李昇烈

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李 昇烈
名前
カタカナ イ・スンニョル
ラテン文字 Lee Seung-Lyeol
ハングル 이승렬
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
生年月日 (1989-03-06) 1989年3月6日(36歳)
出身地 京畿道富川市
身長 182cm
体重 72kg
選手情報
ポジション FW(WG) / MF
ユース
2005-2007 大韓民国の旗 新葛高校(朝鮮語版)
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2008-2011 大韓民国の旗 FCソウル 82 (16)
2012 日本の旗 ガンバ大阪 8 (0)
2012 → 大韓民国の旗 蔚山現代 (loan) 14 (2)
2013 大韓民国の旗 城南一和天馬 23 (3)
2014-2015 大韓民国の旗 全北現代モータース 12 (0)
2016 大韓民国の旗 水原FC 4 (0)
通算 143 (21)
代表歴
2009  韓国 U-20 6 (1)
2009-2011  韓国 U-23 3 (0)
2010 大韓民国の旗 韓国 10 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

李 昇烈(イ・スンニョル、이승렬、1989年3月6日 - )は、大韓民国富川市出身、同国代表の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。

経歴

クラブ

新葛(シンガル)高等学校を卒業後、2008年にドラフトで2位指名[1] を受けFCソウルに入団。初年度からサイドアタッカーとしてレギュラーポジションを獲得し、31試合に出場し5ゴール1アシストを記録し[2]、クラブのリーグ準優勝に貢献。93票中67表を得て[2] この年のKリーグ新人選手賞を受賞した。また三育大学校(朝鮮語版)に進学し、プロサッカー選手と大学生の二足のわらじをはいていた[3]。

2010年、自身キャリアハイとなるリーグ戦7ゴールを挙げる活躍をみせ、クラブのリーグとリーグカップの2冠達成に貢献した。しかし翌2011年シーズンは、崔龍洙監督との確執やデヤン、モリーナといった外国人選手の活躍もあり、出場時間が激減して不調に陥った[4]。

2012年、Jリーグ・ガンバ大阪へ完全移籍[5]。移籍金は1億5000万円(22億ウォン)と報じられた[6][7]。だがリーグ戦8試合に出場し無得点と結果を残せず、7月23日に蔚山現代FCへの期限付き移籍が発表された[8]。リーグ戦14試合に出場し、AFCチャンピオンズリーグ優勝を経験した[9]。

2013年、城南一和天馬へ完全移籍。2014年から2015年は全北現代モータースに在籍したが、2年間で11試合出場、1アシストのみにとどまった[10]。2016年も全北との契約を残していたが、移籍に向けて双方合意の上で契約を破棄し[10]、2016年3月に同年よりKリーグクラシックに昇格した水原FCに加入した[11]。2016年10月、水原FCより李の任意脱退が公示された[12]。

韓国代表

ユース年代から世代別の韓国代表に選出され、2009年にはU-20韓国代表として2009 FIFA U-20ワールドカップに出場、ベスト8に進んだ。2010年1月のザンビア代表との試合でA代表デビューを飾った。同年2月に行われた東アジアサッカー選手権決勝大会では香港代表戦で代表初ゴールを決め、日本代表相手には逆転ゴールを決めた。玉田圭司らと並んで大会得点王に輝いた。この大会の活躍によって南アフリカワールドカップの最終メンバーにも選ばれ、本大会ではギリシャ代表との試合に87分から朴主永に代わり、ワールドカップ初出場を果たした。

人物

奇誠庸、具滋哲らと並ぶ89年世代の一人であった[13][14]。サイドからの崩しを得意としている。ただ2011年以降調子が上がらず、韓国代表にも招集されなくなった。

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
韓国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2008ソウル37Kリーグ21310102325
2009282252042287
201025710332910
20111711010191
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012G大阪37J180--80
韓国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2012蔚山21Kリーグ142-00142
2013城南28
通算韓国Kリーグ 99185018712225
日本J1 80--80
総通算 107185018713025
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2009ソウル3741-
20112840-
2012G大阪3730-
通算AFC 11100

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 10試合 3得点(2010年)[15]
韓国代表国際Aマッチ
年出場得点
2010103
通算103

得点

#開催年月日開催地対戦国勝敗試合概要
1.2010年2月7日日本、東京香港の旗 香港○ 5-0東アジアサッカー選手権2010
2.2010年2月14日日本、東京日本の旗 日本○ 3-1
3.2010年5月16日韓国、ソウルエクアドルの旗 エクアドル○ 2-0親善試合

タイトル

クラブ

FCソウル
蔚山現代

個人

脚注

  1. ↑ “[K리그 드래프트] 윤원일' 드래프트 전체 1순위로 선발”. 大韓サッカー協会. (2007年11月15日) 2017年8月4日閲覧。
  2. 1 2 “이운재' 2008 K-리그 최고선수 등극..이승렬 신인상”. 大韓サッカー協会. (2008年12月9日) 2017年8月4日閲覧。
  3. ↑ “캠퍼스 찾은 ‘월드컵 태극전사’ 이승렬 선수”. 재림마. (2010年9月7日) 2017年8月4日閲覧。
  4. ↑ “李昇烈がガンバ大阪移籍、サインを残すのみ” (朝鮮語). スポーツ朝鮮 - Yahoo! Korea (2012年1月29日). 2012年1月31日閲覧。
  5. ↑ “FW イ スンヨル選手 ガンバ大阪へ完全移籍加入のお知らせ”. J’s GOAL (2012年2月1日). 2017年9月29日閲覧。
  6. ↑ “서울-감바 오사카, 이승렬 이적 기본 합의”. スポタルコリア. (2012年2月1日) 2017年8月4日閲覧。
  7. ↑ “韓国代表FW、G大阪移籍に近づく”. Goal.com. (2012年1月31日) 2017年8月4日閲覧。
  8. ↑ “FWイ スンヨル選手 蔚山現代(韓国)期限付き移籍へ クラブ間契約基本合意のお知らせ”. ガンバ大阪オフィシャルサイト (2012年7月23日). 2012年7月23日閲覧。
  9. ↑ “'피터팬' 이승렬 "성남에서 부활을 꿈꾸는 이유"”. アジア経済. (2013年5月20日) 2017年8月4日閲覧。
  10. 1 2 “한 때 '축구 천재'로 불렸던 이승렬, 무적 위기”. chosun.com. (2016年3月1日) 2017年8月4日閲覧。
  11. ↑ “수원FC, 대표 출신 FW 이승렬 영입 출처”. chosun.com. (2016年3月4日) 2017年8月4日閲覧。
  12. ↑ “수원FC, 이승렬 임의탈퇴 공시”. SPORTIAN. (2016年10月11日) 2017年8月4日閲覧。
  13. ↑ “ワールドカップ初出場の李昇烈「僕には狂ったように幸せな5分間」” (朝鮮語). スポーツ東亜 (2010年7月6日). 2012年1月31日閲覧。
  14. ↑ “G大阪 08年Kリーグ新人王、韓国代表FW獲得へ!”. スポニチ (2012年1月31日). 2012年1月31日閲覧。
  15. ↑ 李昇烈 - National-Football-Teams.com

関連項目

外部リンク