小峯隆幸

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小峯 隆幸
名前
愛称 コミ[1]
カタカナ コミネ タカユキ
ラテン文字 KOMINE Takayuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1974-04-25) 1974年4月25日(50歳)
出身地 埼玉県[2]東松山市
身長 172cm[2]
体重 73kg[2]
選手情報
ポジション DF[2]
利き足 右足
ユース
1990-1992 日本の旗 帝京高校
1993-1996 日本の旗 順天堂大学
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1998-2003 日本の旗 東京ガス/FC東京 107 (0)
2003 日本の旗 ベガルタ仙台 8 (0)
2004 日本の旗 柏レイソル 2 (0)
2005 日本の旗 徳島ヴォルティス 23 (0)
2006-2008 日本の旗 FC岐阜 64 (0)
通算 204 (0)
監督歴
2010- 日本の旗 大原学園高校
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

小峯 隆幸(こみね たかゆき、1974年4月25日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(主にセンターバック)。

来歴

兄の影響でサッカーを始める[1]。 帝京高校では古沼貞雄の下、2年次に全国選手権優勝[3]。2学年上には森下仁志、同学年には阿部敏之、松波正信、丸山良明、時岡宏昌、2学年下に熱田眞がいた。1993年に順天堂大学に進学し、総理大臣杯とデンソーカップで優勝を経験[3]。順大の2学年上には名波浩がいたが、小峯は自らスパイク磨きの担当を買って出るほど名波を慕っていた[4]。

大学卒業後もサッカーを続けることを希望していたが進路が決まらず、母校である帝京高校の練習に参加していた[4]。その後練習生として東京ガスサッカー部に加入し[5]、1998年より正式に東京ガス(後のFC東京)へ入団した。大熊清監督からの信頼は厚く[6]、JFL、J2、J1とクラブの所属ディビジョンを上げる中でも多くの試合に出場し[7]、サンドロとのCBコンビで堅守を築いた。身長172センチと上背は高くないが、相手選手への激しいコンタクトと大きなアクションからピッチ内での存在感は大きく[1]、がむしゃらなプレーと明るい言動でチームのムードメーカーにもなっていた[1]。2000年2nd第5節の京都戦では、小峯にしては珍しく[8]サイドをオーバーラップし、PKを奪取するという意外なプレー[8] でサポーターを湧かせた。2001年のDF伊藤哲也の移籍加入や、2002年の原博実新監督就任、新加入のDF茂庭照幸、加地亮の成長によって次第に出場機会を失い、2003年シーズン途中にJ1ベガルタ仙台へとレンタル移籍[9][10]、翌2004年シーズン開幕前にJ1柏レイソルへ完全移籍した[11][12]。

2005年にはJ2徳島ヴォルティスへ完全移籍[13]。ハードマーク[14] とチームの雰囲気を盛り上げるキャラクター[15] は健在で、4シーズンぶりにまとまった出場機会を得るも、1年限りで退団[16]。

2006年に東海リーグ1部のFC岐阜に移籍加入[17]。的確なカバーリング[18][19] とフィジカルの強さ[20] を発揮し、JFL、J2への昇格に貢献した。2008年には主将を務め守備を統率するも[19][21]、同シーズン終了をもってFC岐阜との選手契約を満了。現役を引退した。

大学時代に教員免許を取得しており[5]、引退後は教諭を務めつつ高校生年代を指導している。2012年4月12日付でJFA公認B級コーチライセンス(日本プロサッカー協会枠)を取得[22]。

所属クラブ

エピソード

ベンチ入りできなかった試合では、ゴール裏のサポーターに混じって応援に加っていた。[要出典]
原博実監督がサブメンバーにGKを登録しなかった試合でハーフタイム中にGK練習をしてサポーターの喝采を浴びた。 [要出典]
2008年にFC岐阜がJ2昇格を決定した時、「プレー以外でもチームを支援したい」としてFC岐阜持ち株会に参加したことがある。[要出典]
  • 2008年シーズンのJ2第4節のホームゲームでの徳島ヴォルティス戦、試合終了後、遠路を駆け付けた数人の徳島サポーターのところへ駆け付け、しばらくの間、懐かしそうに、にこやかに談笑をしていた。

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1996順大---1010
1998東京ガス26旧JFL100-30130
1999FC東京J23404030410
2000J13002010330
200162503010280
2002802000100
20030000-00
仙台3180-0080
2004柏3520200040
2005徳島19J2230-10240
2006岐阜4東海1部130-30160
2007JFL250-10260
2008J2260-00260
通算日本J1 7309020840
日本J2 8304040910
日本旧JFL 100-30130
日本JFL 250-10260
日本東海1部 130-30160
日本他 --1010
総通算 20401301402300

指導歴

タイトル

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 『FC東京ファンブック2003』毎日新聞社、2003年、45頁。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 登録選手一覧表 Jリーグ 2008.12.12
  3. 1 2 OBレポート:小峯隆幸 Jリーグ キャリアサポートセンター
  4. 1 2 『FC東京ファンブック2000』毎日新聞社、2000年、50-51頁。
  5. 1 2 Jリーグサッカーキング編集部・Jリーグキャリアサポートセンター (2012年5月30日). “小峯隆幸(元FC東京)OB選手たちの現在 (1/2)”. OCNスポーツ. OCN. 2012年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月5日閲覧。
  6. ↑ “右サイドの穴埋めた小峯の頑張り”. 2001年11月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月6日閲覧。 東京中日スポーツ (2001年8月16日)
  7. ↑ 小峯隆幸(元FC東京)OB選手たちの現在 (2/2) OCNスポーツ 2012.05.30
  8. 1 2 Jリーグ ディビジョン1 セカンドステージ第5節 FC東京 (2000年7月22日)
  9. ↑ “小峯隆幸選手 期限付移籍決定のお知らせ”. 2004年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月6日閲覧。 FC東京 (2003年8月4日)
  10. 1 2 “FC東京 小峯隆幸選手 ベガルタ仙台へ期限付き移籍決定のお知らせ”. 2003年10月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月6日閲覧。 ベガルタ仙台 (2003年8月4日)
  11. 1 2 “小峯隆幸選手 柏レイソルへ移籍決定のお知らせ”. 2004年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月6日閲覧。 FC東京 (2004年1月19日)
  12. ↑ “小峯 隆幸選手が移籍加入”. Reysol News. 柏レイソル (2004年1月19日). 2012年11月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月5日閲覧。
  13. ↑ “小峯 隆幸選手が徳島ヴォルティスへ移籍”. Reysol News. 柏レイソル (2005年1月13日). 2012年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月5日閲覧。
  14. ↑ 松下英樹 (2005年). “今季ここまでのベスト布陣”. J's GOAL. 2013年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月5日閲覧。
  15. ↑ 松下英樹 (2005年9月5日). “【スペシャルインタビュー Vol.9】徳島ヴォルティス:秋葉忠宏選手”. J's GOAL. 2007年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月5日閲覧。
  16. ↑ “契約満了選手について”. 2005年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月6日閲覧。 徳島ヴォルティス (2005年12月1日)
  17. ↑ 吉田康弘 選手・小峯隆幸 選手の加入について FC岐阜 (2006年2月1日)
  18. ↑ 【J2:第3節 山形 vs 岐阜】プレビュー J's GOAL (2008年3月19日)
  19. 1 2 【J2:第7節 福岡 vs 岐阜】プレビュー J's GOAL (2008年4月11日)
  20. ↑ 【J2:第30節 鳥栖 vs 岐阜】レポート J's GOAL (2008年8月11日)
  21. ↑ “追いついてのドロー「自信になる」小峯主将”. 2008年3月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年4月28日閲覧。 岐阜新聞 (2008年03月10日)
  22. ↑ “2011(平成23)年度 公認B級コーチ養成講習会 合格者【399名】” (PDF). 業務・財務報告 >理事会報告、2012年度 協議事項・追認事項・報告事項. 日本サッカー協会 (2012年4月12日). 2015年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月5日閲覧。

関連項目

外部リンク