弥彦競輪場

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弥彦競輪場
2008年撮影
基本情報
所在地 新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦2621
座標 北緯37度42分28秒 東経138度49分43.9秒 / 北緯37.70778度 東経138.828861度 / 37.70778; 138.828861座標: 北緯37度42分28秒 東経138度49分43.9秒 / 北緯37.70778度 東経138.828861度 / 37.70778; 138.828861
電話投票 21#
開設 1950年(昭和25年)4月28日
走路 400m
施行者 弥彦村
所有者 弥彦村
トータリゼータ 日本トーター
重勝式投票 Kドリームス
開催期間 4月-11月
マスコット 「スピーディア」(「競輪戦隊スピレンジャー」)
「弥彦ジャンタロウ」[1][2]
公式サイト Dream Bank やひこけいりん
実況
担当 中村将司・加奈山翔・筒井大輔ほか
ナイター競走
愛称 ミッドナイト競輪
伊夜日子マジェスティックナイター
開催期間 2017年8月5日~
記念競輪
名称 ふるさとカップ
開催月 7月(次回は2027年以降)

2024年6月24日 更新
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弥彦競輪場(やひこけいりんじょう)は、新潟県西蒲原郡弥彦村にある競輪場。施行者は弥彦村。競技実施はJKA東日本地区本部関東支部。日本では唯一となる村営の公営競技場である。

概要

弥彦競輪場は隣接する彌彦神社および宝光院の境内(弥彦陸上競技場の跡地[3])に1950年[4]4月28日開設された。当初は新潟県営として開催されたが、1951年(昭和26年)5月1日から、弥彦村営となっている。

かつての施設所有は株式会社やひこドリームであったが、2005年12月に株式会社やひこドリームから寄付を受け弥彦村所有となる[5]。寒冷地の競輪場であることから本場開催は降雪のない4月から11月に行なわれる(場外発売は通年)。

人口7,000人台の村が主催する公営競技であり、村の収入に対する依存度が高くなっている。2024年度の当初予算では、総収入46億円、うち村税8億9000万円、うち村民税3億6000万であるところ、競輪事業の収益収入を2億5000万円で盛り込まれている[6]。

弥彦で開催された特別競輪として、1991年、1992年、1998年、2002年、2005年、2008年にふるさとダービー(GII)が開催された。競輪場周囲の環境や競輪場自体の雰囲気から、しばしば「ふるさとダービー開催には最もふさわしい競輪場」と言われてきた。しかし2008年度をもってふるさとダービー自体が廃止となり、当場での開催も同年4月が最後となった。

2011年に弥彦史上初のGIとなる寬仁親王牌が開催された。この大会は2015年[注 1]まで5年連続で開催された後、2021年[注 2]・23年・24年・26年にも同大会が開催されており、弥彦で初めて行われた2011年以降前橋競輪場と半々の開催回数となっている。

2027年に、共同通信社杯競輪(GII)が行われる。

特別競輪のない年度には、記念競輪(GIII)として、ふるさとカップが7月に開催される。

トータリゼータシステムは日本トーターを採用している。2010年8月9日より重勝式投票にあたるKドリームスの発売を開始した。

マスコットキャラクターはシカの「スピーディア」で、仲間を9匹9色揃えた「競輪戦隊スピレンジャー」も存在する。

場内にあるセダーハウスには宝光院食堂と元選手・池端将巳が店主を務めるラーメン・輪の2店舗がある。また、特別観覧席の開場時には、特観食堂としてキッチン輪が営業している。

1964年と2009年の新潟国体の自転車のトラック・レース競技の会場としても使用された。

2017年8月5日からミッドナイト競輪が開始された。2019年6月25日からの開催より、ナイター競輪(愛称:伊夜日子(いやひこ)マジェスティックナイター)を実施している[7]。

2020年には村営移行後初めてとなる大規模改修工事が行われ、4コーナー付近の施設「セダーハウス」や観覧席、入場口などが改修された[8]。

2017年までは多摩川電気が30年以上CS中継の制作を行っていたが、2018年より株式会社JPFがCS中継を制作している。中継では日本テレビ・ズームイン!!朝!のプロ野球いれコミ情報ヤクルト担当で出演していた伊藤克信がご意見番としてレギュラー解説として出演しており、東京中日スポーツ・伊藤克信賞開催も毎年行われていたが、東京中日スポーツの休刊に伴い冠タイトルが2025年よりJPF賞・伊藤克信杯となった。

2026年度より中継内で、村内で活動するクリエイターが制作した楽曲を放送で使用している。作曲は人手で行ったものを編曲とボーカルは生成AIを使用し制作されたものである。これらの楽曲はYouTubeの「弥彦村ヒットチャート」チャンネルで配信されている。

CS放送とは別のYouTubeでの配信限定番組としてナイター開催時は新潟スポーツ制作の「YELLライブ」、昼間開催時にKドリームス制作の「にじいろ競輪TV」(特別開催時は同社による新・本気の競輪TV)、ミッドナイトはパチスロライターの木村魚拓と青山りょうによる「きむちゃんねるLIVE」を施行者関連番組として配信する。

実況は2022年度までは昼間・ナイター開催はフリーアナウンサーの小川雄一郎が、ミッドナイト開催は加奈山翔が担当していたが、2023年度より、全ての開催をVOICE TRUSTのアナウンサーである、吉原完・中村将司・加奈山翔が交代で担当する[注 3]が、開催が重なった場合は中部地区実況アナウンサーが担当することもある。また2026年度より筒井大輔が一部の開催[注 4]を担当している。

バンク特徴

一周400m。長さ的には普通のバンクだが、その諸元はかなり特徴的で、通常コーナー部分には直線からのつなぎである緩和曲線があり、通常はすべてのコーナーが非対称であるが、弥彦では1コーナーと4コーナー、2コーナーと3コーナーがそれぞれ対称となっている。

1コーナーと4コーナーの緩和曲線はきつく直線部分が長く取られている。また、最後の直線の長さは400mバンクの中では武雄競輪場に次いで2番目に長いため、捲りや追い込みが決まりやすく、更にバック側での捲りではスピード低下が無く好都合である。そのため、逃げ切るのは他の400mバンクに比べ少々厳しい。

設備

入場口は彌彦神社の鹿苑側入口が1コーナー付近に、2コーナー付近に神社側入口が、3コーナー付近に宝光院側入口の、計3か所がある。

2センタ~ホーム~2コーナーまでが観戦エリアとなっている。ホームストレッチ付近には座席付き・屋根付きの屋外スタンドがある。

特別観覧席棟はホーム側スタンドにゴール前S席、1コーナー寄りのA席があり、2センターにはこれとは別棟の建物がありその中にロイヤルルームが設置されている。ロイヤルルームには5人用ボックス席も設置されている。

4コーナー裏に、映像観戦用施設の「セダーハウス」がある。

2026年、1センター側に大型ビジョンが設置されたが、レースライブをそのまま放映するスタイルで運用している。

アクセス

公共交通
無料送迎バス
  • 弥彦駅(往路1本・所要約5分)
  • 吉田駅西口(往路2本・所要約10分)
  • 東三条駅(燕三条駅三条口、吉田駅東口経由。往路1本。越後交通が運行)
いずれも全レース終了後に復路便が運行される。ナイター場外開催時も終了後に燕三条行き(終点は東三条)のバスが運行される。
特別競輪時は増発あり。
自動車
競輪場周辺には、彌彦神社および村の公共施設と共用の無料駐車場が整備されている。

場外車券売場

サテライト会津 - 福島県喜多方市岩月町大都字五貫沢3839
1994年10月30日開設[9]

過去に存在した場外車券売場

サテライト新潟 - 新潟市中央区弁天橋通1-4-17
2005年12月3日開設[10]。前身は1953年4月23日開設の「新潟場外」(専用場外)(当初は新潟市白山浦1丁目の旧白山駅跡地に開設、1964年11月10日に鳥屋野潟そばの当地へ移転)[11][12][13]、弥彦村が全面改築を行ない2005年12月の完成時に、事実上競輪場との交換の形で株式会社やひこドリーム[15]へ無償譲渡を行なった[5]。2026年1月18日発売終了、2月17日閉鎖[16]。
サテライト釧路 - 北海道白糠郡白糠町庶路甲区6-16
1995年7月9日開設、2002年11月11日閉鎖
サテライト阿賀野 - 新潟県阿賀野市久保196-1
2011年11月26日開設、2016年7月1日閉鎖

歴代記念競輪優勝者

年優勝者登録地
2003年高木隆弘神奈川
2004年小嶋敬二石川
2006年小橋正義新潟
2007年藤原憲征
2009年加藤慎平岐阜
2010年山崎芳仁福島
2016年浅井康太三重
2017年諸橋愛新潟
2018年
2019年
2020年平原康多埼玉
2022年
2025年末木浩二山梨

※1節4日間制開催となった、2002年4月以降の歴代記念競輪優勝者を列記。

その他

2004年の新潟県中越地震の影響により、10月24日以降の年度内の開催が中止になり、場外発売も新潟場外と共に11月7日から休止され、22日に再開した[17][18][19][20]。また、11月1日から23日までサテライト中越で発売された車券の臨時払戻業務を実施した[21]。

2026年9月に奈良競輪場で開催されたレース中の事故で亡くなった諸橋愛選手を(享年49)を悼み、場内のセダーハウス内に献花台が設置された。

注釈

  1. ↑ この年まで7月開催。
  2. ↑ この年以降10月開催。
  3. ↑ 二人が担当出来ない場合は、藤澤宏己や吉原完が担当する事もある。
  4. ↑ 同年の寬仁親王牌も担当。

出典

  1. ↑ 弥彦競輪 新キャラクター 弥彦ジャンタロウ 動画第2弾が公開 - Dream Bank やひこけいりん
  2. ↑ 【新潟】地元のパワースポット よしもと住みます芸人47web 新潟
  3. ↑ 弥彦競輪物語~弥彦競輪50年の足跡(1) - Dream Bank やひこけいりん
  4. ↑ 弥彦村競輪事業事業収支改善計画について - 経済産業省製造産業局車両課・2004年2月26日( 2017年10月17日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
  5. 1 2 神奈川県競輪組合あり方検討委員会経営改善検討部会(2009年6月11日) - ウェイバックマシン(2017年4月3日アーカイブ分)
  6. ↑ 令和6年度 弥彦村一般会計予算書 弥彦村 2024年10月19日閲覧
  7. ↑ “弥彦競輪場におけるナイター競輪の開催について”. KEIRIN.JP (2019年3月25日). 2019年9月3日閲覧。
  8. ↑ “弥彦競輪場 4カ月ぶり車券発売 観覧席も一新”. 新潟日報. 2020年7月3日.
  9. ↑ 『福島民友』1994年10月29日、8版、22面。
  10. ↑ “サテライト新潟リニューアルオープン!”. 2025年12月13日閲覧。
  11. ↑ 自転車振興会連合会『競輪統計年鑑 昭和27年度(国立国会図書館デジタルコレクション)』自転車振興会連合会、1954年、154頁。
  12. ↑ 関自競二十年史編纂委員会『関自競二十年史』関東自転車競技会、1983年、318頁。
  13. ↑ 「下段広告」『新潟日報朝刊』1953年4月30日、3面。
  14. ↑ 『新潟県会社要覧 昭和56年版(国立国会図書館デジタルコレクション)』自新潟経済社会リサーチセンター、1980年、665頁。
  15. ↑ 1950年1月5日に弥彦競輪株式会社として設立、2回の社名変更を経て1975年4月10日に現社名変更[14]
  16. ↑ “競輪場外車券売場「サテライト新潟」の閉館について”. KEIRIN.JP. JKA (2025年11月21日). 2025年12月3日閲覧。
  17. ↑ “弥彦競輪2004 決勝PB”. 弥彦競輪. 2025年6月5日閲覧。
  18. ↑ “新潟県中越地震による開催への影響について”. JKA. 2025年6月5日閲覧。
  19. ↑ 下段広告、『新潟日報』2004年11月6日、22面。
  20. ↑ 競輪欄、『新潟日報』2004年11月22日、17面。
  21. ↑ Information - ウェイバックマシン(2004年12月11日アーカイブ分)

    外部リンク