石川陽生

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 石川陽生 七段
名前 石川陽生
生年月日 (1963-03-05) 1963年3月5日(61歳)
プロ入り年月日 1986年5月14日(23歳)
引退年月日 2023年9月14日(60歳)
棋士番号 177
出身地 東京都新宿区
所属 日本将棋連盟(関東)
師匠 高田丈資七段
段位 七段
棋士DB 石川陽生
戦績
通算成績 522勝559敗(対局数1081局) / 勝率0.4828
竜王戦最高クラス 4組(3期)
順位戦最高クラス C級1組(18期)
2023年9月14日現在
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石川 陽生(いしかわ あきお、1963年3月5日 - )は、将棋棋士。棋士番号は177。東京都新宿区出身。高田丈資七段門下。2023年引退。

棋歴

プロデビュー前

  • 10歳から将棋を始めた。「4人兄弟で兄達が将棋を指すところを見て『負かしてやりたい』との闘争心に火が点いた」という。中学生でアマ四段となり、この頃から棋士を目指し始めると、14歳で奨励会に入会した[1]。
  • 奨励会二段の頃、第5回(1982年度)「若駒戦」の決勝(東西決戦)で有森浩三に勝って優勝。同棋戦では翌年も決勝進出している(神崎健二に敗れ、準優勝)。その後、規定の成績を挙げて、1986年度にプロデビュー。

プロデビュー後

  • 1987年度の第46期順位戦にて順位戦に初参戦。最終局で4勝目を挙げた結果、合計4勝6敗で辛うじて降級点の回避に成功した。
  • 1988年度の第47期順位戦では8勝2敗の好成績を収めるが、当期のC級2組は8勝2敗の者が石川を含めて10名いる大激戦であり、順位差で昇級ならず。
  • 1991年度、第50期順位戦で9勝1敗の好成績を収めた結果、2位でC級1組へ昇級した。また、第4期竜王戦では昇級者決定戦を制して、5組へ昇級した。
  • 1993年度は第6期竜王戦の5組ランキング戦で準優勝し、4組へ昇級した。しかし第9期竜王戦(1996年度)で3連敗し、5組へ降級した。
  • 1999年度、第58期順位戦のC級1組で苦戦した結果、2勝8敗に終わり初の降級点となってしまった(翌年度に6勝4敗と勝ち越して降級点を消去)。その他、第49回NHK杯にて初めて予選を突破すると、本戦でも2連勝した。
  • 2001年度、第14期竜王戦で3連敗し、6組へ降級した。
  • 第44期(2003年度)第44期王位戦の予選で中原誠、深浦康市に勝ってリーグ入りする活躍。リーグでは1勝に留まり、残留失敗。
  • 2005年度、第13期銀河戦の決勝トーナメントに初進出(1回戦で敗退)。本戦ブロックの2連勝で進出という幸運だった。
  • 第56回(2006年度)NHK杯戦では、阿久津主税、森下卓に勝ち、ベスト16入り。
  • 2007年度、第66期順位戦のC級1組で3勝7敗に終わり、再び降級点となった。第79期棋聖戦と第57期王将戦では二次予選決勝まで勝ち進むが、それぞれ屋敷伸之と藤井猛に敗れて、惜しくも本戦・リーグ入りならず。
  • 2008年度は第57期王座戦で勝ち進むが、二次予選決勝で森内俊之に敗れ、またしても本戦入りならず。
  • 2009年度、第68期順位戦のC級1組で再び3勝7敗に終わり、2回目の降級点でC級2組へ陥落となった。
  • C級2組でも順位戦の不調は止まらず、2012年度(第71期順位戦)~2014年度(第73期順位戦)の3年連続で降級点となり、結果降級点3でフリークラスへ陥落した。
  • その後も調子の上がらない期間が続いたが、2020年度に若手強豪棋士の渡辺和史や黒沢怜生[2]相手に勝利する活躍を見せると、2021年度はフリークラス編入後で初めての二桁勝利(10勝11敗)を収めた。翌2022年度も12勝11敗だったが、満60歳に達したためフリークラス棋士の引退規定により2023年度は参加中の竜王戦昇級者決定戦を残して引退が決定した[3]。
  • 2023年9月14日、第36期竜王戦(6組昇級者決定戦)の藤原直哉七段との対局で敗退し引退となった[4]。

棋風

人物・エピソード

  • 「撮影に入ると、キリッとした表情になるプロ意識の高い棋士」と評されている[5]。
  • 順位戦デビューとなった第46期順位戦の最終局は、A級経験者の強豪である五十嵐豊一が相手だった。前述通り石川が勝利して4勝目を挙げた結果、五十嵐は1つ目の降級点を取得する事になり、この敗局を最後に引退している。
  • 2001年以来、長野県松本市の窪田空穂記念館で、他の棋士を伴って窪田空穂生家将棋教室を開講している[6]。

昇段履歴

  • 1977年11月1日 : 5級 = 奨励会入会
  • 1978年5月1日 : 4級
  • 1978年8月1日 : 3級
  • 1979年8月1日 : 2級
  • 1979年11月1日 : 1級
  • 1980年10月1日 : 初段
  • 1981年12月1日 : 二段
  • 1983年6月1日 : 三段
  • 1986年5月14日 : 四段 = プロ入り
  • 1991年7月16日 : 五段(勝数規定 /公式戦100勝、通算100勝85敗)
  • 1998年7月30日 : 六段(勝数規定 /五段昇段後公式戦120勝、通算220勝196敗)
  • 2007年10月23日 : 七段(勝数規定 /六段昇段後公式戦150勝、通算370勝347敗)[7]
  • 2015年4月1日(フリークラス編入、通算459勝469敗=七段昇段後89勝112敗)
  • 2023年9月14日 : 引退(フリークラス規定、通算522勝559敗)[4]

主な成績

在籍クラス

順位戦・竜王戦の在籍クラスの年別一覧
開始
年度
(出典)順位戦
出典[8]
(出典)竜王戦
出典[9]
期 名人 A級 B級 C級 0 期 竜王 1組 2組 3組 4組 5組 6組 決勝
T
1組 2組 1組 2組
1986 45 四段昇段前 第26期十段戦 予選敗退
1987 46 C248 4-6 1 6組 -- 3-2
1988 47 C238 8-2 2 6組 -- 3-2
1989 48 C208 6-4 3 6組 -- 0-2
1990 49 C212 7-3 4 6組 -- 4-1
1991 50 C212 9-1 5 5組 -- 1-2
1992 51 C121 5-5 6 5組 -- 4-1
1993 52 C114 6-4 7 4組 -- 2-2
1994 53 C110 6-4 8 4組 -- 3-2
1995 54 C108 4-6 9 4組 -- 0-3
1996 55 C118 4-6 10 5組 -- 1-2
1997 56 C114 5-5 11 5組 -- 3-2
1998 57 C112 4-6 12 5組 -- 1-2
1999 58 C115x 2-8 13 5組 -- 4-2
2000 59 C127*+ 6-4 14 5組 -- 0-3
2001 60 C112 3-7 15 6組 -- 1-2
2002 61 C120 5-5 16 6組 -- 4-2
2003 62 C116 7-3 17 6組 -- 5-2
2004 63 C109 3-7 18 6組 -- 0-2
2005 64 C121 6-4 19 6組 -- 3-2
2006 65 C114 6-4 20 6組 -- 0-2
2007 66 C111x 3-7 21 6組 -- 1-2
2008 67 C126* 5-5 22 6組 -- 1-2
2009 68 C117*x 3-7 23 6組 -- 2-2
2010 69 C201 3-7 24 6組 -- 0-2
2011 70 C230 6-4 25 6組 -- 0-2
2012 71 C213x 3-7 26 6組 -- 4-2
2013 72 C237*x 2-8 27 6組 -- 3-2
2014 73 C244**x 3-7 28 6組 -- 3-2
2015 74 F編 29 6組 -- 2-2
2016 75 F編 30 6組 -- 1-2
2017 76 F編 31 6組 -- 0-2
2018 77 F編 32 6組 -- 1-2
2019 78 F編 33 6組 -- 2-2
2020 79 F編 34 6組 -- 4-2
2021 80 F編 35 6組 -- 4-2
2022 81 F編 36 6組 -- 4-2
2023 2023年3月末でフリークラス期限経過 2023年9月14日 引退
順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。
順位戦の右数字はクラス内順位 ( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 )
順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。
竜王戦の 太字 はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。

年度別成績

公式棋戦成績
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1986 2412120.5000
1987 3012180.4000
1988 4025150.6250
1989 4525200.5556
1990 3520150.5714[10]
1986-1990
(小計)
17494800.5402
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1991 3724130.649[11]
1992 4125160.610[12]
1993 3517180.486[13]
1994 3115160.483[14]
1995 269170.346[15]
1996 3215170.469[16]
1997 2915140.517[17]
1998 3216160.500[18]
1999 3415190.441[19]
2000 3519160.5428[20]
1991-2000
(小計)
3321701620.5120
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2001 2911180.3793[21]
2002 3115160.4838[22]
2003 3015150.5000[23]
2004 3418160.5294[24]
2005 3420140.5882[25]
2006 3216160.5000[26]
2007 3517180.4857[27]
2008 3218140.5625[28]
2009 269170.3461[29]
2010 3114170.4516[30]
2001-2010
(小計)
3141531610.4872
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2011 216150.2857[31]
2012 259160.3600[32]
2013 3314190.4242[33]
2014 2913160.4482[34]
2015 197120.3684[35]
2016 187110.3888[36]
2017 198110.4210[37]
2018 154110.2666[38]
2019 154110.2666[39]
2020 209110.4500[40]
2011-2020
(小計)
214811330.3785
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2021 2110110.4761[41]
2022 2312110.5217[42]
2023 3210.6666[43]
2011-2013
(小計)
4724230.5106
通算 10815225590.4828
2023年9月14日引退

著書

脚注

  1. ↑ “将棋の国際化に奔走。浸透しているのを実感、「今の将棋は定石が通じないんですよ」”. よみタイム. 2023年1月15日閲覧。
  2. ↑ “57歳のベテラン・石川陽生七段、若手イケメン棋士・黒沢怜生五段に勝利 1日2勝と元気いっぱい/将棋・朝日杯”. ABEMA TIMES. 2023年1月15日閲覧。
  3. ↑ 『昇段・引退・休場棋士のお知らせ』日本将棋連盟、2023年4月3日。
  4. 1 2 “石川陽生七段が引退|将棋ニュース|日本将棋連盟” (2023年9月15日). 2023年10月26日閲覧。
  5. ↑ “形勢に、自信あり…石川陽生七段[竜王戦写真館]”. 讀賣新聞オンライン. 2023年1月15日閲覧。
  6. ↑ 『窪田空穂生家将棋教室年表』長野県将棋情報サイト。
  7. ↑ “日本将棋連盟からのお知らせ(2008年10月27日時点のアーカイブ)”. web.archive.org. 2024年8月12日閲覧。
  8. ↑ 「名人戦・順位戦」『日本将棋連盟』。
  9. ↑ 「竜王戦」『日本将棋連盟』。
  10. ↑ [名無しリンク]
  11. ↑ [名無しリンク]
  12. ↑ [名無しリンク]
  13. ↑ [名無しリンク]
  14. ↑ [名無しリンク]
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  38. ↑ [名無しリンク]
  39. ↑ [名無しリンク]
  40. ↑ [名無しリンク]
  41. ↑ [名無しリンク]
  42. ↑ [名無しリンク]
  43. ↑ [名無しリンク]

関連項目

外部リンク