平内町
| ひらないまち 平内町 | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 東北地方 | ||||
| 都道府県 | 青森県 | ||||
| 郡 | 東津軽郡 | ||||
| 市町村コード | 02301-9 | ||||
| 法人番号 | 4000020023019 | ||||
| 面積 |
217.09km2 | ||||
| 総人口 |
9,132人 [編集] (推計人口、2025年2月1日) | ||||
| 人口密度 | 42.1人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 青森市、上北郡野辺地町、東北町、七戸町 | ||||
| 町の木 | マツ | ||||
| 町の花 | ツバキ | ||||
| 町の鳥 | ハクチョウ | ||||
| 平内町役場 | |||||
| 町長 | 船橋茂久 | ||||
| 所在地 |
〒039-3393 青森県東津軽郡平内町大字小湊字小湊63 北緯40度55分34秒 東経140度57分21秒 / 北緯40.92606度 東経140.95589度座標: 北緯40度55分34秒 東経140度57分21秒 / 北緯40.92606度 東経140.95589度 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
平内町(ひらないまち)は、青森県東津軽郡の夏泊半島に位置する町。東青地域に属する[2]。
江戸時代には黒石藩の飛び地として盛岡藩と隣接していた[3]。
夏泊半島の他白鳥の飛来地である浅所海岸や夜越山スキー場など自然レジャー・観光施設が多い。
地理
町の東西を貫く国道4号、青い森鉄道線(旧・東北本線)の沿線付近に人口が集中する。小湊川の下流にある小湊周辺には町役場が置かれている。町の南部は山地になっている。
隣接している自治体
地名の由来
地名の由来はアイヌ語の「ピラ・ナイ」(崖・川)からとされている。峡谷を流れる川という意味がある。また「平内」の漢字名は「平氏(へいし)の内舎人(うどねり)」を意味するとの説があり、「平」は当初この地を治めていた桓武平氏(津軽曾我氏や北条氏)のことで、「内」は宮中の役職名である内舎人(うどねり)のことを表すともいう[4][5]。
歴史
行政
歴代町長
特記なき場合『平内町勢要覧2021』による[9]。
| 代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 細川重太郎 | 1955年5月 | ||
| 2 | 船橋茂 | 1961年12月 | 口広投票場不在事件による改選 | |
| 3 | 佐々木善之助 | 1987年 | ||
| 4 | 逢坂雄一 | 1995年 | ||
| 5 | 船橋茂久 | 2011年11月 | 現職 |
地域
行政
- 平内町役場
- 山村開発センター(教育委員会)
- 地方独立行政法人青森県産業技術センター林業研究所(青い森林業アカデミー)[10]
人口
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、9.86%減の11,142人であり、増減率は県下40市町村中25位。
| 平内町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 平内町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 平内町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
平内町(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
教育
高等学校
そのほか、「青森県立青森東高等学校平内校舎」が平内町小湊に所在していたが、本校への統合により2021年3月をもって閉校した[11]。
中学校
小学校
所管警察署
産業
漁業
郵便
直営郵便局
- 小湊郵便局〔集配局〕(84020)
- 清水川郵便局(84150)
- 東田沢郵便局(84180)
- 西平内郵便局(84187)
金融機関
交通
鉄道
町の中心となる駅:小湊駅
バス
高速バス
路線バス
道路
港湾
観光

名所・旧跡
祭事
出身有名人
脚注
- ↑ 図典 日本の市町村章 p27
- ↑ “IV 地域別情報”. 青森県. 2024年12月1日閲覧。
- 1 2 3 中園裕「津軽の街と風景 駅や築港は国策に翻弄=21」『陸奥新報』陸奥新報社、2015年3月9日。
- ↑ 青森県三戸郡階上町と岩手県九戸郡洋野町にも同じ漢字で同じ読みがなの「平内」(ひらない)地名と駅名が残っているがこれら「ひらない」の場所は奥州藤原討伐後(承久年間当初)の桓武平氏北条氏の得宗領であった歴史的経緯も共通する。またそれぞれの「平内」とも北条得宗領の関東御免津軽廻船が寄港できる湊に面していた。七宮涬三『陸奥南部一族』新人物往来社、1987年12月
- ↑ 編纂委員会編「新編弘前市史」、通史編1(古代・中世)、2002年6月
- ↑ ロープ渡して乗組員を救出 強風・青森湾で座礁『朝日新聞』昭和45年(1970年)4月13日朝刊、12版、15面
- ↑ “ひらない議会だより No.203”. 平内町 (2020年4月30日). 2024年2月1日閲覧。
- 1 2 “平内町議会議員名簿 令和5年12月8日現在”. 平内町. 2024年2月1日閲覧。
- ↑ “平内町勢要覧2021”. 平内町. 2021年9月17日閲覧。
- ↑ “青い森林業アカデミー”. aoimori-ringyo-academy.com. 2022年7月12日閲覧。
- ↑ 「41年の歴史胸に 青森東高校平内校舎閉校式」『東奥日報』2020年11月7日。オリジナルの2020年11月7日時点におけるアーカイブ。2024年2月1日閲覧。
- ↑ https://www.town.hiranai.aomori.jp/index.cfm/10,0,61,224,html
- ↑ 小湊岸壁 - 昭和63年JR北海道発行「栄光の航跡」320ページ
- ↑ 小湊のハクチョウおよびその渡来地 - 青森県
- ↑ ツバキ自生北限地帯 - 青森県
- ↑ 藩境塚 - 青森県
- ↑ 青森県博物館等協議会 Archived 2009年12月13日, at the Wayback Machine.
