美女木 | |
|---|---|
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荒川土手から美女木ジャンクションを望む | |
| 北緯35度49分40.9秒 東経139度38分22.2秒 / 北緯35.828028度 東経139.639500度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 地区 | 美女木地区 |
| 人口 | |
| • 合計 | 9,512人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
335-0031[2] |
| 市外局番 | 048[3] |
| ナンバープレート | 大宮 |
美女木(びじょぎ)は、埼玉県戸田市の地名。現行行政地名は美女木一丁目から美女木八丁目及び大字美女木。住居表示未実施地区[4]。郵便番号は335-0031(蕨郵便局管区)[2]。
戸田市北西部の沖積平野(荒川低地)に位置する。荒川東側の低地にあたる。北でさいたま市南区内谷、北東で美女木北、東で美女木東、南で笹目、南西で下笹目・和光市下新倉・新倉、西で戸田市内谷と隣接する。この西辺の戸田市内谷との境界付近の彩湖周辺で複雑な境界を持つ飛地群が形成されている。
美女木としては幸魂大橋東詰に内谷に囲まれた二つの飛地と、荒川と彩湖に囲まれた部分に北から南東にかけて内谷、南で和光市新倉、西で朝霞市下内間木と隣接する飛地を持つ。
住宅地の地価は2017年(平成29年)1月1日の公示地価によれば美女木1丁目28番地11の地点で17万6000円/m2となっている[5]。
美女木は、中世の室町期は足立郡の佐々目郷(笹目郷)に属しており[6]、正応6年(1293年)以降、佐々目郷は鶴岡八幡宮に寄進された土地で、条里制や鶴岡八幡宮の造営・修復にかかわる地名が小字などに多く残っており、美女木は、流鏑馬による「飛射騎(びしゃき)」の呼称が年とともに変化した呼称である[7]とする説がある。また、江戸時代に編纂された『新編武蔵風土記稿』の美女木村の項には、「もと上笹目と云いしが、古へ京師より故ありて美麗の官女数人、当所に来り居りしことあり、其頃近村のもの当村をさして美女来とのみ呼しにより、いつとなく村名の如くなりゆきて」と記されており、旧名が上笹目であり、昔、京都から訳あって、美しい官女数人がこの地に来たことがあり、近くの村の人が当村を「美女来」と呼んだことが村名の由来とする説を「いとおぼつかなき説なれども」と記し、疑問を呈しながらも紹介している[8]。また、「ビジョ」は、泥濘(ぬかるみ)を意味し、低湿地を指していることが地名の由来とする説もある[6]。
2023年(令和5年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目・大字 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 美女木一丁目 | 1,431世帯 | 2,806人 |
| 美女木二丁目 | 1,024世帯 | 2,305人 |
| 美女木三丁目 | 276世帯 | 550人 |
| 美女木四丁目 | 329世帯 | 617人 |
| 美女木五丁目 | 262世帯 | 604人 |
| 美女木六丁目 | 258世帯 | 627人 |
| 美女木七丁目 | 471世帯 | 984人 |
| 美女木八丁目 | 459世帯 | 1,019人 |
| 大字美女木 | - 世帯 | - 人 |
| 計 | 4,510世帯 | 9,512人 |
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[13]。
| 丁目・大字 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 美女木一丁目 | 全域 | 戸田市立美谷本小学校 | 戸田市立美笹中学校 |
| 美女木二丁目 | 全域 | 戸田市立美女木小学校 | |
| 美女木三丁目 | 全域 | 戸田市立笹目中学校 | |
| 美女木四丁目 | 全域 | ||
| 美女木五丁目 | 全域 | 戸田市立美谷本小学校 | 戸田市立美笹中学校 |
| 美女木六丁目 | 全域 | ||
| 美女木七丁目 | 全域 | ||
| 美女木八丁目 | 全域 | ||
| 大字美女木 | 全域 |
地内に鉄道は敷設されていない。最寄り駅はJR東日本埼京線北戸田駅[5]だが、美女木1丁目28番地11の地点よりおよそ2.4 km離れている。
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