馬場賢人

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馬場 賢人
ばば けんと
選手情報
ラテン文字 Kento Baba
国籍 日本の旗 日本
競技 陸上競技
種目 長距離走
所属 ヤクルト陸上競技部
大学 立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科
生年月日 (2003-11-11) 2003年11月11日(22歳)
出身地 福岡県の旗福岡県福岡市
身長 163cm
体重 49kg
自己ベスト
1500m 3分53秒84
3000m 8分14秒60
5000m 13分52秒55
10000m 28分40秒67
ハーフマラソン 1時間00分26秒
マラソン 2時間13分37秒
獲得メダル
陸上競技
ワールドユニバーシティゲームズ
金2025 ライン=ルールハーフマラソン団体
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馬場 賢人(ばば けんと、2003年〈平成15年〉11月11日 - )は、福岡県福岡市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。大牟田高等学校、立教大学卒業。ヤクルト陸上競技部所属。

経歴

福岡市立長丘中学校、大牟田高等学校出身。全国高校駅伝には2度出場(1年時は北九州地区代表)し、いずれも5区に出走した。3年時の福岡県高校駅伝では3区で首位を守ったが、7区を走った選手の失速により大牟田高は優勝を逃し、全国高校駅伝への出場はならなかった。

大学1年次 

立教大学へ入学。第99回箱根駅伝予選会への出走はなかったが、立教大は55年ぶり28回目の箱根駅伝出場となった。第99回箱根駅伝では4区16位の走りで5区を走る同期の相澤拓摩にタスキを渡した。

大学2年次 

第100回箱根駅伝予選会直前で監督の上野裕一郎が解任され、立教大は監督不在[注釈 1]のまま予選会に挑むことになったが、馬場は個人31位の走りで立教大の2年連続の箱根駅伝出場に貢献した。第100回箱根駅伝では3区を区間8位で走り、立教大が復活出場して以降では初の区間1桁順位となった。

大学3年次 

6月の全日本大学駅伝関東予選会では4組20位であったが、立教大の全日本大学駅伝初出場に貢献した。全日本大学駅伝では7区に出走し区間4位の走りで初出場ながらシード権獲得に貢献した。

第101回箱根駅伝予選会では立教大の1位通過に貢献した。本戦ではこれまで2区を走っていた國安広人に代わって2区に出走すると、平林清澄やヴィクター・キムタイらと競り合い、区間7位の好走を見せた。記録は1時間6分32秒で、國安のもっていた立教大記録を3分以上更新した。

2025年2月2日の香川丸亀国際ハーフマラソンと併催された日本学生ハーフマラソンでは、優勝した工藤慎作からは20秒遅れたものの、1時間0分26秒の記録で2位に入り、ワールドユニバーシティゲームズの出場権を獲得した。なお、このときに記録された1時間0分26秒は2022年に入学した学生としては留学生も含めてトップタイムであった[注釈 2]。

大学4年次 

2025年7月のワールドユニバーシティゲームズではハーフマラソンに出場して4位。ともに出場した工藤が優勝、上原琉翔が3位で馬場はメダルを獲得できなかったが、団体戦での優勝に貢献した。しかしその後の怪我により第102回箱根駅伝予選会は欠場した。第57回全日本大学駅伝への出走もなく、立教大はシード権も失った。

それでも第102回箱根駅伝には間に合わせ、2区に出走。吉屋佑晟から最下位でタスキを受けるが、前回の記録よりも3分以上遅く、前回の区間最下位の記録よりも1分近く遅れる1時間9分54秒の走りが精一杯であった。それでも前を走っていた楠岡由浩を抜いて順位を1つ上げる意地を見せた。

卒業後は2025年の日本学生ハーフマラソンでワールドユニバーシティゲームズ日本代表争いをした帰山侑大とともにヤクルト陸上部へ進んだ。

戦績・記録

大学三大駅伝

学年出雲駅伝全日本大学駅伝箱根駅伝
1年生
(2022年度)
第34回
不出場
第54回
不出場
第99回
4区-区間16位
1時間04分08秒
2年生
(2023年度)
第35回
不出場
第55回
不出場
第100回
3区-区間8位
1時間02分48秒
3年生
(2024年度)
第36回
不出場
第56回
7区-区間4位
51分11秒
第101回
2区-区間7位
1時間06分32秒
4年生
(2025年度)
第37回
不出場
第57回
出走なし
第102回
2区-区間18位
1時間09分54秒

脚注

  1. ↑ 第100回箱根駅伝本戦では総監督の原田昭夫が代理で監督を務めることになった。
  2. ↑ 5000mは13分9秒45で佐藤圭汰が、10000mは27分20秒79でジェームス・ムトゥクがトップタイムであった。なお、佐藤は10000mでも27分28秒50で日本人トップである。

関連項目