
蛟(みずち;古訓は「みつち」)は、日本の神話・伝説で水と関係があるとみなされる竜類か伝説上の蛇類または水神。
岡山県の高梁川にひそんでいたという有毒の大虬(みずち)が笠臣の祖・
ミズチ(ミツチ)の「ミ」は水に通じ、「ツ」(転訛後にズとなる)は連体修飾をつくる上代の格助詞で現代の格助詞「の」に相当し、「チ」は「大蛇(おろち)」の「チ」と同源である[3][4]。また「チ」は「霊力」などを意味する語尾と説明される[5]。
このような語源の例は雷(いかずち)が厳(イカ)つ霊(チ)、カグツチ(「迦具土」と当てられることもある)がかぐ(輝く)つ霊(チ)に由来するように、記紀の神々や神霊の名に広く見られる。『広辞苑』でも「水の霊」の意だと説いており[4]、#古例でもあげた「河の神」と同様視する考察もある。
「みずち」の漢字には、中国伝承の竜である蛟竜〔こうりょう〕(蛟; コウ; jiāo)、虬竜(虬/虯; キュウ; qiú)[注 1]、螭竜(螭; チ; chī)[注 2][8]、「蛟蝄(コウモウ)」などがあてられている。しかし日本の「ミズチ」や「オカミ(龗)」の意味をその漢字から推すことは賢明でない[9]。
『和名抄』は、「虬龍」、「螭龍」、「蛟」のいずれの項もあるが、このうち「蛟(こう)」を和名の「美豆知」とし、日本書紀の「大虬(みづち)」に相当すると注釈されている[10]。なお『新撰字鏡』(天治本)では
南方熊楠は、『十二支考・蛇』の冒頭で、「わが邦でも水辺に住んで人に怖れらるる諸蛇を水の主というほどの意〔こころ〕でミヅチと呼んだらしい」としている[25]。
南方がミズチを「主(ヌシ)」とするが、もとの着想は「チ」は「尊称」(讃え名)だとする本居宣長の考察であった(『古事記伝』)[26]。ヌシだとする立場は南方の見立であって、宣長本人は、ミズチ、ヤマタノオロチ、オロチの被害者たちであるアシナヅチ・テナヅチのいずれにつくチも「讃え名」であるという語釈をしている[27]。南方は、「ツチ」や「チ」の語に、自然界に実在する蛇「アカカガチ」(ヤマカガシ)の例も含めて「ヘビ」の意味が含まれると見[26]、柳田國男は「ツチ」(槌)を「霊」的な意味に昇華させてとらえた[26][28]。『広辞苑』では「ち【霊】」を自然界の森羅万象の霊力、云々と定義しているが、そのあたりは、上述§語源でも触れた[4]。
南方は、地方では本来「ミズチ」だったものの伝承が変遷し、河童の一種にすりかわってしまったのではないかと考察する[29][25]。その根拠として、現代、河童に相当する地方語に、ミヅシ(能登)、メドチ(南部地方)、ミンツチ(蝦夷・北海道)など、ミズチの名に近似する語がいくつかみつかることを挙げている[25][注 5][25]。また、越後の伝承では河童は瓢箪を嫌悪するとさられていて[31]、これは河伯または
南方はこの沿線上でさらに詳しく憶測し、水の主たるミズチが人間に化して害をなす伝承があったのが、いつのまにかミヅシと呼ぶ河童の悪事の伝説にすりかわってしまう一方、水の主としてのミズチの名は忘れ去られたのではないかとしている[25]。河童、蛇、スッポンを、水中で人間を殺すことで知られる三つの存在として朝川善庵『善庵随筆』がとりあげていることを、南方はさきに触れている[25][30]。
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