| 関根 梓 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 愛称 | せっきー |
| 出生日 | 1996年6月14日(28歳)[1][2] |
| 血液型 | AB型[1] |
| 出生・出身地 |
|
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 2004年 - |
| 事務所 | YU-M エンターテインメント |
| グループ/ ユニット等 |
ハロプロエッグ UFZS アップアップガールズ(仮) チーム・負けん気 |
| 公式サイト | アップアップガールズ(仮) 公式サイト |
関根 梓(せきね あずさ[1]、1996年6月14日[1][2] - )は、日本の女性アイドルであり、女性アイドルグループ『アップアップガールズ(仮)』[3][4]のメンバーである。公式ニックネームは「せっきー」[2][5]。
1996年6月14日[1][2]16時4分生まれ[7]。名前の由来は「(出身地である長野県を流れる)梓川のように清く美しく長くて広い心で育ちますように」とのこと[8]。
2004年、通っていたジャズダンススクールの先生が応募した[9]、ハロプロ エッグ オーディション2004に合格し、ハロプロエッグ第1期生の一員となった[10]。2007年5月、初めて行われたハロー!プロジェクト新人公演[注釈 1]に出演[10]。これが関根にとって初舞台となった[10]。なお、マイクを持って歌うことはできなかった[10]。その後、ステージの中央に立てていた時期もあったが、いつしかステージの端で踊る存在になっていた[11]。
2010年の夏に、所属事務所よりハロプロエッグの研修課程修了という通達があり[12]、11月28日に横浜BLITZで行われた『2010 ハロー!プロジェクト新人公演11月 〜横浜JUMP!〜』がハロプロエッグとしての最後のステージとなった[13]。その後、所属事務所より女性アイドルグループ『アップフロントガールズ(仮)』としての活動を打診され、関根はこれを即座に了承した[11]。「ちゃんとした結果を残してから辞めたいとずっと思っていた」というのがその理由である[11]。
2011年2月22日、K-POPカバーダンスグループ『UFZS』が結成され、そのメンバーとなり[14][15]、同年3月9日には、ハロプロエッグの研修課程を修了したことが正式に発表された[16]。4月1日、アップフロントガールズ(仮)としてのブログ「アップフロントガールズ(仮)オフィシャルブログ」が開始された[5]。後にグループ名は『アップアップガールズ(仮)』に改名された[17]。
2012年より、NHK Eテレ『テストの花道』にレギュラー出演した[18]。
2013年5月にニコニコ動画へアップロードされた「【踊ってみた】にんじゃりばんばん 関根梓」は、再生回数が10万回を超えた[19]。同動画の撮影中に関根の後ろをはとバスの車両が通ったことが話題になり、また、同動画の影響でアップアップガールズ(仮)を初めて知った人がいるという[19]。
同年8月31日、横浜BLITZにて行われたアップアップガールズ(仮)のライブ、アップアップガールズ(仮)1stライブハウスツアー アプガ第二章(仮)開戦〜横浜リベンジ決戦〜で、「アッパーカット!」のパフォーマンス中に左足首をひねり、靭帯部分断裂と診断された[20]。怪我をして以降「ペースが全く掴めな」いなど、悪いこともあったが、「普段は踊っているので見えなかった部分もすごく見え」るなど、良いこともあったという[21]。同怪我は12月17日までに完治した[22]。
2015年3月、ぐんま観光特使で、関根と同じくアップアップガールズ(仮)のメンバーである新井愛瞳との「地元PR対決」に勝利し「しあわせ信州応援アイドル」に就任[23]。2016年1月には、小海線全線開通80周年を記念し「小海線沿線地域特別応援大使」に就任した[24]。
2021年1月1日、アップアップガールズ(仮)のリーダーに就任[25]。
2021年9月29日、「頚椎症性神経根症」の診断を受けライブ活動休止を発表[26]。療養の後、同年11月より復帰した[27]。
未登録
IPFS未登録
📡 0ピア
N=1
CRITICAL
PQS A90