楓信号場

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楓信号場
信号場風景(2005年5月)
かえで
Kaede
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(7.0 km) オサワ(信)►
所在地 北海道夕張市楓
北緯42度55分54秒 東経142度5分31秒 / 北緯42.93167度 東経142.09194度 / 42.93167; 142.09194座標: 北緯42度55分54秒 東経142度5分31秒 / 北緯42.93167度 東経142.09194度 / 42.93167; 142.09194
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 ■石勝線
キロ程 48.7 km(南千歳起点)
電報略号 カテ
駅構造 地上
ホーム 3面3線*(旅客扱い廃止)
開業年月日 1981年(昭和56年)10月1日(旅客駅)[1]
備考 *:うち1線は占冠方が行き止まり
**:楓駅としての日付
・2004年(平成16年)3月13日信号場に格下げ[1]
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楓信号場(かえでしんごうじょう)は、北海道夕張市楓にある北海道旅客鉄道(JR北海道)石勝線の信号場である。電報略号はカテ[2]。事務管理コードは▲132121[3]。

歴史

当地には北海道炭礦汽船(北炭)登川炭砿が操業しており、1907年(明治40年)から紅葉山駅から分岐し登川駅に至る夕張線の支線(通称:登川支線)が通り、楓駅(2代)および登川駅が設置されていた。

その後、現在の石勝線となる建設線・紅葉山線が紅葉山駅(現:新夕張駅) - 占冠駅間に建設されることとなった際、当初は紅葉山駅からホロカクルキ川沿いに一旦南下し、トンネルで穂別町(現:むかわ町)のヌタポマイ沢(現:むかわ町穂別長和地内、オサワ信号場付近の沢)へ抜けてから新登川(→東オサワ信号場)に抜けるルートで考えられていたが、夕張市・穂別町(現:むかわ町)の市町境付近に建設が見込まれたトンネルで大量の湧水が予想された[4]。

結果、いくつかの別案が検討されたのち、紅葉山駅前後を新線に付け替えたうえで(新)紅葉山駅(現:新夕張駅)を10m 高い駅裏の高台に設置、紅葉山線はそこから既存の夕張線登川支線に並行して楓地区へ進んでから、トンネルでヌタポマイ沢に抜け、新登川へ至るルートに決定した[4][注 1]。

この案では、すでに1953年(昭和28年)に閉砿となり出炭を実施していなかった登川支線の代替として登川支線を廃止し、一方で旅客駅として新線上に新駅の楓駅(3代)を設置する計画となり[5][4][注 2]、楓駅含む紅葉山線の計画は1966年(昭和41年)に運輸大臣に認可された[4]。

石勝線はその長期にわたる建設過程で、駒里信号場、オサワ信号場など多くの途中駅が沿線過疎化や国鉄の要員問題に伴う省力化を理由に信号場へ変更されたが、楓駅についてはこの時点でも楓地区の住民が登川支線を使って近隣の炭砿へ通勤していたことから、楓駅は本線から分かれた折り返し着発線と待合室が設けられ、従来の登川支線程度の輸送を確保する1日6往復の普通列車(開業時点)が発着することとなった[2][4]。一方で、1981年(昭和56年)の石勝線開業時、上記の6往復を除いて新夕張駅 - 新得駅間の旅客列車は札幌と帯広・釧路方面を結ぶ優等列車のみ運行となり[2]、新得方面へ向かう列車はすべて当駅通過扱いで、客扱いを行わなかった。

その後、楓駅を発着する普通列車は利用者の減少に伴う減便を繰り返して2000年(平成12年)には早朝に運行される1往復のみとなり、その1往復も2001年(平成13年)7月1日から日曜運休となった。旅客駅としての末期の利用客は1日1人という状況で公共交通機関としての役割を終えたと判断され、2004年(平成16年)3月12日の営業をもって旅客営業を終了し[6]、翌日より信号場となった。

年表

信号場名の由来

地名より。付近に楓が多いことからの名称[13]。

構造

楓信号場構内配線略図[8][4]
STR
↑南千歳・新夕張方
ABZlr STR+r
eABZgl exSTR+r ABZgl
4番線(折り返し着発線)は現在保守用
STRg exSTRf STRf
数字は開業当初の番線(乗り場番号とは異なる)
exBUILDING
旧待合所(現存せず)
SBRÜCKEa exSBRÜCKEm SBRÜCKEe
夕張市道登川山手線(事実上の構内跨線橋)
ePSTR(R) exSTR ePSTR(L)
乗降設備はすべて現存せず
ePSTR(R) ENDExa ePSTR(L)
2番線(上下副本線)は1995年までに大半を撤去し保守用に変更
ABZg+l STRr STR
STRl ABZ+lr
STR
↓占冠・上落合・新得方

開業時点では4線を有しており南千歳方から新得方に向かって左手から以下のように配置されていた[14][4]。

  • 折り返し着発線(4番線、旧3番ホーム)
  • 下り本線(3番線、旧1番ホーム)
  • 上下副本線(2番線、後年廃止・撤去)
  • 上り本線(1番線、旧2番ホーム)

1995年(平成7年)に実施された石勝線高速化工事に伴う構内改良により上下副本線は廃止され、また2004年の当駅での客扱い終了により旧3番線の使用も停止(保線用側線に用途変更)されたため、下り本線と上り本線のみが営業に使用されている[8]。

もともと当駅は両開き分岐器が採用されており、高速化工事に際して片開き分岐器による1線スルー化ではスノーシェルターの大幅な改築が必要であること、当駅構内が半径700 m (キハ283系の場合でも通過速度120 km/h)の曲線となっていることから、南千歳方新得方ともに20番両開き分岐器を採用して、本線通過速度を80 km/h から 120 km/hに向上させている[15][8]。

旅客駅時代の設備

かつての楓駅風景(2003年9月)
楓駅時代の駅構内の様子

旅客扱いにあたって、乗降用ホームが当駅発着列車が使用する折り返し着発線(3番ホーム)のほか、通常使用しない下り本線(1番ホーム)・上り本線(2番ホーム)にも設けられていた[4][14]。駅設備としての跨線橋や構内踏切はなかったが、下り本線・折り返し着発線側から上り本線へ線路をまたぐ形で夕張市道登川山手線が構内をまたいでいるため、これが実質的に跨線橋の役割をしていた[4]。

駅本屋は存在しなかったが、信号場としての機器室のほか、鋼製パネル造の待合所が3番ホームに面して設けられ、汲み取り式の便所も設けられていた。また、通常使用しない1・2番ホームにも規模は小さいが、鋼製パネル造の構造の待合所が設置されていた[4]。

周辺

楓駅前バス停(2003年8月)
  • 国道274号
  • 登川郵便局
  • かつては駅前に夕張鉄道バス登川線「楓駅前」バス停が設置されていたが、2017年10月1日に登川線が廃止され、バス停も廃止された[16]。

隣の施設

北海道旅客鉄道(JR北海道)
■石勝線
新夕張駅 (K20) - (楓信号場) - (オサワ信号場) - (東オサワ信号場) - (清風山信号場) - *(鬼峠信号場) - 占冠駅 (K21)
*打消線は廃止信号場

脚注

注釈

  1. ↑ (旧)紅葉山駅から占冠駅は高低差200 m の片勾配となるため、紅葉山駅を10m高くすることで勾配緩和となり、距離も短縮された。
  2. ↑ 紅葉山駅を高台に移転した際に、当時貨物列車も運行していた夕張方面(のちの夕張支線)は線路を付け替え新駅に接続したが、登川支線は新駅に接続しなかった。
  3. ↑ ただし7日は日曜日であり、定期列車は運休日であったため、この臨時列車1往復のみの運転となった。

出典

  1. 1 2 3 4 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 24号 石勝線・千歳線・札沼線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年12月27日、15頁。
  2. 1 2 3 4 「道央の新しい動脈 石勝線 プロフィールと撮影ガイド」『鉄道ジャーナル』第16巻第1号、1982年1月1日、22-27頁。
  3. ↑ 日本国有鉄道旅客局 編『日本国有鉄道 停車場一覧』日本国有鉄道、1985年9月20日、188頁。doi:10.11501/12065988。ISBN 4-533-00503-9。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 『石勝線建設工事誌』日本鉄道建設公団札幌支社、1982年3月、6-10, 334, 339, 395, 399, 402頁。doi:10.11501/12653289。
  5. ↑ 岩田伸雄「石勝線建設の工事現況」(PDF)『建設の機械化』第20巻第287号、日本建設機械化協会、1974年1月、pp.11-17、 オリジナルの2018年9月17日時点におけるアーカイブ。
  6. 1 2 『平成16年3月ダイヤ改正について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2003年12月26日。オリジナルの2003年12月31日時点におけるアーカイブ。2014年7月5日閲覧。
  7. ↑ “「通報」●石勝線楓駅ほか1駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報. 日本国有鉄道総裁室文書課. 1981年8月26日. p. 2.
  8. 1 2 3 4 三木, 一巨「20番両開き分岐器の敷設」『日本鉄道施設協会誌』、日本鉄道施設協会、1996年8月、28-30頁、doi:10.11501/3255409。
  9. ↑ 藤島, 茂「JR北海道における130km/h高速化」『鉄道と電気技術』第8巻第4号、日本鉄道電気技術協会、1997年3月、68-71頁、doi:10.11501/3314045、ISSN 0915-9231。
  10. 1 2 『石勝線「楓駅」営業終了に伴う臨時列車の運転について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2004年2月25日。オリジナルの2005年3月7日時点におけるアーカイブ。2014年7月5日閲覧。
  11. ↑ “さよなら楓駅 最終列車230人乗車 夕張”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2004年3月12日)
  12. ↑ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '04年版』ジェー・アール・アール、2004年7月1日、184頁。ISBN 4-88283-125-2。
  13. ↑ 太田幸夫『北海道の駅 878ものがたり ~駅名のルーツ探求~』(1版)富士コンテム、札幌市、2004年2月29日、68頁。ISBN 4-89391-549-5。
  14. 1 2 渡辺節雄「国鉄・石勝線の開業について」『鉄道ピクトリアル』第31巻第12号、電気車研究会、1981年12月、pp.13-18、doi:10.11501/3294531、ISSN 0040-4047。
  15. ↑ “在来線で最長「高速分岐器」 JR北海道 石勝線楓駅に設置 120キロ通過が可能”. 交通新聞. 交通新聞社. 1995年7月27日. p. 3.
  16. ↑ “夕張地区ダイヤ改正のお知らせ”. 夕張鉄道. 2017年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月25日閲覧。

関連項目