金甫炅

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金 甫炅
名前
カタカナ キム・ボギョン
ラテン文字 KIM Bo-Kyung
ハングル 김보경
基本情報
国籍 大韓民国の旗 韓国
生年月日 (1989-10-06) 1989年10月6日(37歳)
出身地 全羅南道求礼郡
身長 178cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 大韓民国の旗 FC安養
ポジション MF (CH/OH/SH)
背番号 24
利き足 左足
ユース
1999-2001 大韓民国の旗 ソウル梧柳初等学校
2002-2004 大韓民国の旗 遠三中学校(龍仁FC U-15遠三)
2005-2007 大韓民国の旗 新葛高等学校(龍仁FC U-18新葛)
2008-2009 大韓民国の旗 弘益大学校
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2010-2012 日本の旗 セレッソ大阪 41 (15)
2010 →日本の旗 大分トリニータ (loan) 27 (8)
2012-2015 ウェールズの旗 カーディフ・シティFC 58 (3)
2015 イングランドの旗 ウィガン・アスレティックFC 18 (2)
2015 日本の旗 松本山雅FC 6 (0)
2016-2017 大韓民国の旗 全北現代モータース 44 (7)
2017-2019 日本の旗 柏レイソル 36 (2)
2019 →大韓民国の旗 蔚山現代FC (loan) 35 (13)
2020-2022 大韓民国の旗 全北現代モータース 82 (10)
2023-2024 大韓民国の旗 水原三星ブルーウィングス 37 (1)
2025- 大韓民国の旗 FC安養
通算 384 (61)
代表歴2
2007-2009  韓国 U-20 22 (9)
2009-2012  韓国 U-23 22 (6)
2010-2019 大韓民国の旗 韓国 38 (4)
獲得メダル
サッカー
オリンピック
銅2012 ロンドン男子
1. 国内リーグ戦に限る。2025年1月23日現在。
2. 2019年12月11日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj
カーディフ・シティFCの金甫炅(2013年)

金 甫炅(キム・ボギョン、1989年10月6日 - ) は、大韓民国・全羅南道求礼郡出身のプロサッカー選手[1]。Kリーグ1・FC安養所属。元韓国代表。ポジションはミッドフィールダー(インサイドハーフ、アウトサイドハーフ、攻撃的ミッドフィールダー)。

2019年のKリーグ最優秀選手賞受賞者である。

クラブ経歴

大分トリニータ

ソウルで小学生時代を過ごし、中学と高校時代を龍仁市サッカーセンターで過ごした。その後、弘益大学校に進学するも中退してプロ入りを目指したが、ドラフト制度のためにKリーグのクラブに入団することはできず[2]、2009年12月29日にJリーグのセレッソ大阪と3年契約を結ぶことをメディアに明かした[3]。しかし、当時はセレッソのA契約外国人枠(アジア枠含む)が全て埋まっていたために、セレッソと契約を交わした上で当時J2の大分トリニータに期限付き移籍した[4]。

プロ選手としてのキャリアをスタートさせた大分では背番号10を背負い、開幕後5試合で6得点をあげるなど序盤戦において前評判通りの活躍を見せる。同年6月に2010 FIFAワールドカップメンバーに選出。W杯からチームに復帰して以降は2ゴール(うちPKでの得点が1つ)に終わりやや不本意な結果となった。

セレッソ大阪

2011年より、期限付き移籍を満了してセレッソ大阪に復帰。以後、清武弘嗣、乾貴士、倉田秋らと共に中心選手として活躍した。

2012年シーズンにはロンドンオリンピック参加によりチームを離れる7月までに15試合7得点を記録し、得点ランキングの上位にも名を連ねた。

カーディフ・シティ

2012年7月27日、イングランド・フットボールリーグ・チャンピオンシップに参戦しているウェールズのカーディフ・シティFCに3年契約で完全移籍することが発表された[5][6]。関係者が語ったところによれば移籍金は250万ポンド、年俸は120万ポンドだとスポーツ報知は報じている[7]。サポーターへの挨拶をするために大阪に帰り、大勢のサポーター一人一人への握手会、さらに集合写真、キムボギョンからのプレゼント争奪ジャンケン大会を経て、最後はサポーターに胴上げされた。胴上げ回数は背番号にちなんで7回だった[8]。

2012-13シーズン、移籍後1年目からレギュラーを掴みプレミアリーグ昇格に貢献。カーディフが1992年創設のプレミアリーグに昇格するのは初、1部リーグ復帰は1961-62年シーズン以来実に51年ぶりとなる一方で、自身はプレミアリーグでプレーする12人目の韓国人選手となった[9]。

2013-14シーズン、プレミアリーグで28試合に出場したものの、クラブはリーグで苦戦し1年でチャンピオンシップに再び降格となった。

2014-15シーズンは前半戦でチャンピオンシップ2試合のみと出場機会を大幅に減らし、2015年1月24日に双方合意のもとでカーディフとの契約を解除した[10]。

ウィガン・アスレティック

2015年2月6日、フットボールリーグ・チャンピオンシップのウィガン・アスレティックFCと2014-15シーズン終了(2015年6月30日)までの契約を結んだ[11]。当時のウィガンの監督はカーディフ時代の恩師であるマーキー・マッケイ(英語版)だった。ウィガンではリーグ戦18試合に出場して1ゴールを記録したものの、クラブは23位で終えてフットボールリーグ1降格となった。

リーグ戦終了後、韓国代表の試合と基礎軍事訓練に加えて水原三星ブルーウィングスの練習に参加。Kリーグ未経験の金甫炅は一度はKリーグでプレーしたい意向は示したものの、予算を減らしている水原三星とは条件面で大きく隔たりがあるとスポーツソウルは報じた[12]。7月に入ってブラックバーン・ローヴァーズFCへの移籍に迫っていたものの、就労ビザが下りなかったため破談になったことが2015年7月31日にBBCが報じている[13]。

松本山雅

イングランドでのプレーを断念した後、2015年8月にオランダのPSVアイントホーフェンから招待されてトライアルを受けたものの、最終的に契約には至らず、ヨーロッパでのプレーを断念してJ1リーグの松本山雅FCと契約して3年ぶりにJリーグに復帰することが8月25日に朝鮮日報によって報じられた[14]。9月9日、松本山雅から正式に完全移籍加入が発表された[15]。チームはJ1リーグを16位で終えてJ2リーグへの降格が決まってしまい、12月8日に契約満了で退団する旨が発表された[16]。

全北現代1期

2016年、Kリーグクラシック王者の全北現代モータースへ完全移籍[17]。プロ入り以来初の母国リーグでのプレーとなった。

2016シーズンは公式戦43試合に出場して7ゴールを記録。Kリーグクラシックでは2位に終わって3連覇は逃したものの、AFCチャンピオンズリーグ2016では13試合出場3ゴールを記録して10年ぶり2回目の優勝に貢献した。

2017シーズン前半も16試合3ゴール2アシストを記録した。

柏レイソル

2017年6月22日、J1リーグ・柏レイソルへの移籍加入で合意に達し、7月21日に選手登録が行われた[18]。2017年シーズンではJ1リーグ4位とAFCチャンピオンズリーグ2018出場権獲得に貢献したものの、2018年シーズンは一転してチームが不振に陥り、リーグ戦を17位で終えてJ2リーグ降格となってしまった。

蔚山現代

2019年1月3日、Kリーグ1の蔚山現代FCに期限付き移籍で加入[19][20]。リーグ戦35試合に出場し13ゴールを記録。文宣民、セシーニャ、ヴァンデルソンを抑えて2019年シーズンのKリーグ年間MVPに輝いた[21]。

全北現代2期

2020年1月5日、全北現代モータースへ完全移籍で復帰[22][23]。在籍3シーズンで公式戦112試合11ゴールを記録し、Kリーグ1の2連覇と韓国FAカップ優勝に貢献。特に2021年シーズンはKリーグ1で10アシストを記録してアシスト王になった。

水原三星ブルーウィングス

2023年1月17日、2年契約で水原三星ブルーウィングスに移籍[24]。しかし、2023年シーズンはKリーグ1最下位でクラブ初のKリーグ2降格となってしまい、続く2024年シーズンもKリーグ1昇格プレーオフに進めないなど、苦しい時期をともに過ごすことになってしまった。

2024年12月31日、契約満了で退団する旨が発表された[25]。

FC安養

2025年1月23日、Kリーグ1に初昇格したFC安養に加入[26][27]。

代表経歴

2007年から世代別代表に選ばれている。U-20韓国代表ではAFC U-19選手権2008に出場してチームのベスト4入りに寄与し、出場権を得た2009 FIFA U-20ワールドカップ本大会でも2ゴールを挙げた。U-23韓国代表では2010年アジア競技大会と2012年ロンドンオリンピックの銅メダル獲得に貢献。

2010年1月9日、ザンビア代表との国際親善試合で韓国代表デビュー。同年6月から7月まで南アフリカ共和国で開催された2010 FIFAワールドカップ本大会の登録メンバーに選出された。23人中最年少での選出で当時在籍していた大分からのクラブ史上初のW杯登録選手となったが、試合に出場する事はなかった。

2011年1月のAFCアジアカップ2011でも登録メンバー入りはしたものの出場なしに終わった。しかし、以後も継続して招集され続け、2012年6月12日の2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選・レバノン代表戦では国際Aマッチ初ゴールを含む2ゴールをあげて勝利に貢献。

2014年6月から7月までブラジルで開催された2014 FIFAワールドカップ本大会の韓国代表に選ばれ[28]、2試合に途中出場したものの、グループステージで敗退となった。

その後はしばらく代表から遠ざかっていたが、2016年11月11日に行われたカナダ代表との国際親善試合で10分に先制ゴールを記録するなど、2-0の勝利に貢献した[29]。

2019年に自国で開催されたEAFF E-1サッカー選手権2019では背番号10番をつけて出場しチームの優勝に貢献した。

人物

  • 2012年のインタビュー記事にて幼い頃からFCソウルのファンであることを語っている[2]。
  • 韓国代表でキャプテンを務めた朴智星には自らの後継者として名前が挙げられている[2][30]。
  • 2016年末のインタービュー記事にてJリーグの古巣の試合結果をチェックしていたことを語り、松本山雅FCが1年でJ1に復帰できないことを残念がる一方で大分トリニータのJ2復帰とセレッソ大阪のJ1復帰を喜んでいた[31]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010大分10J2278-10288
2011C大阪16J12680031299
2012715732-189
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
2012-13カーディフ13FLC2820000282
2013-14プレミア2810030311
2014-15FLC20300050
ウィガン16182--182
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2015松本26J160-0060
韓国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2016全北現代13Kクラシック294-10304
2017153-10163
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2017柏15J1130-20150
20182322020272
通算日本J1 831752719520
日本J2 278-10288
イングランドプレミア 2810030311
イングランドEFLC 4843000514
韓国K1 447-20467
総通算 230378213125140
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2011C大阪1681-
2016全北現代1311122
2018柏1540-
通算AFC 23222
その他の国際公式戦

出場歴

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 38試合 4得点(2010年-2019年)[32]
韓国代表国際Aマッチ
年出場得点
201080
201130
201252
201391
201450
201520
201631
201710
201800
201920
通算384

タイトル

クラブ

カーディフ・シティFC
全北現代モータース

代表

個人

脚注

  1. ↑ “축구선수 김보경, 구례 저소득 가정 위해 3100만원 기탁” (韓国語). 남도방송 (2019年12月10日). 2022年11月13日閲覧。
  2. 1 2 3 イ・ヨンミ (2012年6月25日). “‘포스트 박지성’ 김보경, “지성 형이 보낸 메시지의 놀라운 힘”” (韓国語). 2025年2月9日閲覧。
  3. ↑ “キム・ボギョン、Jリーグ・セレッソ大阪に入団へ”. 聯合ニュース via WoW!Korea (2009年12月30日). 2025年2月9日閲覧。
  4. ↑ 『title=キム ボギョン選手加入および期限付き移籍のお知らせ』(プレスリリース)セレッソ大阪、2010年1月28日。2025年2月9日閲覧。
  5. ↑ 『KIM BO-KYUNG CITY DEAL CONFIRMED』(プレスリリース)カーディフ・シティFC、2012年7月27日。2025年2月9日閲覧。
  6. ↑ 『【12/07/27】キム ボギョン選手の移籍について』(プレスリリース)セレッソ大阪、2012年7月27日。オリジナルの2013年10月19日時点におけるアーカイブ。2012年7月27日閲覧。
  7. ↑ “キム、イングランド2部・カーディフ移籍…C大阪”. スポーツ報知 (2012年7月12日). 2012年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月12日閲覧。
  8. ↑ 『キム ボギョン選手 壮行セレモニーを開催しました』(プレスリリース)セレッソ大阪、2012年8月17日。2025年2月9日閲覧。
  9. ↑ “카디프, EPL 승격…김보경 12번째 프리미어리거 ” (韓国語). 毎日経済新聞 (2013年4月17日). 2025年2月9日閲覧。
  10. ↑ 『CLUB STATEMENT: KIM BO-KYUNG』(プレスリリース)カーディフ・シティFC、2014年1月24日。2025年2月9日閲覧。
  11. ↑ “Kim Bo-kyung: Wigan Athletic sign former Cardiff midfielder”. BBC (2015年2月6日). 2025年2月9日閲覧。
  12. ↑ “김보경, 수원에서 훈련 중…K리그 진출 가능성은?” (韓国語). スポーツソウル (2015年6月23日). 2025年2月9日閲覧。
  13. ↑ “Kim Bo-kyung: Blackburn Rovers fail to sign midfielder”. BBC (2015年7月31日). 2025年2月9日閲覧。
  14. ↑ キム・ジンフェ (2015年8月25日). “[단독김보경 J리그 유턴, 유럽 돌아 행선지는 마쓰모토]” (韓国語). 朝鮮日報. 2025年2月9日閲覧。
  15. ↑ 『キム ボギョン選手 ウィガン アスレチックより完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)松本山雅FC、2015年9月9日。2025年2月9日閲覧。
  16. ↑ 『契約満了選手のお知らせ』(プレスリリース)松本山雅FC、2015年12月8日。2025年2月9日閲覧。
  17. ↑ “松本退団の韓国代表MFキム・ボギョン、Kリーグ王者・全北現代へ完全移籍”. サッカーキング (2016年1月3日). 2025年2月9日閲覧。
  18. ↑ 『キム ボギョン選手 移籍加入に合意』(プレスリリース)柏レイソル、2017年6月22日。2025年2月9日閲覧。
  19. ↑ (韓国語)『울산현대, 김보경 임대 영입… “우승하기 위해 왔다!”』(プレスリリース)蔚山HD FC、2019年1月3日。2025年2月9日閲覧。
  20. ↑ 『キム ボギョン選手 蔚山現代FCに期限付き移籍』(プレスリリース)柏レイソル、2019年1月3日。2025年2月9日閲覧。
  21. ↑ イ・サンチョル (2019年12月2日). “‘왕별’이 된 김보경 “MVP는 행운…동료의 희생 덕분” [현장인터뷰]” (韓国語). 毎日経済新聞. 2025年2月9日閲覧。
  22. ↑ (韓国語)『김보경, 전북의 재입단... "아시아 최고 자리 올랐던 영광 되찾겠다"』(プレスリリース)全北現代モータース、2020年1月5日。2025年2月9日閲覧。
  23. ↑ 『キム ボギョン選手 全北現代モータースに移籍』(プレスリリース)柏レイソル、2020年1月8日。2025年2月9日閲覧。
  24. ↑ “김보경, 수원삼성과 2년 계약... "팀이 더 강해지도록"[공식발표]” (韓国語). 朝鮮日報 (2023年1月17日). 2025年2月9日閲覧。
  25. ↑ 水原三星ブルーウィングス [@suwonsamsungfc]「뮬리치, 김보경 선수가 계약 만료로 팀을 떠납니다.」2024年12月31日。Instagramより2025年2月9日閲覧。
  26. ↑ 『FC안양, 프리미어리그, 월드컵 경험 보유 베테랑 김보경 영입!』(プレスリリース)FC安養、2025年1月23日。2025年2月9日閲覧。
  27. ↑ FC安養 [@fc_anyang]「FC안양, 국가대표 출신 베테랑 김보경 영입!」2025年1月23日。Instagramより2025年2月9日閲覧。
  28. ↑ “Jリーグから4名選出…韓国代表がブラジルW杯メンバー23名発表”. サッカーキング (2014年5月8日). 2025年2月9日閲覧。
  29. ↑ “South Korea 2-0 Canada (11 Nov, 2016) Final Score”. ESPN. 2025年2月9日閲覧。
  30. ↑ “韓国紙「パク・チソンの後継者はキム・ボギョン」…香川に次ぐタレントと報道”. サッカーキング (2012年6月22日). 2012年8月18日閲覧。
  31. ↑ 慎武宏 (2016年12月11日). “クラブW杯アジア代表の元Jリーガーが語った「日本と韓国の違い」”. Yahoo!エキスパート. 2022年8月22日閲覧。
  32. ↑ 金甫炅 - National-Football-Teams.com

関連項目

外部リンク