ザ・ピーナッツ

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ザ・ピーナッツ
右からエミ、ユミ(1966年10月)
基本情報
別名 ピーナッツ
出身地 日本の旗 日本・愛知県知多郡常滑町(現・常滑市)
ジャンル 和製ポップス
歌謡曲
(最初期には一部民謡も歌唱)
活動期間 1959年2月11日 - 1975年4月5日
レーベル キングレコード
事務所 渡辺プロダクション
旧メンバー 伊藤エミ(ハーモニー)
伊藤ユミ(メロディー)

ザ・ピーナッツ (The Peanuts) は、日本の双子の元女性歌手(デュオ)、女優である。愛知県知多郡常滑町(現・常滑市)生まれ[1]、同県名古屋市育ち[注釈 1]。略称「ピーナッツ」。

発売したシングル、LPの累計売上は1000万枚以上に達する。

人物

略歴

生い立ち

愛知県知多郡常滑町(現・常滑市)生まれ。ただしすぐに転居し、子供-学生時代は同県名古屋市で過ごす。

愛知県名古屋市立西陵商業高等学校(現・名古屋市立西陵高等学校)を2年生の時に中途退学後、主に名古屋市内にあるレストラン「ザンビ」の経営者谷村一、専属バンドで演奏していた大浦郁夫に歌の指導を得て「伊藤シスターズ」名義で歌っていたが、1958年に渡辺プロダクション社長の渡邊晋にスカウトされ上京[注釈 2]。同社長宅に下宿しつつ宮川泰に師事し、歌唱レッスンを受ける[注釈 3]。

デビュー

1960年
アムステルダムにて(1966年10月)
ミッシェル・フリッカー演出によるテレビ番組『ザ・ピーナッツ・ショウ』(1964年12月31日放映)に出演するため二人は西ドイツへ渡航した。ミュンヘンにて。
アメリカのジャズトランペット奏者アル・ハート(英語版)と。1966年

1959年2月11日、「第2回 日劇コーラスパレード」で歌手デビュー[1]。4月、「可愛い花」でレコードデビュー[1]。事務所はデビューより引退まで16年間一貫して渡辺プロダクションに所属。同社の専属タレント第1号であった[2][5][1]。レコード会社は各社の争奪戦となり、ビクターレコード[注釈 4]と契約寸前まで達したが逆転され1959年4月2日にキングレコードと契約した。

1959年6月17日から1970年3月31日までフジテレビ系の歌謡番組『ザ・ヒットパレード』のレギュラーに抜擢される。

その後1961年6月4日から1972年10月1日まで日本テレビ系の人気バラエティー番組『シャボン玉ホリデー』でメイン司会を務めた。

『夜のヒットスタジオ』には1969年(昭和44年)1月13日に初出演(曲は「ガラスの城」)して以来、約6年間の間に40回に渡り出演。まだ「歌謡バラエティ」の色が強かった夜ヒットにおける常連歌手の一組であり、『シャボン玉ホリデー』での経験から当時の人気コーナー「歌謡ドラマ」にも率先して参加した。引退前最後の出演となった1975年(昭和50年)3月31日放送では番組史上初の「サヨナラ」企画が組まれ[注釈 5]、ハナ肇、植木等、坂本九、坂本スミ子、伊東ゆかり、中尾ミエ、こまどり姉妹、平尾昌晃ら歌手・タレント仲間が数多く駆けつけ「情熱の花」、「ローマの雨」、「心の窓にともし灯を」、「可愛い花」の計4曲を熱唱した[注釈 6]。

日本国外でも活躍し、『エド・サリヴァン・ショー』(アメリカ)や『カテリーナ・バレンテ・ショー』(当時の西ドイツ。現・ドイツ)、『ダニー・ケイ・ショー』(アメリカ)[6]にも出演したことがある。

また、女優活動も行っており、映画などにも数作出演。中でも『モスラ』での「小美人」役は2人のキャラクター性を活かした役柄であった[5]。東宝作品では、ゴジラシリーズやクレージー映画に出演したほか、主演映画も制作された[1]。

和製ポップス[注釈 7]を海外公演などによって世界に広めた功績は大きく、特に当時の東西両ドイツやイタリアでは、日本の歌手といえば即座に「ザ・ピーナッツ」と連想されるほどの活躍ぶりも高く評価された[7]。

引退

1975年2月18日に当時東京都千代田区有楽町の三信ビルヂングにあった渡辺プロダクション社屋[注釈 8]にて記者会見を開き、現役を引退することを表明した[注釈 9]。

同年3月31日には番組開始時より数多く出演をした『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)にて引退記念特集「さよならピーナッツ」[注釈 10]が組まれ、続く4月5日にはNHKホールにおいて、高橋圭三司会で「さよなら公演」を興行[注釈 11]。

この時、渡辺プロの主要タレントがほぼ総出で見届けていた。なお、このさよなら公演は3月から4月に掛けて大阪・京都・名古屋でも行われていた。同公演を最後に芸能界を引退[注釈 12]。以後はほぼ公の場には姿を現すことはなかった[注釈 13]。

最終公演

引退後

姉の伊藤エミは1975年6月4日に同じ所属事務所であった沢田研二と結婚し[2]、世田谷区中町のハナ肇宅の隣に居を構えていた。その後1男を出産するが、1987年1月に離婚した。

ニッポン放送(JOLF)で、1961年(昭和36年)から1965年(昭和40年)にかけて、その名も『ザ・ピーナッツ』というタイトルで、伊藤姉妹がDJを務めていたラジオ番組の音源(放送日のデータは不明)が発見されたのをきっかけに、番組中で歌唱した曲(未発表曲10曲を含む)を集めてコンパクトディスク化したアルバムを、キングレコードが2008年(平成20年)11月26日に発売した[8]。

2005年12月23日より2006年1月15日まで東京都千代田区にある丸ビルで「渡辺プロダクション創立50周年企画 「抱えきれない夢」 日本のエンターテインメントの50年」が開催され、会場内の「ザ・ピーナッツコーナー」の展示品に、さよなら公演で使用されたマイクが伊藤エミ・ユミの提供により展示されていた。

2012年6月15日、姉:伊藤エミが死去[9]。およそ4年後の2016年5月18日には妹:伊藤ユミが死去した[10]。

2016年9月7日、生誕75周年を記念して森高千里や華原朋美、元Winkの相田翔子、そしてメンバーに吉田美和を擁するユニットFUNK THE PEANUTSら全12組が参加した自身初となるトリビュート・アルバム「ザ・ピーナッツ トリビュート・ソングス」とオリジナル音源を収録したコンピレーション・アルバム「ザ・ピーナッツ オリジナル・ソングス」の2枚が同時リリースされた[11]。

名付け親

グループ名は元・日本テレビのプロデューサー、井原高忠がグループ名、2人の芸名ともに名付けた[1]。また、姉妹それぞれの芸名を付けたのは渡邊晋である[12]。

エミとユミの相違点

双子の見分け方
ほくろのある方がエミ、ない方がユミ(最初期はユミもマジックで付けほくろをしていた)。
双子の性格の違い
エミは本人によればおっちょこちょい、ユミによれば優しいが短気で周りによるとドジ気味。ユミはエミによると冷静で素直。
歌のパート
ハーモニーがエミ、メロディーがユミで歌うのが通常のパターンである。

エピソード

出演

主なテレビ番組

ラジオ番組

映画

音楽

シングル

カヴァー・ポップス作品

#発売日A面
B面
タイトル作詞作曲編曲型番
1950年代
1 1959.04A可愛い花 音羽たかし S. Bechet 宮川泰 EA-82
B南京豆売り音羽たかし
宮川泰
L.W. Gilbert
M. Simmons
M. Sunshine
内藤法美
2 1959.06 A キサス・キサス 音羽たかし O. Ferres
J. Davis
宮川泰 EB-188
B チャッキリ・チャ・チャ・チャ 北原白秋 町田嘉章
3 1959.09 A 情熱の花[注釈 16] 音羽たかし
水島哲
B. Botkin
P. Murtagh
G. Garfield
宮川泰 EB-219
B 米山さんから (新潟県民謡) (新潟県民謡)
1960年代
4 1960.02 A 乙女の祈り 音羽たかし T. Badarzewska
椙山浩一 (補作)
宮川泰 EB-311
B ばってん、ばってん、ばってんてん (熊本県民謡) (熊本県民謡)
5 1960.04 A 悲しき16才[注釈 17] 音羽たかし I. Koslotti
I. Reid
T. Sprimger
宮川泰 EB-324
B 心の窓にともし灯を 横井弘 中田喜直
6 1960.07 A 月影のナポリ[注釈 18] 千家春
(岩谷時子)
S. Skylar
F. Migliacci
B. De Filippie
宮川泰 EB-366
B 白鳥の恋 P. Tchaikovsky
B. Worth
7 1960.10 A パパはママにイカレてる[注釈 19] 音羽たかし J. Moutet 宮川泰 EB-7022
B マイ・ホーム・タウン[注釈 20] P. Anka
8 1960.10 A ジングル・ベル 音羽たかし P. Pont 宮川泰 EB-7019
B サンタクロースがやってくる H. Gillespie
J.F. Coots
9 A 清しこの夜 J.モーア F. Gruber 宮川泰
石川皓也
EB-7020
B 別れのワルツ 稻垣千穎 (スコットランド民謡) 宮川泰
10 1960.12 A ルナ・ナポリターナ[注釈 21] 音羽たかし O. Gautschi
V. Panzuti
宮川泰 EB-7026

SEB-6

B バイアの小道 D. Burgess
A. Salvet
A. Rouvre
11 1961.02 A 17歳よさようなら 音羽たかし U. Bindi 宮川泰 EB-7028

SEB-7

B 二人はしあわせ J. Fulton
L. Steele
12 1961.05 A しあわせがいっぱい 音羽たかし R. Angiolimi
G. Rapetti
宮川泰 EB-7034

SEB-17

B マッダレーナおばあさん Misa
Pallavisini
Massara
13 1961.07 A スク・スク[注釈 22] 音羽たかし T. Rojas
F. Bonitay
A. Ferreri
宮川泰 EB-7038

SEB-22

B カカオの瞳 C. Rigual
H. Bradtke
14 1961.09 A ペピト 音羽たかし A. Truscott
C. Taylor
宮川泰 EB-7048

SEB-34

B ヘロー・メリー・ルー G. Pitney
15 1962.01 A コーヒー・ルンバ[注釈 23] あらかはひろし J.M. Perroni 宮川泰 EB-7052

SEB-38

B シンデレラ 音羽たかし P. Anka
16 A イエロー・バード 音羽たかし M. Keith
A. Bergman
N. Luboff
宮川泰 EB-7064

SEB-50

B あなたに夢中 F. Gerald
R.F. Dolan
17 1962.03 A 君去りし夜 あらかはひろし O. Oropeza 宮川泰 EB-7086
B あなたなんかもういや 岩谷時子 G. Larsen
B. Belland
18 1962.05 A 夕焼けのトランペット 音羽たかし F. Pissano
N. Rosso
宮川泰 EB-7097

SEB-55

B ローマの恋[注釈 24] C. Rustichelli
19 1962.06 A モスコーの夜は更けて 音羽たかし M.L. Matusovosky 宮川泰 EB-7108
B 初恋のところ あらかはひろし G. Ferrio
20 1962.07 A イエスサリー あらかはひろし L. Scott 宮川泰 EB-7121
B グッド・ラック・チャーム A. Schroder
W. Gold
21 1962.09 A さいはての慕情 あらかはひろし L. Scott 宮川泰 EB-7133
B ジョニー・エンジェル L. Pockriss
L. Duddy
22 1962.12 A レモンのキッス みナみカズみ A. Ponchielli 宮川泰 EB-7165
B 恋のジューク・ボックス[注釈 25] 漣健児 B. Russell
P. Medley
23 1963.02 A 夜霧に泣くブルース 三田恭次 S. Applebaum 宮川泰 EB-7179
B トンボラ 岩谷時子 A. Alguero
24 1964.01 A 悲しきカンガルー[注釈 26] 福地美穂子 R. Harris 宮川泰 EB-7248
B ノン・ムッシュ あらかはひろし H. Gilaud
B. Roberts
25 1965.01 A 二人の恋人は? (ドイツ語) K. Hertha H. Kiessling HIT-1162
B ヘイ・キャプテン (ドイツ語) H. Hellmer
26 A スーヴェニール・東京 (ドイツ語) J. Nicolas H. Kiessling HIT-1163
B ハッピー・ヨコハマ (ドイツ語) K. Hertha
27 1965.03 A 二人の恋人は? 安井かずみ H. Kiessling BS-7071
B スーヴェニール・東京 岩谷時子
28 1965.08 A かわいい小鳥 あらかはひろし J.D. Loudermilk 東海林修 BS-7114
B ブルーレディーに紅バラを 安井かずみ S. Tepper
R. Bennet
29 1965.12 A 乙女の涙 安井かずみ R. Dumas
J.J. Debout
宮川泰 BS-7128
B 明日になれば 宮川泰
30 1966.08 A シュガー・キャンディー 安井かずみ G. Loose
W. Scharfenberger
宮川泰 BS-7148
B スパニッシュ・フリー J. Wechter

オリジナル作品

#発売日A面
B面
タイトル作詞作曲編曲型番
1960年代
1 1961.06Aインファントの娘[注釈 27] 池すすむ 宮川泰 EB-7030
B草原情歌劉俊南
青山梓
王洛賓
2 1961.08A今池音頭高橋掬太郎 飯田三郎 宮川泰 EB-535
Bお城音頭-
3Aあれは十五の夏祭り岩谷時子 宮川泰 EB-570

SEB-26

Bスク・スク・ドール青島幸男中村八大宮川泰
4 1962.02Aいつも心に太陽を横井弘中田喜直宮川泰 EB-7072

SEB-41

B山小屋の太郎さん岩谷時子 宮川泰
5Aふりむかないで 岩谷時子 宮川泰 EB-7075
Bアテネの恋唄M.Hajidakis宮川泰
6 1962.05A私と私[注釈 28] 永六輔 中村八大 EB-7088
B幸福のシッポ
7 1962.10A二人の高原岩谷時子 宮川泰 EB-7150
B手編みの靴下竹内伸光

岩谷時子

8 1963.01A若い季節[注釈 29]永六輔桜井順宮川泰 EB-807
KO6S-434
Bわたしの心はうわのそら竹内伸光
音羽たかし
宮川泰
9 A 祇園小唄 長田幹彦 佐々紅華 宮川泰 EB-822

SB-8

B 深川くずし 神長瞭月、山口凌雲
10 1963.04A恋のバカンス岩谷時子 宮川泰 EB-7196
BチャオあらかはひろしG.Ferrio宮川泰
11 1963.05A舞妓はん音頭[注釈 30]岩谷時子 宮川泰 EB-914

SB-914

Bわてら祇園の舞妓はん池すすむ 萩原哲晶
12 1963.11A東京たそがれ岩谷時子 宮川泰 EB-987
Bこっちを向いて秋元近史
13 1964.03Aキャンディー・ムーン安井かずみ 宮川泰 BS-7003
Bドミニク福地美穂子S.Sourire宮川泰
14 1964.05Aジューン・ブライド岩谷時子 宮川泰 BS-9
Bほほにかかる涙安井かずみR.Satti宮川泰
15 1964.09 A 赤いダイヤ (藤田まこと) 池すすむ 山本直純 BS-87
B 好きになっちゃっちゃった

(藤田まこと&ザ・ピーナッツ)

竹内伸光 宮川泰
16A青空の笑顔 安井かずみ 宮川泰 BS-7039
BポエトリーM.Anthony
P.Kaufman
東海林修
17Aウナ・セラ・ディ東京[注釈 31]岩谷時子宮川泰 東海林修 BS-7040
B知らなかった三田恭次P.Calvi
18 1964.11Aマイ・ラヴ安井かずみ 宮川泰 BS-7053
Bブーベの恋人漣健児C.Rustichelli東海林修
19 1965.03Aかえしておくれ今すぐに[注釈 32]藤田敏雄いずみたく 宮川泰 BS-7085
Bドンナ・ドンナ安井かずみS.Secunda
20 1965.07Aあなたの胸に安井かずみ 宮川泰 BS-7102
B私を愛して漣健児J.Kennedy
M.Singleton
宮川泰
21 1966.05A愛は永遠に岩谷時子 宮川泰 BS-7141
B花のささやき音羽たかしC.Donida宮川泰
22 1966.10Aローマの雨橋本淳すぎやまこういち服部克久 BS-515
B銀色の道塚田茂 宮川泰
23 1967.05A東京ブルー・レイン有馬三恵子鈴木淳宮川泰 BS-641
Bしあわせの花を摘もう塚田茂 宮川泰
24 1967.08A恋のフーガなかにし礼すぎやまこういち 宮川泰 BS-692
B離れないで橋本淳筒美京平
25 1968.02A恋のオフェリア なかにし礼 宮川泰 BS-778
B愛のフィナーレ
26 1968.06A恋のロンド 橋本淳すぎやまこういち宮川泰 BS-838
B愛への祈り すぎやまこういち
27 1968.10Aガラスの城なかにし礼鈴木邦彦森岡賢一郎 BS-917
Bたった一度の夢岩谷時子 宮川泰
28 1969.03A悲しきタンゴ なかにし礼すぎやまこういち宮川泰 BS-958
B愛しい人にさよならを すぎやまこういち
29 1969.07A哀愁のヴァレンティーノ なかにし礼 すぎやまこういち 宮川泰 BS-1028
B夕陽に消えた恋
30 1969.09A野いちご摘んで 山口あかり 田辺信一 小谷充 BS-1075
Bついて行きたい
1970年代
31 1970.03A男と女の世界 山上路夫 沢田研二 クニ河内 BS-1157
Bしあわせの誓い
32 1970.07A東京の女 山上路夫沢田研二宮川泰 BS-1235
B愛が終ったとき クニ河内
33 1970.12A大阪の女橋本淳中村泰士森岡賢一郎 BS-1300
B青白いバラ山上路夫沢田研二宮川泰
34 1971.05Aなんの気なしに 山上路夫 沢田研二 宮川泰 BS-1380
B北国の恋
35 1971.10Aサンフランシスコの女橋本淳中村泰士高田弘 BS-1442
Bロンリー香港岩谷時子 宮川泰
36 1972.03Aリオの女橋本淳 中村泰士 高田弘 BS-1505
B恋のカーニバル安井かずみ
37 1972.08Aさよならは突然に 山上路夫 鈴木邦彦 BS-1584
B夜行列車
38 1973.02A指輪のあとに 安井かずみ 加瀬邦彦 馬飼野俊一 BS-1636
B最終便
39 1973.07A情熱の砂漠山上路夫 加瀬邦彦 星勝 BS-1734
Bあの時、もし安井かずみ
40 1974.01A気になる噂 山上路夫 加瀬邦彦 星勝 BS-1789
Bひとり暮し
41 1974.04A愛のゆくえ荒木とよひさ 加瀬邦彦 宮川泰 BS-1827
Bさよならは微笑んで山上路夫
42 1974.09Aお別れですあなた 千家和也 すぎやまこういち BS-1868
B季節めぐり
43 1975.03A浮気なあいつ 山口洋子 宮川泰 BS-1917
Bよこがお宮川泰森岡賢一郎
44 1978.05Aモスラの歌[注釈 33]田中友幸
本多猪四郎
関沢新一
古関裕而 TV-41
Bインファントの娘 池すすむ古関裕而

EP

#発売日タイトル収録曲型番
1 1960.10可愛い花 ジングル・ベル
サンタ・クロースがやってくる
きよしこの夜
別れのワルツ
EB395/6
2 1961.10 ピーナッツのクリスマス・ソング ジングル・ベル
サンタ・クロースがやってくる
きよしこの夜
別れのワルツ
SKW-1
3 1963.09 ザ・ピーナッツ・ヒット集 (その1) 恋のバカンス
ふりむかないで
夕焼けのトラムペット
さいはての慕情
BB-24
4 1964.05 ザ・ピーナッツ・ヒット集 (その2) ドミニク
ノン・ムッシュ
ウナ・セラ・ディ・東京
悲しきカンガルー
BB-66
5 1964.06 ドミニク ドミニク
アラ・ソロテ
ウナ・セラ・ディ・東京
ダンケ・シェーン
SS-31
6 1965.02 マイ・ラヴ マイ・ラヴ
キャンディー・ムーン
ブーベの恋人
青空の笑顔
SS-42
7 1966.07 明日になれば 明日になれば
花のささやき
悲恋
天使のためいき
SS-152
8 1967 ローマの雨 ローマの雨
銀色の道
スパニッシュ・フリー
乙女の涙
SS-197
9 1967 恋のフーガ 恋のフーガ
離れないで
東京ブルーレイン
ローマの雨
SS-236
10 1970 沢田研二作品をうたう 東京の女
白い小舟
男と女の世界
しあわせの誓い
SS-372
11 1971 なんの気なしに なんの気なしに
東京の女
大阪の女
愛が終わったとき
SS-397

LP

#発売日タイトル型番
11959.10可愛いピーナッツLKF-1060
21960.02ピーナッツ民謡お国めぐりLKF-1069
31960.10ピーナッツの"ザ・ヒット・パレード "LKF-1111
41961.04夢であなたに: ピーナッツのポピュラー・ムードLKF-1124
51962.01ピーナッツのザ・ヒット・パレード第2集LKF-1209
SKF-63
6 1962.08 ピーナッツのザ・ヒット・パレード第3集 LKF-1273
SKF-118
7 1963.01 祇園小唄: ピーナッツのムード民謡 SKG-4
8 1963.08 バカンスだよ: ピーナッツのザ・ヒット・パレード=Vol.4 LKF-1364
SKG-33
9 1963.04 ピーナッツの ポピュラー・スタンダード SKJ-1017
10 1964.04 ピーナッツのザ・ヒット・パレード第4集 SKG-59
11 1964.09 ウナ・セラ・ディ東京/ピーナッツのザ・ヒット・パレード Vol.5 SKK-33
12 1965.06 アモーレ・スクーザミ/ピーナッツのヒット・パレード Vol.6 SKK-119
13 1966.04 AROUND THE EUROPE/ザ・ピーナッツのヒット・パレード Vol.6 SKK-225
14 1967 ザ・ピーナッツ・デラックス SKK-394
15 1968.12 ピーナッツ・ゴールデン・デラックス <ベスト・オブ・ピーナッツ> SKK-475/6
16 1970 フィーリン・グッド ピーナッツの新しい世界 SKD-39
17 1972 世界の女たち ザ・ピーナッツ SKA-18
18 1971 華麗なるフランシス・レイ・サウンド ザ・ピーナッツ最新映画主題歌を歌う SKD-87
4K-2
19 1972 ザ・ピーナッツ・オン・ステージ SKA-37
4K-38
20 1973 情熱の砂漠: ジャスト・ナウ SKA-59
21 1980 モニュメント: ザ・ピーナッツ・ラスト・ライヴ SKD-570/1

=== シングル以外 ===

CMソング

コマーシャルソングの一部を記述。

など。

放送番組向けソング

民謡

民謡関連の一部の曲目を記述。

など。

クリスマスソング

その他

支えた裏方達

ザ・ピーナッツ担当のマネージャーは基本的に幹部候補生を数名抜擢した。これらの担当者は後年、渡辺プロで、あるいは独立し、それぞれが芸能界で大成している。

主なマネージャー

NHK紅白歌合戦出場歴

  • NHK紅白歌合戦には1959年(第10回)から引退前年の1974年(第25回)まで16回連続で出場。実の兄弟・姉妹としては史上初めて出場。また、兄弟・姉妹による16回連続出場という記録も持つ。16回連続出場はPerfumeと並び紅組でのグループの最長記録。
年度/放送回 回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1959年(昭和34年)/第10回初情熱の花07/25和田弘とマヒナ・スターズ
1960年(昭和35年)/第11回2悲しき16才11/27和田弘とマヒナ・スターズ(2)
1961年(昭和36年)/第12回3スク・スク19/25ダーク・ダックス
1962年(昭和37年)/第13回4ふりむかないで05/25ダーク・ダックス(2)
1963年(昭和38年)/第14回5恋のバカンス22/25デューク・エイセス
1964年(昭和39年)/第15回6ウナ・セラ・ディ東京24/25坂本九トリ前
1965年(昭和40年)/第16回7ロック・アンド・ロール・ミュージック21/25デューク・エイセス(2)
1966年(昭和41年)/第17回8ローマの雨16/25ジャッキー吉川とブルーコメッツ
1967年(昭和42年)/第18回9恋のフーガ22/23アイ・ジョージトリ前(2)
1968年(昭和43年)/第19回10ガラスの城06/23西郷輝彦
1969年(昭和44年)/第20回11ウナ・セラ・ディ東京(2回目)20/23フランク永井
1970年(昭和45年)/第21回12東京の女03/24野村真樹
1971年(昭和46年)/第22回13サンフランシスコの女18/25堺正章
1972年(昭和47年)/第23回14さよならは突然に11/23ビリー・バンバン
1973年(昭和48年)/第24回15ウナ・セラ・ディ東京(3回目)12/22上條恒彦
1974年(昭和49年)/第25回16ブギウギ・ビューグル・ボーイ[14]20/25布施明
  • 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある()はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。

NHKみんなのうた出演歴

初放送 曲目 再放送
1961年(昭和36年)6月 - 7月バルーンのうた2019年(令和元年)4月 - 5月
1962年(昭和37年)4月花2021年(令和3年)3月
1962年(昭和37年)10月 - 11月パパはママが好き2017年(平成29年)10月 - 11月
1962年(昭和37年)12月 -
1963年(昭和38年)1月
ずいずいずっころばし(なし)
1963年(昭和38年)8月 - 9月木曽節
1972年(昭和47年)4月 - 5月カンタ カナリート 〜風よりもかろやかに〜
  • 『バルーンのうた』・『花』・『パパはママが好き』の3曲はラジオのみの再放送。

その他

  • ハナ肇とクレージーキャッツ、ザ・ドリフターズとともに最強時代のナベプロを築き上げていた功績が評価されている。
    なお、クレージーとの共演は比較的多かったものの、ドリフとの共演はほとんどない。特に志村けん加入後の後者との共演は茶の間に出回っている出典に残る範囲では1975年(昭和50年)正月の新春かくし芸大会と前述の「さよなら公演」[注釈 34]、8時だョ!全員集合でのゲスト出演が数回ある程度である[15]。[注釈 35]
  • 上記のような縁もあってか、ハナ肇が1993年に他界する直前にはハナの弟子であるなべおさみと共に看病に当たっていた[16]。ハナは伊藤姉妹が見舞うたびに笑顔で「いつも済まないねえ」「おとっつぁん、それは言わない約束でしょ」と『シャボン玉ホリデー』のコントのセリフを繰り返していたという。
  • 同じ双子の歌手であったこまどり姉妹とはデビューした年も同一であったこともあり、公私共に交流があった。
  • 1966年(昭和41年)発売の園まりのシングル「逢いたくて逢いたくて」は、ザ・ピーナッツが1962年(昭和37年)に発売したシングル「手編みの靴下」が元歌である。
  • 「シャボン玉ホリデー」の番組タイトルを「ピーナッツ・ホリデー」にする事が有力であったが、スポンサー側の意向で立ち消えとなった。この為、テレビ番組に於けるザ・ピーナッツの冠番組は、現役時代には1番組も存在しなかった。

ザ・ピーナッツを演じた女優

脚注

注釈

  1. ↑ 『中日新聞』1975年3月30日朝刊の名古屋でのさよなら公演の記事によると小学生時代に名古屋市中区西大須に転居したとある。資料によっては、「名古屋市生まれ」と記述している[2]。
  2. ↑ 最初は名ドラマーとして知られたジミー竹内が渡邊に紹介したという。
  3. ↑ 社長宅には当時、事務所の先輩である浜村淳なども下宿していた。
  4. ↑ 当時は独立した会社ではなく日本ビクターの一部門であった。
  5. ↑ その後、山口百恵・南沙織・ピンク・レディー・石野真子・高田みづえ・森昌子などの引退・解散時にも行われ、同番組の名物企画となった。
  6. ↑ 夜ヒットでピーナッツが出演ていた時期の映像は殆ど現存していない。ただし、引退企画の回は現存していて同番組最終回でもその時に「情熱の花」を歌った映像が流された。
  7. ↑ 現代風に言えば「J-POP」と称されることもある。但し、若干意味合いが異なると定義されている。
  8. ↑ 2023年現在は渋谷区内に移転している。
  9. ↑ 引退自体は1972年頃より検討していた。
  10. ↑ これが同番組での「サヨナラ」企画第1号とされている。ザ・ピーナッツは夜のヒットスタジオには通算40回出演している。
  11. ↑ この当時は歌手の引退コンサートはまだ一般的ではなかった。また、歌手として史上初めてのさよならコンサートとも言われている。
  12. ↑ その後同年4月13日の「さようならザ・ピーナッツ」、また同年5月25日に「最後の最後のザ・ピーナッツ」が日本テレビで放送されたが「さよなら公演」等のVTRを主としたものであり、ザ・ピーナッツは直接出演はしていない。
  13. ↑ 例外として1975年7月20日の比叡山延暦寺に於ける結婚式は報道されていた。また、1987年1月に渡辺晋が死去した際、渡辺の葬儀には例外的に公の場に姿を現している。
  14. ↑ 後に日産自動車に吸収合併され現在会社は存在しないが、現在も日産販売店系列の名称に「日産プリンス」という形で名称が残っている。
  15. ↑ 2003年の映画『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』でもライブフィルムでワンカット出演している。
  16. ↑ 歌詞は2種類存在している、オリジナルはカテリーナ・ヴァレンテ(英語版)
  17. ↑ オリジナルはキャシー・リンデン
  18. ↑ 森山加代子との競作、オリジナルはイタリアの歌手ミーナ。
  19. ↑ 森山加代子との競作。ただし歌詞違いであるので完全な競作ではない。また森山加代子版は題名が「パパはママがお好き」である。オリジナルはカテリーナ・ヴァレンテ。
  20. ↑ ダニー飯田とパラダイスキングとの競作。ただし歌詞違いであるので完全な競作ではない。またダニー飯田とパラダイスキング版は題名が「恋のホームタウン」である。
  21. ↑ 坂本九、西田佐知子、松島トモ子、島田マリとの競作。ただし歌詞違いであるので完全な競作ではない。また坂本九版は題名が「夢のナポリターナ」、松島トモ子版は「夢のナポレターナ」、島田マリ版は「夢のナポリターノ」である。
  22. ↑ ダニー飯田とパラダイスキングとの競作。ただし歌詞違いであるので完全な競作ではない。またパラキン版は題名が「パラキンのスクスク」である。
  23. ↑ 西田佐知子との競作。ただし歌詞違いであるので完全な競作ではない。
  24. ↑ すぎやまこういち初のザ・ピーナッツソング作曲。
  25. ↑ 森山加代子、ベニ・シスターズとの競作。
  26. ↑ ダニー飯田とパラダイスキングとの競作。
  27. ↑ 東宝映画「モスラ」の挿入歌として使用されたが、劇中歌唱版とは曲の構成が異なっている。
  28. ↑ 東宝映画「私と私」主題歌。
  29. ↑ NHKの同名テレビドラマ、及び東宝の同名映画の主題歌。
  30. ↑ 東宝映画「若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん」主題歌。
  31. ↑ 前年リリースした「東京たそがれ」を再アレンジした楽曲。
  32. ↑ 当時未解決だった「吉展ちゃん誘拐殺人事件」の犯人に向けて作られた楽曲。
  33. ↑ 東宝映画「モスラ」の主題歌として使用されたが、映画公開当時の1961年にレコードリリースは無かったため、映画公開から実に17年越しのリリースとなった。
  34. ↑ ただしドリフは会場で出迎えをしたのみ。
  35. ↑ 志村がドリフに加入したのはピーナッツ解散前年の1974年だった為。ピーナッツ解散後の1979年にドリフは渡辺プロから暖簾分けの形でドリフのマネージャーだった井沢健が設立したイザワオフィスに移籍している。
  36. ↑ 双子でないが、姉妹である。
  37. 1 2 実際の双子の姉妹である。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 東宝特撮女優大全集 2014, p. 58, 文・鈴木啓之「ザ・ピーナッツ」
  2. 1 2 3 4 東宝特撮映画全史 1983, p. 530, 「怪獣・SF映画俳優名鑑」
  3. ↑ スポニチ (2012年6月28日). “伊藤エミさん死去 沢田研二と離婚 慰謝料は18億円超も沢田姓で通す”. 2012年6月28日閲覧。
  4. ↑ “双子デュオ ザ・ピーナッツの伊藤ユミさん死去 75歳”. ORICON STYLE. (2016年7月11日) 2016年7月11日閲覧。
  5. 1 2 ゴジラ画報 1999, p. 118, 「Bonus Column 東宝美女軍団6 かわいい!ザ・ピーナッツ」
  6. ↑ ダニー・ケイ・ショーに出演して・・・☆ピーナッツ・ホリデー☆
  7. ↑ ドイツで人気者 ザ・ピーナッツ☆ピーナッツ・ホリデー☆
  8. ↑ ザ・ピーナッツ未発表曲10曲がCD化 サンケイスポーツ 2008年9月20日閲覧
  9. ↑ “「ザ・ピーナッツ」伊藤エミさんが死去”. スポーツ報知. (2012年6月27日). オリジナルの2012年6月27日時点におけるアーカイブ。 2014年5月1日閲覧。
  10. ↑ ザ・ピーナッツの伊藤ユミさん死去、75歳,デイリースポーツ,2016年7月11日
  11. ↑ “特設サイト”. ザ・ピーナッツ トリビュート. 2016年7月1日閲覧。
  12. ↑ 「ザ・ピーナッツ シングルス〜モスラの歌〜」(40周年記念CD)解説書
  13. ↑ 「本多猪四郎監督 長編インタビュー(1)」『モスラ/モスラ対ゴジラ』東宝出版事業室〈東宝SF特撮映画シリーズVOL.2〉、1985年1月1日、150-151頁。ISBN 4-924609-04-8。
  14. ↑ もともとはアンドリュース・シスターズの1941年のヒット曲。1973年にベット・ミドラーがリバイバルヒットさせた。
  15. ↑ 書籍「芸能ビジネスを創った男 〜渡辺プロとその時代〜」の表紙裏のページに1975年(昭和50年)の新春かくし芸大会の写真が掲載されている
  16. ↑ 野々山葉子『幸せだったね、ハナちゃん』(1994年9月、扶桑社、ISBN 4-594-01520-4)、なべおさみ『病室のシャボン玉ホリデー ハナ肇最期の29日間』(書籍版:文藝春秋社、2008年。文庫版:イースト・プレス、2014年、ISBN 9784781671222)より。

参考文献

関連項目

外部リンク