毛利元承

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毛利元承
時代 江戸時代後期
生誕 天保4年2月30日(1833年4月19日)
死没 嘉永2年7月11日(1849年8月28日)
改名 健之助(幼名)、元承
戒名 慈徳院実巌良英
墓所 山口県下関市清末の高林寺
官位 従五位下出雲守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家慶
藩 長門清末藩主
氏族 毛利氏
父母 毛利元義、水野氏
毛利元世
兄弟 元寛、元運、元承、政子、細川義邵室ら
子 元純(養嗣子)
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毛利 元承(もうり もとつぐ)は、長門国清末藩7代藩主。

生涯

天保4年(1833年)2月晦日、清末藩家の本家筋(清末藩第2代藩主毛利匡広(元平)の子孫)にあたる長門長府藩主・毛利元義の十一男として江戸で生まれる。第6代藩主・元世の2人の実子が早世したため、弘化元年(1844年)12月に養子となった。弘化2年(1845年)、元世の死去により跡を継ぐ。嘉永2年(1849年)7月11日に死去した。享年17。跡を養子の元純が継いだ。

系譜