竹田忠嗣

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竹田 忠嗣
名前
愛称 タケ
カタカナ タケダ タダシ
ラテン文字 TAKEDA Tadashi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-07-27) 1986年7月27日(38歳)
出身地 マレーシアの旗 ペナン州
身長 178cm
体重 74kg
選手情報
ポジション DF
利き足 右足
ユース
1999-2004 日本の旗 ジェフユナイテッド市原
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2005-2008 日本の旗 ジェフユナイテッド千葉 0 (0)
2006-2008 →日本の旗 ジェフ・リザーブズ 50 (4)
2008-2017 日本の旗 ファジアーノ岡山 230 (6)
2018-2021 日本の旗 FC岐阜 85 (2)
通算 365 (12)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

竹田 忠嗣(たけだ ただし、1986年7月27日 - )は、マレーシア出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー(ボランチ)。

来歴

ジェフユナイテッド市原・千葉の育成組織出身。2005年にユースからトップチームに加入するも、主戦場はセカンドチームであるジェフクラブ/ジェフリザーブズであった。

2008年途中に当時JFL所属だったファジアーノ岡山に移籍。以後2017年まで10年に渡ってプレーし、クラブの躍進を支えた。 結果的に所属最終年となる2017年4月23日、モンテディオ山形戦で負傷。左膝後十字靭帯損傷で全治6~8週間の診断を受けた[1]。 シーズン半ばに試合に出場するまで回復はしたが、同年8月20日の松本戦で再び左膝後十字靭帯損傷を損傷[2]。 シーズン終了後に岡山を契約満了となり退団[3]。

2018年よりFC岐阜に移籍[4]。4年間プレーしたが、2021年12月6日、契約満了による退団が発表[5]。3日後の12月9日には、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場[6]するも所属先は決まらず、2022年4月1日、FC岐阜から2021年シーズン限りでの現役引退が公表された[7]。

人物・エピソード

  • マレーシア出身だが、両親の仕事の都合で出生時に居住していたのがマレーシアというだけであり、両親は共に日本人である。
  • ジェフのトップチーム昇格後に慶應義塾大学総合政策学部に進学しており、学業とサッカーを両立させていた(トップチーム昇格決定より大学合格の方が先だったという)[8]。
  • ジャニーズ事務所のアイドルグループのファンであることを公言している[9]。特にKis-My-Ft2がお気に入りであり(中でも推しは北山宏光)、同グループ出演番組のキスマイBUSAIKU!?の視聴をきっかけにしてハマったという[10]。2019年4月4日放送のアウト×デラックスでは、「J1を目指す動機が不純なJ2のサッカー選手」との紹介でゲスト出演し、サプライズ登場したKis-My-Ft2との対面を果たした[11]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005千葉36J100000000
20060000-00
2006千葉C32JFL00-0000
2007千葉36J10000-00
2007千葉R18JFL331--331
2008千葉36J10000-00
2008千葉R18JFL163--163
岡山3510-3040
200936J2370-10380
20101820-0020
2011242-10252
2012341-10351
20136401-00401
2014120-00120
2015330-10340
2016381-20400
2017101-10111
2018岐阜3341-10351
2019251-00251
2020J3230--230
202130-0030
通算日本J1 00000000
日本J2 2898-802978
日本J3 260-00260
日本JFL 504-30534
総通算 365120011037612

その他公式戦

脚注

  1. ↑ “岡山、竹田忠嗣が負傷…左ひざ後十字靭帯損傷で全治6~8週間”. サッカーキング (2017年5月4日). 2022年12月10日閲覧。
  2. ↑ “岡山DF竹田忠嗣、左膝負傷で全治は最長約8週間”. ゲキサカ (2017年8月24日). 2022年12月10日閲覧。
  3. ↑ “岡山、在籍10年目DF竹田ら4選手の契約満了を発表”. ゲキサカ. (2017年11月20日) 2019年6月26日閲覧。
  4. ↑ 『竹田忠嗣選手、ファジアーノ岡山(J2)より完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)FC岐阜、2017年12月21日。2018年11月19日閲覧。
  5. ↑ 『竹田忠嗣選手、契約満了のお知らせ』(プレスリリース)FC岐阜、2021年12月6日。
  6. ↑ “【Jトライアウト全選手】千葉安田理大、甲府高崎寛之ら50人超 第1日”. 日刊スポーツ (2021年12月9日). 2022年12月1日閲覧。
  7. ↑ 『竹田忠嗣選手、現役引退のお知らせ』(プレスリリース)FC岐阜、2022年4月1日。2022年4月1日閲覧。
  8. ↑ “ジェフユナイテッド市原・千葉 Jリーガー 竹田忠嗣さん(総1)”. SFC CLIP (2005年6月3日). 2019年5月26日閲覧。
  9. ↑ “竹田 忠嗣はJリーグを代表するジャニオタ選手!「Jリーグがなかったらジャニオタとして生きていた」と回答!”. Jリーグ.jp. 日本プロサッカーリーグ (2018年). 2019年6月7日閲覧。
  10. ↑ ““ジャニオタJリーガー”が熱弁! FC岐阜・竹田忠嗣選手に聞く、「ジャニーズアイドルの魅力」”. サイゾーウーマン. サイゾー (2019年4月5日). 2019年6月7日閲覧。
  11. ↑ “「キスマイに会いたい」 FC岐阜・竹田忠嗣がJ1を目指す理由”. livedoor ニュース (2019年4月5日). 2019年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月7日閲覧。

関連項目

外部リンク