朴康造

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朴 康造
名前
カタカナ パク・カンジョ
ラテン文字 PARK Kang Jo
ハングル 박강조
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
生年月日 (1980-01-24) 1980年1月24日(44歳)
出身地 兵庫県尼崎市[1]
身長 166cm
体重 58kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
1995-1997 日本の旗 滝川第二高校
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1998-1999 日本の旗 京都パープルサンガ 1 (0)
2000-2002 大韓民国の旗 城南一和天馬 69 (1)
2003-2012 日本の旗 ヴィッセル神戸 251 (30)
通算 321 (31)
代表歴
2000  韓国 5 (1)
監督歴
2022-2023 日本の旗 INAC神戸レオネッサ
2024- 日本の旗 アトレチコ鈴鹿クラブ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

朴 康造(パク・カンジョ、朝鮮語: 박강조, 1980年1月24日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはMF。

来歴

在日韓国人三世。兄がサッカーをしていたため、幼稚園の時代からサッカーに取り組んでいた。中学時代は地区大会で優勝している。滝川第二高校で活躍し(同期に加地亮がいる)、1998年、京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)に入団したが、出場機会に恵まれず、1999年オフに解雇される。

2000年からは在日韓国人として、またJリーガーとして初めてKリーグでプレイ。同年5月には韓国代表にも選出され、5月28日のユーゴスラビア戦で後半30分に交代出場し、代表初出場を果たす。そして6月初旬にイランで行われた第4回LGカップ決勝のエジプト戦で後半18分に交代出場し、その直後に直接FKを決めている。2000年シドニーオリンピックのU-23韓国代表にはバックアップメンバーとして登録された。2003年にヴィッセル神戸に移籍した。2004年、当時のイワン・ハシェック監督の元で右サイドバックにコンバートをされ、以降右サイドのスペシャリストとしての地位を確立。2006年には自身初のハットトリックを達成するなど2桁得点を記録した。また、2007年に自身がプロデュースするサッカースクールを開校した。2008年4月13日の対京都サンガF.C.戦で靭帯損傷の大けがで全治8ヶ月となりシーズン中の復帰は絶望となっていたが、11月2日の天皇杯で復帰した。2009年シーズンは開幕からなかなか出番に恵まれなかったが、モンテディオ山形戦で途中出場で結果を残して以来レギュラーに返り咲いた。

三浦知良に憧れており、ゴールパフォーマンスとして本人公認のカズダンスを行うことがあった。しかし韓国代表として出場した試合でゴール後にカズダンスをした際、これが韓国サポーターから「日本のエースのマネをするとは何事か」と批判を受けてしまった。

2012年12月27日、突如現役引退を発表、同時にボートレーサー(競艇選手)に転向し、2013年4月よりボートレーサー養成所(福岡県柳川市)に入学、順調に行き2014年3月に卒業出来れば、2014年5月の尼崎ボートレース場でのデビューを目指すことを発表した[1]が、入学後の訓練で右膝の古傷が悪化したため入学から5日で退学し、ボートレーサーへの道を断念した[2]。

2013年6月、神戸のスクールコーチに就任した[3]。

2022年3月9日、4月1日よりINAC神戸レオネッサのテクニカルアドバイザーに就任することが発表された[4]。同年6月27日、INAC神戸の監督に就任した[5]。1シーズン指揮を執ったが2023年6月をもって監督退任[6]。

その後2023年11月よりINAC神戸レオネッサのテクニカルディレクターに就任。

2024年7月よりJFLのアトレチコ鈴鹿クラブの監督に就任[7]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1998京都31J00000000
1999J110000010
韓国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2000城南一和6K310
2001201
2002180
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2003神戸14J11301031171
200472606010330
20053326011403
2006J24310-004310
2007J13146021395
200860102191
20092254000265
20103041010324
20112752021316
20122005010260
通算日本J1 2092032013524425
日本J2 4310-004310
韓国K1 691
総通算 32131

その他の公式戦

  • 2006年
  • 2000年
    • アジアカップウィナーズカップ 1試合0得点

代表歴

試合数

  • 国際Aマッチ 5試合 1得点(2000年)[8][5]
韓国代表国際Aマッチ
年出場得点
200051
通算51

指導歴

脚注

  1. 1 2 『MF朴康造選手現役引退のお知らせ』(プレスリリース)ヴィッセル神戸、2012年12月27日。2022年6月27日閲覧。
  2. ↑ “【ボート】朴康造さんわずか5日で退学”. デイリースポーツ. (2013年4月14日) 2022年6月27日閲覧。
  3. ↑ “競艇選手への転身断念の朴康造氏が神戸スクールコーチ就任へ”. ゲキサカ. (2013年6月8日) 2022年6月27日閲覧。
  4. ↑ 朴 康造テクニカルアドバイザー就任のお知らせ INAC神戸レオネッサオフィシャルウェブサイト ニュース 2022年3月9日付
  5. 1 2 3 4 5 『朴 康造 監督就任のお知らせ』(プレスリリース)INAC神戸レオネッサ、2022年6月27日。2022年6月27日閲覧。
  6. ↑ 『朴 康造 監督 退任のお知らせ』(プレスリリース)INAC神戸レオネッサ、2023年6月19日。2024年7月8日閲覧。
  7. ↑ 『トップチーム新監督就任のお知らせ』(プレスリリース)アトレチコ鈴鹿クラブ、2024年6月28日。2024年7月8日閲覧。
  8. ↑ 朴康造 - National-Football-Teams.com

https://m.youtube.com/watch?v=zQdwkoiJvaA

パクカンジョ ゴール集

関連項目

外部リンク