブスと全国のNHK公開ライブラリーで視聴可能である。また、発掘プロジェクトではこの『ステージ101』を発掘し続け、放送回数170回の内、140回分のテレビ音声や映像を収集している。

2021年5月21日、5枚組CDボックスセット『ステージ101 GO!』が発売。ヤング101とメンバーのソロ活動のレコードからの音源に加えて、メンバーのまきのりゆきが番組終了時に番組制作の音声係から受け取って45年間保管していた6 mmの音声テープ[17][注 31]からの音源が収録された。

また、メンバーの青木マスミこと八月真澄から、彼女が知人のNHK美術部員に撮影してもらって長年保管していた最終回のリハーサル映像(8ミリフィルム・音声なし)がNHKアーカイブスに提供された[18]。

2023年12月19日、NHKアーカイブスが発掘した初出の洋楽カバー集『ステージ101 ポップスを歌う』が発売。放送当時のモノラル音源で、全19曲を収録[19]。

2026年9月27日、NHK AM『小痴楽の楽屋ぞめき』で、1970年01月24日に放送された第3回のゲストの1人だった講談師の田辺一鶴の登場シーンを中心に、ヤング101が歌唱する「涙をこえて」の音声(スタジオでは映像も再生)が放送された。これは一鶴の孫弟子でこの日に真打昇進披露パーティーが行われた田辺いちかの出演に伴うサプライズ放送であった。

番組終了後の動向

NHKの若者向け音楽番組

『コーラス101』に始まったNHKの若者向け音楽番組[1]は、その後も趣向を変えながらも続いている。

総合テレビ
BS2

ヤング101の再結集

番組が終了してから14年後、1988年5月の『NHKビデオギャラリー』で『ステージ101』が取り上げられ、一城みゆ希らがゲスト出演。これを機に元メンバーをはじめ、かつての出演者やファンらが、ヤング101の復活を目指した活動を開始することとなる。

1993年8月14日に放映された『第25回思い出のメロディー』では、元メンバー17名[注 34]が結集して、『ステージ101』の最終回のフィナーレで歌われた「涙をこえて」を披露した。

2001年10月13日には、インディーズレーベルのウルトラ・ヴァイヴから『ステージ101』の2枚組ベストアルバムCD『ステージ101ベスト』が発売され、3500枚を売り上げた[20]。

2002年8月10日に大宮ソニックシティから生中継された『第34回思い出のメロディー』でも元メンバー26名[注 35]が結集して「怪獣のバラード」と「涙をこえて」をメドレーで披露した[21][注 36]。

2003年10月21日夜、22日昼・夜の計3回にわたり、シアターコクーン(Bunkamura内)にて、ヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』が行われた。歴代メンバー88名の半数に近い37名が約30年ぶりにヤング101を再結成して和田昭治、ダンサーズ101と共に出演し[22]、永六輔、黒柳徹子、関口宏、マイク真木、前田美波里、上條恒彦らがゲスト出演した。さらに、かつてプロたちに選ばれたヤング101が選ぶ側に回り、若い世代のタレントの卵を発掘し新たに「ヤング101Jr.」を結成させ、復活コンサートで共演した。22日夜の部の模様は後日NHK BS2で放送された。

こうした盛り上がりを受け、『NHKアーカイブス』は2006年3月に『ステージ101』の最終回をノーカットで放送した。

ナベプロからヤング101に加入して放送終了まで1年3か月間在籍した太田裕美は、『きよしとこの夜』にゲスト出演した際、「ズンドコタイムトラベル」のコーナーで『ステージ101』のVTRが流されると、自分が青春を過ごしたCT-101スタジオで『きよしとこの夜』の収録が行われていると知って驚いたと述べた。

2016年3月6日放送の新・BS日本のうた(NHK BSプレミアム)の「あの歌に再会」というコーナーにいづみ朱子、ザ・チャープス、田中星児を始めとする元メンバー16名[注 37]が出演して、テーマ曲の「ヤッポン!」「人生すばらしきドラマ」「涙をこえて」を披露した。

2018年7月28日、NHKアーカイブスが開催した『ステージ101』スペシャル上映会に元メンバー15名[注 38]が出席した。一城みゆ希が司会を担当し、他の元メンバーも舞台挨拶を行なった[17]。

放送終了から50年以上が経過して、元メンバーの訃報が伝えられることもある中、今なお第一線に立ち続けている者もいる。

放送時間

1970年1月10日 - 1970年3月28日
毎週土曜日 20:00 - 20:59[1]
1970年4月4日 - 1971年4月3日
毎週土曜日 20:00 - 21:00[1]
1971年4月7日 - 1972年3月29日
毎週水曜日 20:00 - 20:45[1]
1972年4月9日 - 1973年4月1日
毎週日曜日 19:20 - 20:00[1]
1973年4月8日 - 1974年3月31日
毎週日曜日 18:00 - 18:40[1]

歴代音楽監督

ほかに三沢郷、前田憲男、服部克久などが「音楽」担当としてクレジットされていた。また、シング・アウトの一員としてヤング101に加入して1971年9月まで在籍した樋口康雄が、卒業した後には作・編曲に関与した。

出演者

歴代司会者

1971年4月14日からヤング101の泉朱子が司会者に加わった。1972年3月末にマイク真木夫妻が降板した後は、ゲストが一カ月交代で泉と司会を行ない、泉が9月末に番組を卒業すると、10月からはヤング101の若子内悦郎、西玲子らが後を引き継いだ。

ヤング101

※出典[24] [25] [26] [27] [28]に基づいて、メンバー名を在籍当時の名字の五十音順に列記した[注 39]。太字は番組終了時の在籍者。()内は番組での愛称と出演した期間を示す。アップルズ、シング・アウト、ザ・チャープス、ザ・バーズ、ザ・バロン、ワカとヒロのメンバーは末尾に示した。ヤング101在籍前後の活動や在籍中のソロ活動については、脚注や各々のページを参照のこと。

メンバーの変遷

※各メンバーの在籍期間に加えて、各司会者の在任期間とNHKアーカイブスに完全もしくはほぼ完全に残存する映像が保存されている放送回の放送時期を示す。

※名前の表記と情報の詳細については注釈を参照のこと[注 107][注 108][注 109]。

その他の出演者

  • ダンサーズ101
  • 中村八大
  • 和田昭治[注 110]
  • 上條恒彦[注 111]
  • 小島秀子(電子オルガン奏者)
  • バンド101(演奏)
  • オーケストラ101(演奏)
  • リズム101(演奏)

放送日程

(この節の出典:ステージ101 - NHK放送史)

※NHKアーカイブスに完全もしくはほぼ完全に残存する映像が保存されている放送回を*で示す。ゲストは原則として五十音順に表記。

放送回放送日放送時間司会・レギュラー・準レギュラーゲスト
特別番組1969年11月03日(月)20:00-21:00関口宏、石井好子、ヤング101渥美清、植木等、三波春夫
特別番組1970年01月01日(木)20:00-21:00関口宏、ヤング101水前寺清子、寺尾聡、二世西川鯉三郎社中
11970年01月10日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦浅丘ルリ子、坂本九、慶応大学世界民俗音楽研究会、芝原くるみ
21970年01月17日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子植木等、森光子、アイ・ジョージ、ザ・ジャパニーズ
3*1970年01月24日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大岸洋子、三遊亭小圓遊、田辺一鶴、中村八大クインテット
41970年01月31日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大越路吹雪、植木等、ジョージ川口、成城大学アメリカンフォークソング研究会、中村八大クインテット
51970年02月07日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治青江三奈、市原悦子、植木等、中村八大クインテット、藤本圭子
61970年02月14日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治沖浩一、北島三郎、益田喜頓
71970年02月21日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、中村八大、和田昭治田辺一鶴、フランク永井、早野寿郎、藤村有弘
81970年02月28日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、中村八大、和田昭治三遊亭円楽、西郷輝彦
91970年03月07日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子島倉千代子、獅子てんや・瀬戸わんや、中村八大とグループ101
101970年03月21日(土)20:30-21:30関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦、中村八大砂川捨丸、中村春代、美空ひばり
111970年03月28日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦古今亭志ん朝、ピンキーとキラーズ
121970年04月04日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101石井好子、坂本九、谷幹一、左とん平
131970年04月11日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大江利チエミ、茶川一郎、田辺一鶴、左卜全
141970年04月18日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101大瀬しのぶ・こいじ、ザ・ジャパニーズ、アイ・ジョージ、由美かおる
151970年04月25日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101加藤芳郎、ペギー葉山、ジェリー藤尾
161970年05月02日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、中村八大、和田昭治上原謙、加山雄三、佐野周二、高田恭子、千葉紘子、那智わたる、夢路いとし・喜味こいし
171970年06月06日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101黒柳徹子、フォーリーブス、マイク真木、前田美波里、ミヤコ蝶々
181970年06月27日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治芦屋雁之助、芦屋小雁、デューク・エイセス、ペギー葉山、左とん平
191970年07月04日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治藤村有弘、真帆志ぶき
201970年07月11日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治金井克子、高松しげお、ダーク・ダックス
211970年08月09日(日)
特集「レッツゴーヤング101」(1970年08月01日内幸町NHKホールにて公開録画)
19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101
221970年08月15日(土)20:30-21:30関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、和田昭治伊東ゆかり、坂上二郎、菅原洋一
231970年09月05日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大有島一郎、雪村いづみ
241970年09月12日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101獅子てんや・瀬戸わんや、布施明
251970年09月19日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101市原悦子、西郷輝彦
261970年09月26日(土)20:00-21:00関口宏、ヤング101、ダンサーズ101黒柳徹子、谷幹一、ブルー・セインツ
271970年10月10日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、中村八大ザ・シャデラックス
281970年10月24日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、中村八大、和田昭治岸洋子
291970年10月31日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、中村八大、和田昭治ミヤコ蝶々
301970年11月07日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治上月晃、フェリス・フォーク・ソング・クラブ
311970年11月14日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治榎本晴夫、江利チエミ
321970年11月21日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、中村八大、和田昭治岸田今日子、左とん平
331970年11月28日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦、和田昭治一輪亭花咲、宝田明
341970年12月05日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子坂本九、リーガル天才・秀才
351970年12月12日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治有島一郎、五木まり、加藤登紀子、田中のり子、堀内美紀
361970年12月19日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治前田美波里、マイク真木、真鍋博
371970年12月26日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101E・H・エリック、ダーク・ダックス、藤村有弘
381971年01月02日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治市川染五郎、桂文楽、金井克子、越路吹雪、ザ・フラッシャーズ、三木のり平、オーケストラ101
391971年01月09日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治芦屋小雁、ザ・ジャパニーズ、アイ・ジョージ、中林 淳真、ソニア・ローザ
401971年01月16日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101E・H・エリック、トリオ・ハポネス、雪村いづみ
411971年01月23日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治坂上二郎、西郷輝彦
421971年01月30日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治菅原洋一、なべおさみ、早坂絃子
401971年01月16日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101E.H.エリック、トリオ・ハポネス、雪村いづみ
411971年01月23日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治坂上二郎、西郷輝彦
421971年01月30日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治菅原洋一、なべおさみ、早坂絃子
431971年02月06日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治ピンキーとキラーズ、ミヤコ蝶々
441971年02月13日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治浅川マキ、佐々木寿美、山下洋輔トリオ
451971年02月20日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治トリオ・スカイライン
461971年03月06日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、中村八大、和田昭治三遊亭小圓遊、砂原美智子、ザ・ピーナッツ
471971年03月13日(土)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治坂本九、藤村有弘
481971年03月20日(土)
「レッツGOヤング」(1971年3月9日大手町サンケイホールにて公開録画)
20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、中村八大、和田昭治シャープ・ファイブ
491971年03月27日(土)20:00-20:55黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治水原弘
501971年04月03日(土)20:00-20:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治都はるみ
511971年04月07日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101
521971年04月14日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101
531971年04月21日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101
541971年05月05日(水)20:00-21:00黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治南里文雄、宮間利之とニューハード、コンボ101
551971年05月12日(水)20:00-20:45黒柳徹子 ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦、中村八大菊地二三子
561971年06月02日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治コンボ101
571971年06月09日(水)
(1970年05月14日横浜文化会館にて公開録画)
20:30-21:15黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治コンボ101
581971年06月16日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治西村ユリ
591971年06月23日(水)
「ヤングヤング札幌」(「1971年オリンピックデーのつどい」札幌市からの生中継)
20:00-20:45黒柳徹子 ヤング101、中村八大ノース・ウインド・フォー
601971年07月07日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大
611971年07月14日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大鈴木章治、ディック・ミネ
621971年07月21日(水)20:00-20:45黒柳徹子 ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治
631971年08月04日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治
641971年08月11日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大渋谷毅
651971年08月18日(水)20:00-20:45黒柳徹子 ヤング101、ダンサーズ101、小島秀子、和田昭治
661971年09月01日(水)20:00-20:45黒柳徹子 ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治越中五ヶ山こきりこ唄保存会
671971年09月08日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治
68*1971年09月15日(水)20:00-20:45黒柳徹子、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治小原重徳
691971年09月22日(水)20:00-20:45黒柳徹子 ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治マイク真木、前田美波里
701971年10月08日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、中村八大、和田昭治うつみみどり
711971年10月15日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、中村八大、和田昭治うつみみどり
721971年10月22日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、和田昭治うつみみどり
731971年11月03日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101
741971年11月17日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、和田昭治井上順之
751971年12月01日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治アダチ龍光
761971年12月08日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治早野寿郎
771971年12月15日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治東京ふるさと会
781971年12月22日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治三遊亭小圓遊
791972年01月05日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治早野寿郎、早野凡平
801972年01月12日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治笑福亭仁鶴
81*1972年01月19日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦、和田昭治
821972年02月16日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治
831972年02月23日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦、和田昭治
841972年03月01日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治
851972年03月08日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治
861972年03月15日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101、ダンサーズ101、和田昭治三遊亭小圓遊
871972年03月29日(水)20:00-20:45マイク真木、前田美波里、ヤング101
881972年04月09日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101沢田研二、石橋正次、柳沢恵之輔、斎藤紀子
891972年04月16日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101沢田研二、石橋正次、ダニエル・ドゥーゼ
901972年04月23日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101沢田研二、石橋正次
911972年04月30日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101沢田研二、石橋正次
921972年05月07日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦加藤登紀子
931972年05月14日(日)19:20-20:00ヤング101はしだのりひことクライマックス
941972年05月21日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101加藤登紀子、小室等
95*1972年05月28日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101、上條恒彦
961972年06月04日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101西郷輝彦
971972年06月11日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101西郷輝彦、石坂浩二
981972年06月18日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101西郷輝彦、なべおさみ、水森亜土
99*1972年06月25日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101西郷輝彦
1001972年07月02日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101
1011972年07月09日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101加山雄三、田中邦衛、インガ・トメセン、アルナシュリー・ラオ
1021972年07月16日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101加山雄三
1031972年07月23日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101加山雄三
1041972年07月30日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101、東海林修加山雄三
105*1972年08月13日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101劇団四季
1061972年08月20日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101水原弘
1071972年09月06日(水)
(1972年08月11日新宿厚生年金会館にて公開録画)
20:20-21:00ヤング101、ダンサーズ101、リズム101
1081972年09月17日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101、リズム101森山良子
1091972年09月24日(日)19:20-20:00ヤング101、ダンサーズ101かまやつひろし
1101972年10月01日(日)19:20-20:00ヤング101かまやつひろし、黒柳徹子
1111972年10月08日(日)19:20-20:00ヤング101宮田輝
1121972年10月15日(日)19:20-20:00ヤング101井上順之、菊地雅章とセクステット
1131972年10月22日(日)19:20-20:00ヤング101大和田伸也、猫、本田路津子
1141972年10月29日(日)19:20-20:00ヤング101朱里エイコ、柳家紫朝
1151972年11月05日(日)19:20-20:00ヤング101イースト、五輪真弓
1161972年11月12日(日)19:20-20:00ヤング101渡辺貞夫クインテット
1171972年11月19日(日)19:20-20:00ヤング101森山良子
1181972年11月26日(日)19:20-20:00ヤング101菅原洋一
1191972年12月10日(日)19:20-20:00ヤング101
1201972年12月17日(日)19:20-20:00ヤング101、上条恒彦橘静可
1211972年12月24日(日)19:20-20:00ヤング101一城みゆ希、泉朱子、ティーブ釜范、かまやつひろし、小林啓子、森山良子
1221973年01月07日(日)19:20-20:00ヤング101黒柳徹子、沢田研二、高山愛子バトンスタジオ、雪村いづみ、横浜市金沢バトングループ
1231973年01月14日(日)19:20-20:00ヤング101堺正章
1241973年01月21日(日)19:20-20:00ヤング101平尾昌晃
1251973年02月04日(日)19:20-20:00ヤング101クニ河内、モップス
1261973年02月11日(日)19:20-20:00ヤング101泉谷しげる
1271973年02月18日(日)19:20-20:00ヤング101ビリーバンバン
1281973年02月25日(日)19:20-20:00ヤング101
1291973年03月04日(日)19:20-20:00ヤング101五輪真弓、江戸家猫八、江戸家小猫、森山良子
1301973年03月11日(日)19:20-20:00ヤング101
1311973年03月18日(日)19:20-20:00ヤング101北村英治、栗田八郎、フランキー堺、世良譲
1321973年03月25日(日)19:20-20:00ヤング101
1331973年04月01日(日)19:20-20:00ヤング101
1341973年04月08日(日)18:00-18:40ヤング101
1351973年04月15日(日)18:00-18:40ヤング101ケメ、マイ・ペース
1361973年04月22日(日)18:00-18:40ヤング101サムソン、寺田十三夫と信天翁
1371973年05月06日(日)18:00-18:40ヤング101本田路津子
1381973年05月13日(日)18:00-18:40ヤング101神崎みゆき
1391973年05月20日(日)18:00-18:40ヤング101“地盤沈下”、古井戸
1401973年05月27日(日)18:00-18:40ヤング101南こうせつとかぐや姫、ムーミン
1411973年06月17日(日)18:00-18:40ヤング101森山良子
1421973年06月24日(日)18:00-18:40ヤング101シモンズ、めんたんぴん
1431973年07月01日(日)18:00-18:40ヤング101ストーリー・ビル・ダンディーズ
1441973年07月08日(日)18:00-18:40ヤング101助六太鼓グループ、キャプテンひろとスペース・バンド
1451973年07月15日(日)18:00-18:40ヤング101共立女子学園スイート・レイラニ、チューリップ
1461973年07月22日(日)18:00-18:40ヤング101鳳蘭
1471973年07月29日(日)18:00-18:40ヤング101西岡たかし、我夢土下座
1481973年08月07日(火)
(1973年08月02日NHKホールにて公開録画)
18:00-18:40ヤング101井口典子、石岡ひろし、一城みゆ希、小原初美、温碧蓮、岸龍也、黒沢裕一、黒柳徹子、宗台春男、関口宏、高野美千代、高橋キヨシ、津島隆文、長沢澄子、樋口康雄、藤島新、牧ミユキ
1491973年08月19日(日)18:00-18:40ヤング101かまやつひろし、佐渡山豊
1501973年09月09日(日)18:00-18:40ヤング101藤島新
1511973年09月16日(日)18:00-18:40ヤング101キャロル、針すなお
1521973年09月23日(日)18:00-18:40ヤング101
1531973年09月30日(日)18:00-18:40ヤング101泉朱子
1541973年10月07日(日)18:00-18:40ヤング101ガロ、チューリップ
1551973年10月14日(日)18:00-18:40ヤング101宗台春男、樋口康雄
1561973年10月21日(日)18:00-18:40ヤング101
1571973年10月28日(日)18:00-18:40ヤング101荻昌弘
1581973年11月04日(日)18:00-18:40ヤング101井口典子
159*1973年11月11日(日)18:00-18:40ヤング101
1601973年11月18日(日)18:00-18:40ヤング101高橋キヨシ
1611973年11月25日(日)18:00-18:40ヤング101南こうせつとかぐや姫
162*1973年12月02日(日)18:00-18:40ヤング101中尾ミエ
163*1973年12月09日(日)18:00-18:40ヤング101木田高介、アルキ・クインテット
1641973年12月16日(日)18:00-18:40ヤング101南こうせつとかぐや姫
1651974年01月13日(日)18:00-18:40ヤング101、上條恒彦やまがたすみこ
1661974年01月20日(日)18:00-18:40ヤング101ブロンコ、マイク真木
167*1974年01月27日(日)18:00-18:40ヤング101あべ静江
1681974年02月03日(日)18:00-18:40ヤング101金井克子、東海林修、中村八大、ペドロ&カプリシャス、宮川泰、宮下康仁、和田昭治
1691974年02月10日(日)18:00-18:40ヤング101
1701974年02月17日(日)18:00-18:40ヤング101都倉俊一
1711974年02月24日(日)18:00-18:40ヤング101
172*1974年03月03日(日)18:00-18:40ヤング101森山良子
173*1974年03月17日(日)18:00-18:40ヤング101宗台春男
1741974年03月23日(土)15:15-15:55ヤング101チューリップ
1751974年03月24日(日)18:00-18:40ヤング101、宮川泰
176*1974年03月31日(日)18:00-18:40ヤング101江崎英子、豊田礼子

楽曲

番組テーマソング

歌はいずれもヤング101。

  • ステージ101テーマソング「ヤッポン!」
    • 1970年1月10日 - 1972年3月29日
      作詞:井上頌一、作曲:中村八大、編曲:中村八大
    • 1972年4月9日 - 1973年4月1日
      作詞:井上頌一、作曲:中村八大、編曲:東海林修
  • ステージ101 テーマ'73
    1973年4月8日 - 1974年3月31日
    作詞:岡田冨美子、作曲:若子内悦郎、編曲:東海林修

オリジナルソング

ステージ101のオリジナルソングとして、以下の曲が番組で披露された[27]。

曲名歌手名作詞作曲
主な番組オリジナルソング ふたつのひとつ石岡ひろし井上頌一山本直純
夕べの祈り江崎英子有馬三恵子中村八大
涙をこえて[注 112]シング・アウトかぜ耕士[96]中村八大
めぐり逢う日まで泉朱子岩谷時子いずみたく
涙のしのび逢い牧ミユキなかにし礼鈴木邦彦
気になるわ泉朱子岩谷時子いずみたく
恋人中心世界小林啓子小平なほみ中村八大
しあわせの限界串田アキラ片桐和子佐和田容堂
めざめ串田アキラ片桐和子和田昭治
駄目ね!ザ・チャープス駄目な娘中村八大
ハイスクール・ブギ水木誠阿久悠都倉俊一
ピコ・ピコ・ピッコ樋口康雄林春生筒美京平
のんびり[注 113]マイク真木マイク真木マイク真木
脱線列車にのり込んでヤング101かぜ耕士中村八大
朝がきた井口典子太田一朗中村八大
愛ある世界河内広明山上路夫和田昭治
返事をおくれよ樋口康雄・水木誠忌野清志郎肝沢暢一
若さがあるから小原初美山上路夫渋谷毅
お昼は何にしましょうか小林啓子かぜ耕士山木幸三郎
おやすみなさい若子内悦郎永六輔中村八大
故郷を去って行く時[97]泉朱子藤田敏雄いずみたく
今なら間に合うだろうか石岡ひろし山川啓介和田昭治
若い旅塩見大治郎永六輔中村八大
心、心よヤング101及川恒平東海林修
荷馬車にゆられて西玲子山上路夫東海林修
君のコスモスヤング101岩谷時子宮川泰
主な「ヤング101の歌」 人生すばらしきドラマ[注 114]黒沢裕一山川啓介和田昭治
にくい太陽ワカとヒロ増永直子東海林修
怪獣のバラード[注 115]ヤング101岡田冨美子東海林修
港祭りの町相沢忠彦山上路夫かまやつひろし
愛の限界藤島新岡田冨美子東海林修
僕が五年前に考えたこと田中星児・まきのりゆき及川恒平東海林修
ジャングルジムヤング101(男性メンバー)及川恒平東海林修

ディスコグラフィ

オリジナル・アルバム

(この節の出典:[27][98])

概要

番組の人気が高まり、番組オリジナル・ソングが増えてきた1971年4月5日、EXPRESS/東芝音楽工業(東芝レコード)からステージ101名義のアルバム『ステージ101』が発表された。NHK芸能局の三ツ橋実の解説[99]には

番組発足の時から、なるべく早い機会にヤング101のLP出版(ママ)を実現したいと思っていましたが、何しろ番組制作のスケジュールやトレーニングに追われて、なかなか思うように行かず、いささか焦り気味の感さえあります。ですから今回の場合は、ヤング101の全員参加ではなく、いわばピックアップ・メンバーによる作品となった訳です。

とあり、メンバー全員ではなく一部が参加して制作された[注 116]。また

曲目の殆どは「ステージ101」のオリジナル・ソングで構成されておりますが、ソロをとった諸君は必ずしも、TVの場合と同一の人ではありません。これは我田引水になりますが、番組でも、ソロの人選に迷う位、人材が豊富です。今回の盤を聞いても(ママ)、それぞれ個性を十分発揮しているようできっとご満足いただけると思います。

とあり、収録曲の幾つかには番組とは異なるソリストが選ばれ、その選択に合わせて新しい編曲が施されていた。

東芝レコードからは続いて『ステージ101 ニュー・フォークの世界』(1971年9月5日)、さらに『ステージ101 若い旅』(1972年1月7日)が発表され、これら3作のアルバムはオリコンチャートに入る売り上げを記録した。一方、『ステージ101』が発表された2か月後にCBSソニーから『NHKステージ101 サイモンとガーファンクルを歌う』(1971年6月1日)が発表された。以後、1973年12月までステージ101名義のアルバムが東芝レコードとCBSソニーという二つの大手レコード会社から発売され続けた。編曲は番組の歴代音楽監督である中村八大、和田昭治、東海林修、宮川泰の他、奥村貢、三沢郷、山屋清、元ヤング101の樋口康雄[注 117]らが担当した。東海林が編曲とプロデュースを担当したアルバム『ぼくら青春の日々』(1973年3月21日)には、林立夫(ドラムス)、鈴木茂(ギター)、細野晴臣(ベース・ギター)が参加した。

1973年7月、東芝レコードから元ズー・ニー・ヴーの町田義人との共作アルバム『白いサンゴ礁』が発表された。このアルバムにはズー・ニー・ヴーが1969年に放ったヒット曲「白いサンゴ礁」「可愛い貴方だから」のカバーや樋口が書き下ろした「100円の幸福」が収録された[注 118]。同年11月にはトリオ・レコードからアルバム『アニタ・カー ヤング101 ピコ』が発表された。この作品はMCAレコードの楽曲集であり、前年12月に日本人として初めてMCAと作家契約を結んだ樋口が、彼と同様にMCAと契約していたアメリカ人の編曲家のアニタ・カーと共同で編曲を担当した。

番組終了後の1974年5月に、キャニオンからアルバム『さよならステージ101』が発表され、オリジナル・アルバムは合計18作になった[注 119]。

LP

CD(オリジナル・アルバムの復刻版)

編集アルバム

LP

  • YOUNG101/GIFT PACK SERIES(CBSソニー、SOLL-21)1972年11月1日
  • ステージ101/ヤング101と歌おう(EXPRESS/東芝音楽工業、ETP-7660)[注 124]1973年2月5日
  • ステージ101/ヤング101と歌おう Vol. 2(EXPRESS/東芝音楽工業、ETP-7686)[注 124]1973年6月5日
  • ラヴ・ジェネレーション ステージ101/ゴールデン・ディスク(EXPRESS/東芝音楽工業、ETP-7727∼8)1973年10月20日
  • YOUNG101/GIFT PACK SERIES(CBSソニー、SOLL-47)1973年11月1日

CD

EP(シングル)

シングル

4曲入りEP

  • ステージ101(東芝、ETP-4285)1971年
  • ベスト・フォー(東芝、ETP-4312)1972年
  • ステージ101(東芝、ETP-4323)1972年
  • BEST4(東芝、ETP-4338)1972年
  • BEST4(東芝、ETP-4339)1972年
  • 明日に架ける橋(CBSソニー、SOLE-21)1973年
  • 心の旅(CBSソニー、SOLD-28)1973年

ヤング101の『ステージ101』以外の活動

NHK総合テレビジョン

  • 『NHK紅白歌合戦』
    • 第20回 - 両軍司会者による「じゃんけん先攻決め」の応援(1969年12月31日)
    • 第21回 - 応援(1970年12月31日)[要出典]
    • 第23回 - 上條恒彦「出発の歌」のバック・コーラス(1972年12月31日)
  • 『みんなのうた』
    • 「こがねの秋」 - ヤング101(1970年10月 - 11月)[100]
    • 「ゴールのサンバ」 - ヤング101(1971年6月 - 7月)[101]
    • 「みかん山で」 - ヤング101、温碧蓮、高野美千代(1972年12月 - 1973年1月)[102]
    • 「算数チャチャチャ」 - ペギー葉山、ヤング101(1973年6月 - 7月)[103]
    • 「あの踊りの輪の中に(ロシア民謡「コロブチカ」から)」 - ヤング101(1973年10月 - 11月)[104]
    • 「さあみんなで」 - ヤング101、坂本児童合唱団(1973年12月 - 1974年1月)[105]
  • 『少年映画劇場・ドリトル先生航海記』(1972年1月30日 - 6月4日)
    キリギリスのバンドの歌声の吹き替え

NHK教育テレビジョン

映画

ソロ活動

脚注

注釈

  1. ↑ 1965年運用開始。広さは350坪。2018年の時点でも国内最大級の広さであった。
  2. ↑ 番組開始から1973年7月末に渋谷にある現・放送センターへ完全移転するまでは、NHKの本部は千代田区内幸町にあった東京放送会館が機能を持っていたが、現・放送センターもCT-101スタジオを含め、1965年から本格的に運用が開始されていたので収録も内幸町ではなく渋谷で行われていた。
  3. ↑ 2013年にNHK総合テレビジョンで放映された『第45回思い出のメロディー』では、出演者全員によるフィナーレで「涙をこえて」が取り上げられた。
  4. ↑ MRAの日本支部の音楽ディレクターだったロビー和田が編成した。1966年11月27日には、500人ものメンバーを擁して日本武道館でコンサートを行なった。
  5. ↑ 荒井由実もオーディションを受けたが、グループよりもソロ向きと指摘され、不採用に終わった。
  6. ↑ 道徳再武装運動(MRA)の日本支部が中心となり、1965年頃より開始された国際的な青年グループによる合唱活動がやがてプロ化して発足した10人組のグループサウンズ・ユニット。
  7. ↑ 当時シング・アウトに在籍していた石川セリもヤング101に一時在籍したが、本放送開始前に離脱した。
  8. ↑ ヤング101が結成された1969年6月の時点で既にレコード・デビューやレコーディングを経験していたメンバーは、石岡ひろし、一城みゆ希(南田聖子)、黒沢裕一(ザ・パイオニアーズ)、小林啓子、塩見大治郎(ジローズ)、高橋キヨシ、牧ミユキ(木下節子)、ザ・バーズ、ザ・バロン(ジュリーとバロン)。番組開始までにレコード・デビューしたのは、串田アキラとシング・アウト。
  9. ↑ ニューヨーク生まれ。カーネギー・ホール・バレエアーツに入団。ジュリアード音楽院でモダンダンスと振付を学ぶ。ブロードウェイ・ミュージカル『フラワー・ドラム・ソング』、ストック・カンパニー『王様と私』、『南太平洋』ダンス『MODERN DANCE CONCERT』など多数に出演し、米国で活躍した数少ない日本人ダンサーの先駆け。『夢であいましょう』の「上を向いて歩こう」が'Sukiyaki'としてアメリカで発表された1965年頃に、現地を訪れた作者の中村と永六輔と知り合い、その後末森がアメリカに留学した時に永の紹介で彼の世話をしたという。一時帰国した際に永からTBS『パック・イン・ミュージック』のパーソナルに誘われて1969年4月から永と共に出演し始めた。丁度その頃、末盛に招かれて、ヤング101のダンス指導と振り付けを担当することになった。
  10. ↑ 末盛や中村とは『夢であいましょう』の前身番組である『午後のおしゃべり』(1959年)からの付き合いであった。
  11. ↑ 『午後のおしゃべり』『夢であいましょう』の司会を務めた。
  12. ↑ 「上を向いて歩こう」(坂本九)、「遠くへ行きたい」(ジェリー藤尾)、「帰ろかな」(北島三郎)などが挙げられる。
  13. ↑ 『夢であいましょう』で中村と組んでヒット曲を作った永六輔は当時海外出張中であったので、かぜが作詞を担当した。
  14. ↑ 1969年7月25日のグランプリ受賞の実況がアルバム『The World Music Festival』(Yamaha YS-1001)とCD『GOLDEN☆BEST / ステージ101 ヤング青春の日々』(Sony Music House MHCL240-1)に収録された。
  15. ↑ 同年11月5日、日本ビクター(RCAレーベル)から、シングアウトのデビュー・シングルとして発表され、21万枚を売り上げるヒットになった
  16. ↑ 第一期生とも呼ばれる番組開始時のメンバーは、井口典子、石岡ひろし、泉朱子、一城みゆ希、江崎英子、温碧蓮、上市光男、小林啓子、串田アキラ、黒沢裕一、塩見大治郎、高野美千代、高橋キヨシ、津島隆文、長沢澄子、牧ミユキ、シング・アウト(池田美和、江崎和子、ビル・クラッチフィールド、リディア、惣領泰典、中岡淑子、原田時芳、樋口康雄、宮口森也、向山照愛)、ザ・チャープス(竹内まり子、竹内ゆり子、竹内えり子)、ザ・バーズ(豊田順子、豊田礼子)、ザ・バロン(河内広明、清須邦義、宗台春男、若子内悦郎)。
  17. ↑ 茶谷正純、チャチャ遠藤らが在籍していた。
  18. ↑ CD『ステージ101 / ステージ101』のライナーノーツに掲載された、シング・アウトの向山照愛の回想によると、「最初の3日間がリハーサル、翌日スタジオでランスルー、そして本番」だったという。
  19. ↑ 日本テレビ系列で放映された『謎の円盤UFO』の主題歌を歌った若子内悦郎(1970年)、TBS系列で放映された『アテンションプリーズ』の主題歌と副主題歌を歌ったザ・バーズ(1970年)など、民間放送局での活動を行なったメンバーもいた。若子内はさらに、TBS系列で放映された『帰ってきたウルトラマン』の主題歌のカバー・レコード(1971年)を発表したほか、若木ヒロシ名義で日本テレビ系列で放映された『サンダーマスク』の主題歌(1972年)を歌った。
  20. ↑ 番組開始後数か月でシング・アウトのメンバー数人が相前後して番組を卒業し新メンバーが加入した。また全国最年少のプロ・バトントワラーとして番組に出演した小原初美が加入。1970年10月にはNHK『のど自慢全国大会』ポピュラー部門の優勝者である田中星児、ジュリアン・チェング、レコードデビューしたばかりの水木誠が加入した。
  21. ↑ 1971年2月に、「男女を問わず16歳から22歳までで、東京またはその近郊に在住しておりNHK放送センターまで一時間以内で来ることができる」希望者を対象した、同年3月11日から13日までの3日間の「新人オーディション」が告知された。
  22. ↑ 1971年7月7日に、約3,000人の応募者の中から書類選考、歌や踊りのオーディション、3か月の見習い期間を経て選ばれた相沢忠彦、青木マスミ、伊藤三礼子、井上稔、加奈綾子、岸龍也、諏訪マリー、高木吾郎、中川圭子、西玲子、広美和子、藤島新、まきのりゆき、八代かずみ、山田美也子の15名が初出演。
  23. ↑ 1971年7月7日に初出演した15名。
  24. ↑ 1972年6月4日に工藤たけし、斎藤明彦、山崎功。10月1日に加藤芽久美、田頭信幸。
  25. ↑ スクールメイツに所属していた。
  26. ↑ 1973年初頭に太田裕美、木下とも子、谷山浩子。4月8日に東俊、伊藤悟、湖東美歌、佐藤幸平、庄司淳、中山エミ、浜岡万沙子、早川節子、速水雄二、三国真理子の11名。10月21日に石川裕子、大原マリ子、小野寺正夫、上村優、岸じゅんこ、北見奈々、キャンディー浅田、畑山佳代、藤村泰介、枡川譲治、やまべ星子の12名。石川、大原、畑山の3名は加入後にアップルズを結成した。
  27. ↑ 番組オリジナルソング「のんびり」を作詞・作曲した。この曲は1971年のモービル石油のCMソングに採用されて「気楽に行こう」としてヒットした。
  28. ↑ 最終回まで在籍。
  29. ↑ 1973年10月21日卒業。
  30. ↑ 1972年1月19日放送。開会直前の札幌オリンピックに関連したテーマ。一部映像に乱れがある。
  31. ↑ 2018年7月28日、NHKアーカイブスが開催した『ステージ101』スペシャル上映会での舞台挨拶で本人が供述。
  32. ↑ 本放送開始前の1974年1月3日に、フォーリーブス司会によるパイロット版『レッツゴーヤング』が放送されており、ヤング101も番組前半のショーコーナーに出演した。
  33. ↑ 2010年4月に金曜18時枠へ移行、2011年4月よりBSプレミアム水曜20時枠で放送中。
  34. ↑ 五十音順に、石岡ひろし、一城みゆ希、いづみ朱子(泉朱子)、小原初美、温碧蓮、岸龍也、塩見大治郎、高野美千代、田中星児、ザ・バーズ(豊田順子、豊田礼子)、広松三和子(広美和子)、藤島新、まきのりゆき、牧ミユキ、山田美也子、若子内悦郎。
  35. ↑ 五十音順に、井口典子、石岡ひろし、一城みゆ希、いづみ朱子(泉朱子)、小原初美、上村優、工藤たけし、黒沢裕一、小林啓子、塩見大治郎、高木吾郎、高野美千代、ザ・チャープス(竹内まり子、竹内ゆり子、竹内えり子)、田中星児、ザ・バーズ(豊田順子、豊田礼子)、広松三和子(広美和子)、藤島新、まきのりゆき、牧ミユキ、向山照愛、山崎イサオ(山崎功)、山田美也子、若子内悦郎。
  36. ↑ 当日の「怪獣のバラード」は『GOLDEN☆BEST / ステージ101 ヤング青春の日々』(Sony Music House MHCL240-1)に「怪獣のバラード 2002」として収録された。
  37. ↑ 五十音順に、石岡ひろし、いづみ朱子(泉朱子)、小原初美、黒沢裕一、塩見大治郎、諏訪マリー、ザ・チャープス(竹内まり子、竹内ゆり子、竹内えり子)、田中星児、広松三和子(広美和子)、藤島新、まきのりゆき、牧ミユキ、山崎イサオ(山崎功)、山田美也子。
  38. ↑ 五十音順に、井口典子、一城みゆ希、いづみ朱子(泉朱子)、工藤たけし、塩見大治郎、庄司淳、高木吾郎、竹内まり子、竹内ゆり子、豊田順子、豊田礼子、中山エミ、藤島新、まきのりゆき、桝川譲治。
  39. ↑ 外国人名は苗字を片仮名表記したものを用いた。例えば、ビル・クラッチフィールドは『ク』。リディアは『リ』を用いた。
  40. ↑ 現・八月真澄。シングル「いいさいいわよ」(キング、NCS-2174)。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  41. ↑ 最終回には出演していないが、メンバー紹介には含まれた。
  42. ↑ アルバム「井口典子ファースト」、シングル「愛は面影の中に」「想い出はワインの中に」。後にアメリカ在住。
  43. ↑ いけだよしかず。トランペッター。ヤング101卒業後、惣領泰典が結成したブラウン・ライスに参加。
  44. ↑ 1968年、TBSラジオ・MBSラジオ『雪印 チーズパーティーNo.1』のテーマソング「ふとした時に」(作詞・井上頌一/作曲・吉村英世)を小林啓子とデュエット。同年、日産自動車の企画で「愛のスカイライン」を竹本恵美子とデュエット。ヤング101卒業後、牧ミユキと「いずみたくシンガーズ」に加入。1973年、小松製作所の「コマツはみつめている」(ソノシートWS-192)を泉朱子とデュエット。1976年、フジテレビ系『ひらけ!ポンキッキ』の「オイラのてんきよほう」(キャノン、CX-107)。1986年、波岡信二名義で「J(ジェイ)」(徳間ジャパン、7JAS-59)。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  45. ↑ 日劇ダンシング・チーム出身。アップルズではソプラノ担当。
  46. ↑ ヤング101に在籍中に引き続いてキング・レコードから「つめたい夜明け」(BS-1624)、「ふたりの幸福」(BS-1672)、「他人のはじまり」(BS-1742)、「川岸の百合」(BS-1796)。いづみ朱子名義でCBSソニーから「机の上に忘れな草を」(SOLB-226)「風が歌った子守唄」(06SH 72)。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  47. ↑ 声優。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。2023年10月24日死去。
  48. ↑ 最終回のクレジットでは明彦となっていた。
  49. ↑ 歌手の伊藤久男の息子でメンバーの伊藤三礼子の弟。
  50. ↑ 歌手の伊藤久男の長女。宝塚音楽学校出身。現・豊岡三礼子。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  51. ↑ 女優。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  52. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  53. ↑ 現・佐藤真理子。
  54. ↑ プロのバトントワラーとして番組出演の後、ヤング101に加入。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  55. ↑ 夫は秋野太作。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。2025年6月病没。
  56. ↑ ボーカリスト兼ギタリスト。ザ・バロンの解散後、若子内悦郎と、ワカとヒロを結成。現・芹澤廣明。
  57. ↑ こおろぎ'73結成。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  58. ↑ 1971年11月25日「恋人の世界」(フィリップス、FS-1221)。1972年「へんしーん体操」(フィリップス、FS-1712)。
  59. ↑ ボーカリスト兼ギタリスト。
  60. ↑ 1971年3月「ナポレオンの右手のように」(DENON CD-108)。
  61. ↑ アメリカ合衆国出身。シングル『キャビンの誘惑』(EWR-20681)。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  62. ↑ ザ・パイオニアーズのメンバーとして、1967年7月にアルバム『太陽の道ー若い歌声ー』(ALS-4242)発表。1973年7月にアルバム『黒沢裕一ファースト・アルバム』(MR-2234)発表。1976年に藤島新とピーカブーを結成。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  63. ↑ アメリカ合衆国出身。
  64. ↑ 「アメリカ橋」他をレコードリリース。現・美歌。ミュージカル女優としてデビューし「レ・ミゼラブル」他、数々の舞台に出演。同時にジャズヴォーカリストとしても活動。
  65. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  66. ↑ こばやしよしみ。男性。トランペッター。
  67. ↑ 俳優の小林桂樹の甥。故人。
  68. ↑ 元ジローズ。「広島球団応援歌」オリジナル歌手。他に「闘士ゴーディアン」主題歌やドラマ主題歌やCMなどで活躍。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  69. ↑ ドラマー。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。2005年3月8日死去。
  70. ↑ 2006年からパリ祭(NHK ホール)に出演。 CD「庄司 淳CHANSON CANZONE selection~最後の夢みる人~」を発売。
  71. ↑ 1970年「バラは何を残したの」(United Artists、HIT-756)。1970年「デイトのあとで」(United Artists、HIT-769)。1983年「スターファミリー」(東芝、TS-4934)。1986年「ミスターブルーサマー」(東芝、TS-30031)。1987年から「アイ・ガット・マーマン」出演。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。BS2の放送の字幕による出演者紹介には含まれていないので、飛び入り参加であった可能性あり。
  72. ↑ ギタリスト。
  73. ↑ ヤング101加入前に「恋のパスポート」にてソロデビュー。
  74. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  75. ↑ 『ファンタスティックス 日本オリジナル・キャスト ミュージカル・プレイ』(ビクター JRS-7301)。「うんてんしまーす」(Columbia、EK-553)。「可美音頭」(可美村教育委員会監修、自主製作盤、Sound Record、TSC-1005)。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。2004年12月2日死去。
  76. ↑ 1967年10月「静のブルース」(ビクター、SV-634)でデビュー。「サバの女王」(ビクター、FS-16)、「今夜はひとりじゃ眠れない」(ビクター、FS-24)、「思い出は泪と共に」(フィリップス、FS-1726)「オリーブの首飾り」(フィリップス、SNH-1004)、「夜の銀狐」(フィリップス、FX-2028)、「湖に消えた恋」(フィリップス、FS-2036)。アルバム『夜の銀狐』(フィリップス、FX-6041)。
  77. ↑ 当時・竹内恵子。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  78. ↑ 当時・竹内久子。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  79. ↑ 当時・竹内孝予。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  80. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  81. ↑ 最終回には出演していないが、メンバー紹介には含まれた。
  82. ↑ 中国出身。
  83. ↑ こおろぎ'73結成。
  84. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  85. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  86. ↑ ジャズ・ボーカルを学んで、講師のマーサ三宅の紹介で鈴木章治とリズムエースの専属ボーカリストとしてデビュー。ヤング101卒業後はコーラス・グループのファニーズ、CMなどのレコーディング、ダンス・パフォーマンス『KUMIの不思議な国』やロック・ミュージカル『ハムレット』などの公演、井上順や平山みきのステージでのバック・コーラスなどの活動を行なった。また都内のスタジオで中川久美と共にダンスの講師を務めた。
  87. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  88. ↑ ピアニスト。グラミー賞受賞作曲家Dana Leongの母。
  89. ↑ 「雨あがりの鎮守さま」他をレコードリリース。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  90. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  91. ↑ 1978年にアルバム『100万人のディスコ/グリース』(ポリドール、MR7041)にコーラスで参加。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  92. ↑ ベーシスト。クマ原田。セッション・ミュージシャンとして、長年に渡って、国内外の数多くの著名なミュージシャンと共演。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。2023年3月22日訃報。
  93. ↑ 後期メンバー最年少。
  94. ↑ キーボード奏者。
  95. ↑ 番組終了後、HIROとして女性コーラス・トリオの「ベルベッツ」を結成して、シングル「長い熱い夜」を発表。「女王陛下のプティアンジェ」主題歌。沖縄アクターズスクール東京校ボイス・トレーナー。広松三和子。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  96. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  97. ↑ アルバム『僕からのメッセージ』。1975年に東宝映画『動脈列島』に出演。
  98. ↑ 1970年7月に牧憲幸名義で「新宿界隈」(CW-1066)でデビュー。こおろぎ'73結成。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  99. ↑ 1968年に木下節子の名義で東洋レーヨンエキゾチック水着キャンペーンCFに出演して、ビクターレコードから「エキゾチック・ラブ」(SV-707)でデビュー。同年10月「オータム・ノクターン」(SV-762)、1969年には「愛されたいの」(SV-805、ザ・バーズが1968年にテイチクから発表した2作目のシングルとは同名異曲)を発表。ヤング101卒業後、「いずみたくシンガーズ」のメンバーとして活動。「惣領泰則とジム・ロック・シンガーズ」、サンリオ映画「キタキツネ物語」サウンドトラックに参加。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  100. ↑ 現・水木誠一。西野バレエ団出身。東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」出演。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  101. ↑ 俳優の宮口精二の次男。
  102. ↑ むきやまてるよし。ドラマー。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  103. ↑ 1974年に絹かずみ名義でシングル「甘い罠」(テイチク、B-31)を発表。夫は芹澤廣明。
  104. ↑ 現・山崎イサオ。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  105. ↑ 2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。
  106. ↑ ボーカリスト兼ベーシスト。ザ・バロンの解散後、河内広明と、ワカとヒロを結成。2003年のヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に出演。2024年2月27日死去。
  107. ↑ ヤング101のメンバーの名前を英語で表記して、名字のアルファベット順に示した。ここに記された綴りはメンバー本人や関係者の確認を得たものではないことに注意されたし。ジュリアン・チェング、ビル・クラッチフィールド、ケリー・コワ、リディアの綴りは寄稿者の推測である。日本人名の長音には一括して一括して特殊記号を用いずにhを母音字に続ける綴り方(「伊藤」は"Itoh")を採用した。
  108. ↑ 小原初美は番組初期からのメンバーの一人であるが、最初はプロのバトントワラーとして出演しており、ヤング101のメンバーとして初出演した日付は不明である。ここでは一応1970年3月からのメンバーとしたが根拠はないので注意。
  109. ↑ シング・アウトは番組開始後数か月のうちに、数人のメンバーが番組を卒業して新しいメンバーが加入した。ここでは小林善美、中岡淑子、宮口森也、ビル・クラッチフィールド、ケリー・コワ、リディアの在籍期間が不正確であるので注意。
  110. ↑ ワンツーおじさんと呼ばれていた。
  111. ↑ ジョーさん、おとうさんと呼ばれていた。
  112. ↑ 番組が開始する前年の1969年にシング・アウトが出場した『第1回合歓ポピュラーフェスティバル'69』で作曲グランプリを受賞し、同年11月にシング・アウト名義のシングルとして発表されて既にヒットしていたので、番組が開始した時にはよく知られていた曲ではあったが、「ステージ101」オリジナルソングの第1曲目となった。NHKアーカイブスが保存する1970年1月24日放送回でシング・アウトがこの曲を披露した際には、画面に『「ステージ101」オリジナルソング』と記された。学校の卒業式などにも歌われる。
  113. ↑ 後にモービル石油のCMソングに採用されて「気楽に行こう」としてヒットした。
  114. ↑ 『合歓ポピュラーフェスティバル'71』で入賞。
  115. ↑ 当楽曲は小中学校、高校の合唱コンクール等を中心に歌われ、老若男女に幅広く親しまれている。
  116. ↑ ソロを歌ったメンバー以外の名前は記されておらず、どのメンバーがコーラスに参加したのかは不明である。
  117. ↑ 樋口は1971年9月にヤング101を卒業した後、作・編曲家としての活動を開始。また前年にはボーカリストとして、愛称のピコ(Pico)名義でアルバム『ABC』を発表した。『ステージ101』の番組制作やヤング101のアルバム制作にも作・編曲家として関与し続けた。1973年7月1日に東芝レコードの第一スタジオに約100人の聴衆を集めて行なわれたスタジオ・ライブを収録したアルバム『ステージ101 スタジオ・ライヴ!』(1973年9月5日)の編曲・音楽監修を担当した。
  118. ↑ 1979年に、町田義人名義のアルバム『明日なきさすらい』として再発売された。
  119. ↑ 1976年5月5日に東芝から発売されたアルバム『ステージ101/ビユーティフル・サンデー』(ETP-72164)は1972年に東芝から発表された『ステージ101/愛の限界』(ETP-8222)の再発盤である。
  120. ↑ アルバム『ステージ101』(EXPRESS/東芝音楽工業 ETP-8069)の復刻版。
  121. ↑ アルバム『ステージ101 赤い屋根の家』(EXPRESS/東芝音楽工業 ETP-8172)の復刻版。
  122. ↑ 『スタジオ・ライヴ!』(EXPRESS/東芝音楽工業、ETP-8268)のCD復刻版。
  123. ↑ 『サイモンとガーファンクルを歌う』(SOND-66056)、『ヤング訪問!!』(SOLJ-11)、『サイモン&ガーファンクル・ベスト(全訳)』(SOLJ-23)、『ぼくら青春の日々』(SOLJ-56)、『ぼくら心のふるさと』(SOLJ-87)、『ヤング集合!!』(SOLJ-91)のCD化。
  124. 1 2 メンバーによる歌唱指導。
  125. ↑ 牧ミユキ、温碧連、江崎英子、チャープス、一城みゆ希、バーズ、小原初美、泉朱子(出演者紹介の字幕より)。

出典

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参考文献

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関連項目

外部リンク

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