投資銀行
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2025年の世界の投資銀行手数料は約1,376億ドルで、上位の多くを米国の大手が占める。日本では証券会社が投資銀行業務を担い、大手銀行グループも傘下の証券会社を通じてこれを営んでいる。
投資銀行は米国で証券会社の一形態として発達し、その業務は預金の受入れを伴う商業銀行業務とは区別される[2]。米国では1933年の法律で両者が分離され、1999年の法改正で同じ持株会社の傘下に両者を置けるようになった[3]。世界金融危機の際には大手投資銀行の破綻や買収が相次ぎ、危機の後は自己資本や自己勘定取引などをめぐる規制が強化された。
投資銀行は、顧客との利益相反、証券化商品の販売、相場や指標の不正な操作、政府との人材の往来、高額な報酬、長時間労働などをめぐって批判を受けてきた。
業務
[編集]投資銀行業務
[編集]狭い意味の「投資銀行業務」は証券の引受けと M&A の助言を指し、これを担う部門を投資銀行部門と呼ぶ[1]。
引受けは、企業や政府などが資本市場で資金を調達する際に、投資銀行が発行される株式や債券を投資家に販売する業務である。新規株式公開(IPO)、上場企業の増資、債券の発行が代表的な案件である。引受けには、発行額の全部を買い取って売れ残りのリスクを負う買取引受けと、売れ残りの責任を負わないベスト・エフォートなどの方式がある。発行価格は、投資家の需要を調べるブックビルディングを経て決めることが多い[1]。
M&A の助言では、投資銀行が企業の買収や事業の売却について、買い手側または売り手側の助言者となる。買収の対象を探し、企業価値を評価し、顧客に代わって交渉を進めることが主な役割である[1]。
セールス・アンド・トレーディング
[編集]セールス・アンド・トレーディングは、発行済みの証券が売買される流通市場で、買い手と売り手を結び付ける業務である[1]。扱う商品は株式、社債、国債、為替、デリバティブなどにわたる。セールス(営業)は機関投資家などの顧客に市場の情報を伝えて投資のアイデアを提案し、トレーディングは売買を担い、ストラクチャリングは顧客のニーズに応じた金融商品を設計する[4]。
投資銀行は顧客の代理人として売買を取り次ぐほか、自社の資金で売買することもある[1]。マーケットメイクは、市場に流動性をもたらすために売りと買いの両方に応じる売買で、顧客のために行うことが多い。これに対して自己勘定取引(プロップ・トレーディング)は、顧客からの手数料収入ではなく自社の損益を目的とする売買である[5](規制上の扱いは規制を参照)。
リサーチ
[編集]リサーチ部門の証券アナリストは、上場企業を分析し、その企業が発行する証券について「買い」「保有」などの投資判断を示す[6]。投資銀行や証券会社など売り手側(セルサイド)のアナリストは、運用会社など買い手側(バイサイド)のアナリストと区別して、セルサイド・アナリストと呼ばれる[7][6]。
リサーチのレポートは、機関投資家などの顧客のほか、社内のセールスやトレーダーにも提供される[4]。米国証券取引委員会(SEC)の投資家向けの解説によれば、証券会社はレポートに料金を課さないことが多く、レポートが顧客の売買を促すことで間接的に手数料収入を得る。このリサーチがもたらす収入より投資銀行業務の収入のほうが大きくなりうるため、案件を得たい投資銀行部門の利害がアナリストの評価に影響するおそれがある[6](批判を参照)。
その他の業務
[編集]- 資産運用:機関投資家や個人から資金を預かり、さまざまな投資手法で運用する[1]。
- プライム・ブローカレッジ:主にヘッジファンドの運用者を顧客として、資金の貸付けやリスク管理のための分析などを提供する[8]。
- マーチャント・バンキング:金融機関が、未公開企業や上場企業の登録されていない株式などに、相対の交渉を通じて自己資金を投資する業務で、プライベート・エクイティ投資の一形態である[9]。
部門の構成
[編集]投資銀行などの金融機関の組織は、顧客と接する「フロントオフィス」、リスク管理などを担う「ミドルオフィス」、事務処理と支援業務を担う「バックオフィス」の3つに分けて説明されることが多い[10]。
フロントオフィスは顧客と直接に接し、会社の収益の大半を生み出す部門である。投資銀行では、上述の投資銀行業務、セールス・アンド・トレーディング、リサーチを担う各部門がこれに当たる[10][1]。投資銀行部門は、業界別のチームと、M&A や株式と債券の発行といったサービス別のチームに分かれ、両者が協力して案件を手がける例もある[4]。
ミドルオフィスは、リスク管理、経営戦略、法令遵守、財務管理などを担う部門である[10]。
バックオフィスは、フロントオフィスが執行した取引を完了させる部門である。決済、記録の管理、経理、情報システムなどを担う。顧客とは接せず、職種は「オペレーション」と総称されることが多い[11]。
業界構造
[編集]投資銀行業界は規模と業務の範囲が異なる会社で構成され、バルジブラケットと呼ばれる大規模な総合金融機関、上場する独立系の投資銀行、小規模なブティックなどに区別されることがある[12]。
階層
[編集]バルジブラケットは、商業融資、証券引受け、リサーチ、セールス・アンド・トレーディングなどを併営する大規模な総合金融機関を指す[12]。バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、ゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェース、モルガン・スタンレーなどがこれに当たる[12]。
独立系の投資銀行は、総合金融機関とは別の、株式を上場している投資銀行で、その多くは資産運用、リサーチ、資本市場業務も手がける[12]。エバーコア、ラザード、モーリス・アンド・カンパニーなどがその例である[12]。LSEG Deals Intelligence の推計では、2025年の M&A 助言手数料でエバーコアとラザードが上位10社に入った[13]。
ブティックは小規模な専門会社で、パートナーシップか少数の株主が保有する形をとるものが多く、M&A や事業再生の助言を得意とする[14]:19。1990年代には M&A 助言のブティックが増えた。専門家にとって大手より働きやすい職場と受け止められたことと、総合的な投資銀行で生じうる利益相反がないことが理由とされる[14]:19。
規模と収益構成
[編集]LSEG の推計によると、2025年通年の世界の総投資銀行手数料(M&A 助言、株式引受け、債券引受け、シンジケートローンの手数料の合計)は約1,376億ドルで、前年から11%増えた[13]。業務別では債券引受けと M&A 助言が大きく、地域別では米州が全体の半分あまりを占めた[13]。
この手数料にトレーディングの収益は含まれない。国際金融サービス協会によれば、世界金融危機までの10年間は M&A 助言が手数料収入の主な源泉で、その40%超を占めることが多かったが、危機後はその比率が大きく下がった[15]:9。トレーディング(セールス・アンド・トレーディング)を含む純収益で見ると、構成は大きく異なる。米国の大手投資銀行を分析した Rhee(2010)によれば、2000年以降はトレーディングが主要な業務となり、2006年の純収益の69%をトレーディングと自己資金投資が占め、投資銀行業務は15%にとどまった[16]。
主要な投資銀行
[編集]詳細は「投資銀行の一覧」を参照。
LSEG の推計による2025年の総投資銀行手数料の上位10社は次のとおりである[13]。
| 順位 | 会社 | 本拠地 | 総投資銀行手数料(百万ドル) |
|---|---|---|---|
| 1 | JPモルガン・チェース | 10,137.9 | |
| 2 | ゴールドマン・サックス | 8,868.3 | |
| 3 | モルガン・スタンレー | 7,254.0 | |
| 4 | バンク・オブ・アメリカ | 6,698.2 | |
| 5 | シティグループ | 5,661.9 | |
| 6 | バークレイズ | 3,492.2 | |
| 7 | ウェルズ・ファーゴ | 3,333.9 | |
| 8 | ジェフリーズ | 2,891.8 | |
| 9 | BNPパリバ | 2,770.9 | |
| 10 | RBCキャピタル・マーケッツ | 2,570.0 |
1位の JPモルガン・チェースの占有率は7.4%で、上位10社の合計は全体の39%であった[13]。
歴史
[編集]起源
[編集]17世紀のオランダ東インド会社は、株式と社債を広く一般に発行した最初期の会社である[17]。投資銀行や証券取引所、投資信託などの金融制度の起源を、17世紀のオランダの革新に求める見方もある[18]。
ただし、業態としての投資銀行は米国で発達した[2]。米国の主要な投資銀行には、19世紀に商品や手形の取引から出発したものがある。リーマン・ブラザーズはアラバマ州の雑貨商から綿花の仲買人に転じた[19]。ゴールドマン・サックスは、1869年にニューヨークで始まった約束手形の売買業に起源を持つ[20]。
南北戦争後の経済の拡大を背景に[2]、リーマン・ブラザーズは1899年に初めて株式の公募を引き受けた。20世紀に入るとゴールドマン・サックスと共同で新興企業の証券を引き受けて、証券の引受けを中心とする投資銀行へ移行した[21]。
米国の銀証分離
[編集]1929年の株価暴落と世界恐慌の後、銀行業務と証券業務を兼ねる金融機関は、金融業の各分野を過度に一体化させたとして問題視された[22][23]。1933年銀行法は、商業銀行と投資銀行の業務を分離した(銀証分離)[24]。同法のうち分離を定めた4か条は、グラス・スティーガル法と通称される。これらの条文は、銀行自体による証券の引受けとディーリング、預金の受入れと証券業の兼営に加え、銀行と証券会社の系列関係や役員の兼任も禁じた[3]。
この分離のもとで、機関投資家による産業資金の供給や企業合併の仲介を担う、専門性の高い証券会社としての投資銀行が求められた[2][23]。分離を受けて、J.P.モルガン商会は商業銀行として存続する道を選び、1935年にはそのパートナーらが退社して、証券の引受けを担う投資銀行モルガン・スタンレーを設立した[25]。一方、欧州の多くの国は、商業銀行と投資銀行の業務を一つの銀行で営むユニバーサルバンク[注釈 1]制度をとっていた[3]。
銀証分離は、市場の変化、法改正、規制当局と裁判所の解釈が重なり、約70年のあいだに次第に崩れていった[3]。たとえば1987年以降、連邦準備制度は、銀行持株会社が別会社を通じて、限られた範囲で証券の引受けとディーリングを営むことを認めた[3]。
1999年に成立したグラム・リーチ・ブライリー法は、グラス・スティーガル法のうち系列関係と役員の兼任を禁じた条文を廃止し、金融持株会社の制度を設けた[3][24]。これにより、一つの持株会社の傘下で商業銀行、証券会社、保険会社を併せ持てるようになった。ただし、銀行自体が証券業を営むことを禁じた中核の条文は残り、銀行業務と証券業務は別々の子会社が営む(規制を参照)[3]。
世界金融危機とその後
[編集]世界金融危機では、米国の大手投資銀行が相次いで破綻、買収、業態の転換に至った。2008年にベアー・スターンズがJPモルガン・チェースに買収され、9月にはリーマン・ブラザーズが破産を申請した[27]。メリルリンチはバンク・オブ・アメリカに買収された[28]。残るゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは、同じ9月に銀行持株会社への転換を認められた[29]。
この再編には日本の金融機関も加わった。2008年9月、野村ホールディングスはリーマン・ブラザーズのアジア太平洋と欧州などの事業を買収することで合意した[30][31]。10月には三菱UFJフィナンシャル・グループが、戦略的提携の一環としてモルガン・スタンレーに90億ドルを出資した[32]。
米国政府は2008年の緊急経済安定化法で不良資産救済プログラム(TARP)を設け[33]、その資金で金融機関に資本を注入した[34](救済資金と賞与をめぐる批判は報酬と労働環境を参照)。
危機の後、2010年に成立したドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法は、銀行グループが証券会社を傘下に持つ体制を残したまま、自己勘定取引などを制限するボルカー・ルールを設けた[27][3][35](規制を参照)。
日本
[編集]日本では、1948年制定の証券取引法65条が銀行による証券業務を禁じ、銀証分離がとられた。同条はグラス・スティーガル法に倣ったとされるが、銀行の健全性の確保よりも、証券会社を育てて証券市場を銀行から独立して発展させることに主な目的があったとする見解がある[36]。銀行が排除された証券業務は、野村證券、大和証券、日興證券などの証券会社が担った。
銀行と証券会社の相互参入は、1993年に施行された金融制度改革法で始まった。同法は、銀行と証券会社が子会社を通じて互いの業務に参入することを認めた(業態別子会社方式)[37][36]。1998年の金融システム改革で金融持株会社の設立が解禁された[38]。
これらの改革を受けて、大手銀行と証券会社の合弁や統合が進んだ。日興證券は1999年に米シティグループと合弁で投資銀行専業の証券会社を設立した[39]。この合弁会社の国内の株式と債券の引受業務などは、2009年に三井住友銀行傘下の日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)が承継した[40][39]。みずほ証券は2000年に大手3行の証券子会社の合併で発足した[41]。三菱UFJフィナンシャル・グループの証券子会社は、2010年にモルガン・スタンレー証券の投資銀行業務を統合して三菱UFJモルガン・スタンレー証券となった[42][43]。
規制
[編集]投資銀行に関わる規制のうち、業者の登録と利益相反の管理は参入と業務の進め方を、銀行と証券の分離と健全性の確保は組織と財務のあり方を、報酬の規制は役職員の報酬の決め方を定める。世界金融危機の後は、分離と自己資本の規制が強化されたほか、店頭デリバティブの清算、破綻処理、報酬の規制が新たに設けられた。
業者の登録
[編集]米国では、有価証券の売買の取次ぎや引受けを業として行う者の多くは、ブローカーディーラーとしてSECに登録し、金融取引業規制機構(FINRA)などの自主規制機関に加入しなければならない[44]。日本でも、金融商品取引法により、有価証券の売買や引受けを業として行うには、内閣総理大臣の登録を受けなければならない[45]。
利益相反の管理
[編集]投資銀行の内部で、引受部門などが知りうる企業の非公開情報が、投資家に銘柄選びの助言をする営業部門に伝われば、その情報を使った売買がインサイダー取引になりうる[46]。そのため投資銀行や証券会社は、利害や目的の異なる部署の間に「チャイニーズウォール」と呼ばれる情報隔壁を設けて情報を管理している[46]。
リサーチ部門の利益相反(業務を参照)については、米国のFINRAの規則が、投資銀行部門がアナリストを監督したり、その報酬の決定に関わったりすることを禁じている。個別の投資銀行案件への貢献に基づいてアナリストの報酬を決めることも禁じられている[47][48]。
銀行と証券の分離
[編集]米国では、銀行自体による証券の引受けとディーリングは今も禁じられている(歴史を参照)[3]。2010年のドッド=フランク法のボルカー・ルールは、銀行組織に自己勘定取引と、ヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドへの出資などを原則として禁じた[35]。
日本でも、銀行などの金融機関は、国債など一部の有価証券を扱う場合を除き、有価証券関連業を営むことを金融商品取引法で禁じられている[45]。銀行と証券会社の相互参入(歴史を参照)に伴い、同じグループ内の銀行と証券会社の間で顧客情報の共有などを制限するファイアーウォール規制が設けられた。目的は、銀行の優越的地位の濫用の防止、利益相反取引の防止、顧客情報の保護である。規制はその後緩和され、2008年の法改正で、法人顧客の非公開情報は顧客が拒まない限り共有できるようになった[38]。しかし2024年には、金融庁が証券取引等監視委員会(監視委)の勧告を受けて、三菱UFJ銀行と系列の証券会社2社に業務改善命令を出した。法人顧客が共有を拒むなどしていた非公開情報を、それを知りながらやり取りしていたことなどが理由である[49]。
健全性の確保
[編集]投資銀行が損失に耐え、破綻しても金融の混乱を広げないよう、自己資本と流動性、店頭デリバティブの清算、破綻処理について規制が設けられている。
自己資本の規制は、投資銀行が自己勘定で保有する有価証券の値下がりや取引相手の不履行による損失に備える資本を求める。米国では、SECの純資本規則が、ブローカーディーラーに対し、廃業する場合にも顧客の請求に速やかに応じられるだけの流動資産を常に保有するよう求めている[44]。SECは2004年にこの規則を改め、親会社がグループ全体でSECの監督を受けることを条件に、大規模なブローカーディーラーが所要資本を自社の数理モデルで計算できるようにした[50]。この統合監督対象事業体(CSE)制度には、リーマン・ブラザーズやベアー・スターンズなどの大手投資銀行が参加した[51]。
米国会計検査院(GAO)によれば、参加した大手5社の合計の総資産は2007年に自己資本の約30倍に達した。GAOは、1998年にも4社が30倍以上だったと指摘しつつ、CSE制度には明示的なレバレッジの上限がなかったとしている[52]。
SECの監察総監室は2008年9月の報告書で、担当部局がベアー・スターンズのレバレッジの高さなどの危険信号を把握しながら抑えなかったと批判しつつ、監督の不備と同社の破綻との直接の因果関係は示していないとした[53]。同じ月、SEC委員長のクリストファー・コックスは、参加が任意で離脱もできたことを制度の根本的な欠陥として、CSE制度の終了を発表した。コックスは、参加していた主要な投資銀行がいずれも銀行持株会社の傘下に入り、連邦準備制度の監督を受けることになったと説明した[51]。
銀行に対しては、バーゼル銀行監督委員会が2010年に合意したバーゼルIIIが、資本の最低水準を引き上げ、資産のリスクの大小を問わず資本の厚みを測るレバレッジ比率と、二つの流動性基準を導入した[54][55]。経営が行き詰まれば金融システム全体に影響が及びうる大規模な銀行には、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIB)として追加の資本が求められる[55]。金融安定理事会(FSB)のG-SIBの一覧には、2025年時点でゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーも含まれている[56]。
日本では、金融商品取引法が、証券会社に自己資本規制比率の維持を求めている。比率が120%を下回ると業務の方法の変更などを、100%を下回ると業務の停止を命じられることがある[45]。
取引所を通さない店頭デリバティブについては、世界金融危機の後、2009年のG20ピッツバーグ・サミットが、透明性を高めるため、標準化された契約を中央清算機関で清算し、取引情報を報告することで合意した[57]。米国ではドッド=フランク法がスワップ・ディーラーの登録、清算義務、取引の報告を定め[58]、商品先物取引委員会(CFTC)が2012年からこれを実施した[59][60]。日本でも2010年の金融商品取引法改正により、指定された店頭デリバティブ取引は清算機関で清算しなければならなくなった(清算集中義務)[61]。
破綻処理の制度も危機の後に整えられた。連邦預金保険公社(FDIC)は、リーマン・ブラザーズの破産手続きは無秩序で費用がかさみ、2008年後半の金融の混乱の一因になったと分析している[62]。ドッド=フランク法は、大規模な銀行持株会社などに破綻処理計画(リビング・ウィル)を定期的に提出させ[63][64]、破産手続きで秩序ある処理ができない場合に備えてFDICの「秩序ある清算権限」を設けた[63]。
報酬の規制
[編集]役職員の報酬の仕組みも、世界金融危機の後に規制の対象となった。金融安定化フォーラム(FSBの前身)は2009年の「健全な報酬慣行のための原則」で、短期の高収益が長期のリスクを十分に考慮しないまま多額の賞与につながり、過度なリスクテイクを増幅したと指摘した。原則は報酬の水準を定めず、変動報酬の支払いをリスクが実現する期間に合わせて繰り延べることなどを求めた[65]。EUはさらに、2013年の資本要求指令で、一部の職員の変動報酬を原則として固定報酬の100%以内(株主の承認があれば200%以内)に制限した[66]。英国の規制当局は2023年、上限が固定給を押し上げて損失時に報酬を減らす余地を狭め、人材の獲得も妨げたとして、これを撤廃した[67]。
批判
[編集]利益相反
[編集]フィリップ・オーガーは著書『The Greed Merchants』で、投資銀行は買い手、売り手、自社のために同時に行動できるため、顧客の負担で大きな利益を上げられると論じた[68]。
リサーチ部門と投資銀行部門の関係(業務を参照)をめぐっては、2003年、SEC をはじめとする米国の規制当局などがゴールドマン・サックスなど大手10社と和解した(グローバル・リサーチ・アナリスト和解)。当局は、投資銀行部門がアナリストに不適切な影響を及ぼす状態を各社がつくったと主張していた。各社は主張を認めも否定もしないまま計約14億ドルを支払った(現行の規則は利益相反の管理を参照)[69]。
IPO の価格設定と株式の配分も批判されてきた。1999年の eToys の IPO をめぐる訴訟では、ゴールドマン・サックスが配分先の機関投資家に値上がり益の一部を手数料として還元させていたとする証言が出た。ロイターのフェリックス・サーモンは、こうした見返りは引受会社に公開価格を低く抑える動機を与えると論じた[70]。
日本では2012年、公募増資の未公表情報が、主幹事の証券会社の営業員から機関投資家に伝わり、公表前の売付けに使われていたとして、監視委が運用会社などへの課徴金納付命令を勧告した[71]。野村證券については、チャイニーズウォールを越えた情報の伝達があったと監視委が認め、金融庁が業務改善命令を出した[72]。
証券化商品の販売と金融危機
[編集]金融危機調査委員会は2011年の報告書で、世界金融危機の前に大手投資銀行などが利益の大きいトレーディング業務に傾き、数兆ドル規模の住宅ローン関連証券を組成して販売したと指摘した[73]。
SEC は2010年、ゴールドマン・サックスが合成債務担保証券(CDO)の販売で、裏付け資産の選定に関わったヘッジファンドがその値下がりに賭けていたことを投資家に開示しなかったと主張して提訴した。同社は主張を認めも否定もしないまま5億5,000万ドルで和解した[74]。
住宅ローン担保証券の販売については、米司法省が2013年に JPモルガン・チェースと130億ドルで和解した[75]。2016年にはモルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスも和解した[76][77]。3社はいずれも、裏付けとなる住宅ローンの質などについて投資家に重要な情報を開示しなかったことを認めた[75][76][77]。
大手金融機関への救済(歴史を参照)は、モラルハザードを生むとしても批判された。TARP特別監察官のニール・バロフスキーは2011年の議会証言で、TARP の最も重要な遺産は「大きすぎて潰せない」金融機関の存続に伴うモラルハザードかもしれないと述べ、政府の暗黙の保証があるとみなされた金融機関は安い資金調達という不当な優位を得たとした[78]。これに対し財務省のティモシー・マサド次官補代行は、モラルハザードは重大な懸念だとしつつ、それを TARP の主な遺産とするのは危機への対応と原因への対処の混同だと反論した[79]。
市場の公正性
[編集]金利の指標の不正な操作をめぐっては、バークレイズが米英の当局から制裁を受けた。2012年、CFTC は、同社のデリバティブ・トレーダーが、LIBOR などの指標金利の算出のために金利を呈示する社内の担当者に、自らのポジションに有利な金利を呈示するようたびたび求めていたなどと認定し、2億ドルの制裁金を命じた。英国の金融サービス機構も同社に制裁金を科した[80]。
日本では、SMBC日興証券が相場操縦の罪に問われた。東京地検特捜部は2022年、大株主から買い取った株式を転売するブロックオファー取引で、株価の大幅な下落を避けるために買い注文を出したとして、法人と、元副社長ら個人6人を起訴した[81]。監視委は、同社が「市場のゲートキーパーとしての自覚に欠けていた」と分析し[82]、金融庁は関連業務の停止を命じた[83]。法人は起訴内容を認め、2023年に有罪判決が確定した[84][85]。無罪を主張した元副社長ら5人も2025年に一審で有罪判決を受け[86]、控訴した[87]。
米国でも2024年、SEC は、モルガン・スタンレーと元幹部が、同種のブロックオファー取引について実施前の非公開情報を一部の投資家に漏らしたとして、両者を処分した[88]。同社は米司法省との不起訴合意で、違反にあたる事実を認めた[89]。
政府や規制当局との関係
[編集]投資銀行の幹部が政府の要職に就き、退任後に金融業界へ戻る人の往来(いわゆる回転ドア)も批判の対象となってきた。ゴールドマン・サックスの経営者だったロバート・ルービンとヘンリー・ポールソンはいずれも財務長官を務め、ルービンは退任後にシティグループの要職に就いた[90][91][92]。国際通貨基金の元チーフエコノミストのサイモン・ジョンソンは2009年の論考で、こうした人の流れを、金融業界が政府に影響力を及ぼす経路の一つに挙げた。ジョンソンによれば、大手金融機関と自由な資本市場が米国に欠かせないという考えがワシントンで共有され、業界はそこから利益を得た[93]。一方、銀行規制当局の職員の転職を分析した2014年の実証研究は、そのパターンが、規制の手心と再就職先の交換ではなく、規制当局での経験が民間で評価されるという説明と整合するとした[94]。
和解のあり方も論争を呼んだ。SEC は長く、ほぼすべての事件を、相手方が当局の主張を認めも否定もしない形の和解で決着させてきた[95]。2011年、連邦地方裁判所のジェド・S・レイコフ判事は、シティグループの証券子会社と SEC の和解案を、証明された事実も認められた事実もないとして承認しなかった[96]。控訴裁判所は2014年、和解が公正で合理的かを審査すれば足りるとして、レイコフの判断を破棄した[97]。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻の後、上院議員のエリザベス・ウォーレンと下院議員のケイティ・ポーターは、ゴールドマン・サックスとJPモルガン・チェースがロシアからの撤退を発表しながらロシアの債券の売買を続けていると書簡で批判し、取引が制裁に反しない場合でもプーチン政権の責任を問う取り組みを損なうおそれがあるとした[98]。ゴールドマンは、マーケットメイカーとして顧客のリスク削減を手助けしているのであり、投機を目的としていないと説明していた[99]。
報酬と労働環境
[編集]報酬への批判は、損失を出しながら多額の賞与を支払った金融機関に向けられた。ニューヨーク州司法長官のアンドリュー・クオモは2009年の報告書で、TARP の最初の資本注入の対象とされた9行について、メリルリンチが2008年に276億ドルの損失を出しながら36億ドルの賞与を支払ったことなどを挙げ、報酬と業績の間に明確な関係が見られないと結論付けた。報告書は、9行の一部が TARP 資金を自ら求めたものではないと主張していることも記している[100]。
若手社員の長時間労働も問題とされてきた。2013年にロンドンでバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチの夏季インターンだった学生が死亡すると、若手の長時間労働に注目が集まり、同社は労働環境の見直しを始めた。検死審問は自然死と結論し、検死官は疲労との関係を断定しなかった[101]。2021年には、ゴールドマン・サックスの1年目のアナリストの有志による調査で、回答者が週平均95時間を超える労働を訴えたことが報じられた[102]。CEO のデビッド・ソロモンは、週末に若手を出社させない「土曜日ルール」の徹底と採用の加速を表明した[103]。
関連項目
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 Vipond, Tim (2019年5月8日). “Investment Banking Overview” (英語). Corporate Finance Institute. 2026年10月5日閲覧。
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- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “The Glass-Steagall Act: A Legal and Policy Analysis” (英語). Congressional Research Service (2016年1月19日). 2026年10月5日閲覧。
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