| プロフィール | |
|---|---|
| 愛称 | マヤマヤ |
| 生年月日 | 1958年2月23日 |
| 現年齢 | 66歳 |
| 出身地 |
|
| 血液型 | O型 |
| 公称サイズ(時期不明) | |
| 身長 / 体重 | 171 cm / ― kg |
| 活動 | |
| ジャンル | タレント |
| 他の活動 | 歌手 |
| 事務所 | アップフロントクリエイト |
| モデル: テンプレート - カテゴリ | |
林 マヤ(はやし マヤ、1958年2月23日 - )は、日本のファッションモデル、タレント、歌手である。本名、大内 理枝(おおうち りえ)。身長171cm。血液型はO型。所属事務所はアップフロントクリエイト[注 1]。一人称はマヤマヤ[1]。長野県上田市出身。夫はカメラマンの笛風呂タオス(本名:大内流篤)。
長野県小県東部高等学校卒業後に上京して就職するが、就職先の寮で門限破りを繰り返し2週間で退社。その後、風呂なしのアパートに住みアルバイト生活を始める。その頃、東京でモデルをしていた高校時代の友人と銭湯で偶然再会し、モデル事務所を紹介された。
しかし、当時の日本は「可愛い系」のモデルが流行っていたため、個性派モデルである林は、3年間ほど売れない日々を過ごした。当時パンク・ファッションに憧れていたこともあり、事務所を辞めてパンクの本場ロンドンへ行くことを決意。途中、経由地のパリのカフェで、世界的に有名なカメラマンであるピーター・リンドバーグと偶然出会い、日本人として初めてファッション誌『マリ・クレール』フランス版に登場。その後1か月、パリの事務所に所属してモデル活動を行い、パリ・コレクションにも出演した。また、ファッションショーのBGMで使われたジャズの名曲『テイク・ファイヴ』に魅せられ、1991年(平成3年)3月21日、ミディ・レコードからジャズアルバム『MAYA』をリリースして歌手デビューもしている。
日本に帰国後の1996年(平成8年)、資生堂エリクシールのCMに出演したことで注目を集め、徐々に仕事が舞い込む。『anan』には毎号トップモデルとして登場し、東京とパリを往復する生活を10年間続ける。この頃、モデルとしての体型を維持するために過激な食事制限を実行し、健康を害したこともあったという。体調を回復した後は、運動を取り入れた健康的なダイエットをするようになった[2]。その後、食生活の改善を考えていた折に農業に出会い、2009年(平成21年)に茨城県守谷市に引っ越した後はプチシャン(小さな農園)で自ら野菜を栽培している[3]。
現在はタレントとして活動する傍ら、ジャズ歌手としてライブ活動を展開する。
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