剛体
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概要
現実の物体は力を加えられると変形する。変形の度合いは固い物体ほど小さく[2]、力が弱ければ無視できる程度になりうる。これをモデル化した、全く変形しない(理想上の)物体が剛体である[1][2][3]。数学的には、構成する質点間の距離関係が常に維持される質点系が剛体である(⇒ #定義)[4]。
剛体は質点系の一種であり質点系の力学的特性を引き継ぎつつ、内部の相対位置と相対速度が常に直交するなど、様々な特性をもつ(⇒ #性質)。
物体の大きさを無視する質点の力学とは異なり、剛体の力学では姿勢の変化(転向)を考慮する。 こまの回転運動は、剛体の力学で扱われる主なテーマの一つである。
物体の変形を考える理論として、弾性体や塑性体の理論がある。また、気体や液体は比較的自由に変形され、これを研究するのが流体力学である。これらの変形を考える分野は連続体力学と呼ばれる。
定義
口語的定義
数学的定義
を時刻、 を質点系、 を質点 の位置、 を と のペアに対応する非負の定数とする。質点系が次の条件、
を満たすとき、この質点系は剛体である[4]。すなわち、質点系を構成する全ての質点間の距離が常に維持されるとき、この質点系は剛体である[4][5]。
性質
質点系の一種
剛体は質点系の一種である[5]。
剛体は質点系の一種であるため[5]、質点系の様々な性質を引き継ぐ。例えば剛体の全運動量は剛体の各部の運動量の総和に等しく、これは重心の運動量とみなせ(参考: 全運動量#質量中心の運動量と等しい)、その変化は外力のみによる(参考: 全運動量#外力のみで変化)。また剛体の全角運動量は剛体の各部の角運動量の総和に等しく[6]、その変化は外力のモーメントのみによる(参考: 全角運動量#外力のみで変化)[7]。
内部の相対位置と相対速度が直交
剛体を構成する任意の質点間において、相対位置と相対速度は常に直交する。
を を基準点とした の相対位置・相対速度とする。剛体では、
が成立する。定義より剛体を構成する質点間の相対距離は常に維持される。よって相対距離が変化する方向に相対速度を持てず、相対的な回転運動のみが可能である。回転運動では回転中心から見た位置と速度が常に直交するため、剛体を構成する任意の質点間において、相対位置と相対速度は常に直交する。
この性質は定義と本質的に同義であり(下記参照)、こちらを剛体の定義とする場合もある。
相対速度が角速度と相対位置のクロス積
剛体は相対座標の取り方によらない角速度 をもち、剛体を構成する任意の質点間において、 と相対距離のクロス積は相対速度と常に等しい。
を を基準点とした の相対位置・相対速度、 を に依存しないベクトルとする。剛体では、
が成立する。このとき を剛体の角速度と呼ぶ。これは、3 次元なら 3 変数で記述される ひとつによって剛体の相対運動を完全に記述できることを意味する。
この性質は定義と本質的に同義であり(下記参照)、こちらを剛体の定義とする場合もある。
この性質を「角速度一定条件」と呼称し、速度 を動径方向 と円周方向 に分解して考える。一般に角速度と位置のクロス積は円周方向の速度つまり である。角速度一定条件にこれを代入すると、 に関して、
が剛体の制約だとわかる。ここで は一般には成立せず、クロス積は元のベクトルと直交するが であるため、この制約は次で変形できる:
- (なお、これより )
このとき速度の分解より であり、円周方向の速度と位置の直交性より、この制約は次で変形できる:
これは直交条件そのものであるため、角速度一定条件は直交条件と同義である。直交条件は距離一定条件と同義なため、角速度一定条件は距離一定条件とも同義であり、角速度一定条件は剛体の定義とみなせる ∎
自由度 6
剛体の定義である距離一定の制約[4](⇒ #定義)により剛体の自由度は決定される[8]。剛体内部の各点の静止系における座標を順に表現することを考える。時刻 において点 は任意の を取れる。点 は距離制約に従って 中心で距離 の球上の任意の位置を取れるため、それは 2 つの偏角 で表現される。 と を結ぶ直線上にない点 は距離制約に従って形が一通りに定まる三角形 をつくり、この三角形が と を結ぶ直線/辺を軸に何度回転するかが のみで決定される。点 は一見すると を底面とする三角錐の頂点として 2 通りを取れそうだが、点 との位置関係で一意に定まり、以降の点も一意に定まる。よって剛体の自由度は の合計 6 である[8]。すなわち、剛体は無数の質点からなるが、質点間の距離関係が与えられれていれば、6 つの変数値を指定するだけ剛体の全質点の位置を一意に表現できる。
剛体力学
剛体は質点系の一種であり[5]、質点系の力学を適用できる。剛体を定義づける制約は剛体の自由度や運動を強く制限しており、それによって剛体の運動はむしろ理解しやすくなっている。このような特殊な振る舞いをする質点系としての剛体を扱う力学が剛体力学である。
並進と回転
剛体の運動や釣り合いは重心の並進運動と重心まわりの相対的な回転運動で完全に表現できる。
剛体は質点系の一種であるため[5]、質点系の力学的特性をそのまま引き継ぐ。また剛体は定義より質点間の距離関係が一定であるため[4](⇒ #定義)、剛体の重心と各質点との距離は運動中に変化せず、代表点として上手く機能する。よって剛体の全質量と全外力が重心に一点集中したとみなすことで、剛体を代表する重心の運動を完全に記述できる(詳細は 重心#質点による置き換え)[9]。具体的には、時刻を として全運動量 と全外力 の間にニュートンの運動方程式 が成立する。剛体において代表点(重心)の運動を剛体の並進運動という(併進運動とも[要出典])。並進運動の自由度は 3 である(全体は自由度 6 [8])。質点#質点系の力学に詳しい。
代表点の運動が表現できたため、各質点の代表点に対する相対運動が正しく記述できれば剛体の運動全体を完全に記述できる。剛体は各質点の相対速度が角速度と相対位置のクロス積という性質を持つため、質点間の距離関係さえ与えられれば、剛体の角速度 ひとつによって剛体の相対運動を完全に記述できる。これにより、慣性テンソル を用いて、各質点の重心まわりの角運動量の総和 を、
で表現できる。そのうえ質点系の力学的特性をそのまま引き継ぐため、各質点に掛かる重心まわりの外力のモーメントの総和 との間にオイラーの運動方程式 が成立する(重心#力のモーメント も参照)[10]。剛体において代表点(重心)まわりの相対運動を剛体の回転運動という。回転運動の自由度は 3 である(全体は自由度 6 [8])。
並進と回転による表現は身の回りに多く見出だせる。例えば棒を放り投げると棒の重心は放物運動をしており、放物運動の要素を消す[注 1]と回転運動が見出される。地球の太陽系における運動は公転が並進運動(等速円運動)で地軸まわりの自転が回転運動である。
剛体に働く力の合力が0で力がつり合っているとき、並進と回転の2つの運動方程式の右辺が0になり、剛体は等速回転しながら等速直線運動をしている(それぞれ静止を含む。)
静力学
物体に作用する力を表現するには、「大きさ(magnitude)」・「方向(direction)」・「作用点(point of application)」の3つの要素が必要となる[11]。 物体が広がりを持たない質点の場合は、力の作用点は質点の位置に一致するため考える必要がない。 一方、広がりを持つ物体の場合は作用点がどこにあるかを考える必要がある。しかし、変形を考えない剛体の場合は、作用点を力の方向に平行な直線に沿って動かしても、力が及ぼす効果は変わらない[11]。作用点を通り、力の方向に平行な直線は力の作用線(line of action)と呼ばれる。
大きさと方向を持つ力は、ベクトル量として表される。剛体の場合はこれに加えて作用線の情報が必要となる。作用線の情報は、適当な点のまわりの力のモーメントとして表される。 剛体の釣り合いを考える際は、力の釣り合い(力のベクトル的な和がゼロ)の条件とともに、力のモーメントの釣り合い(力のモーメントのベクトル的な和がゼロ)の条件が必要となる。
下の表について説明する。左半分は、並進運動と回転運動で扱われる運動量について比較しているが、同じ段にある物理量は相当すると考えると解り易い。その例が表の右半分である。それぞれ、一方の関係式の記号に、対応する記号を代入するともう一方の関係式になることが判る。
| 並進運動 | SI単位 | 回転運動 | SI単位 | 法則 | 並進運動 | 回転運動 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 物理量 | 位置 | m | 角度 | rad=m/m | 慣性の法則 | 物体は力を加えられない限り、等速直線運動または静止を続ける | 物体がトルクを加えられない限り、等速円運動または静止を続ける |
| 速度 | m/s | 角速度 | rad/s | ||||
| 加速度 | m/s2 | 角加速度 | rad/s2 | 運動の法則 | 物体に力が加わると、質量(慣性質量)に比例した加速度を生じる。 |
物体にトルクが加わると、慣性モーメントに比例した角加速度を生じる。 | |
| 質量(慣性質量) | kg | 慣性モーメント | kg・m2 | ||||
| 力 | N =kg・m/s2 |
トルク | N・m =kg・m2rad/s2 |
運動量の時間的変化率が力に相当する |
角運動量の時間的変化率がトルクに相当する | ||
| 運動量 | kg・m/s | 角運動量 | kg・m2/s =kg・m2rad/s |
ベクトル量に関する保存則 | 運動量保存の法則 |
角運動量保存の法則 | |
| 並進運動エネルギー | J =kg・m2/s2 |
回転運動エネルギー | J =kg・m2rad2/s2 | ||||
| 仕事 | J=N・m | 仕事 | J=N・m・rad | ||||
| 仕事率 | W=J/s =N・m/s |
仕事率 | W=J/s =N・m・rad/s |
運動エネルギー
剛体の運動エネルギーは、並進運動と回転運動の、それぞれの運動エネルギー(並進運動エネルギーと回転運動エネルギー)の和である。
並進運動エネルギーは、となる。
回転運動エネルギーKは各粒子の運動エネルギーの和であるから、各粒子の質量をmi、代表点に対する速度をviとすると、
である。このとき、ωは角速度、Iは慣性モーメント(下記参照)である。
慣性モーメント
ここでは、剛体の並進運動を棚に上げ、重心を通る軸の周りの回転運動についてだけ記述する。軸とz軸を重ね、軸に沿っての運動はないものと考える。この場合に重要になる物理量が慣性モーメントI(一般的な慣性モーメントについて→慣性モーメント)である。慣性モーメントは、
が定義であり、剛体を構成する各粒子の、質量と軸からの距離の2乗の積であり、決して変形しない剛体にとって固有に定められた定数である。
一般に剛体では粒子が連続的に分布している(連続体)ので、慣性モーメントは次のような積分として計算される。
ここで、積分領域のVは剛体の体積を表す。
慣性モーメントは慣性能率とも呼ばれ、次のような重要性がある。
剛体の、質量がであるk番目の質点が軸から垂直方向に座標で外力によって質点が受ける運動量をとし、角速度ωとすると、Lは
したがって、
となる。
また、から、
ところで、Iは、剛体の全質量をMとすると、
と表すこともできる。このとき、kは剛体の回転半径という。この式の意味は、剛体の慣性モーメントは、考えている軸にkだけ離れた位置に全質量Mが集中している回転体として求めた量とみなすことができることである。
ここで慣性モーメント自体の力学的意義について説明する。(1)から、トルクNを一定にしたとき、角加速度は慣性モーメントIに反比例することがわかる。慣性モーメントを大きくしたとき、すなわち剛体の質量か回転半径を大きくしたとき、角加速度は小さくなる。すなわち回転の速度を変えるのに時間が懸かることになり、これは例えば、その剛体が回転しにくいが、一度回り始めると止めにくいことを表す。慣性モーメントIとは、回転の慣性の大きさを表す量、すなわち回転の(あるいは回転の速度を変える)難易性の目安を表している。ある回転の安定性、永続性の尺度とも言える。この理を利用して、安定した回転を保つために、大きな弾み車が発電機や各種のエンジンに取り付けられている。
慣性モーメントの計算法
慣性モーメントは剛体の質量や形状に依存するが、ここでその計算方法を示す。
直交軸の定理
直交軸の定理とは、剛体が薄い平板の時、この平面での互いに直交する軸の周りの慣性モーメントの和は、2つの軸の交点で面に直交する軸の周りの慣性モーメントに等しくなるという定理である。
ここで、平面内の2つの軸をx軸、y軸とすると、これらの軸の周りの慣性モーメントは次のようになる。ここでρは面密度であり、積分領域は剛体上の全平面をとる。
この和は、
となるが、rはz軸からの距離でありちょうどz軸の周りの慣性モーメントとなっている。
平行軸の定理
平行軸の定理あるいはスタイナーの定理とは、質量がMの剛体の重心を通る任意の軸の周りの慣性モーメントが既知であるとき、この軸と平行な軸の周りの慣性モーメントは、2軸間の距離をとすると、次のように表される
という定理である。
脚注
注釈
- ↑ 例: カメラを放物運動にピッタリ合わせて動かす
出典
- 1 2 3
全く変形しない物体を想定し,これを剛体とよぶ.
(小出 1997, p. 65) - 1 2 3 4
固い物体は力を加えても変形しないし,運動するときも形を変えない.完全に固い物体を考えて,これを剛体という.
(戸田 1982, p. 163) - 1 2 小項目事典, デジタル大辞泉,精選版 日本国語大辞典,改訂新版 世界大百科事典・百科事典マイペディア・日本大百科全書(ニッポニカ)・ブリタニカ国際大百科事典. “剛体(ゴウタイ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2024年5月31日閲覧。
- 1 2 3 4 5
剛体は無数の質点からなる ... 剛体内の各質点の相互の位置関係が変わらない
(戸田 1982, p. 163) - 1 2 3 4 5
剛体も質点系の特別な場合であり
(小出 1997, p. 65) - ↑
質点系の(全)角運動量を ... とする
(小出 1997, p. 63) - ↑
外力が作用していないか,あってもそのモーメントの和が ならば は一定に保たれる.これが質点系の場合の角運動量の保存則である.
(小出 1997, p. 63) - 1 2 3 4 5 藤原『物理学序論としての力学』
- ↑
... この式は,質点が である 1 個の質点 ― その位置を とする ― に外力 が作用しているときの運動方程式になっている.つまり,質点系の重心は,質点系の全質量がそこに集中し,外力もすべてそこにはたらいているときの 1 つの質点と全く同じ運動をする.
(小出 1997, p. 49) - ↑
... 重心に関する外力のモーメントの和である.これを と書く
(小出 1997, p. 64) - 1 2 中村 他『建築構造力学』 pp.9 - 10
参考文献
- 戸田, 盛和『力学』岩波書店〈物理入門コース〉、1982年。ISBN 4-00-007641-8。
- 藤原邦男『物理学序論としての力学』東京大学出版会〈基礎物理学〉、1984年。ISBN 4-13-062071-1。
- 中村 恒善 他『建築構造力学 図説・演習1』丸善、1994年。ISBN 978-4-621-03965-6。
- 小出, 昭一郎『物理学(三訂版)』(58版)裳華房、1997年。ISBN 978-4-7853-2074-4。