砂に消えた涙

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「砂に消えた涙」ないし「砂にきえた涙」(イタリア語: Un buco nella sabbia)は、1964年に発表された、イタリアの歌手ミーナの楽曲。作曲はピエロ・ソフィッチ(イタリア語版)、作詞はアルベルト・テスタ(イタリア語版)[1]。日本では、漣健児が書いた日本語詞でミーナ本人が歌ったシングルが発売されたほか、日本語詞によるバージョンが弘田三枝子、矢沢永吉、桑田佳祐を始めとした数多くの歌手によってカバーされた。

イタリア語の原題は、「砂に掘った穴」といった意味である。

ミーナによる歌唱

この楽曲は、1964年5月に、「Se Mi Compri Un Gelato」をB面に収めたシングルとして、イタリアのRi-Fiレーベルからリリースされた[2]。その後、1965年2月[3]、ないし、3月[1]にリリースされたアルバム『Studio Uno』に収録された。

その後、漣健児が「砂にきえた涙」ないし「砂に消えた涙」として、弘田三枝子が歌うことを想定して日本語詞を書いたが、ミーナ本人もこの日本語詞で歌い[4]、1965年1月には、A面に日本語詞、B面にイタリア語詞の歌唱を収めた「砂にきえた涙」のシングルが日本ビクターから発売された[5]。また、その後1975年には、この曲名をタイトルとしたコンピレーション・アルバム『砂に消えた涙』がキングレコードからリリースされ、日本語詞の歌唱が収録された[6]。

日本語詞によるカバー

漣健児の日本語詞によるバージョンは、数多くの歌手によってカバーされた。

脚注

  1. 1 2 “STUDIO UNO”. DISCOGRAFIA NAZIONALE DELLA CANZONE ITALIANA. 2016年8月27日閲覧。
  2. ↑ Un Buco Nella Sabbia / Se Mi Compri Un Gelato - Discogs
  3. ↑ Studio Uno - Discogs
  4. ↑ 柴田勝章 (2001年6月29日). “弘田三枝子「子供ぢゃないの」(ビバ!ポップス)”. 朝日新聞・夕刊: p. 19. "… ミーナの「砂に消えた涙」「別離(わかれ)」とカバーし、どれもオリジナルよりもヒットした。彼女は漣健児の訳詞を一番多く歌った歌手であり、カバー・ポップスの申し子だった。":柴田勝章 (2001年11月9日). “ミーナ「砂にきえた涙」(ビバ!ポップス)”. 朝日新聞・夕刊: p. 13 - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  5. ↑ 砂にきえた涙 (日本語盤) / 砂にきえた涙 (イタリー語盤) Un Buco Nella Sabbia - Discogs
  6. ↑ 砂に消えた涙/Un Buco Nella Sabbia - Discogs
  7. ↑ はじめての恋人/砂に消えた涙 - Discogs
  8. ↑ Jun Mayuzumi - Discogs
  9. ↑ 涙の太陽 - Discogs
  10. ↑ Love Time Trip - Discogs
  11. ↑ “北原佐和子”. MEG-CD. 2016年8月27日閲覧。
  12. ↑ 川崎浩 (1994年9月5日). “<アーチスト>憂歌団 息するスキマを歌う”. 毎日新聞・東京夕刊: p. 8. "25日に歌謡曲スタンダードを中心に録音した「知ってるかい」(ワーナー)を発表、… ツアーをスタートさせる。… 弘田三枝子の<砂に消えた涙>も北原ミレイの<石狩挽歌>も憂歌団語に訳される。" - 毎索にて閲覧
  13. ↑ “ONE MAN 30 ~VOICE~ EIKICHI YAZAWA ACOUSTIC TOUR 2002”. 2023年8月30日閲覧。
  14. ↑ “YAZAWA CLASSIC~VOICE~EIKICHI YAZAWA Acoustic Tour 2002”. 2023年8月30日閲覧。
  15. ↑ “Longtime Favorites”. スマイルカンパニー. 2016年8月27日閲覧。
  16. ↑ 川崎浩 (2004年12月13日). “[記者が選ぶ今週はコレ!・ポップス]伏流水のさざなみ”. 毎日新聞・東京夕刊: p. 9. "… かつて漣の会社に所属していた歌手たちが集い、漣ポップスを歌う「トゥゲザー・アンド・フォーエバー」… が発売された。...「砂に消えた涙」が元プリンセスプリンセスの岸谷香..." - 毎索にて閲覧
  17. ↑ “Dear Friends III”. テイチクエンタテインメント. 2016年8月27日閲覧。
  18. ↑ 【ライブレポート】桑田佳祐、番組リスナーを前に熱唱。サザンからクラプトンまで BARKS