かさまつちょう ウィキデータを編集
笠松町
笠松町旗 笠松町章
笠松町旗 笠松町章
国 日本の旗 日本
地方 中部地方、東海地方
都道府県 岐阜県
郡 羽島郡
市町村コード 21303-9
法人番号 6000020213039 ウィキデータを編集
面積 10.30km2
総人口 21,870人 [編集]
(推計人口、2025年1月1日)
人口密度 2,123人/km2
隣接自治体 岐阜市、羽島市、各務原市、羽島郡岐南町
愛知県一宮市
町の木 松
笠松町役場
町長 古田聖人
所在地 〒501-6181
岐阜県羽島郡笠松町司町1番地
北緯35度22分02秒 東経136度45分48秒 / 北緯35.36717度 東経136.76322度 / 35.36717; 136.76322座標: 北緯35度22分02秒 東経136度45分48秒 / 北緯35.36717度 東経136.76322度 / 35.36717; 136.76322
笠松町役場
町庁舎位置
外部リンク 公式ウェブサイト

笠松町位置図

■ ― 市 / ■ ― 町・村

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笠松町(かさまつちょう)は、岐阜県羽島郡に属している町。

地理

岐阜県南部の濃尾平野にある町で、木曽川右岸の帯状に伸びる低湿地に位置する[1](対岸は愛知県)。かつては頻繁に水害に悩まされ、松枝輪中という輪中が発達していた。水害に関する多くの史跡が残り、古くから木曽川を通じて岐阜と名古屋を結ぶ重要な地であった。

隣接する自治体

地名

笠松町の地名を参照

歴史

古くは尾張国であったが、1586年(天正14年)の木曽川の氾濫により木曽川の位置が変わり、美濃国に移り、尾張国葉栗郡から美濃国羽栗郡となった。

港町でもあり、岐阜から名古屋へ岐阜街道が中心部を通っていた。

かつての地名は「傘町」。1662年(寛文2年)、正式に美濃郡代の陣屋を傘町に移転したさいに、「傘町」を「笠松」に改名したという(1669年の説もある)。

江戸時代は幕府直轄地として笠松陣屋が置かれ、江戸時代の終わりには笠松県の県庁、明治時代の初期には岐阜県庁が置かれており、県庁が岐阜市に移るまでは、岐阜県の中心となっていた。

沿革

人口

笠松町と全国の年齢別人口分布(2005年) 笠松町の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 笠松町
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
笠松町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 21,912人
1975年(昭和50年) 22,457人
1980年(昭和55年) 22,865人
1985年(昭和60年) 22,746人
1990年(平成2年) 22,299人
1995年(平成7年) 21,682人
2000年(平成12年) 22,319人
2005年(平成17年) 22,696人
2010年(平成22年) 22,809人
2015年(平成27年) 22,750人
2020年(令和2年) 22,208人
総務省統計局 国勢調査より

行政

笠松町中心部の航空写真。中心のグランドは笠松競馬場。南東側を流れる川は木曽川である。1987年撮影。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
笠松陣屋跡の石碑

町長

歴代町長

  • 平野九右衛門 (1889年 - 1890年)
  • 田島正三郎 (1890年 - 1892年)
  • 加藤助市 (1892年 - 1893年)
  • 角田節次郎 (1893年 - 1894年)
  • 伊藤代造 (1895年 - 1911年)
  • 巖田郁郎 (1912年 - 1923年)
  • 山脇準之助 (1924年)
  • 加藤虎雄 (1924年 - 1934年)
  • 山本清之助 (1936年 - 1946年)
  • 高木栄一 (1946年 - 1951年)
  • 伊藤太八 (1951年 - 1952年)
  • 梅田啓一 (1952年 - 1959年)
  • 山本清之助 (1959年 - 1963年)
  • 梅田啓一 (1963年 - 1967年)
  • 加藤文治 (1968年 - 1972年)
  • 青井逸雄 (1972年 - 1980年)
  • 杉山勇 (1980年 - 1988年)
  • 広江泰雄 (1988年 - 1992年)
  • 岩田哲 (1992年 - 1999年)
  • 広江正明 (1999年 - 2019年)

合併問題

岐阜市広域合併協議では岐阜市、羽島市、笠松町、岐南町、柳津町、北方町が参加し、50万都市を目指したが、岐阜市椿洞での産廃不法投棄問題に端を発した岐阜市行政の怠慢、莫大な処理費用などが予想され、また合併後の市議会議席の調整も失敗していた。

そんな中、4月に羽島市が住民投票の結果により、岐阜広域合併協議会からの脱退が決まり、2004年6月6日 笠松町でも合併についての意思を問う住民投票が実施された。その結果、反対票が65.32%と賛成票を上回り、同月21日に町議会で岐阜広域合併協議会からの脱退が議決された[4]。

財政健全化のための施策

2005年3月末までは少子化対策の為、入院および外来の医療費を15歳(義務教育終了)まで町が負担する無料乳幼児医療費助成が行われていた。出生率が上がるなどの一定の成果はあったが、財政圧迫を理由に外来の医療費を4月から10歳(小学校4年生)までに引き下げとなった。入院の医療費補助は義務教育終了まで続いている。

毎年増大しているごみ処理費用削減のため、全国的にも例の無い、町内会単位による資源ごみ分別回収が行われている。1つの町内会で数ヶ所あるごみ収集場所を原則1ヶ所にして費用を削減するものである。

オグリキャップ及び元騎手の安藤勝己(笠松→JRA所属であった。)で有名な笠松競馬場がある。しかし、赤字続きで資金も底をつき、運営を続けるなら地方公共団体の支援が必要になったが、岐阜県や笠松町は支援はしないことを決め、2005年度から笠松競馬場の収支が赤字の場合は、廃止すると予告している(2005年度は黒字)。

教育

高校

校内には登録有形文化財の岐工記念館がある

中学校

小学校

幼稚園

保育所

その他の学校

産業

岐阜と名古屋を結ぶ重要な地であり、木曽川水運の中継地点笠松湊があったことから、古くは商業で賑わった。現在も下本町と上本町を中心とする笠松町本町通りには古くからの小規模の店舗がある。

本社を置く企業

主な商業施設

交通

笠松駅

鉄道

名古屋鉄道
東海旅客鉄道

バス

現在運行中の路線
かつての路線

オンデマンドバス

コミュニティタクシー

道路

高速道路
一般国道
一般県道

通信

市外局番

施設

笠松競馬場
国の機関
役場・支所
警察
消防
社会教育施設
社会福祉施設
スポーツ施設
医療機関
娯楽施設
その他

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

奈良津堤の桜

名所・旧跡

観光スポット

祭事・催事

その他

笠松町には2024年現在、38箇所のまちの駅が設置されており、笠松町役場、笠松町歴史未来館などの公共施設、松波総合病院などの民間施設など、様々である[7]

上下水道

上水道は同町が設けた4か所の水源地(井戸)から給水されている。下水道は1989年より設置工事が始まり、1992年より一部での供用開始。2006年度末時点の下水道普及率は約78%。

主な出身者

名誉町民

笠松町を舞台にした作品

アニメ

脚注

[脚注の使い方]
  1. ↑ “笠松町都市計画マスタープラン 第1章 笠松町の現状と課題の整理”. 笠松町. 2024年10月18日閲覧。
  2. ↑ 『揖斐郡志』、揖斐郡教育会、1924年12月、292-295頁
  3. 1 2 3 4 “令和元年岐阜県統計書” (PDF). 岐阜県. pp. 3-6 (2020年7月). 2020年10月2日閲覧。
  4. ↑ 市町村合併の経過 - ウェイバックマシン(2012年1月18日アーカイブ分) - 笠松町HP(アーカイブ)
  5. 1 2 “岐阜川島線の廃止および笠松川島線の新設について”. 岐阜バス(岐阜乗合自動車). 2022年3月5日閲覧。
  6. ↑ 川島地区は0586(一宮MA)。
  7. ↑ “まちの駅”. 笠松町. 2025年2月15日閲覧。
  8. ↑ “広報かさまつ№990(2009年11月)” (PDF). 笠松町. pp. 3. 2024年6月1日閲覧。
  9. ↑ “広報かさまつ№986(2009年7月)” (PDF). 笠松町. pp. 2. 2024年6月1日閲覧。
  10. 1 2 “広報かさまつ№1136(2022年1月)” (PDF). 笠松町. pp. 4. 2024年6月1日閲覧。

関連項目

外部リンク

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